43:『 4 』シャトマ、動き出した戦い。
3話連続で更新しております。(2話目)
ご注意ください。
妾の名前は、シャトマ・ミレイヤ・フレジール。
前世では千年前の藤姫と呼ばれていた、魔王クラスの一人だ。
激しい爆音により、目を覚ます。
何だか嫌な胸騒ぎがした。
痛む体を起こして、ガラス張りの窓に向かう。
夜空に、赤みのある煙が上っている。
「姉様!! シャトマ姫様!!」
暗がりの部屋から外を眺めていた妾は、妹のアイリに名前を呼ばれた。
この部屋の扉の向こう側からだ。
「入れ」
「失礼致します」
アイリはこんな時でも律儀に妾に許可を求め、入室してきた。
「どうした。この騒ぎは何だ」
「も、もうお体は良いのですか?」
まず彼女は、妾が立っている姿に目を見開き、心配そうな表情をする。
確かに怪我自体が治っている訳ではないが、立って歩く事は出来る。
「問題ない。それより、どういう事だ。これは……」
「そ、それが……例の異世界の少女レナの地下牢が、何者かによって襲撃されたとの事。何重もの結界を破壊され、より強固な魔力の壁に阻まれ、魔法兵では近寄れません」
「……何?」
「おそらくあの娘はもう……攫われたか、殺されたか……」
「……」
こうもタイミング良くレナが妾の目から離れた所を狙った辺り、敵は王宮に居たと言う事だろう。
妾がこの部屋を出ていこうとした所、アイリは焦りの表情で、もう一つの事実を妾に伝える。
「それと、大砂漠に留まっていたドーム型の巨兵が動き出したとの事! 今、第六艦隊が交戦していますが、敵は結界を突き破り、凄い早さで砂漠を横断中との事です。方角は、この王都だと!!」
「なっ、何!?」
「あと一時間程でここへ辿り着く計算です!!」
「……」
なんと言う事だ。
そんな思いが、表情に出てしまった。
妾が負傷中を見計らい、このタイミングで全てを始める気なのか……
「大司教様は」
「それが、先ほどから姿が見えず……いえ、それよりもう一つ。元老院の三者が謀反の疑いにより捕らえられております。それと、シャンバルラのマフメート殿下が、行方不明とか……」
「ほお」
おそらくそれは、大司教様の成果に違いない。
マフメート殿下は見えていた敵と言う事か……まさか千年前と同じ手口で妾の側に現れようとするとは、相変わらず嫌らしい奴だ。
ソロモンがすっと妾の横に現れ、簡易的に耳打ちしてくれた。
妾は、青の将軍が一人“黒の幕”に捕らえられたのを知る。
大きな決断の局面に来ていた。
レナを救いに行くべきか、フレジールを守るべきか……
「……っ」
妾は震える拳を握りしめ、軍服に着替え、部屋を出ようとした。
「姫様……っ、どちらへ」
「……」
「ご指示を、姫様! 我々は、あなたの指示が無ければ動けません!! 姉様……姫様を刺したあの娘を救いに行くなどという決断だけは、どうかおやめください!!」
アイリは妾の前に立ち、切実な表情だ。
妾はしばらく彼女を見つめた。
「……何を言っている、妾が向かっているのはオーバーツリーの管理室だ……妾は、この国の民を守らねばなるまい」
「……姫」
アイリは、ホッとした表情だった。
妾は視線を落とす。
「カノンは居ない。妾が、やらなければならない」
「わ、私だって……私だっております!!」
「……期待している、アイリ」
アイリは強く頷いた。
妾は痛む背中の傷を気にする間もなく、ただ背筋を伸ばして、目前に迫る脅威を睨むしか無かった。
「ソロモン……レナの元へ。おそらくもう居ないだろうが、行き先などの状況の情報を収集しろ」
「は」
妾はソロモンに命令した。
「……すまない。レナ」
妾はすぐに助けに行ってやる事は出来ない。
だが、おそらくレナは殺されない。なぜなら彼女は、敵である銀の王にとって特別だからだ。
敵を倒す事が、レナを救う道につながるだろう。
「レジス・オーバーツリー、戦闘用結界展開……魔力補給をルスキア王国に申請!」
レジス・オーバーツリーに、巨兵襲撃のサイレンを響かせ、住民を地下へと移動させる指示を出した。
王都の全てを守る事は出来ないが、人の集中している場所に結界を張り、出来るだけ被害を減らす策を練る。
時間はいくらあっても足りそうにない。
全てを守る事は出来ない。
そういった取捨選択をしながら、妾は巨兵との戦いに供えた。
巨兵が王都を襲撃するのは前にもあったが、レジス・オーバーツリーが建ってからは初めてと言える。
しかも敵はのろまを装い、高スピードで移動できるらしい。
また非常に硬く、砂漠で見張っていた第六艦隊は砂漠と街のギリギリの場所で一体を破壊したようだが、二体を逃したとの連絡が入った。
「第三艦隊、第五艦隊、砲撃の用意をしろ! 敵は間もなく王都に辿り着く」
レジス・オーバーツリーのモニター室で、そのドーム型巨兵の移動の様子を見ていた。
奴らが這って通った場所は、大きな岩でも転がったかのような何も無い道になっている。
「奴らが止まる事無く突進してくるのは、おそらくこのオーバーツリーが目的なのだろうな……」
オーバーツリーは、フレジールの要。
王宮以上の要塞だ。
やがて奴らは、王都の上に張られた結界に導かれ、その上に這い上がる。
タイミングを間違ってはいけない。
「撃ち方初め!!」
妾が指示を出したその時から、戦いは始まる。
激しい砲撃音と共に、ドーム型の巨兵の頭上から、ヴァルキュリア戦艦の砲撃が始まる。
「透明の籠……展開」
オーバーツリーに登録されているトワイライトの魔道要塞“透明の籠”を展開し、筒状の壁を形成。
二体の巨兵がもう突進しながらそれの側面を登ってきた所を、ヴァルキュリア艦が撃ち落とす。
それを繰り返し、なんとか時間を稼いでいた。
激しい爆音の連続。ここまで聞こえてくる。
「……オーバーツリーの魔力で、砲撃の威力を上げても、あの巨兵は倒せそうにないな」
「まさか……あれほど硬いとは」
側に居た将軍の一人が、低く唸る。
「我々だけが、巨兵に対抗した兵器の開発に力を注いでいた訳ではないと言う事だ。敵も敵で、ヴァルキュリア艦に屈しない巨兵をつくり出していたらしい……」
恐ろしい事だ。
人の兵器の及ばない存在になれば、それこそ、魔王クラスでしか倒せない化け物となる。
そこまで来てしまったと言う事か。
巨人族との戦い……ギガント・マギリーヴァ……
「……妾が、行こう。あれはもう、妾にしか倒せない」
ヴァルキュリア艦への指示は、第一艦隊の将軍に任せ、妾は神器を手に取った。
レジス・オーバーツリーの天板に立ち、精霊たちを纏う。
「第九戒召喚……精霊たちよ、妾を覆う武具となれ……」
暗い空に浮かぶ淡い蝶のシルエット。その光が、妾を覆う。
薄い布が風に巻き上げられ、帯が目の前を横切った時、その姿は先ほどとは違う、光に包まれたものとなる。
背には半透明の蝶の羽を掲げ、タワーから落ちるようにして空を舞い、戦闘の中心となっている透明の籠へ向かった。
妾が現れると、ヴァルキュリア艦はより高い場所へと上昇する。
「神器・聖女王の号令……敵のラクリマを破壊せよ」
幅のある杖の先が、まるで花の開花のように開き、妾の魔力を収集する。
「放て!!」
号令のもと、その魔力は一筋の光線となり放たれ、膨大なエネルギーによる爆破となった。
ギイイ……ビイイイ……
ドーム型の巨兵はその腹をむき出しに裏返り、炎の渦に落ちる。
ぎちぎちといくつもの足を震わせ、もがき、苦しんでいるようだ。
「……」
やがて、そのドーム型の巨兵の足は、動かなくなった。
ラクリマも光を失っている。
「……神器の前ではこんなものか」
手に持つ神器を見て、小さく息をついた。
その時だ。
ビュッ……と、空を切る音がした。それは、妾の横を、長い何かが伸びいく音だった。
「なっ」
鈍い色のいくつもの長い帯が、ただ一直線に空に伸びてきたのだ。
一体何が。
炎の中に、何がいる……
目の前から迫るその帯を精霊壁で弾き、神器に風邪の刃を纏わせ斬り落とした。
しかしそれはすぐに再生し、ぐにゃりと曲がって空を舞い、また妾めがめて向かってくるのだ。
「く……っ」
それらを避けるようにして空を迂回し、魔法陣を連ね、再び砲撃した。
炎は青く鈍い色に変わり、見えたものは、硬い殻を破った蔦植物のようなもの。
あれも巨兵か。
「第二段階があったとはな……流石に気味が悪い」
空に留まっている時間はほとんど無い。
それほどに、無数の蔦帯が空を弾くように伸び、妾を追っていた。
「!?」
しかし、轟々とした異常な音に気がつき、空を見る。
無数の蔦帯が、逃げ後れたヴァルキュリア艦を覆うようにしてつかみ取り、地面に落とそうとしていた。
「あれは……アイリのいる……っ」
足先に魔法陣を展開し、それを押すようにして瞬間的に戦艦を覆う蔦帯を斬り落とした。
向かってやってきたものも迎撃する。
そのまま、一直線に落下して行くようにして、神器に複数の精霊宝具を纏わせ、長い長い刃とする。
「貫け!!」
鞭のようにしなる蔦帯をギリギリの所で避けながら、妾はその手に持つ神器で、迷う事無く敵の中核を貫いた。
「……はあ……はあ」
ただ、その時だ。
激しい爆撃の連なり、爆煙が視界を遮り、またヴァルキュリア艦に隠れていたそれに、妾は気がつかなかった。
より高い場所に、広範囲に渡る黒い魔法陣が展開されていたのだ。
巨兵のラクリマが放つ禍々しい魔力波が消え、やっとその気配に顔を上げる。
「……魔道要塞……“古の黒い箱”……」
どこからか、低い声がした気がした。
魔法陣から降りてきた不可避の圧力が、妾を覆い、閉じ込める。
揺らぐ視界と、突然別の場所へ飛ばされる感覚には覚えがある。
魔道要塞。空間魔法による超難度魔法だ。
みずみずしい空気。
古いようで、懐かしい土の匂い。
甘いけれど、不思議を帯びた霧。
ただただ広い、濁った桃色の空の、枯れた庭のような場所。
魔道要塞による異空間である事は、すぐに分かった。
妾は目の前に存在していた、“それ”に目を奪われ、言葉も出ない。
「……」
その空間にひっそりと、だけど妾を見下ろすようにして佇んでいたのは、古びた機械のような、だけど見ぬ技術で創られたものだと分かる、巨大な人型兵器。
巨兵だ。
くすんだ白金色の肢体には、おびただしい程の術式がかき込まれている。
頭部に浮かぶラクリマには、円を描く輪が掲げられ、神々しくも禍々しくもある。
無数に伸びる骨張った腕のようなものが、大地を覆う囲いのようにして突き刺さり、ただただ、その閉じられた瞼の柔らかな表情が、妾を見下ろしていた。
息を呑む。
だが、息が続かない。
それほどの魔力と、目の前の存在への恐怖を感じた。
「…………オリジナル…………?」
すぐに悟る。
これは、元始の……神話の時代の“本物”だ、と。