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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
305/408

34:『 4 』シャトマ(サティマ)、追憶3。

2話連続で更新しております。ご注意ください。(2話目)

約1000年前

東の大陸の大河添いの国ガレム王国


サティマ10歳






その人は、私が今までであった人の中で、一番“爽やか”で“人徳のある”人だった。


「よお、ばあちゃん。膝は痛むかい」


「いいえ、いいえ。司教様のおかげで、すっかり元気になりまして」


「そうかい。また何かあったら、私に言うと良い。元気になったのなら孫を可愛がってやれ。……では、ヴァビロフォスの御心のままに」


「ああ……ありがとうございます……っ、ありがとうございます聖域の司教様」


どこか粋のある口調と、その聖職者らしい神聖な格好は不釣り合いに見えるのに、彼はこのガレムの誰からも知られていたし、誰からも信用され、頼りにされていた。

灰色の短髪と、青と緑の瞳を持つ、お父様とそう変わらない年頃に見える青年。


私たちが少し廃れた通りまで彼を尋ねて来た今も、彼は西の移民族の老婆に声をかけ、様子を見ていた。


「おい……聖灰」


「ん? あ、ああああっ、“回収者”じゃないか!! 久々だなあ、30年ぶりだったか。いやいや、元気にしていたか?」


男はお父様に気がつくと再会の喜びを露にし、にこやかに近寄ってお父様の肩をポンポンと叩き、手を取った。

最近は争いばかりで皆がピリピリしているのに、この人はなんて明るくて愛想が良いんだと、私は小さいながらに思った。


「……教国の使者が、お前がここに来ていると言っていたからな」


「ああ。平和な南になどいられない。……私の大業は、まだ終っていないからな。安心して棺にも入れない。ははははは」


「……」


「おや、そちらの少女は?」


“聖灰”と呼ばれたその男は、お父様の後ろに隠れていた私に気がついて、声をかけてきた。

とても優しく微笑む人で、私の視線に合わせるようにしてかがんでくれた。


私はお父様の服をぎゅっと握って、少しだけおどおどしていた。

お父様以外の人間と、深く関わる事は無かったから。


「彼女は……俺たちと同じだ」


「まさか。……パラ・プシマの?」


「ああ」


「そうだったのか。やっと、見つかったのか……これは失礼」


二人は不思議な会話をしていた。私には良くわからない会話。

私はいっそうあわあわとしていたけれど、その様子に気がついた聖灰という男は、自らの胸に手を当て、落ち着いた口調で名を名乗る。


「私は“エストリア”。ただのエストリア、です。南の大陸のヴァベル教国という国で、司教をしております。……“聖灰の大司教”と呼ぶ者も居ますね」


「……聖灰の……大司教?」


彼の名前は、本名である。

私の瞳は、その情報を、魔力数値を、読み取っていた。私の魔力数値と変わらない程の異常な数値に、私は驚かされる。

この力はお父様と旅をしているうちに勝手に出て来たのだけれど、力のある魔女や魔法使いの女性に見つけられる能力だと言う事だった。

この力を使って名付けの生業をしたり、運命を読む者を“名前魔女”とも呼ばれるんですって。


「お好きにお呼びください」


「じゃ、じゃあ……大司教様って、呼んでも良い?」


「ええ、勿論」


「私は……えっと……えっと」


名乗ろうとして、思わずお父様を見上げた。

名前を言っても良いのかが気になった。

しかしお父様は「本名を」と言ったので、私はもう一度仕切り直す。


「私は、サティマ。サティマ・フレジスト・フレジールよ」


「……フレジール?」


名前を聞いて、大司教様はチラリとお父様を見る。どういう事だと、無言で尋ねているようだ。


「サティマ姫様は、フレジール王国の第一王女だ」


「あ……お父様が私の名前を呼んだ!」


「……」


「珍しい!」


「姫、静かに」


お父様にたしなめられ、私は口をぎゅっと結ぶ。

その様子を見て大司教様は吹き出し、しまいには大声で笑った。


「回収者。お、お前……父親代わりなのかい。はあ、非道で冷酷とまで言われたお前が……ふっ、あはははは」


「……親子を装った方が都合が良い。姫は、何かと訳ありなのだ」


「良いだろう面白い。……詳しくは、屋内で聞きたいものだな」


大司教様はここで込み入った話をするのを避けるように、私たちを自らの住居に招いた。








彼は、私たちと同じような土壁の家に住んでいた。

お父様いわく、この人はどの国へ行っても歓迎される人だから、本当はこのような家に住む必要は無いらしい。

だけど彼はあえて、西の移民族と同じ家に住んでいるようだった。

家の中も簡素で物はほとんどなく、綺麗に整えられていていた。

ただ本だけは沢山、本棚に並べられていた。


「姫、ヴァベル教国をご存知でしょうか?」


大司教様は私に甘い果実の飲み物を出して、尋ねた。

私は隣のお父様を一度見て、いいえと首を振った。

そして、遠慮なくコクコクと甘い飲み物を飲む。私も虫たちと同じで、甘いものに目がない。


「それはそうでしょうね。南の大陸に、約七十年前に建国されたヴァビロフォス宗派の小さな国家です。言ってしまえば、このガレムより若い国ですから」


「でも私、ヴァビロフォスは知っているわよ。だってみんなが祈りを捧げるのは、決まってヴァビロフォスだもの。でも、ヴァビロフォスってなあに?」


「ヴァビロフォスとは聖地のことですよ、姫。同時に、聖なる大樹の事でもあります」


「大樹?」


「ええ。ヴァベル教国の建国の際、大樹は人々の見えない大地の下に隠されましたが……あなたはあの大樹を見る意義のあるお方だ。ぜひいつか、南の大陸においでいただきたいものだ」


「南の大陸……」


前にお父様に、南の大陸は争いもなく、平和な場所だと聞いたことがある。

私は勝手に、南の大陸を至上の楽園のように思っている。


「お父様、私もいつか、南の大陸に行けるかしら!」


「……」


お父様はお茶を飲んでいた手を止めた。

このように言う私を、少しばかり苦しそうに見て「ああ」とだけ答えたから、私はどうかしたのだろうかと不思議に思った。


「聖灰、いつまでここにいる」


「まだしばらくは居るつもりだ。この国はいろいろと厄介だしな。……それに、知っているか回収者。シャンバルラに潜む反乱軍のトップが、妙な動きをしていると聞く。近々、大きな何かが起きるかもな」


「……」


「で、何だ。何のようで、私のところまでわざわざやってきた」


「……姫に白魔術を教えてやって欲しい。彼女は第五戒までは難なく習得したが……」


「ああ、なるほど。第六戒以上の召喚ができない、と。回収者、お前も第六戒からは教えられないしな」


「……そういうことだな」


大司教様はクスクスと笑いながら、私の周囲を確認していた。


「姫、あなたの周りにいる可愛らしい虫の精霊たちを、第一戒召喚の姿で紹介してくださいませんか?」


「うん!」


この人にはやっぱり私の聖霊が見えるんだわと思うと、とても嬉しくなって、私は人差し指を掲げて魔方陣を三枚展開し、精霊たちに姿を与えた。


「第一戒召喚! フィフォナ、マグノリッサ、フライア、姿を見せて!」


蝶の精霊フィフォナ。

カブトムシの精霊マグノリッサ。

トンボの精霊フライア。


みんなとっても可愛い、私の精霊たち。

だけどみんな少し恥ずかしがり屋だから、もじもじして飲み物のカップの後ろに隠れようとしたり。

半分見えてる。半分見えてるから。


「ほお、これはこれは。揃いも揃って虫ばかり」


「私、体から蜜の匂いがするのよ大司教様。だからね、虫がよってくるの!」


「なるほど。まるで蜜のある樹のようですね」


「そう、そうなの。みんなくっついてくるのよ」


大司教様はうんうんとにこやかに頷き、では……と続ける。


「私の聖霊は見えますか? 姫」


「大司教様の精霊……?」


んーと、辺りを見渡すけれど、精霊のいる気配が無い。

椅子からぴょんと飛び降りて、机の下を見たり、タンスの隙間を見たり、窓から外を見てみたり。

だけど、どこにもいない。


大司教様は笑いを堪えている。

お父様はいつも通り。


「いないわ……」


私はすこしがっかりという様子で、元の場所に戻ってきた。


「では、姿を見せてもらいましょうか」


大司教様は周囲に無数の魔方陣を展開。

パッと見ただけでは、何枚だったか分からない。


ただ大司教様の周囲に現れた精霊たちは、みんな人間の姿ばかりで、私は予想外だったのか口を丸くして驚いた。


左から、黒いショートカットの髪の、私程の年頃に見える女の子。

飾り帽子を冠って、背中に四角い箱を背負っている。


次に、水色の髪の体格の良い大柄の男。

鱗のような鎧を纏った、ひげ面。


真ん中には、朱色の髪を一本の三つあみにしたお姉さん。

薄い布の衣を纏い、背中には美しい鳥の羽を携えている。


一番右側には、白い髪に、切れ長な黄金色の瞳を持つ男性。

長い衣の袖口を合わせて、静かに佇んでいる。


皆、私の精霊とはどこか違った。

どこがどうと言うより、根本的な何かが全て違う気がして、でもそれが分からなくて。


「わああ……この人たちが、大司教様の精霊なの? 第二戒召喚の人の姿?」


「ええ。左から、黒海亀のブラクタータ、蒼竜のブルーウィンガム、赤鳥のフェニキシス、白獣キューヴィーロ。しかし、この“人型”というのが、彼ら“大四方精霊”の基本と言えるでしょう」


「大四方精霊?」


「聖域に隠れ住んでいた、四方の方角の象徴であり、ダブルエレメンツを持つ特殊な神獣です」


「わあ、何だか凄そうね」


「ふふ、ま、凄いですよ彼らは」


大司教様は何だか得意げ。

大四方精霊の力と言うのを、とても信じているようだ。


「彼らは神獣ですが、同時に自らを人だとも思っているのです。なので、こうやって呼び出す時は、基本第二戒召喚でなければ怒られます。……あえて、一つ戻すと言うのなら……」


大司教様は指をパチンと鳴らした。

四枚の魔法陣を展開する。


すると、彼ら四人はボフンと音を立て、小さな黒亀、小さな蒼蛇、赤い小鳥、白い子犬になった。

愛らしい姿で、私は思わず椅子から降りてみんなに近寄る。すると、人慣れした彼らは私の精霊とは違って、すぐに近寄って来て我先にと甘えようとするのだ。


「このようになるのです。これでは威厳が保たれませんからね」


「威厳……」


小さな彼らをみんな抱きかかえて、思わずお父様の方を見る。

しかしお父様は私たちを見守っているだけで、何か特別な事を教えてくれようとはしない。

私はただ、大司教様の言いたい何かを探ろうとした。

そろそろ自分で考え、知ろうとする事も大事なのだと、お父様に言われずとも悟っている。


「姫、自らの精霊の事を、よく知る事です。そして、精霊に自らの事を良く知ってもらわなければならない。第六戒以上の姿と言うのは、精霊たちの未知なる可能性を具現する事と等しい。これは、“我々”以外には成せない召喚方法です。魔王クラスでは無い者が、どんなに優れどんなに頑張っても第六戒以上の召喚ができないのは、何も魔力が足りないから、と言うだけではありません。精霊の第六戒以上の姿と、術者自体の釣り合いが取れないからです」


「……釣り合い?」


「ええ。それ釣り合う為には、まず自らが、精霊と同等の存在だと認められなければなりません。大志を持ち、努力するのです」


「……」


大司教様は椅子から降りて私の前で膝をつき、その二つの色を持つ視線を私の視線と合わせ、肩に手を置いて言って聞かせた。


「励まれなさい、姫。精霊魔法は“平等”の魔法。……精霊たちはきっと、あなたを“待っている”」


その言葉は、後々、私と精霊たちの繋がり、私の白魔術の考え方に大きく影響を与える事になる。

だけど、この頃は私の側に居る精霊たちが、私を待っているとはどういう事だろうかと、素直に悩んだものだった。


【お知らせ】

富士見書房さんのファンタジアBeyondというサイトにて、本作の【地球篇】の連載を致します。

活動報告に詳しく書いておりますので、ご興味ありましたら、ぜひ覗いてやってください。


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