44:『 4 』シャトマ、始まりと終わりのオリジナル。
3話連続で更新しております。(3話目)
ご注意ください。
「なんだ……これは……」
見た事の無い巨兵が、その空間には閉じ込められていた。
妾の知らない特別な金属で作られ、特別な模様が刻まれ、特別なフォルムをしている。
いや、違う。
見た事が、ある。
神を越えようとした、神を殺そうとした、その神話の象徴。
巨人だ。
これは今までのレプリカとは違う。オリジナル。
神話の時代の巨兵だ。
おそらく、コンマ数秒の静寂。
その刹那的な瞬間に、すっと開けられたオリジナルと思われる巨兵の瞼。
真っ赤な双眼が妾をじっと捕らえる。
「あっははははははは。あはははははは、捕まえたぞ。藤姫を虫かごに捕まえてやったぞ!!」
甲高い笑い声が空間に響いた。
声の主を探すと、そいつはいつの間にやら巨兵の肩に座って、足をバタつかせ喜んでいる。
長い銀の髪を二つに結った、少女だ。
「……銀の……王……イスタルテ」
「久しぶりぃ、パラ・プシマ。お前とはいつぶりだろうか。……正直、僕はお前には全然興味がないんだけどねえ。フレジールはもう要らないから、わざわざ僕が出向いて、お前を殺しにきてやったんだ。やってほしい事は、全部やってくれたからねえ」
「……何を言っている、貴様」
妾は神器を構え、空を舞う。
巨兵がいつ動き出すのか、緊張感に身を小刻みに震わせながら、それでもキッと銀の王を睨み、やつに見下ろされない位置までやってくる。
こいつに見下ろされてはいけない。
「ははは……っ、全ては整いつつあり、お前はもう用済みってことだよフレジールのシャトマ姫。いや……藤姫、だったかな。お互い、名前が沢山あると難儀だね」
銀の王は憎らしい口調でそういって、小首を傾げた。
一見は愛らしい少女である。
「無駄話はよせ。貴様……これはどういう事だ。なぜ“オリジナル”が、貴様の元にある」
「はあ? お前、馬鹿なのかぁ? 千年前に青の将軍が、西の大陸で発掘したものが“オリジナル”であっただけの話じゃないか。ま、そのオリジナルには双眼が無かった訳だけど、このオリジナルを元に、僕らは現在、巨兵の開発を成功させた訳だ」
「……双眼が無かった? どういう事だ銀の王。妾を見下ろしているこのおぞましいオリジナルの双眼は、ガラス玉をはめ込んだだけとでも言うのか?」
当然、妾はそうは思っていなかった。
この古の魔力を感じさせる鈍い金属のフォルムも大概厄介だと感じたが、妾が最も厄介だと思ったのは、その双眼である。
ぎょろぎょろと、まるで濁った血でも蓄えたかのような潤った眼は、見つめるだけで“死”の暗示にかかりそうな程だ。
「あははははははっ。ま〜さ〜か〜。この双眼は、シャンバルラ王国で手に入れたものだよ」
「……シャンバルラで?」
「そうだとも」
銀の王イスタルテは、ニヤリとその小さな口元に弧を描く。
細められた大きな赤い目は、このオリジナルと似た何かを感じる。
「そもそも、三千年前の“銀の王”は、現シャンバルラ王国である旧シャラバン帝国の王だったんだよ。シャンバルラに残る練金魔術の歴史を辿れば、それは銀の王が生み出したものだ。オリジナルにはめ込んである双眼はね……多くの人間の命と血を蓄えて作られた練金魔術の結晶“迷宮の瞳”だ。永遠の命を約束する宝石とも呼ばれるが、実際はオリジナルを動かす為の鍵だったのだよ。……シャンバルラの王宮は、遥か昔の銀の王の意思を継いで……と思いたいが、おそらく永遠の命を渇望して、長くこの宝石を守ってきた。公に練金魔術は禁止の傾向にあったから、秘密裏に罪人を素材にして、ね。この赤い輝きを守り続けていたんだよ」
「……ほお。なるほど、色々な事が合致したわ」
「そうそう。“鉄の塔”って、知ってるかい? 西の移民族を囲んでいたガレムって国があったんだが、その国はね、西の移民族を保護する名目でつくられた、“人材収集場”だったんだよ? 罪人を鉄の塔に集めて、血肉を集めていたんだ……ふふ」
「……」
皮肉な笑みが出た。
ガレムのあの“鉄の塔”の使い道、シャンバルラが秘密裏に続けていた練金魔術の研究が繋がる。
いまやシャンバルラ王家は誰一人残っておらず、真相を知る事は難しいか……
「三千年かけて人間の血肉を浴び続けたこの双眼、やっと、僕の元へ戻ってきた……さあ、動いておくれよ僕の最高傑作のお人形……オリジナルのギガスよ」
銀の王が巨兵に囁くように言った言葉が、ギガスの額に模様を浮き上がらせる。
同時に赤い双眼が光り、オリジナルは耳の鼓膜を裂く程の嫌な高音を奏で、立ち上がった。
「……あ……っ」
……まずい。
全身が、悟っていた。
これは、まずいと。こんなものが、連邦の手の内にあったなんて。
これが表に出てしまえば、世界は再び破壊し尽くされる。
銀の王は、きっとそれを躊躇わない。
「この世界は熟しすぎた……再び壊して、創り直すしか無い……そのためには、まずお前から死んでもらうよ、藤姫」
ゆらりと巨兵の肩の上で立ち上がり、銀の王は私の方に手を向けた。
「ぬかせ!! 悪いが、貴様の人形はここで破壊させてもらう!!」
手に持つ神器をオリジナルに向け、力を惜しむ事無く魔法陣を連ねた。
もともと万全ではない体で魔法を使いすぎたせいか、背中がズキンと痛んだが、ぐっと表情に力を込めて神器に命ずる。
「放て、聖女王の号令!!」
六花を抱く神器が、無数の拡散砲を放ち、それらは巨兵の手足、胴、頭部を狙う。
一度神器の柄をカンと魔法陣に打ち付け、それは一度収縮し、再び大きなものへと再展開。
拡散砲にまぎれ、一気に巨兵の両眼を狙った。
迷いなど無かった。
その両目“迷宮の瞳”が最も厄介であろう事は分かっていたからだ。
神器の先に、第九戒召喚で精霊宝具を備え付け、刃と化し右目を狙って、穿った。
一つでも潰す事が出来れば……考えている事と言えば、それしか無かった。
「……はい、ざーんねん」
しかし、銀の王の間の抜けた声とともに、妾の攻撃は銀色の盾によって防がれる。
そう。銀色の。
どこからとも無く現れた盾の形をした“何か”に。
「お前はここまでだね、パラ・プシマ」
ニヤリと悪趣味な笑みをたたえ、銀の王は指を鳴らした。
途端に体にかかった圧力。体がまったく動かない。
オリジナルの眼に睨まれているからか。
銀の盾が振りかぶるようにして、妾の体を地面に叩き付けた。
そして、巨兵の頭部の周囲に展開されたバチバチと音の鳴るエネルギーの塊より、雨のように降り注いだ銀の針のような砲撃。
それは避けようも無く、妾の体を無数に貫いた。
「……っ」
体のあちこちを激しく損傷したのが分かる。
こみ上げる痛みに血を吐き、頭から流れくる流血に、目の前を真っ赤に染めた。
治癒魔法が働くが、もしもう一度この攻撃をくらえば、それが間に合う事は無いだろう。
「あっはははははは!! “銀の流星群”だ!!! これこそが、超高密度の魔導粒子砲!!! 神話の時代を終らせ、人の体を蝕むマギ粒子を生んだ破壊砲だ!!」
「……」
「どうだい、パラ・プシマ……お前、巷じゃ聖女なんて呼ばれているようじゃないか。あははっ、聖女様が虫食いだらけで見つかったら、お前を信じていた人間どもはさぞ絶望に打ち拉がれるだろうねえ」
「……」
「もう、言葉も出せないかい?」
「……っ」
「ま、いいや。お前はもう、死ぬと良い」
時間が、足りない。
体の損傷を回復する時間が。
銀色の雨が迫ってくるのを、感じ取っていた。
だけど体が動かない。
頭をよぎったのは、確かな“死”だ。
「……」
嫌だ。
妾は、またこんな所で、誰より先に逝くのか。
何を成す事も出来ず、信じてついてきてくれた人々を置いて。
敵に勝つ事など一度も無く。お父様を解放したいと願った夢も、叶える事無く……
お父様……
「空間を割れ、タータ……」
終わりを覚悟し目を閉じた直後、よく知る声を聞いた。
突如、妾を覆うような魔法陣により、大地が鏡で出来ていたかのように高い音を響かせ割れ、妾はこの空間から解放される。
「…………だい……し……き……さま……?」
空間から落ちて行く中、目前で捕らえたのは、聖杯の大司教様……エスカの背中だった。
どこかから現れた彼は、いつの間にか妾の前に立っていた。そして僅かに振り返る。
彼の口元が少しだけ緩み、私に告げた。
「あなたを、心から尊敬しています……藤姫様」
そしてもう、精悍な顔つきで目の前の敵だけを見据える。
彼の側には、同じ意思を持った大四方精霊が三体、静かに寄り添っている。
「だ……ダメだ……」
妾だけが解放され、大司教様は……ここに残る気だ。
オリジナルと戦う気だ!!
「ダメだ……それには……オリジナルには、勝てない……っ」
無意識に治癒魔法に力を注ぎ、言葉をはっきりと発する事が出来る所まで、回復させる。
しかし、言葉が出ても、妾にはもう何も出来ない。
手を伸ばすも、彼には届かない。
「ダメだ!! ダメだダメだ!!! 大司教様ああああああああああああっっっ!!!!」
落ち行く妾の声を、大司教様はその背中で聞いてくれただろう。
だが、彼が妾の方を見る事は、もう一度も無かった。