40:『 4 』シャトマ(サティマ)、追憶・終。
3話連続で更新しております。(3話目)
ご注意ください。
魔王クラスの早すぎる死も、世界を混乱に陥れる一つの結果となるであろう。
私は罪をおかした。
悔しくて泣いたし、呪いに蝕まれる体に随分と苦しめられた。
あんな男に、簡単に心を許した自らの愚かしさを恥じた。
何より、お父様を失望させてしまった事が辛い。
私はなんて馬鹿な娘だっただろうか。助けてもらった命を、こんな形で簡単に失えるなんて。
私が「意味のある死を迎えたい」と言うと、お父様は全てを整えてくれた。
それは本当に確実で、残酷な死に方だった。
だけど、意味の無い優しい死に方よりずっと、私には救いに思えたのだった。
「すまない」
お父様は私の部屋で、ただ一言、そう言った。
死を間近にし、床に伏せる私を前に。
彼は淡々としていたけれど、辛くないはずが無い。
その表情はいつも見せていた複雑そうなもので、私はこんな時でも、二人で旅をした幼い頃を懐かしく思ったりした。
「なぜ“お父様”が謝るのだ。全ては妾がもたらした結果だ」
「……もう、父ではない。こんな事になってしまって、父とは言えない」
「ふふ」
こんな時でも、お父様はもう、父とは呼ばせてくれない。
私は視線を逸らし、そして、彼に一つ提案した。
「ならば、そなたに名を与えよう」
「……偽名ならある」
「そうじゃない。妾が名付けるのだ」
「……」
お父様はあまり見せないような、少し驚いた表情をしていた。
私は名前魔女であり、戦場で生まれた子供たちに名を付けた事もある。
しかし私の目をもってしても、この男の魔力数値はおろか、何もかもを知る事は出来ない。
今までこの男が何をしてきて、何を失い、何を得てきたのか。それは分かり様も無い。
だが、想像はできる。
妾はベッドから居りて、お父様の前に立ち、彼の頬に触れた。
「すまない。お前の手を、煩わせてしまって。……ずっとずっと、苦しめてしまって」
「……」
私が、このような事を言っても良いのだろうか……
そう思いながらも、遠い約束の過ちを認める言葉を、私は発した。
「可哀想だ」
「……」
「お前はとても可哀想だ。何もかも覚えていながら、自分の全てを忘れている……。なら私が名を与えよう。その存在を認めよう」
ずっと、考えていた。
この人はどこか、地に足の着いていない亡霊のようだと。
側に居たのに、いつの間にか消えてしまっても、それを納得できそうな程に曖昧な存在だと。
なぜだ。
この者だけが、人ではないからだ。誰も彼を人にはしてくれない。
我々だけが、常に救われる。
お父様と呼べないのならば、それ以外の名前があったら良いと思った。
名前は、他人にその存在を認めさせる無二の道具だから。
「金色の髪……青い瞳……“回収者”……聖地……約束……」
私は、この男にある数少ない情報を辿った。
まっすぐに彼を見て、一番ぴったりな名を与えたいと願う。
このメイデーアに認められた名前でなくとも、他人が彼を認識できる名前があったら良い……
「そうだな…………そなたの名は、“カノン”。……カノンで、どうだ」
「……」
「気に入らないのなら、変えるが。妾は、響きが好きだな。……何となく、お前の顔を見ていたらスッと出てきたものだ」
「……いや」
「嫌か?」
「いや……そう言う意味じゃない」
彼はその名を否定しなかった。肯定もしなかったけれど。
まあ、死ぬ程嫌という訳ではないようだ。何となく分かる。
「ならば、カノン……、お前はカノンだ。その名をもって……最大の幸福をお前に」
「……」
「ふふ、カノン。カノンだ」
意味も無く、名を呼ぶ。
彼が私に与えるものが、最良の死であるのなら、私が彼に残せるものは、最高の名。
例え、“カノン”が私を救い、私を生かし、私を育てた理由がただの義務であれ、私は彼に感謝している。
彼を家族だと思い、愛情を持っている。
その事を、どうか知ってほしい。
約1000年前
フレジール王国
サティマ16歳
回収者カノンが導きだした最良の死は、藤姫を罪人に仕立て上げ、処刑する事にあった。
しかしそれはあからさまに“陰謀”であるように見えなければならない。
ロランド王子殺害の件で北の進軍は進み、西の移民族に立場は無く国は荒れていた。
そこで、ロランド王子を殺したのは実際の所“藤姫”であったという嘘の事実を作り上げ、それを藤姫を疎ましく思う前王派に責められる形を整える。
全ては我々の手のひらの上での事だったが、表向きは、藤姫が様々な形で処刑にまで追い込まれると言うシナリオだ。
前王は嬉々として、娘であった藤姫を処刑するだろう。それは分かっていた。
しかし、裏では大司教様が動き、西の移民族の反乱軍や、国の将軍サイドに藤姫の意思を伝える。
藤姫処刑後の計画は、こうである。
藤姫は、前王の陰謀で処刑された。
ロランド王子も、実際は前王派により殺され、その罪を藤姫は着せられたのだ。
そんな噂が大衆に知られれば、西の移民族に向いていた怒りの矛先は、藤姫を処刑したフレジール王宮に向けられるだろう。
国民の意思がそちらに向かえば、全てはカノンの準備した舞台の上での劇となる。
将軍サイドは反乱軍と手を組み、革命を起こす。
藤姫の名の下に集った民は、東の者も西の移民族も同じ敵を前にして、聖少女の死により結束するのだ。
まさか青の将軍も、最終的に藤姫が罪人として処刑される道を選ぶとは思っていなかったのではないだろうか。
幼い少女の最後としては酷く残酷だが、敵の裏をかくと言う意味では、これ以上無い選択だった。
妾はカノンの提案であった、その計画を受け入れた。
それしかないと思えたし、それこそが大業だと思えた。
処刑の日の事は、今でもよく覚えている。
眠れるはずもない前夜に、契約していた虫たち一人一人に、今後の事をしっかりと言いつけ、お別れをした。
朝になると、小さな頃によくつけていた飾り紐で髪を結い、罪人の衣に身を包んだ。
鏡を見て、首筋に色濃く残る痣に向かって皮肉を言ってやった。
お前は私を殺す事は出来ない。それより先に、私は逝く、と。ざまあみろと。
痣の向こう側に居るはずの、見た事も無い“青の将軍”本人に言った。
“藤姫”はお前には負けない。負けるのはお前だ、と。
そして、堂々と牢を出て、多くの国民の集まる広場までやってきて、断頭台に立つ。
そこから見えた景色は、今までの視界よりずっと広く、鮮明だと思った。
恐ろしくて足がすくみそうだったけれど、震える姿を見せる事無く、驚く程堂々としていた。
「最後に、言葉を」
ギロチンの刑にかけられる者は、最後に言葉を発する権利が与えられている。
それこそも、計画のうちで必要なものだった。
私は民衆に向かい、短い言葉を告げる。
「また会おう。それまで、妾の理想の国を守ってくれ」
妾が陰謀のもと殺されようとしているのを分かっていた民は、その言葉に涙を流し、処刑をやめさせようと泣き叫んだ。
しかし、兵士により民衆の暴動は押さえ込まれる。
騒がしく動く人の波の中を見つめながら、私は無意識に、民衆の群れのどこかに居るはずのお父様を……カノンを探した。
牢に入れられてからは、一度も会う事が無かったから。
せめて最後に、顔を見たかった。
「……」
カノンはその群衆の中で、暗い色の外套を着てぽつんと佇んでいた。
私にはすぐに分かる。
一度彼と視線を合わせて、私は小さく微笑んだ。
カノンは泣くどころか、表情一つ変えなかった。いつものように、淡々とした仏頂面だ。
決して目を逸らす事無く、私の最後を見届けるため、そこに居た。
私はしばらくカノンを目で追っていたが、兵士に促されるようにしてギロチンの定位置につく。
「さようなら……お父様」
誰に聞こえるでもない小さな声で呟いた。
また会おう……それまで、妾の理想の国を守ってくれ……
その言葉は、決して民だけに向けたものではない。
カノンは、それを知っていただろうか。
我々が転生を繰り返すのであれば、私とお父様はまたどこかで会えるかもしれない。
だけど、それはそれで、お父様にとって辛い事なのかもしれない。
来世があるのなら、絶対にまた会いたい。だけど、その次は無くて良い。
どうか、どうか幸せに……
お父様がどうか、苦しいだけの生を続けなくてすみますように。
死の間際に、私は次の時代の目的を、夢を抱いたのだった。
あれは、秋の昼下がり。
鋭い刃の落ちる音が、瞬間静まり返った広場に余韻として残った。
藤姫はギロチンにて斬首の刑に処せられ、死んだのだった。
もともと呪いでいつ死んでもおかしくなかった体だ。一瞬の事で痛みなど無く、むしろ、痛みが引いていったのではないかと言う程、心地よい終わりだった。
後に、この処刑は“光の喪失”と呼ばれ、フレジールおよびその周辺国家を巻き込む“大東西革命”を引き起こす引き金になったとされる。
藤姫の死後、革命の首謀を担ったのはフレジール王宮の将軍ロムで、彼に力を貸したのは、反乱軍の長だった。
裏で働きかけていたのは、勿論カノンと、聖灰の大司教様。
藤姫はこの大革命の象徴とされ、将軍ロムはその後フレジールの王位を奪い、生き残っていた王家の娘と結婚し、王室の血を今に残す。
藤姫は生命の女神でありながら、死後その名の力を存分に発揮したと言える。
影響力のある人物とは、死してなお利用できるらしい。
おそらく、文字として残る淡白な歴史からは読み取れぬ、激しく醜い、長い長い争いがあったにちがいない。
だが、争いの末に、フレジールは東の大陸きっての大国になり、西の移民族を受け入れられる強い国家となったのだった。
「……」
夢から覚めた時の感覚は、フワフワとした無の心地の後の、転生を思い出させる。
もう一度死に、生まれ変わったような感覚だ。
「目が、覚めましたか……藤姫様」
傍らで大司教様が、夢で見た姿とは百八十度違う風貌で椅子に座っていた。
“妾”はしばらくきょとんとしていたが、やがて意識を現実に戻される。
「ああ、びっくりした……大司教様か。先ほどまで前世の夢を見ていたから、“前”の姿とのギャップに……」
「言葉を失っていたと言う訳ですか」
「ああ、そうだ」
大司教様は決まりが悪そうだった。前世の健康そうでお人好しそうな表情とは裏腹な悪人面で居る。
どうやら本人にも自覚があるようで、「あんなダサい頃の事を言わないでくださいよ」とかなんとか。
うーん……どちらかというと昔の方がスマートに見えるが……
「いいや。大司教様はきっと……自分の為に生きる道を選んでくださったのだろう。そうに違いない」
心の中で言ったつもりが、口に出してしまっていたようだ。
大司教様は立ち上がり、両手をオーバーに広げた。
「はっ……当然です! 聖灰の大司教の生き方は凄まじくダサかったんですよ。他人の為に生きるなんて馬鹿なマネ、もう二度とするもんかと誓いました。そんなのは無意味な生き方で、アホのする事だ。俺はもう、自由に、好き勝手に生きると決めたんです! 結果、イメチェンに大成功した訳で!!」
彼は断言する。
なるほどその結果、こんなふうな来世デビューを果たした、と。
あれ、先ほどまでけっこうシリアスな前世の夢を見ていたのに、大司教様のせいで余韻に浸る暇もなかったな……
「……」
相変わらず、ベッドの上でうつぶせになり、妾は治癒魔法を施されていたようだ。
「妾は、どのくらい寝ていたのか……」
「半日程ですよ」
「……そうか。流石に、たった16年の月日を思い出すには、そう時間がかからないようだ」
「フィフォナと、シシルクの力ですか?」
大司教様が名を当てると、蝶の精霊フィフォナと、蚕の精霊シシルクが姿を現し、妾の側に寄ってくる。
「ああ。フィフォナは眠りを司り、シシルクは懐古を司る。彼らの力により、妾は眠りの中で過去の記憶を見たのだ……」
「前世を振り返るなんて、凄いですね。俺には到底、真似できません」
「大司教様は前だけを見てそうだしなあ……」
大司教様の生き方は素晴らしい。
千年前の彼とは真逆の生き方を、これでもかと言う程に全うしている。
「……カノンは……泣いていなかったな……」
ぽつりと、呟いてしまった。
回想した記憶の最後の事だ。あいつは私が処刑されても泣かなかった。
今も、カノンは遠くに行ってしまっている。
これは、この時代に転生して初めて分かった事だが、あいつが全てをかける意味、何より大事なのものは、どうにも紅魔女と黒魔王にあるようだ。
カノンの優先順位的に、妾などたいした位置には居ないだろう。
妾はそれでもなお、カノンの側で、彼との協力関係を築いている。
別にそれで良い……それで……
ただ今だけは、最後まで泣かなかった彼の表情だけが、脳裏をちらつくだけだ。
大司教様は、妾がぽつりと呟いた事の意味を、最初は理解していなかったようだが、そのうちに察したようだ。
薄い眉を寄せ、すとんと椅子に座り込み、足を組んだ。
「……それは違いますよ、藤姫様」
「……ん?」
「あいつは……いや……」
頭をガリガリと掻いて、やがて、ため息をつく。
大司教様は色の違う双眸を細め、落ち着いた口調で言った。
「あいつが……このメイデーアに再び現れて、すぐに向かったのがあなたの所です。その事を、あなたは忘れてはいけない。あいつだってあなたに、あなたの差し伸べた手に、あなたの与えた名に、救われてるんだ」
「……大司教様」
「あいつは、泣いていましたよ。あんな回収者は初めて見た。……ただ、じっと藤姫の落ちた首を見つめ、静かに涙を流していた……」
「……」
泣いていた?
カノンが?
「妙な事も、あるものだな……」
出てきた言葉は、ただの驚きだった。
ぽかんとしてしまう。想像もできない。
泣いていたのか、カノン……
「……藤姫?」
「眠い。眠いな……さっきまでずっと寝ていたのに、疲れが取れた気がしない」
「寝ながらも、精霊魔法を使って記憶を巻き戻していたからでしょう。疲労はより溜まっているはずです。もう少しお休みください」
「……大司教様は? ずっと、妾に治癒を施していたのだろう」
「はっ。舐めないでくださいよ。俺は鍛えてますから。このくらいなんて事無い!」
「流石だなあ……」
妾は消えそうな声でぼやき、そのまま、目をつむった。
引きずり込むような睡魔は、妾をどんどんと深い眠りへと誘う。
妾はそれに身を任せ、ただ、息だけをした。
「……」
カノンが、泣いていた……?
なぜ?
それは、いつのこと?
…………なぜ?
自ずと、涙が流れた。




