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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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41:『 4 』マキア、トールの看病をする。



私はマキア。

今、西の大陸の、小規模な樹林の中にいる。

トールと西の大陸の偵察に来ているの。


だけど、私たちは足止めをくらった。なぜならば、トールがいきなり高熱を出して倒れてしまったから。

トールの力が無ければ、私たちはレイラインに帰る事も出来ないし、荷物を取り出す事も出来ない。


「まあ、久々に神器を使うと体がついてこなくなるからね。私もそういうのあったわ……」


トールを引きずって、休める場所を探し、ようやく見つけた岩穴で寝かせた。


「地面、ちょっとごつごつして痛いけど、我慢してねトール」


自分の着ていたローブを折り畳んで、彼の枕にする。

側にちょこんと座り込んで、うなされているトールを見つめた。

彼の前髪を払って、なんとなく頭を撫でる。

だけどトールは額に汗を流して、苦しそうにしている。息が荒く、顔が赤い。


どうしよう。

しばらくはここから動けないだろう。


「ううっ……トール、苦しそう。こんな時に、ユリシスが居たら……白魔術を使えたらって思うわよ……真面目に勉強しとけばよかったわっ」


「……これは治癒魔法でどうにかなるもんじゃねーだろ……」


「あら、トール、起きてたのね」


悔やむ私を前に、トールがうっすらを目を開けた。

体を起こそうとして、やめたようだ。まだ無茶なのね。


「動いちゃダメよトール。しっかり休まなくちゃ。あんた、最近働きすぎたのよ。神器の使用が、更に体を痛めつけてたんだわ」


「……神器のおかげで魔導要塞のリスクが軽減したと思ったらこれだよ」


「魔法だもの。どこかで対価を求めてくるわ……しばらく魔法を使っちゃダメよ」


「……」


トールは掠れる声で「水」と言う。


私は急いで、彼の頭を起こし、膝を枕にして、水筒の水を飲ませた。

トールは少しだけ安心した様子で、ほっと息を吐く。


「大丈夫? トール」


「……なに心配してんだよ。俺が倒れたり怪我するのは、いつもの事だろ」


「そりゃ、あんた不憫体質だからよくある事だけど……でも心配よ。ころっと逝っちゃったらどうしようかしらって」


「嫌な事言うな」


私は彼の頭を膝に乗せたまま、無意味にぎゅっと体を抱きしめる。

トールの体が珍しく熱い。


「……熱い」


トールがぼやく。


「トールぅ、トールぅ、しっかりしてよお」


「分かったから……離せよマキア、熱いんだよ。クマのぬいぐるみじゃねーんだから抱きしめるな」


「ううっ、ううっ、トールがそう言うんなら離すけど……」


何だかぎゅっと掴んでいないと、本当にどっかに行ってしまいそうで、私は気が気じゃない。

いつもはね、そりゃあわがまま言ってトールを困らせるのが趣味だけど、トールが倒れたら心底心配よ。


「お前なあ……昔っからお前はそうだよな。普段は俺に迷惑かけるのは当たり前、みたいな腹立つ顔してるくせに……いざ病気なんかしたら、泣く程心配しやがって……」


「うう……ツンデレの一種だと思ってください……っ」


「自分で言うなよ」


マジ泣き三秒前の私。

トールの方が辛そうなのに……あ、トール呆れてる。


「大丈夫だよ。こんなの一夜で済む事だ。体が、色々と処理しているのが分かる……すぐに、終わるさ」


「本当? トール、すぐに元気になる?」


「ああ……」


トールは力なく頷いた。

そのまま、目を閉じる。


「……死んじゃいやよ?」


「死なねーよ」


だけど私の不吉な一言で目をぱちっと開けて、相変わらずのつっこみ気質を見せつける。

流石はトールね。





確か側に川があったはずと思って、私は水筒を持って岩穴を出た。

なんか、栄養のあるものでも見つけられたら良いんだけど……


「……もしかしてトールが倒れたのって、あいつのご飯をいつも私が横取りしてたからじゃないわよね。栄養不足とかそう言うのじゃないわよね……」


思い至って、途端に不安になった。

あ、ありうるような、全く関係ないような……

だけど、あいつほら、いつもご飯わけてくれたし。


悶々とした不安を抱えたまま、川で水をくんで、魚がいないか確かめたり、木に登って鳥がいないか見て回ったりする。

ただやはり、すぐに見つかる事は無い。


「ああ……やっぱり私ってトールの便利空間のおかげで、快適な旅が出来てたんだわ。西の大陸に来たばかりの頃だって、私、無謀な旅に倒れてたじゃない。サバイバルなんだわ……」


ぶつぶつ呟きながら、樹林をもっと探る。

トールは一日で元通りと言っていたけれど、何か美味しいものがあったらいいと思うのよね。


「……あっ!」


目の前の樹に、一つだけ林檎みたいなのがなってる!!

私は神器を長槍の形にして、その林檎をつついて取った。まさか神器をこんな風に使う事になるとは……これをくれたカノン将軍に見られたら恥だわ。


「わーいわーい!! 林檎だわ!!」


真っ赤に熟れた林檎……みたいなの。林檎より少し細長いかしら。

だけど、良い匂いがするし、とても美味しそう。


「……」


ぐー……と、自らのお腹が鳴った。

だけど、ダメダメ。これはトールの。


「食べちゃダメ、食べちゃダメよマキア」


私は首をふるふると振って、トールを置いてきた岩穴へ戻ろうとした。


「……?」


ぽつっと、空から落ちてきた雫。顔を上げた時には、ぽつぽつと雨が降り出した。

降り出したと思ったら、いきなりのどしゃ降り。


「いやあああ〜っ、豪雨よ〜〜」


ぬかるんだ地面を蹴りながら、急いでトールの元へと戻った。






「はあ……はあ……」


戻ったときの私の姿は、きっと泥まみれのびしょびしょで、とっても醜かったでしょうね。

岩穴に入ってすぐ、髪をしぼって片側に流し、スカートの端をしぼる。


「トール……?」


トールの様子を見てみると、彼は青白い顔をして静かに横たわっていた。

何だか心配になって、彼に覆い被さるようにして、胸に耳を当てた。


「死んで、無いからな」


トールはぱちっと目を開けて、いつもの調子でつっこむ。


「よかった〜、死んでるかと思って、焦っちゃったわ」


「お前はそんなに俺を殺したいのか」


「そんな事無いわよ。あんたが死んだら私も死んじゃうわよ」


「真顔で恐ろしいことを言うな」


トールは小さくため息をついて、眉を寄せた小難しい表情をしていた。

やっぱり、まだ辛いのね。


「トール、待ってなさいね……今、美味しいの作ってあげる」


私はせっせと、今ある荷物を漁っていた。

自分の鞄に入れていたマイマグカップの上に林檎を置いて、自分の指をナイフで少し斬る。

ちょびっとだけ血を林檎の皮につける。


「擦り林檎になれ、擦り林檎になれ……」


小声で命令。

すると、林檎は一瞬にしてクラッシュ。

飛び散った皮や果肉が顔にへばりついたけれど、まあ、私の魔法にしちゃ穏やかな爆発ね。


マイスプーンで、マグカップの中に擂り下ろされた林檎をかき混ぜる。

新鮮な林檎ジュースのような匂い……美味しそう。


「ダメダメ、これはトールのよ」


私はふるふると首を振って、トールの所にそれを持って行く。


「ほら、トール。これ、擦り林檎よ。……美味しいわよ多分」


「……なんだ、お前林檎なんてどこから」


「一つだけみつけたの。多分、限りなく林檎的な果実よ」


「て、適当だな……」


「でも、ちゃんと食べた方が良いわよ。あんた、ビタミン不足よ、きっと」


「……」


トールはゆっくりと起き上がる。私はそれを手伝ってから、壁を背もたれにさせる。

マグカップから擦り林檎を一口分、スプーンで掬った。


「はい、トール。あーん」


「……」


トールは何だか微妙そうな表情だったけれど、チラリと私を見た後、擦り林檎を口にする。

私は何だか嬉しくなる。


「美味しい?」


「……体に染みるな」


「もう一口、食べて」


「……」


「食べれるだけでいいから」


それからは、何だか私たちにしては無言の作業。

私がトールの面倒を見る事は今まであまり無かったから、こういうのは不思議な感じがするものね。

トールはいつもなら文句を言う所、今日は素直に食べてくれた。

食べながらも、彼はちらりと横目に私を見て、呟く。


「おい……お前、ちゃんと服を乾かせよ。雨に降られたんだろ」


「……へっちゃらよ?」


「ダメだ。俺がよくなっても、お前が風邪でもひいたら意味が無いだろ。お前の力があれば、自分で服を乾かす事も出来るだろうが……荷物に魔法火種がある。それも使え」


「で、でも……あんたがこれ、食べてから」


「ダメだ。今すぐ乾かせ……あとは、自分で食べるよ」


「……」


「ありがとうな、マキア。美味いよ」


キツく言いつけた後に、トールは少しだけ微笑んで、お礼を言った。

流石の私も赤面して、もじもじとして、顔を下げる。


「う、うん……わかった」


こんな風に言われたら、言う事を聞くしか無いわね。



トールに言われた通り、彼の荷物から魔法火種を取り出して、岩穴の中で火をおこす。

魔法火種は、薪が無くてもしばらく安定した火を灯してくれる優れもの。

まあ、出口はそこだし、風邪の通りもよく雨も降っているので、空気が籠る事は無いでしょう。

むしろ少し湿気ているのがどうかしらね。でも、火はちゃんとついたわ。


「トール、こっち見ないで」


「え? あ、ああ……はいはい」


私はトールが反対側を向いたのを確認してから、衣服を脱いだ。

薄手のインナーワンピースや、上着や、スカート。厚手のタイツ。靴……それを地面に並べて、ちょこっとだけ血を付けて、命令。


「……乾け」


すると、衣服は水気を拒絶するようにバッと雫を吐き出して、まるで乾燥機にかけた後のようにぱりっとする。

まあ、ちょっとよれてるけど仕方が無いわね。


火の側で体と髪を乾かす。

トールは律儀に後ろを向いていたけれど、なんだかふらふらして、そのうちにぽてっと倒れた。


「あっ、トール!」


私は薄手のワンピースだけパッと着て、彼の側に寄って行った。

側に置かれていたマグカップの中身はからっぽだ。


「トール、そろそろ寝た方が良いわよ。ふらふらしてるわ」


「……んー」


「火の側で寝た方が良いわよ」


トールを後ろからひきずって、火の側の平らな場所で横にさせた。

額に濡れたハンカチを置いて、じっと様子を見続ける。また少し、熱が上がってきたようだ。


揺れる炎を背に。

私は空腹も忘れて、しばらくずっとトールを見つめていた。


雨は降り続け、気がつけば外は暗くなっている。

ひんやりとした空気だけが、岩穴の入り口から入り込んできた。


「トール……早く元気になってね」


大人しくてしおらしいトールも可愛げがあるけれど、やっぱりいつもの元気なトールに戻ってほしい。

文句ばかり言うけど、頼りがいのあるトールに戻ってほしい。

そして、また一緒に旅をしましょう。


その日は丸一日、トールの寝顔を見ていた気がする。

時には横になって、時にはむくりと起き上がって。


眠れなかったのは、空腹もあったのだろう。

だけどこの時に限っては、私はその事をすっかりと忘れていたのだ。






「……」


次の日、鼻をかすめる良い匂いで目を覚ました。


「おい、起きろマキア。朝飯だぞ」


ペチペチと頬を叩かれる。


「ん〜」


ぼんやり眼で起き上がった時、体からずるっとずり下がったのは、薄手の毛布だ。


「お前、そんな薄着で寝てるからびびったじゃねーか」


「……はれ、トールが起き上がってる」


「もうすっかり大丈夫だ。……擦り林檎がよかったのかな」


ニッと、不敵な笑みを浮かべるトール。あ、いつものトールだ……

私は目を丸くさせ、次第に大きく見開き、ワッと飛び上がる。

そのままトールに抱きついた。


「トールだあああっ!! トールが元気になってる!!」


「ちょっ、その格好で抱きつくなって」


「ううっ……うううっ……もう死んじゃうかと思ってたわ。巨兵には全然殺られないのに自分の神器で死んじゃったらそれこそアホだけど、トールっぽいなとも思うのよね……」


「だから、死なねーって言ってるだろ。勝手に人を殺すな!」


昨日の弱々しい声とは違って、今日のトールはいつものはきはきした声。

私は意味も無くトールの脇腹をつつく。


「心細かったって話よ……トールが静かなもんだから」


「……」


「よかったわ……」


しばらくの沈黙の後、トールは私の腰に手を当て、ぐっと引き離した。少しばかり視線を逸らす。


「お前な、そんな格好でべたべたすんじゃねーよ。色気より食い気のマキアさんはどこへ行ったんだ。あの枯れ具合はどこへ行ったんだ」


「……な、何よ、嬉しいくせに!」


まさかそんな事を言われるとは思わず、ムッと膨れっ面になる。

前よりずっと素直になろうと思っていたのに。


「そういうことじゃねーよ。……はあ、全くお前と言う奴は。頼むから服を着てくれよ」


「……その前にご飯……」


「その前に服だ!! 前言撤回だ、お前はやっぱり食い気だな」


トールはわざわざ、私の厚手の上着を持ってきて、かぶせる。

まるでお母さんが子供にするように。


変なトール。

今までは遠慮なく、隙あらばあっちこっち見てたくせに。


「わあっ、お肉と野菜のスープだわ!!」


だけど、今朝の朝食はトールの作った、お肉と野菜の沢山入ったスープだったから、いつもより豪華な食事に私は夢中になる。

ただの塩味のスープだけど、久々にたくさんの具材の入った料理を食べた。


「おいしいおいしい」


「お前、ずっと腹が鳴ってたからな。おかげで朝早くに起きたんだ。それで……」


「それで作ってくれたのね。トールってば流石に気が利くわね」


「……好きなだけ食べろよ」


ガツガツ食べ続ける私の様子を見ながら、トールは珍しく私に甘かった。

器を差し出すとすぐに入れてくれたし、何杯食べても止める事は無かった。


昨日は不安ばかりで空腹を忘れていたけれど、やっぱりお腹が空いてたのね。


私はこの鍋一杯のスープを、ぺろっと平らげてしまったのだった。


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