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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
313/408

42:『 4 』エスカ、青の疑心。

3話連続で更新しております。(1話目)

ご注意ください。


俺の名前はエスカ。

かつて、聖灰の大司教と呼ばれていた男だ。



藤姫がお休みになる部屋に大四方精霊の一体、白獣のキュービーロの結界を張らせておく。

俺は夜中に一人、地下牢へ向かった。


「おい、いつまでもうじうじしてんなよてめえ。明日になったらきっと出られるぜ」


「……」


捕らえられたレナの所だ。

この女は地下牢の奥で膝を抱えて座っていた。


「……別にうじうじしてませんよ。牢屋に居た方が、誰も傷つけずにすむので、むしろ安心できますし」


「おっ、分かってんじゃねーか。てっきりめそめそめそめそ、トールさ〜んめそめそ……って、してるかと思ってたぜ」


「気持ち悪いので、人の真似しないでください」


異世界少女レナは、なんだか投げやりな様子だった。

顔を上げて、人を心底邪魔そうにして見ている。


「てめえ、黒魔王の前じゃ良い子ちゃんぶりっこしてるくせに、なんだそれは。けっ、女なんてみんなこうだぜ」


「うるさいですね。一体何のようです。どっか行ってください」


「はあ、これだ。やれやれだぜ」


全くこれだから女は……

しかし、藤姫様が心配していたよりずっと、レナは気をしっかり持っているようだった。


「藤姫様が目を覚まされた。何も心配はいらない。……お前の事を、心配してたぜ」


「そ、そうですか……それは、よかったです。本当に」


レナはハッと顔を上げ、ほっと安心したように気張った表情を少しだけ緩めた。


「一体なんだったんだ、あれは。お前、急に俺たちを殺したくなるのか?」


「……あの時は、声がしたんですよ。どうやら、私を創った人の声らしいのですけど……」


「創った人?」


レナは膝を抱えたまま、淡々と語った。


「私、自分がしっかりしていれば、この殺意を押さえ込めると思っていたんです。……結局、私は藤姫様を斬ってしまった。殺そうとしてしまった……自分の弱さが、心底憎いです」


「……」


そんな事を言う割に、彼女の口調は実に冷静だった。

目の前でわっと泣き出されても困るが、こうも淡々とされると逆に恐ろしい。


「まあ、良いんじゃね? 殺したければ、殺せば」


「……は?」


「俺はいつもそうしてるぜ。善悪より先に、気に入っているか、そうでないかが、何もかもの判断基準だ。気に入らなけりゃ全力で潰すっ!」


「……なんですかそれ。犯罪者みたいな思考ですね」


「はっ、聖職者に向かって冗談言ってくれるなよ。俺は、自分の判断に自信を持っているってことだぜ。要するに自由に生きているのだ。悩んだりしない」


「……」


あ、こいつすげー目で俺を見てやがる。

だが俺は考えを改めたりしない。


「別にお前も、俺たちを殺したいと思えば全力でかかってくれば良いんだ。俺たちはそう簡単には殺されない。お前が変に耐えるから、こっちもどうしようかとなる。それならいっそ『すみません今から殺しにいきます!!』くらい宣言してかかってこいや。そうすりゃこっちも対応できる」


「……何だか、アホらしいようで正論のような気もして悔しいです」


「あははははは、俺は正しい事しか言わない!!」


レナは眉を寄せた怪訝そうな表情で、言葉を失っていた。

俺は立ち上がると、彼女に背を向ける。


「ま、お前はあと一日牢屋に閉じこもってろや。明日になったら、出してもらえるだろ」


そう言って、ただただ失語しているレナを牢屋に置き去りに、そのまま地上へと戻った。








「……シャトマ姫様は、重体だとか。姫は自らが決して傷つかず、死ぬ事は無いと言って婚約の話を流していた。故に、婚約の話を進めるには今しか無いだろう」


「カノン将軍もいない今、シャトマ姫様とはいえ、自らの言っていた事が絶対ではないと周囲に知られたのだ。我々の提案をないがしろには出来まい」


「レナと言う娘……まさか本当にシャトマ姫様を傷つける事が出来るとは」


「異世界からやってきた娘だとか」


「……むしろ、シャトマ姫様にはここで“ご退場”いただき、レナと言う娘をかたきに仕立て上げ、我々が処罰するというのも。国民は、こぞって我々を支持するでしょう」


「ほっほ」


夜の帳が降りる頃。

老人たちがアホみたいな夢物語を語っている。


「はっ」


俺は耄碌じじいどもの傍らに、音も無く現れた。

当然、じじいたちは腰を抜かす程に驚く。


「だっ、誰だ!!」


「外の警備は、一体何をして……」


慌てふためく三人の老人+一人の若者。

俺はニヤリと笑って、円卓を覗く。


「ほお〜、贅沢なワインを囲んで、姫様をどう王座から引きずり落とすかを画策中か。身の程知らずどもめ。ハエどもが可憐な蝶に立ち向かおうとしてんなよな」


「き、貴様……ヴァベル教国の……」


「おっと。それ以上言う必要はねーぜ。俺は俺の事を一番良くわかっている。……この、ちょーかっこいい俺様は、ヴァベル教国の次期大司教にして、緑の巫女の兄!! 聖灰の大司教の名を継ぐ者だって事はなあ!!」


『……エスカ自己紹介長い』


「うるせえタータ!!」


脇に控えていたタータにつっこまれて、怒鳴る。

元老院の老人たちはぽかんとしていた。

しかし俺の視線は、その中でも飄々とした表情でいるシャンバルラのマフメート王子に向かう。


「おい、てめえあからさまに怪しい表情してんじゃねーよ。あ? “青の将軍”様よお」


「……」


「何か言えよてめえ」


「……ま、バレますよねえ」


奴がそう言った瞬間、この部屋の空気は変わった。

同時に、どこからかこの様子を確認していたソロモン・トワイライトの“黒の幕”が展開され、奴を捕らえる。


それでも余裕ぶった態度が気になるが。


「どういうつもりだてめえ。随分と大人しく捕まるじゃねーか」


「……」


「何か言えよてめえ」


「いえ……聖灰の大司教ですか? 千年前とは随分違う風貌で、少々驚かされまして……ええ」


「うっっせーよ!!!」


ゆらゆらと揺れる黒い幕の隙間から、クスクスと笑い声がする。

青の将軍だ。今でもずっと憎らしい、青の将軍だ。


「千年前と同じ手口で藤姫様を狙った所を見るに、てめえ、アホなのか? それとも俺たちをおちょくってんのかよ」


「……ま、そのどちらとも、と言えるでしょうか。どうせ、私の事は紅魔女の瞳があればバレてしまうのです。ならばあえてバレそうな場所に現れて、あなた方をかく乱するのも悪くないし、おちょくるのも楽しいかなあと思いまして」


「はっ……てめえ相変わらず狂ってんな」


青の将軍はニッと口角を上げ、目を細めた。


「あなた程ではありませんよ」


「……」


あ、あからさまに俺の事を馬鹿にしてやがるな、こいつ。

青の将軍は、まるで花見にでも来ているかのようにその場に座り込み、揺れる黒い幕と、濁った空を見上げた。


「千年前、藤姫を騙すのは非常につまらなかったなあと思いまして。疑う事を知らない、馬鹿な女だった。簡単に死んでしまって、拍子抜けだったのを覚えていますよ」


「てめえ……っ」


「私は、“想定内”という言葉が大嫌いでしてね。常に、波乱と混乱を求め、意外な展開を欲している。まあ、自らを罪人に仕立て上げ処刑された姿はそれなりに予想外でしたが……まあでも、滑稽な姿でしたよ。それに比べて……」


「おい、てめえもう喋るな」


俺は青の将軍の後ろに回り込み、首元にナイフを当てる。

ここでこいつを殺しても意味が無い事は分かっているが。


「これ以上藤姫様を馬鹿にしてみろ。てめえ、何度死んでも死にきれないこの空間で、嫌って程痛い目を見て死んでもらうぞ」


俺の脅しなど、青の将軍は鼻で笑って返す。

そして、言いかけた言葉の続きを語った。


「……ふふ、それに比べて、紅魔女の死に際は大変素晴らしかった。私に捕らえられる事無く逃げ切り、再び現れた。しかも、私を苦しめる瞳をもって……ふふ」


「……」


思わず、こいつの首を掻き斬った。

血しぶきは俺を染めたが、落ちた首は再び奴の体に戻り、何事も無かったかのように無傷の姿になる。


ここでは誰もが不死身だ。


「はあ……死ぬ事に慣れた私にこんな事をしても、何の意味も無いですよ。それに、ここは絶対に死なない空間。紅魔女の糸に縛られないままここに居座るのは少々物足りないですが、“しばらく”ここに居るとしましょう」


「……てめえ」


「一つ、良い事を教えてあげましょうか?」


「てめえっ、それ以上何も言うな!!」


青の将軍が意味有りげな表情で俺にそう言葉をかけた時、俺は、こいつがわざわざ一つの分身を犠牲にしてまで俺たちに捕らえられた意味を悟った。


こいつ……俺に“無駄”な情報を与えようとしている……っ!


慌ててこいつの口を塞ごうとしたが、奴は青い炎を自らの周囲に放ち、俺を遠ざける。


「一つ、教えてあげましょう。あなたたちは既に、“私の本体に出会っている”」


「……」


「どういう事だか、本来賢いあなたなら、お分かりでしょう……聖灰の大司教」


「はっ、また、俺を混乱させようってか? 前世と同じ手口が、俺に通じると思ってんのかよ!!」


「信じるも信じないも、あなた次第ですよ。ま、でも……私は嘘を、つきませんけどね?……それに」


「タータ!!」


黒い幕がゆらゆらと、奴の体を半分隠す。

その隙に、俺はあいつをもう一度ぶっ殺したい衝動を抑え、足踏みをしてこの空間の一部を破壊する。

自らが外に出る為だ。


俺の大四方精霊は、空間破壊アンチスケールの能力を兼ねている。







「……っ」


「大丈夫ですか、エスカ様」


「ああ……すまないなソロモン。てめえの空間に穴を開けちまったぜ」


「いえ……私がすぐに対応できなかったのが悪いのです」


ソロモン・トワイライトは俺を気にしたが、実際、ソロモンの体の方がダメージを負っただろう。

顔の半分を鉄仮面でおおった表情は、何事も無かったかのように変わらないが。


「あなたがあの空間から出た方が良いと判断されたのなら、そうだったのでしょう」


「はっ……青の将軍の武器は、まさに心理操作だからな。奴の言葉は、全て意味があると思った方が良い……」


奴の言葉は、意味の無い呟きをも含め、人を苦しめる材料としての意味をなす。

悔しさを押さえるように、遠くを睨んだ。


「俺は千年前、奴の言葉に踊らされ、奴の情報に踊らされ、気が狂う程の長い時を、疑心暗鬼の中で生きた。奴の能力では、それが可能だ」


「……なるほど、それは……厄介ですね……」


ソロモンは頷いた。

俺はちらりとこいつを見てから、顎に手を当て、考える。


青の将軍の言葉を、冷静に思い返した。


「あの野郎……“しばらく”あの場所に居るって言っていたな……」


それは、後にあの場所から出ると言う事を意味している。

どういう事だ。


考えられる事柄はいくつかある。


“黒の幕”の管理者であるソロモン・トワイライトの殺害。

しかしこれはレピス・トワイライトと黒魔王も同期して管理した空間であり、黒魔王ならすぐに修復可能だろう。ただ、逃げる隙は出来るかもしれない。


もう一つは、主にあの空間の構築を手伝っているレジス・オーバーツリーの破壊……


「……」


立ち上がり、すぐにある場所へ向かおうとする。


「少し……調べる必要があるな……。ソロモン、てめえは藤姫様の護衛を徹底しろ。青の将軍の手先が、まだこの王宮に忍んでいるかもしれない」


「どちらへ」


「急用だ!」


俺は言い捨てるようにして、その場から去った。

誰もいないような王宮の高い場所へ出て、夜空に向かい腕を掲げ、大四方精霊の赤鳥フェニキシスを第一戒召喚する。


「ニキ……南の大陸へ急げ。“白賢者”の奴に、一つ伝言を頼む」


『……了解でございます』


「誰にも悟られるな。あいつにだけ、これを手渡せ」


さっと取り出したのは、カメのカードだ。

俺はそれに重要な事だけを書き記し、フェニキシスの炎の翼に隠す。


魔導回路のシステムタワーや通信機を経由する事無く、俺はその言葉を自分の信頼する精霊にだけ託した。




その時だ。

ちょうど、地下牢のある塔の方だろうか。

大きな爆発音が響き、爆煙が上るのが見えた。

夜の闇が濁った赤みを帯びる。


あの塔の地下牢には、確かレナが居たはずだ。

敵の狙いは、まさか……


「レナ、だったのか……クソッ」


あの爆発は、様々な事を誘発的に引き起こす為の、着火の様でもある。

あの場所から、あの女から始まる争いこそが、神話の再現。


「……いままで大人しくしてたのに、いきなり暴れだすってか?」


黄金の林檎……巨人族の戦い(ギガント・マギリーヴァ)。


「!?」


目の前に、湧き出るようにして現れた白い軍服の男が居た。

奴は見覚えのある風貌で、少しやつれ、歳をくった“あいつ”のように思える。


そう……黒魔王に似ている男だと、直感的に思った。


「ナタン・トワイライト……か」


連邦に従うトワイライトの者の中で、最も有名な男だと言って良い。

奴は何かを言う事も無く、俺を自らの魔道要塞に連れ込もうとした。


「ははっ……ふざけんなよ。足止めってか」


カオスな状況と言いたいが、実にシンプルだと思った。

何かが連続的に起きようとしているのだ。




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