24:エレナ夫人、謎の記号のメモを不思議に思う。
私はエレナ・オディリール。
今日は、我が館で起こった、少し不思議で面白いお話をしましょう。
全ての始まりは、約一ヶ月前の事。
隣町のカルテッドが町立の大きな学校を創設すると言う事で、うちに食堂関連の協力を求めてきたの。
デリアフィールドはルスキアで最も食育に力を入れている地域で、その手の学者も多いの。あとは、メニューに使う食材の交渉って所かしらね。
エルリックは約一ヶ月間、カルテッドとデリアフィールドを行き来することになったわ。
そこで一つ問題となったのは、エルリックに付いてトールも行く事になった点ね。
トールは一時期カルテッドに住んでいて、あの土地に詳しいし、食事の好みの傾向も子供たちの様子も知っていたから。
彼が一ヶ月間あちらに付きっきりとなる、この事に反発したのが私の娘マキア。
この子が我が侭を言う事と言えば、トールの事くらいよ。
「嫌よ嫌よ嫌よ!! だってトールは、私の御付きでしょう!! 何で一ヶ月の間カルテッドなんかに!!」
「こらマキア、我が侭を言うんじゃないわよ。お父様もトールもお仕事で行くのだから………」
「やだやだやだやだ」
マキアはすっかりいじけてしまって、一通りごねた後部屋から出て来なくなったわ。これにはまいってしまったわね。私たちもあの子を叱り慣れていないものだから。
エルリックはトールを連れて行くのをやめようとしたけれど、トールはそれに首を振ったわ。
「いえ、御館様をお一人で向かわせる訳にはまいりません。カルテッドは少々物騒な所ですから」
「まあ……トールはよく知ってるよねえ」
かつてエルリックがカルテッドにて重要な書類を盗まれた事があるのは、今では誰もが知っている笑い話。
それを取り返したのが、当時煙突掃除夫をしていたトールだったわ。
「やっぱりヨーデルでは頼りないし………グラハムには別の仕事を任せているしなあ。トールについてきてもらえるのが一番ありがたいんだが、マキアがなあ」
「マキア様には俺から言っておきますから」
「………はは、頼めるかな」
トールの肩を叩きながら、「お願い」ポーズをとるエルリックの、なんと情けない事。
ため息が出てしまったわね。
でもあのトールでさえ、今回はマキアを説得する事が出来なかったみたい。
何やらもの凄く喧嘩をしたらしいの。マキアの部屋で。
トールは頬に引っ掻き傷を沢山作って、少しだけむすっとした表情で戻ってきたわ。いつもは飄々としている彼が、このような顔をしているのはあまり見た事が無かったわね。
トールとエルリックは二日に一日だけ夜中に我が家に帰ってきて、次の日の朝にはカルテッドに行ってしまう、こんな日々が約一ヶ月続いたわ。
マキアはこの一ヶ月の間、絶対にトールと口を聞かない、姿も見せないと決めてしまっていたみたいで、彼が帰ってくる頃にはもう寝ていたの。
でも、不思議な事があったわ。
マキアはトールが帰ってくる晩の就寝前に、必ず部屋のドアの前に何かのメモを貼っていたのよ。
私たちには絶対に読み取れない謎の記号で書かれたそれは、次の日の朝には別のものになっていた。
どうやらトールが、それに返事をする形で、次の日の朝に同じような謎の記号を羅列したメモを貼っていたの。
この現象は、我が館で一時期お茶のネタであったけれど、結局誰にもあのメモの内容を理解する事は出来なかったわ。
あの子たちが作った暗号のようなものかしら。
子供の頃から、あの二人にしか分からない事が、結構あったから。
それでも私は可笑しくて仕方が無かった。
あんなに喧嘩をして、マキアなんてトールがカルテッドの仕事を終えるまで絶対に口を聞かないって言っていたのに、彼の帰ってくる晩にはしっかりメモを残していたんだから。
きっと会いたくて仕方が無いのに、会わないって決めちゃったものだから。
母親の私が言うのもなんだけれど、夜更かししてでも起きていて、少しの時間でも彼に顔を見せればいいのに。
最後の週なんて、もう見てられないくらい、マキアは退屈そうでボロボロだったわね。
トールがいないだけであんなになってしまうなんて、この先お嫁に行ったらどうなってしまうのでしょう。
逆にトールはいつも通りを装っていたけれど、やはりどこかマキアの事を気にしている様で、私に様子を聞いたりしてきたわ。
それにカルテッドでの仕事が、結構大変だったのでしょうね。
エルリックなんて腰を痛めながら、それでもカルテッドに通わなければならなかったし、最後の方は二人とも目の下にクマがあったから。
喧嘩したまま一ヶ月間も口を聞いていなかったものだから、元通りの関係に戻れるか気になっていたけれど、本当の所、私は心配してはいなかったわ。
案の定、このカルテッド事件の後、マキアはトールにべったりだもの。
きっと反動が出たんでしょうけれど。
うちの使用人たちも、何だかホッとしたみたい。メイドたちの中には“あの二人を影から見守り隊”なんてあるらしく、文字通りどこの影からもあの二人を見ているの。
ちょっと呆れちゃうけれど、気持ちは分からなくもないわ。
私も一緒になって観察してしまっているから。
どうせならやっぱり、あのメモの内容も知りたかったけれど、それを探るのは無粋かしら。
見ていて本当に面白い二人だわ。