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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
303/408

32:『 4 』シャトマ(サティマ)、追憶1。

3話連続で更新しております。(3話目)

ご注意ください。



約1000年前

東の大陸フレジール王国王宮


サティマ:幼少の頃





“私”の名前はサティマ・フレジスト・フレジール。

フレジスタ王国から分離した小国家フレジールの、第一王女。

後に、“藤姫”と呼ばれることになるが、この頃は本当に無力な、小さなお姫様だった。



「いたぞ、追え!!」



私は誰かに抱きかかえられ、王宮から逃げていた。

まだ、物心つく前の幼いサティマだった頃。

体から甘い蜜の香りを発し、精霊に愛される特別な力を持つ私を疎ましく思う人たちが、私を暗殺しようとした所を、金髪の男の人が助けてくれた。


「サティマを、よろしく頼みます」


王の側室である母はそう言って、泣きながら私をその男に委ねた。

私は何も分からず、だけど泣く事も無く、ただ男に抱きかかえられ、逃げた。


覚えているのは、遠ざかる城と、鳴り響く鐘の音と、立ち上る炎と煙。

騒々しいのに、とても美しいと思えた、赤らみのある夜空。






「あなた、だあれ?」


暗い路地裏に隠れてた時、あどけない表情で、私は目の前の金髪の男に尋ねた。

その男は、茶色のローブを纏りフードをかぶっていたが、私がそう尋ねると、膝をついて視線を合わせ、そのフードをとった。


青い瞳の美しい、見栄えの良い男だった。

私はぽかんとその男を見つめる。


「サティマ姫……あなたはもう、王宮にはいられない。俺と共に、逃げなければならない」


「……うん」


私は何も分からなかったのに、母がこの男に私を委ねた事と、胸の奥にある小さな疼きのせいで、すぐに頷いていた。

納得が、できていたのだ。


「私、あなたを知っている気がするわ」


「……」


「あなた、お名前は?」


「俺に、名は無い」


「では、何と呼べば良いの? お名前が無かったら、ちょっとだけ困ると思うの」


「……」


大きな瞳をぱちくりとして、私は彼を見上げた。

幼いくせに生意気な、大人びた言葉を言う子供だと、王宮の誰もが言っていたっけ。


そう。私はとても懐かしかった。

この男を懐かしいと思っていた。それがなぜなのか、この頃の私には分からない。


「ならば、父と。それが一番、都合が良い。あなたは俺を父として扱い、俺は、あなたを娘だと言って、旅をする」


「……お父様?」


「好きに、呼ぶと良い」


「お父様!」


私はその男に指を突きつけ、嬉しい様子で言いきった。

なぜなら私は、本当の父であるこの国の王が、とてもとても嫌いだったから。

あの男は母を捨てた。母は、いつも悲しんでいた。

そして私を疎んでいた。神の子であると言われた私を。

別の人が父であれば良かったのに、と、私は思っていたのだ。


「ねえ、どこへいくの?」


「……世界を見に」


「なぜ?」


「あなたの大業の為に」


「なぜ?」


「……あなたが世界を変えるのだ、姫。あなたにはその力がある」


「なぜ?」


「……」


「ねえ、なぜお父様?」


それにしても、私は本当に色々な事を聞きたがる子供だった。

“お父様”は「そのうち分かる」とだけ言って、やって来た追っ手から逃れるように、小さな私を抱えて、暗い道を進んで行った。

私はぎゅっと、彼の肩の服を掴んで、ぺたんと彼の腕に身を任せていた。

それだけで、何もかもが大丈夫だと、分かっている。


やがて都を離れ、私と“お父様”の旅は始まったのだ。








あれは、私が7歳の頃の事だったか。

東の大陸のバティス王国の山岳の村で、私と“お父様”は隠れるようにして暮らしていた。

旅をしたり、どこかに留まり暮らしたり。そんな事を繰り返していた。


「お父様〜っ」


私は藤色の髪を、この辺の女児がしているように二つのお団子に結って、裾の長い服と平たい靴を履いていた。

背中に籠を背負って、私は山のきのこをとってきたのだった。


「お父様、見て〜、沢山とれた〜」


「……」


お父様は、小さな小屋の前で薪を割っていた。

この辺りの夜は寒く、常に薪が必要なのだ。


「見て〜、きのこ、いっぱいとれたの」


「……姫、これは毒きのこだ。食べられない」


「ええ〜〜っ」


「これは、大丈夫だ。これは……ダメだ」


「美味しそうなのになあ」


お父様は一つ一つのきのこを確かめて、毒きのことそうではないきのこを教えてくれた。

この人は何だって知っていた。


私はと言うと、言葉は達者だったが思いのほか物覚えが悪く、毒きのこを覚えられずにいた。

お父様は何度でも、根気づよく色々な事を教えてくれたっけ。


「ちゃんと覚えるように。俺たちは確かに、毒きのこを食べても死にはしないが、一般の常識を知らなければ化け物と言われるぞ」


「……化け物?」


「人は、大衆と違うものを排除しようとする……と言う事だ」


「たいしゅう?」


目をぱちくりとさせ、私はお父様の美しい青い瞳を見つめた。

この人の風貌は、この大陸ではそう珍しくもない。

いや、もともとは無いものだったが、西の大陸の移民が東の大陸に渡って来て千年。金の髪や青い瞳は、それほど珍しくはなくなったとか。


ただ、あまり良いとはされていない。

それはやはり、西の大陸の血を引くものの象徴でもあったから。


「私たちは化け物? お父様」


「……一般の者たちから見たら、そうだろうな」


「千年前の、魔王たちみたい?」


「まあ……あれに比べたら、可愛いもんだがな」


「……」


何となく、この世界の伝説の魔王たちを例に出してしまったけれど、お父様はまるでその人たちの事を知っているかのように、そう言った。

私は物覚えは悪かったけれど、そんな表情から、感情を読み取る力は人一倍強かったのだと思う。

悟る力、というものだろうか。


お父様は遠い空の向こう側を見上げていた。

この人はいったいどこからやって来て、今まで何をしてきたんだろう。


共に暮らしていても、何も分からない。本当に不思議な人だと思っていた。

だけど、常に私の側に居てくれて、守ってくれるお父様の存在は、私の絶対的な味方だった。

何者かは分からなくとも、私はお父様が大好きだったのだ。


「明日は、山を下りて街へ行こう」


「ほんと!? ねえ、お父様知ってる? 今、街ではお祭りがあっているのよ?」


「……ほお」


「ねえねえお父様、私、欲しいものがあるの」


「……なんだ」


「髪結いの飾り紐! 私、新しいのが欲しいの」


「またか」


私はこの頃、髪を結う紐を集めている子供だった。

私たちは貧しい身分を装っていたが、お父様は私の髪を結う飾り紐だけは、立派なものを買ってくれた。

というのも、この国には女の子の髪をまじないのかけられた紐で結う事で、病気も無く健やかに育つと言う伝統があったから。


それ以前に、お父様は髪飾りの紐に魔力を押しとどめる白魔術を施していて、私の垂れ流しの膨大な魔力を隠すようにしていたのだった。


飾り紐は色とりどりの絹糸を編み込んだもので、ガラスや石の玉飾りなどが施されていて綺麗だった。

単純に私は、それを集めて眺めるのが好きなどこにでも居るような女の子で、またその紐で髪を結ってもらうのが大好きだった。

お父様は感情を表に出す事の無い、少し怖い人だと周囲には思われていたけれど、そんな事は無い。

髪結いの得意な、器用な面もあったのよ?


「そうだわ。私、さっき樹の枝で、髪の毛をひっかけちゃったの。お父様、もう一度髪を結ってちょうだい!」


「……」


お父様は渋い顔をしたが、キラキラした私の表情に気圧され、ため息をつくと斧を丸太に刺した。

そして、切り株に座り込む。

私はそんなお父様の膝の上にぴょんと飛び乗り、ポケットに常備している小さな櫛を取り出して、お父様に手渡した。

お父様は静かに、私の髪の紐を解いて、柔らかく長い髪に櫛を通し、まとめて紐で結った。

その作業をただ待つだけなのに、私はそれが好きでたまらない。


「お父様、明日のお祭りでは、私、青い色の紐が欲しいわ」


「好きなものを買うと良い」


「飾り玉の立派なの? 紫水晶のくっついているのでも良い?」


「……ああ」


「わーいわーい! お父様、大好き!」


「……」


お父様が髪を結い終わり、私が振り返って大好きと言うと、お父様はいつも困った顔をする。

なぜかな、と思った事は何度だってあったけれど、私はその言葉を言うのをやめる事は無かった。


お父様は、私がものをねだると、何だって買ってくれた。

それほど買い物に行かないから、ねだったと言っても時々の事なんだけど。


貧しい家を装っていたけれど、私の身の回りに不自由は無かったし、旅の間でなければひもじい思いをする事も無かった。






この頃はまだ、世界の醜いものも、悲しいものも、世界を取り巻く複雑な事情もそれほど知らずにいたし、私は姫であった事も忘れて、お父様との生活の中ですくすくと育った。


いつまでも、こんな生活が続けば良い。

そう思っていても、世界はそれを許さないと言うように、必ず私たちを巻き込もうとする。


だからお父様は、私を世界から隠すように、魔法のかかった飾り紐で、髪を結い続けてくれたのだ。


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