37:『 4 』シャトマ(サティマ)、追憶6。
2話連続で更新しております。(2話目)
ご注意ください。
私がフレジールの王女だと認められるまで、少しだけ時間がかかったが、お父様や私の力があれば、それほど難しい事ではなかった。
準備の間、西の移民族や反乱軍を味方につけ、また王宮の一部の人間を味方につけ、私は懐かしい王宮へ戻ってきたのだから。
横暴な所のあった王は、私が王宮に現れた事で急激に求心力を失い、私は将軍を中心に聖なる王女として持ち上げられる。
私は王に容赦しなかった。
本当の父ではあったが、私の中の父は、確かに“お父様”ただ一人だったから。
王宮では暗殺もされかけたが、もうただの人に暗殺される私ではなく、精霊の力をもってして返り討つ。
それがまた、私を人以上の存在だと際立たせた。
第八戒、第九戒の召喚方法を完全に理解し、習得したのは、私がフレジールに戻ってきてしばらくしてからの事だ。
次期女王である、聖少女である、人民の希望であるという意識が、精霊に伝わったのか。
それとも、私の中に自ずと存在した、“西の移民族と、東の民が共存できる国をつくる”という、夢見がちな願いが、精霊たちに認められたのか。
どのみちきっかけは、今は無きガレムにあったのだろう……
反乱が起こるとそこへ行き、精霊の鎧や剣、衣服で身を包んだ光り輝く姿をさらす。
フレジスタやシャンバルラなどの軍が攻め入ってくると、争いのある場所へ行き、力を見せつけ、争いを収める。
そうする事で、人々は皆私の存在を知った。私の姿を、目に焼き付けた。
武器を捨てた。
この姿を神が遣わした希望の“聖少女”と信じて疑わず、また薄紫色の髪や纏う光から“藤姫”と呼ぶようになった。
そんな風に、できるだけ多くの戦場を見た。
傷ついた者たちの声を聞き、死に行く者から目を背けず、手を取り、語りかけた。
「おお……藤姫様……」
「藤姫様だ……」
私の姿に涙する者たちに、私は誓った。
西の移民族も、東の民も、分け隔てなく、ただ、誰もが幸せに暮らせる国をつくろう、と。
“藤姫”の姿は偶像である。
幼い少女が破格の力を持ち、光を纏う美しき姿をもってして、この混乱した世界を変えようとしている。
それだけで、民は私をただの王女とは思わず、崇拝し、尊び、信じようとした。
それは幼い少女には重すぎた役割だったが、これこそが私の武器で、私の理想を加速させ、後押しするものだった。
約1000年前
フレジール王国
サティマ:13歳
「わた……わたわ……っ、“妾”!」
「……」
「わた……“妾”はフレジール王国第一王女、サティマ・フレジスト・フレジール!」
「……語尾は、そこまで強く言わなくていい」
「妾は、あな……“そなた”を、わた……“我が”国に歓迎する。妾はとっても嬉しい!!……“のじゃ”!!」
「……正しくは『妾は心から嬉しく思う』……その後はいらない」
「うう〜……難しい“のお”」
「正解」
そんなやり取りを、謁見の間でやっていた。
大きな椅子に座り、足をぶらつかせ唇を尖らせる。うって変わって、私の側に控えるお父様は、逐一私の言葉を直す。
お父様は既にフレジール王国の高官に成り上がっていた。
威厳を保つ為と言って、私の口調を王女らしいものに修正中だった。
段差を降りた所で控え、笑いを堪えて私たちのやり取りを見ているのは、なんと懐かしい聖灰の大司教様。
本当はこんな椅子から跳び降りて、大司教様の手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねたい所。
だけど、威厳ってのが大事なんですって。
お父様が少し後ろで目を光らせている。
「“藤姫”様……これをお受け取りください」
大司教様が聖域から持ってきたのは、柄の太い長い杖だった。
彼は私が“藤姫”と呼ばれ、世界の表に立ち争いを鎮めている事を知ると、それを持って聖域からやってきたのだった。
聖地ヴァビロフォスに治められていたという神器、“聖女王の号令”だ。
「それはきっと、藤姫様の理想を叶える為の、助けになるでしょう。神器とは、“魔王クラス”の大業の為にあるのだから」
聖灰の大司教様は、私にそのように告げ、その杖を差し出した。
私はそれを受け取った瞬間、じわりと伝わってきた洗練された魔力に、息を呑む。
これこそが、私の存在をより“藤姫”として世界に認めさせ、刻む、そのための道具だった。
「……ねえお父様……魔王クラスってなあに?」
部屋でお父様と二人きりになった時、さりげなく聞いてみた。
この単語が聖灰の大司教様から出てきた時、少しだけお父様の心が乱れたと感じたからだ。
「魔力数値が百万mgを越える者の事だ……かつての三大魔王も、そうだったと聞く」
「なら、聖灰の大司教様も?」
「……そうだ」
「……なら、お父様は?」
この質問には、お父様は眉間にしわを寄せ、何も答えない。
「お父様は名前が分からないから、魔力数値が見えないのよ」
「……知っている。俺に、名前は無い」
「お父様、本当に名前が無いの?」
「……かつて、あったのかもしれない。だが、遠い昔に忘れてしまった」
「……」
お父様の言っている事の意味が、まるで分からなかった。
名前って、忘れてしまうものなのかしら。変なの。
ふっとお父様を見上げると、いつになく遠くを見るような、だけどとても近くを見ているような視線をしていた。
何を考えているのかも、この時ばかりは少しも分からない。
だからこそ、ここに特別な何かがあるのだろうと悟った。
「お父様っ」
なんとなく、お父様の腰にぎゅっと抱きつく。小さい頃のように甘えているのだ。
お父様は無表情のままポンと頭を撫でてくれる。
私はその瞬間がとても好きだったけれど、その時の彼の表情はいつも以上に複雑なものだった。
「もう……俺の事を、“父”と思うのはやめた方が良いかもしれないな」
ぽつりと呟くように言った彼の言葉に、私目をぱちくりさせ、やがてムッとする。
「なんで!」
「……王宮に戻ってきたからだ。“あなた”は姫であり、王女。次期女王だ」
「そんなの関係ないでしょう!!」
両手を上げて喚く。
だけどお父様は冷静に切り返した。
「そんな事は無い。それに……姫はもう13。俺たちが親子と言うには、あまりに歳が近くなってしまった……」
「……」
言われて初めて、気がついた。あまりに衝撃だった。
確かにお父様はずっと歳を取っていないかのように、今でもとても若々しい。
王宮内ではお父様を、私を利用した成り上がり者だと蔑む声も聞こえてくるが、一部女官の間では、金髪碧眼の美男子と噂されている。
でも確かにお父様、どう見ても二十代中頃で、それは私が幼い頃に初めて出会ったときと変わらない気がする。
あれから十年以上経っているのに。
「で、でも……っ、私のお父様は、お父様だけだもの!!」
何かがおかしいと思った。
だけど、混乱に負けてお父様をお父様ではないと諦めてしまうのが悔しかった。
私は確かに13歳になった。昔の何も出来ない小さな姫ではない。
だけど、いつまでもお父様の娘。
「お父様はもう私の事、娘だって思ってくれないの!?」
涙声で問うも、見上げたお父様の顔はこれ以上無く複雑そうで、私は彼の返事を聞くのが怖くなり、彼が口を開く前に部屋を飛び出した。
色々な事が重荷になって体を襲う今、お父様にまで遠ざけられたら、どうして良いのか分からない……そんな苦しさもあった。
無意識に、大司教様の所へ向かっていた。
王宮にお父様以外に頼れる存在が居ない私にとって、大司教様が来てくれていたのは救いだった。
部屋を訪れると、大司教様はヴァビロフォスの分厚い本を読んでいた。
「藤姫様、よくいらっしゃいました」
「……」
「座って、お茶でもいかがです」
大司教様は本を閉じて、立ち上がる。精霊たちが教えてくれたのか、私がここへやってくるのは既にご存知だった様子。
お茶とお菓子が、机の上に用意されている。
「……泣いていたのですか?」
「お父様と、喧嘩しちゃった」
「それは……珍しい」
私は椅子に座って、ちびちびとお茶を飲んで、落ち着いた。
「大司教様……あのね、少し聞きたい事があるの」
「……あの語り方はしなくて良いのですか?」
「もうっ、大司教様ったら意地悪っ。あれは、公務用のしゃべり方よ!」
「はは、ご立派なお姿でしたよ」
大司教様はにこやかに笑う。
心からそう思ってくれているのだ。
お父様はあまり私を褒めないけれど、大司教様はいつも褒めてくれる。
お父様……
「あのね、大司教様。……お父様の本当のお名前、知っている?」
「回収者の……名前?」
私の質問は予想外なものだったのか、大司教様は問いの内容を繰り返す。
「お父様、自分の名前を忘れてしまってたんですって。どうしてかしら」
「……」
大司教様は一度何かを言いかけて、やめる。
少ししてから、私にこう質問した。
「藤姫様は、私がなぜ彼を“回収者”と呼ぶか、知っていますか?」
「……いいえ?」
「では、魔王クラスの役割は?」
「いいえ。魔王クラスと言うのも、今日初めて知ったの」
「……そうですか」
そう言えば、そうだわ。
聖灰の大司教様がお父様を“回収者”と呼ぶのは何故か、考えた事が無かった。
小さな頃は不思議に思っていたのでしょうけれど、いつの間にか当たり前になっていたから。
「彼は普段、偽名を使って生活していますが、たしかにそれは彼の本名ではありません。彼が名前を忘れてしまっている……というのは、本当でしょうね。あの者に、リセットの選択はありません。……全てを積み上げて行くしか無いのです」
「……??」
「我々は何もかも忘れ、名前さえ、リセットできると言うのに……」
大司教様が語り始めた言葉に、私はチンプンカンプン。
だけどお菓子を食べる手を止めてしまったのは、大司教様の言葉から、少なからず悲しい何かを感じたからだ。
「お父様の事……もっと教えてちょうだい、大司教様」
「……」
「私、何も知らないの」
私はそれを、知りたい、知るべきだと思った。そうでなければお父様の、私を見る時の複雑そうな表情の理由が分からない。
大司教様は、それを私に伝えるべきなのかどうか、しばらく迷っていたようだ。
だけど、私の真剣な眼差しにおされ、そのうちに語りだす。
「彼の事を語るには、“長い前提”が不可欠ですが……よろしいか?」
そう言ってまずは、この世界の神話について、彼は詳しく教えてくれた。
そして、ヴァビロフォスと言う場所がなぜ聖地と呼ばれているのかについても。
かつて、世界が“混沌”と“空”と“大地”、そして、“愛”しか無かった頃。
九人の子供たちが出来たばかりの世界に召喚された。
それが、最初の神。最初の、魔王クラス。
私たち百万mgを越える者たちの、最初の姿。
彼らは何も無い世界で協力し合い、思いのままに世界を構築し、生物を作り、そのうちに国を作った。
男女の神は、恋をして夫婦になり、国を併合する者たちもいた。
しかし、争いは突然、黄金の林檎とともに投げ込まれる。
世界は一人の神により混乱に陥れられ、神々の戦争が始まったのだ。
「表の歴史では、それを“巨人族の戦い”と呼んでいますが、ヴァビロフォスに残っている文献によると、神々は巨大な“魔導式ゴーレム”というものをつくり出し、争いの道具にしていたらしいのです」
「……ゴーレム?」
「人造生物とも呼びます。様々な素材で作られ、その特徴を反映しているとか」
「……」
まるで、おとぎ話の化け物。
思い浮かべてみるけれど、想像もできない。
神々はその後、世界を破壊し尽くし、何も無くなったところでやっと自らの罪に気がついたらしい。
世界を再構築し、このような事が二度と起きないように、様々な“法則”を施した。
神々が長く世界に君臨しないよう、転生の仕組みをつくり出したのだ。
「魔王クラスと呼ばれるものは、その魔力故に不老不死と言って良いでしょう。世界には、魔王クラス以外にも英雄と呼ばれた歴代の偉人がいますが、彼らが望んでも手に入らなかったのは“時間”です。世界を変える為に必要な時間が、どうしても手に入らなかった……。しかし魔王クラスはそれを持っている。故に、世界を変える“魔王”となりうるのです」
「……魔王」
「ただ、長く生き世界に干渉しすぎると、魔王たちは必ずどこかで出会い、揃ってしまう。そうすると、きっとまた争いが起きる……最初の神々はそう考えたのでしょう……大業を成した魔王を殺す存在を、九人の神々のうち、ただ一人設けたのです」
「……」
「それが、“回収者”だと言われています」
「……お父様の、こと?」
自ずと、それが“お父様”であり、“回収者”であるのだと理解できた。
大司教様の感情を少しだけ察して。
「ヴァビロフォスは、魔王たちの亡骸を大樹の御元に保管する場所です。回収者はもう十分役割を果たしたと思った魔王クラスの者を殺し、亡骸を聖地に持ってきます。千年前の、三大魔王もそうでした。まあ……西の大爆発により紅魔女の遺体だけは回収できなかったようですが」
「もしかして……お父様って、千年前にもいたの?」
「そうです。彼は魔王クラスの存在する時代に、必ず現れます。千年前は……そう、“伝説の勇者”と呼ばれていたらしい」
「……勇者」
当然、その存在は知っている。
メイデーアでは有名な話だし、勇者は英雄だもの。
だけど、私はなぜか、とてもとても悲しい気持ちになった。
お父様が回収者だと言う事は、いつか私も、お父様に殺されるの……?
だけどそこまで思い至ってしまった事が、悲しかった訳ではない。
そうしなければならないお父様の心を考えて、苦しくなった。
お父様の存在が、どれほど残酷なものなのか、幼いながらに私は分かっていた。
簡単に理解できたのは、きっと私の中に居る遠い誰かが、すでに理解していたから。
ただその気持ちを思い出しただけなのだろう。
「回収者が名前を忘れてしまうのは、無理も無いでしょう。彼は、ただ一つの魂で全ての記憶を抱え、長い時を生きている。死は、彼にとって安息ではない。リセットではない。次の魔王を殺す為に、利用すべき手順の一つでしかない。世界の境界線を越え、異世界に渡り、ただひたすら肉体のストックを作り、準備し、千年を待つ。予測の出来ない魔王たちの行動を何パターンも考察する。……それだけ準備しても、失敗する。例えば、千年前の紅魔女の件のように」
聖灰の大司教様は、千年前の紅魔女の事を例に出し、続けた。
「……回収者は自らの事をほとんど語りませんが、かつて一言だけ、自らの人生を“失敗の連続”だと言った事がありました。……ああすればよかった、こうすれば良かったと言うのは後から分かる事で、その時は決して分からない。結果は百年後、千年後、二千年後に、出てくるのだから。本来なら、そんな“後の結果”は、人の背負うものではない。どんな英雄だって大罪人だって、死ねばすべてを忘れ、捨てる事が出来る。……しかし彼は、それが出来ない。記憶を持ったまま転生を繰り返せば、結果は自ずと、再び自らに、自らが殺すべき魔王に、降り注ぐのだから……」
「……」
大司教様の言っている事の意味は、分かっていたつもりだ。
今がその、結果の時代なのだ。
千年前の大爆発が生んだ、混沌の時代なのだ。
だけど私は、それが歴史上とても小さな事に思える程、お父様の抱えるものの膨大さに、体を震わせ、一筋涙を流した。
大司教様は私に寄って肩に手を置き、心苦しそうにしていた。
「すみません。……本当はもう少し後に伝えるべき事だったのかもしれません」
「……ううん、私が聞いたんだもの」
「ご安心ください……藤姫様は正しく歩もうとしている。まだお若いのに、ご立派なお姿だ。回収者は、あなたには長い治世を望んでいるでしょう。回収者が魔王クラスを殺すと言うのも、結局は我々が“人”である為の処置。まだまだ、ずっと先の事です。むしろ、あまりに長い人生に、我々は自ずと死を望む……そんな時、彼が手を貸してくれるのでしょう」
「……」
だったら、お父様は?
お父様は、誰が救ってくれるの?
お父様の存在が、私たち魔王クラスの“人”である為の処置ならば、お父様はいったい何なの?
お父様はいったいいつ、解放されると言うの?
この世界から。
私たちから……
この時私が知った世界の理は、私の価値観を大きく変える事になる。
聖灰の大司教様は、聖域に通じる立場からお父様の良き理解者であったように、私も、お父様の存在を認め、信じる者でありたいと、強く思った。
たとえ、いつか彼に殺されるのだとしても……
私はより激しく、自らの理想を、大業を全うしたいと思うようになる。
“藤姫”である事を、手にした神器と共に、本当の意味で理解した。
いつになるかは分からない。
だけど、大業を全うした後、お父様に殺されると言うのであれば、それはきっと良い人生だったと思えるに違いない。
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詳しくは、活動報告にて。




