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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
310/408

39:『 4 』シャトマ(サティマ)、追憶8。

3話連続で更新しております。(2話目)

ご注意ください。


約1000年前

フレジール王国


サティマ16歳








ロランド王子は変わり者と言われてた割に感じの良い青年で、ほぼ人質と同等の結婚でありながら、フレジール王国へ来れた事が嬉しくてたまらないと言うような、少し子供っぽい所があった。


彼は今年で18歳との事。

私の周囲には歳をくった者ばかりで、またお父様も大司教様も見た目だけが若いから、こうも若さに溢れた男の人を見た事が無く、彼と居るのは少し不思議な心地だった。


「サティマ様、甘いものはお好きですか?」


「ああ……だが、あまり食べ過ぎるなと宰相から言われている」


「そうですか? ならこそっと」


彼が私の為に用意していたのは、“バタークッキー”という焼き菓子だった。

我が国には無いもので、それは西の大陸発祥のものでありながら、今は北の大陸でよく食べられているお菓子なのだとか。


一口食べた所から、まろやかな甘みが口に広がる。

端的に言うならとても美味い。


「まああ……とっても甘くて美味しいわ!」


思わずいつもの素の喋り方になって、ロランド王子をきょとんとさせた。

それに気がつき、流石の私も恥ずかしくなって、顔を赤らめ伏せる。


ロランド王子はくすくすと笑って、続ける。


「フィンデリアから良いパティシエを連れてきたのです」


「……フィンデリアから?」


「むしろ、このパティシエ以外はなんにも持ってきませんでした。僕は、甘いお菓子さえあればそれ以外は特に必要ないのです」


「ふふ、噂通り……変わっておるな」


「サティマ様こそ、噂の“藤姫様”と聞いていたから、もっとこう……高圧的な方かと思ってました。女王様と言う感じの」


「そなた、藤姫をいったいなんだと……」


「はははは」


ロランド王子は笑って言いながらも、決して私を藤姫とか、女王陛下とか、そういう風には呼ばなかった。

私を呼ぶときはいつもサティマ様と名前で呼んでくれる。


そう言う所が風変わりで、だけど私に対し“藤姫”への敬いや畏れも無く、彼と過ごすのは身軽で気軽だった。

お父様とは正反対の人だったけれど、そんなロランド王子の性格が私には新鮮で、立派な女王を強いられる毎日の中で、彼と話したり共に過ごす時間は、いわゆる“癒し”になっていたのだろう。


ロランド王子は、私を面白がらせようと、いつも楽しい事をしてくれた。

それはお金のかかっていない、地味でささやかな事ばかりだったが、私は次第に、彼となら夫婦として上手くやっていけるかもしれないと考え始めていた。


また、ロランド王子は政治には疎く、権力にも祖国の状況にも興味の無い男だった。

そう言う所が逆に良いのではと、私や私の周囲は考えていたのだ。

藤姫の夫となれば、権力を手に入れられる。

それは同時に、政治に口を出され厄介な事でもあると、私たちは考えていたからだ。


ある日、私はロランド王子に初めて「愛しています」と言われた。

それは、彼に心を許し始めていた私にはとんでもなく衝撃的な言葉で、私は色々な事を一晩考えた後、律儀に同じ言葉を返した。


それが、とんでもない呪いの言葉となるとも知らずに。








「愛している」というただ一つの言葉が言霊の力を得て、死の呪いになるなど、誰が思っていただろう。

それは禁止された魔法だったはずだ。


その呪いは、しばらく体内に潜伏し、確実な芽吹きを待つ。

誰も気がつき様もない。


「……?」


首筋に浮かび上がった不思議な痣を見て、私は最初、虫刺されかなと思っていた。

私の体は、虫を寄せやすいから。

だけど、それは治る事無く大きくはっきりとした痣になってしまい、私は次第に体調を壊した。


ロランド王子はまめに私を見舞ったが、ある日こつ然と姿を消した。

彼と入れ替わるようにして、青の将軍の能力を知ったばかりのお父様がフレジールに戻ってきたが、その時には何もかもが遅かったようだ。

お父様は、西の大陸で出会った青の将軍本人から、彼の能力である呪いの事を聞いたらしい。



「……そうか……妾はまんまと騙されたのか」



それは思いのほか自然と理解できた。

体内からじわじわと毒に侵されるような感覚が自身にあったからだ。

お父様は嘘をつく事無く、この呪いにかかると間もなく死に至ると私に教えてくれた。


死など遠い先の事、お父様によってもたらされるのもだとばかり思っていた私にとって、それは本当にいきなり突きつけられた現実。

だけど、この時は青の将軍を憎らしく思う気持ちより、こんな手に引っかかってしまった自分に対する空しさの方が大きかった。


また、消えたロランド王子がしばらくした後、フレジールの国境辺りで西の移民族の反乱軍に殺され、発見され、この噂は瞬く間に国中に広がった。


本当に西の移民族の者たちが殺したのか、そうでないのかは分からない。

もしかしたらそれは、青の将軍が他人の肉体を操る能力をもってして、計った事なのかもしれない。


しかしそのせいで、少しずつ内乱のおさまっていたフレジールでは、再び激しい衝突が起きた。

同盟国家だったフィンデリアは、ロランド王子が死んだ事で同盟を破棄し、ガイリア帝国に下る。

おそらくここは、もともとそういうシナリオだったのだろう。


西の移民族はますます立場を失くし、あらゆる争いは誘発的に引き起こされ、藤姫によってもたらされた数年の平和、希望は、まるで無かったもののようにあっけなく壊れた。


この混乱は、大きな隙を生む。

北の侵略はますます加速した。



私は、もうすぐ死ぬ。

ただ一つのミスのせいで、私の「愛している」という言葉のせいで、私は死に、そして混乱した世の中を置いて行く。

私が死んだら、私に期待した全ての人々が絶望するであろう。

全ては北の、青の将軍の思うままに動き、世界は彼らのものとなる。


ただの16歳の少女が死ぬだけで?

それだけでこんなに世界は動いてしまうの?


私は、自分の存在が、もはやただ一人のものではないのだと、死の覚悟をして改めて思い知り、本当の意味で理解した。


当然、悲しかった。

私の志も、夢も、人生も、全てがもうすぐ終ってしまう。

力をもっていたからこそ、こんなに短い人生なんてと嘆いた。


そう。

私は本当に若かったのだ。幼かったのだ。

何もかもが未熟で、何もかもが早かった。


世界の表に出るのが、早すぎたのだ。







「申し訳ありません……っ、こんな、こんな事になってしまうなんて……。私が、ロランド王子を推薦するような事を言ったがばかりに……」


大司教様は私の事を知ると、自らを責めた。

お父様と共になんとか私の呪いを解こうとしたが、青の将軍の本体を見つける事はあまりに無謀で、時間が無かった。

私は地に伏せる大司教様の前でしゃがみ込み、彼の目線と合わせて首を振る。


「そなたのせいではない。妾が気を許しすぎたのだ……妾が何もかも甘すぎた。何もかもを、知らなすぎたのだ。自分自身が頑張れば、全てが上手く行くと思っていた。上手く行きすぎていたのだ」


「……藤姫様」


「ただ、妾は自らが恥ずかしい。民に、妾を信じるように言ってきたのに、結果がこのザマだ。妾には何も出来なかった。むしろ、妾の存在こそが、民を傷つける激しい争いをもたらした気さえする。悔しい……悔しいよ、大司教様」


私は少しだけ泣きそうだった。

沢山の事を教えてくれた大司教様の前では、自らを取り繕う事は出来ない。

死を恐れる前に、何も出来なかった事が申し訳なく、辛く、苦しい。


おそらく歴代で、最も無能で滑稽な魔王クラスだっただろう。


「そんな……そんな事はありません藤姫様。藤姫様の存在に、皆が希望を持ったのです。私は、あなたを信じている民の声を沢山聞きました。あなたは柱だった。もう争いの連鎖は斬る事が出来ないのだと誰もが思っていた中に現れた、柱。……いえ、光だ。皆が引き寄せられる、そんな……。私には出来なかった事です。あなたは、その若さ故に、純粋な気持ちのまま世界を救おうとした。それが、民の心を揺さぶったのだ」


大司教様は私の両肩を強く握り、いつもの彼より少し強い口調で言った。


「もう、沢山の事を知りすぎた私や、あの回収者には出来ない事を、やろうとしたのです。だからこそ“青の将軍”はあなたを恐れ、その力を回収者に知られる事になってでも、あなたを殺そうとしたのだ」


「……大司教様」


「私は許せない。青の将軍はその恐ろしい能力を持ってして、あなたを騙し、我々をたばかり、ロランド王子の肉体と魂をもてあそんだ。あなたの尊厳を踏みにじったのだ……っ」


大司教様は、私たちを見事に騙した“青の将軍”が、どうしても許せないようだった。

こんなに怒りをあらわにする彼を見た事が無い。


「私が、私が絶対に奴を殺します。どんなに時間がかかっても、必ずあいつをこの手で……っ!」


「大司教様」


生きとし生けるものの為に全てを尽くしてきた彼の言葉とは思えなかった。

私は、私の為に自らの信念すら曲げようとしている彼を見て、再び自らのおかした過ちに気がつく。


神話時代の私とされるパラ・プシマは、生命と運命の女神だったと以前大司教様に聞いた事がある。

なのに、私はもうすぐ死ぬ。

ならば、どうしたら良い……


「まだ……終った訳ではない、大司教様」


「……藤姫?」


「私はまだ生きている。生きている間に、出来る事は全てやろう……意味のある、死を」


そして一度、宙を仰いだ。

何も無い天井の、その向こう側を見据える。


「急いで、大業を成さなければなるまい。そうでなければ、妾は、まだ見ぬヴァビロフォスの棺に入る権利すら無い」


できれば生きている間に、聖なる大樹を拝みたかった。

しかしそれは叶わないだろう。

死してやっと辿り着く場所だ。


「藤姫様。私はヴァビロフォスを、ただの死の床にして欲しかった訳ではない。そのようなものの為に、あの国を創った訳ではないのに……っ」


「大司教様は、優しすぎるな。……“お父様”と同じ使命を持ちながら、妾が棺に入る事に対し苦しんでいる。ふふ、お父様なんて、私が死ぬと分かっても涙ひとつ流しはしなかったのに……」


私が眉を寄せ微笑むと、大司教様は首を振った。


「私は結局、偽善者なのです。回収者ほど徹底も出来ず、あなたほど死を受け入れられない。結局私がここまで生きながらえているのも、多くの人を救いたいと言いながら、自らが生に執着しているだけだ!」


「……」


大司教様は苦しそうだ。

本当に、何もかもが苦しそうで、死に行く私の方がずっと楽に思える。


悔しさはあったが、もうすぐ死ぬのだと分かってしまえば、世界へ奉仕し続ける長い人生を憂鬱に思わなくとも済むからか。


「大司教様……あなたは偽善者なんかじゃない。あなたは、この世界の他人にすべてを捧げ続けてきたじゃないか。自らの欲を殺し、他人の為だけに生きてきた。あなたの生への執着は、自分の為じゃない。ただ、他人が、世界が心配なだけだ。だから死ねない。……だから、苦しい」


偽善者とは、自らの満足の為に他人に奉仕する者の事だ。

それを苦しいと思いながらも続けている大司教様は、素晴らしい聖者だ。


「だが……妾が死んだ後は、どうか……自らの為の生を。……聖杯の大司教様」


そう言って、私は大司教様に一度微笑んだ。

沢山の事を教えてくれ、お父様とは違う愛情を注ぎ育ててくれたもう一人の親のような存在へ。


せめて私の死が、この人にとって意味のあるものとなりますように。


大司教様はじわじわと目を見開き、その目から一筋の涙を流して、でもそれを拭う事無く私を見つめた。


「だけど……だからといって、あなたが……そんな不名誉な死に方をしなければならないと言うのか……っ。大きな嘘をついてまで……!」


「不名誉であるかは、後の世界が決めてくれる事だ。…………また、会いましょう大司教様」


「藤姫様!!」


彼をおいて、私は立ち上がり、背を向け去る。

大司教様は、お父様の導きだした私の“最良の死”の計画のため、この後旅立たなければならなかった。



再び会うことは無いだろう。

しかし私が「また会いましょう」と言ったのは、何も今世の事ではない。


次の時代があると、知っているからだ。



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