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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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49:『 3 』トール、泣き虫リリス。



その少女は、ぱちっと目を開けたあと、その目を擦りながら起き上がった。

俺もマキアも、固唾を飲んでその様子を見ている。


「お、起きたわ……あの子起き上がったわトール!」


「そりゃあ、目を覚ませば起きるだろ。……見た目的には4、5歳くらいか?」


その少女はぺたんとベッドの上に座り込んでいたが、俺とマキアをじっと見上げ、うつろな深い色の瞳を煌めかせた。


「おおお……起きたか、リリス」


おっさんはリリスと言う少女に、目を潤ませている。

崇高な何かを見るようでもあり、いったいこのおっさんにとってこの少女が何なのかと、気になってしまう。


俺とマキアは様々警戒していたつもりだったが、やはりこの幼子の姿に、戸惑わずにはいられない。


「ふああ…ぁ……」


リリスが小さくあくびをする。

鬱陶しかったのか、目元までかかる長い前髪を、一生懸命払っていた。

体にグルグル巻き付く髪を、えいえいと引っ張っている。


「……まあ、のり巻きみたいになっちゃってるわ。髪もそんなにぐちゃぐちゃで……かわいそうだわ」


「マキア、お前髪を解いてやって、なんか着せてやれよ」


「……そ、そうねえ」


マキアは少し考え、俺に向かって「私の大きい方の荷物出して……」と手を出した。

言われるがままに、俺はマキアの荷物を収納空間から取り出した。着替えなどの入っている、大きい方の。


「半袖のブラウスだったら着れるかしら」


マキアは白いレースの編み込まれたブラウスを取り出し、リリスにかぶせた。

リリスはマキアに触れられびくっとして、何ごとかときょとんとしていた。

マキアもそれに対し、自分の体を飛び上がらせる。


「……お前、どうした?」


「い、いえ……だって、あんまりに小さいでしょう? だから……」


マキアはかなり丁寧な様子で、そのリリスの体に巻き付く髪を解いてやり、服を着せ、ボタンを留めていた。


リリスもマキアにされるがまま、ブラウスを着る。

それでもずり下がるブラウスに、マキアは「うーん」と唸った後、荷物を漁って髪を結うためのリボンを取り出した。


「これを腰帯みたいにすれば……あ、ほら、可愛らしいワンピースみたいよ」


「……まあ、なんとかって所だな」


「苦しく無いかしら」


マキアはリリスの表情をうかがいながら、帯のリボンを腹の前で蝶蝶結びにしていた。


「髪の毛も身長より長くて大変そうだわ……前髪が目に入っちゃうわよね」


マキアはまたごそごそと荷物を漁って、赤いヘアピンを取り出した。


「ほら……これで前髪をとめれば……あ、ほら、可愛い」


「……」


リリスはじっとマキアを見上げ、その小さな手で自らの前髪を払おうとしていたが、額には既にその前髪は無い。

前髪がどこへ言ってしまったのか分からないと言うように、キョロキョロしている。

その様子がとても面白くて、思わず俺は吹き出した。


「マキア、お前よくそんなヘアピンを持って来てたな」


「地球から持って来たやつよ……この子にあげるわ」


「……」


リリスは手を口元に持っていって、くりっとした黒目でマキアから俺に視線を移した。

じーと、ただじーーーと見ている。


俺の魔力に、自分と通じる何かを感じているんだろうか?



「…………」



だけど何も言葉を発さない。

やがてしくしく泣き出して、俺とマキアは慌てふためいた。


「ど、どうしたらいいのトールッ」


「どうしたらって……」


マキアは俺の服を引っ張る。

こいつは前世でも子供が居なかったから、幼子の扱いがいまいち分からないようだ。

ある程度成長しているスズマ辺りなら大丈夫だったのだろうが、今度はちょっと幼すぎて、とても繊細で脆いもののように思えるのだろう。

特に泣かれると、オロオロしてしまうのだ。

何故か怯えて震えて、俺の後ろに隠れてしまった。そろっと顔を出して、リリスを見ている。


「マキア……お前幼児が怖いのか?」


「だ、だって……凄く脆そうだし。私、壊す事しか出来ない恐ろしい紅魔女よ? ちょっと扱いを間違ったら、大変な事になりそうだわ」


「自分で言うのか……お前だってこのくらいの頃があっただろうに。このくらいの友人と遊んでた時期があっただろうに。ほら、スミルダとかと……」


「自分がそのくらいのときとは、訳が違うわよ。それにスミルダは凄く頑丈そうだったもの……っ」


「……」


懐かしの、マキアの幼なじみスミルダ嬢……

確かに、あいつは幼い頃から高笑いしていてわがままで、凄く図太そうなイメージはあるけど……


「……仕方が無いな」


俺はリリスをひょいと抱き上げた。

自分の胸にもたれかからせるようにして、頼りない背中をポンポンと叩く。


「ほら……よしよし。もう泣くな」


その様子を、マキアがじっと見る。


「……やっぱり、トールは手慣れているのね」


「手慣れてる? うーん……まあ、黒魔王には子供が沢山居たからな」


「……」


「何だその目は」


マキアが眉間にしわを寄せた、何とも言えない顔。

目が怖い。


「………っうぅ」


リリスはさっきからめそめそと涙を流して、小さく唸っていた。

ただ、俺にぺたんとくっついて、襟元をぎゅっと掴んでいる。まるで俺に縋っているように。

背中をさすって、少し揺すりながら、俺はそこらを歩く。


「ほーらほーら、よしよし……どうした? 何がそんなに悲しい……」


「……」


「泣くな泣くな、よしよし」


ち、父親だな……これじゃ……


「どこか、痛い所でもあるのかしら……」


あまりにリリスが泣くので、マキアが心配していた。

よしよしと、俺の抱くその子の頭を撫でている。


こいつ……小さな命を慈しむ心を持ってたんだな……

なんて思ったのは、秘密だ。


マキアは心底存心配そうに、リリスがなぜ泣くのかを考えていた。


「おいおっさん。さっきから黙っているが、この子、一体どうしたらいいんだ……?」


「え、あ、ああ」


「つーか、おっさんは何者だ? 巨兵の事を知っている者なんだろう?」


「……」


おっさんは何故か少しぼんやりしてリリスを見ていたが、俺が声をかけると、ベッドの上から降りた。

パンツ一丁というとんでもない変質者スタイルだったので、空間人が慌てて白い患者服みたいなのを着せる。


「俺の名前は、ダリ・トワイライト。まあ……もうトワイライトの一族を裏切った身だから、ただのダリと呼んでくれ」


「……トワイライトって事は……もしかして、研究施設で巨兵製造を担っていた……?」


すっと、探るような視線をダリに向けた。

ダリはトワイライトの一族にしては、どこかバカ正直そうな顔をしている。

髪の色も漆黒と言うよりは少し茶色が混ざっていて、様々なトワイライトの一族を見て来た俺としてはその共通点もよく知る所であり、いまいちこいつがトワイライトの一族なのだと信じられずにいた。


「いまいち信じていない顔だな……ま、それもそうか。トワイライトっつっても俺は本当に末端と言うか……それほど血の濃い方じゃない。ただ、そのリリスの親父と幼い頃からの仲でな……」


「……リリスの親父……?」


俺は抱えているリリスを見下ろした。マキアはまだリリスを観察していて、リリスもマキアと見つめ合っている。なんか二人とも可愛い……


ただリリスはまだめそめそして、なぜか人差し指をくわえている。

とにかく寂しそうで、苦しそうで、見ているだけで可哀想になってくるってもんだ。

ダリは続けた。


「巨兵と言っても、本来はリリス・トワイライトという娘として産まれた人間だ。お前たちが知っているかは分からないが、今では連邦の幹部であるナタン・トワイライトの娘として……」


「ナタン……トワイライト……」


マキアがその名前を繰り返した。

ナタン・トワイライトとは連邦の姫イスタルテ……通称銀の王の側近である。


あいつはすでに青の将軍に乗っ取られた存在なのではと思っていたが、マキアいわく、ナタンに青の将軍の印は無いとの事だった。


「リリスは幼いながらに親から引き離され、巨兵の研究の材料にされちまった、哀れすぎる娘だ。もう人間ですら無い」


「な……なぜナタンはそれを拒否しなかったんだ?」


「ナタンに拒否できるはずも無い。あいつは、多くのトワイライトの一族の命を、その背に背負っているのだから……っ」


いきなり大粒の涙を流しながら、泣き始めたダリ。

悔しそうに顔を歪めて、俺の抱き上げているリリスに近寄る。


「おお……リリス……お前は本当に哀れな娘だ……っ、かわいそうに、かわいそうに……。だから俺が、つれて逃げた……」


ダリはリリスの頭をその大きな手で撫でて、ぐっとリリスを抱きしめた。

すると、リリスの機械的な小さな耳がぴくりと動いて……



「……さわんな……ボケが……」



どこからか、とても可愛らしい声なのに酷く不釣り合いな言葉が聞こえた。

え……と思って、俺もマキアもキョロキョロする。


「あだだだだだだ!」


ダリが悲鳴を上げたと思ったら、リリスの小さな手がダリの鼻を思い切り摘んで、自分から引き離そうと必死になっている!!


「ちょっ、やっぱりリリス、俺には懐いてくれないのか……! あ、あたたたた、流石に巨兵、力、強い……っ」


「お、お、おい……っ!」


俺は慌てて、リリスの手をダリから離させようとする。

しかし確かに、リリスの力はこの歳頃の女児とは思えない程強くて、引き離すのも大変。

というか、さっきの「さわんなボケ」的な言葉、やっぱりリリスが……?

あ、あまり信じたく無い。


「こら……リリス!」


俺が名前を呼んだ所、彼女はパッとダリから手を離し、俺をジッと見つめて、またパタンと胸に倒れ込んだ。


「……おとーしゃま……っ」


そう言って、リリスはまためそめそとして、人差し指をちゅーちゅーとくわえる。

俺とマキアは顔を見合わせた。


「あんたおとーさんだって」


「……どういう事だ?」


きょとんとしている俺とマキアに、ダリは鼻を押さえながら、真面目な表情で答えた。


「おそらくリリスは、お前から父親と通じる何かを見いだしたんだろうな。お前はナタンにそっくりだ、妙な事に」


真面目に語るダリだが、鼻が真っ赤でいまいち緊張感が無い。

そして、今更ながらダリは俺に尋ねる。


「お前、トールと言ったな。そもそも、なぜ魔道要塞を発動できるんだ? トワイライトの一族ではないのなら」


「……それについて語るのは、とても難しい。長い話になるんだ」


「……ほおお」


ダリは胡散臭そうに俺を見ている。

だってまあ、黒魔王の生まれ変わり、だなんて話をここでして、信じてもらえるのかさっぱり分からないしな。


さて、妙な奴らと出会ってしまった。

どうしたものかと考えていた時、いきなりリリスが俺から体を離して、宙を仰いだ。


ただじっと、虚空を見つめている。


「……?」


その後、パキパキと嫌な音がしたかと思ったら、リリスは一瞬で俺の腕の中から消えた。


「なっ……転移魔法……!?」


空間魔法の一つである転移魔法。


「トール、上!!」


マキアが叫び、俺が見上げた時には、リリスはその長い黒髪をゆらゆらと揺らして宙に作った浮足場に降り立ち、俺たちを見下ろしていた。



『100万mgを、越える反応を、確認。目標は二人。排除、します』



少女の口から発せられたとは思えないほど機械的な口調だった。


やばい、と思ったのは、リリスの頭についた機械の耳のようなものが青黒く光り、メキメキと嫌な音がしたからだ。

リリスの背中から、黒と銀の骨を組み合わせて出来たような翼が生える。

俺はとっさにマキアを後ろに引っ張り下げ、目の前に空間の結界を張った。


「!?」


おびただしい数の銀色の羽が、無数に宙を舞ったかと思ったら、鋭い光の針のようにして俺たちを襲う。

その威力は空間結界に穴をあける程で、俺はマントを翻してマキアを庇い、地面に伏せたのだった。


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