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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
302/408

31:『 4 』シャトマ姫、眠りの奥を辿るために。

3話連続で更新しております。(2話目)

ご注意ください。


私の名前は、シャトマ・ミレイヤ・フレジール。

フレジール王国の第一王女であり、千年前は“藤姫”と呼ばれていた。





「第六バジヤード艦隊ヴァルキュリア艦、砲撃を開始します!」


今、フレジールとシャンバルラの間にある大砂漠に、ドーム型の巨兵が出現した。

それは、地中から這って出て来たかのように、こつ然と姿を現したのだ。

数は三体。

156号、157号、158号と認定する。


ただ姿を現したのはいいものの、そこから動こうとはせずに沈黙したまま。


第六艦隊が出向き、大砂漠の頭上でしばらく様子を見させていたが、妾は砲撃を許可する。


「……」


レジス・オーバーツリーのモニター室で椅子に座り、指を組んでその様子を見ながら、敵の目的を伺っていた。


「しかし、動きませんね」


右側に居た大司教様の“エスカ”が、同じモニターを見ながら唸る。

妾はふっと鼻で笑い、肩を上げた。


「しかもヴァルキュリア艦でも破壊できないとは、相当な硬さだな。カメの甲羅のようだ」


「はっ……俺が行った方が速かったかもしれませんね」


大司教様の皮肉に、左側に居た第三艦隊のアイリ将軍がキッと睨みを利かせる。


「……貴様ごときがヴァルキュリア戦艦の火力に敵うと?」


「あ? あんなデカ物のなんちゃって火力、俺の力に比べたらたいした事は無い」


「……」


アイリはそれを認めたくないのか信じていないのか、むすっとした表情だ。

だが特に言い返す事も無く、モニターを見つめる。


三体の丸い巨兵は硬い甲羅の頂点に5つのラクリマを埋め込まれていて、それがこの硬度を生み出しているものだと思われる。


「三体それぞれに三角錐結界を張り、第六艦隊は空に擬態し待機せよ……」


妾は命令を出して、その巨兵を監視するよう指示する。

対策を練らねばならない。長期戦になりそうだ、と思ったものだ。


「俺が、行きましょうか」


大司教様が妾に、自分が出向いて巨兵を倒そうと提案したが、妾は首を振った。


「敵の狙いはそこにあるのかもしれん。王宮から魔王クラスを遠ざける事に」


「……それは確かに」


「しばらくは様子を見よう。あのドーム型の巨兵の力も良くわからない。幸いにも、敵は砂漠のど真ん中に出現した……慎重に対処したい」


「分かりました。ならば俺の大四方精霊を一体向かわせましょう。何かあれば、時間稼ぎくらいは出来るでしょう」


「頼りがいがあるな、大司教様は」


「……い、いや……別にそんな、俺は……」


今までハキハキしていたのに、いきなり目を回してしどろもどろになる大司教様。

足早に妾の元から去って行った。


「ふふ」


思わず笑ってしまう。こんな、一大事な時に。


「姉様……何か面白い事が?」


アイリが少し鋭い口調で尋ねた。


「面白いじゃないか。大司教様は」


「……そうでしょうか。私から見たら、野蛮な男にしか思えませんが」


「見た目で判断してはいけない。今はあのようだが、千年前はとても清らかなお方だったのだ。他人に奉仕する事を、忘れられないと言うような」


「……想像したくないですね」


アイリは青ざめていた。

ただ、眉間にしわを寄せた硬い表情は変わらず。

それ以上、妾に何かを尋ねる事も無く、事務的な会話を少ししただけだった。







それは、その日の夜の事だ。

妾はふと目が覚めた。


目の前を、黒紫色の精霊フィフォナが舞っている。


短い睡眠時間でも体調を整える事ができるようにと、フィフォナの魔法を利用したお香をたいていたのに、たった一時間程度の睡眠で目が覚めてしまった。

効き目が悪かったのだろうかと思って、フィフォナに尋ねた。


「何か、あったのか?」


『お香に組み込まれていた術式が……別の魔力によってねじれてしまっております』


フィフォナはその軽やかな声で答えた。


「……何?」


嫌な予感がして、起きあがる。

蛍の精霊ルルカの力を借りて、魔力の源を探る。


「……レナ?」


レナの部屋から、微弱だが妾の魔法をねじ曲げる魔力の波動を感じる。

これは不味いと、察知したものだ。

妾は寝巻き姿であるのを気にもせず、部屋から飛び出してレナの元へと急いだ。


「ひ、姫様!?」


夜中ではあったが、働く宮殿の使用人や警備兵に驚かれながらも、妾はレナの居場所へと向かった。

部屋の扉の前は静かすぎたが、じわじわと溢れる禍々しい魔力は、妾には良くわかる。


勢い良く扉を開け、暗い部屋をルルカの光りで照らすと、そこには踞り苦しむレナの姿があった。

歪んだ黒い霧が立ち上り、今、彼女が異常な状態であると知らされる。


「レナ!!」


何も考えられず、妾は彼女に近寄った。


「来ないでください!!」


レナは悲痛な叫び声を上げる。


「来ちゃダメです!! 私、このままでは、シャトマ姫を……っ」


「そなた……」


レナの手は、黒い霧に覆われ、よく見ると穴が開いたように黒いシミが点々としていた。

私は眉を寄せ、そして、悔しさに震える。


どんなにレナが意思を保とうと頑張っても、これではどうしようもないじゃないか。

やはり、避け様は無いのか。

この、呪いにも似た世界の法則には……


悔しくて仕方が無いのは、きっとレナの方だろう。

レナは下唇を噛み締め過ぎたのか、口の端から血を流していた。


「どうして……? 私、何も、憎みたくないのに。誰も……殺したくないのに……っ」


レナがキツく、自らの右手の手首をもう片方の手で握りしめても、ズズズ……と、右の手のひらから出てくる短剣をどうすることもできない。

彼女が今、とても危険な状態なのは分かっていた。

だけど妾は、彼女をここで見捨てる訳にはいかないと思っていた。


「レナ……っ」


慎重に、彼女に近寄った。

何かがあれば、妾が全力で彼女を止めるしか無い、と。


「姉様、その女から離れてください!!」


だが突然、入り口の方から声がした。

アイリが銃を持ってレナの部屋に入って来たのだ。

おそらく、ずっとレナを怪しんでいたのだろう。彼女はレナが、魔王クラスを殺す力を持っていると知っている。

こうなるのではと、見張っていたのだ。


「だ、ダメだアイリ!! レナを撃つな!!」


思わず、妾はレナをかばうようにして両手を広げ、レナに背を向けた。

その瞬間が、色々な事に影響をもたらしたのだろう。


レナが見えなくなったアイリ。

アイリを見つめている妾。

誰もの意識が、レナから少し遠のいた。


レナは今まで耐えに耐えて来た自らの衝動を、押さえつけられなくなったのだ。

右手から現れる短剣を引き抜き、そしてその衝動のまま、妾の背を斬りつけた。


「……あっ……っ」


それは、本当に久々の痛みだったと思う。

オートで妾を守る虫の精霊の魔法陣を、まるで無かったもののようにして斬り捨てた。


パラパラと落ちる虫の羽と同じように、妾も床に伏せ、裂けた背から溢れる血に染まる。


「姉様!!」


「シ……シャトマ姫……っ」


妾はアイリの悲痛な声を聞き、レナの青ざめた、これ以上無い絶望の表情を見た。


ヘタを打った……これではダメだ。

これでは、レナがレナを保てない。ヘレネイアを完全に覚醒させてしまう。


レナは泣きながら、自らの意思ではどうにも出来ない腕を、もう一度妾に振り落とそうとしていた。

アイリが銃口をレナに向け、今にも撃ち抜こうとしている。

動かぬ口元に力を込め、なんとかしなければと思った。


「チッ……なんてこった」


その時、アイリの銃口をまっ二つに切り落とし、風のように部屋に入り、誰より早くにレナに対処できたのは、大司教様である“エスカ”だった。

レナの手にある短剣を払い落とし、彼女を床に押し倒して取り押さえた。

そうする事で、誰かがレナに危害を加えるのを防いだのだ。


「俺が“調査”している間にこんな事が起きるなんてな……」


大司教様の表情は、彼らしくない程に複雑そうだった。


「そ……その娘を牢に入れろ!!」


騒ぎを聞きつけやって来た兵士たちに、アイリが声を張り上げて命令した。

レナはさっきまでの様子とは別人のように力なく項垂れ、そのまま兵士に連れて行かれた。


「ま、まて……」


妾が何かを言おうとしても、言葉が出ない。

このような傷、すぐに治る。だから……レナを……


「大丈夫です。少しの間、レナは牢に入れておいた方が良いでしょう。その方が、彼女自身に楽かと……」


妾を抱えて、大司教様が冷静にそのように言った。

その言葉を聞いて安心したのか、妾はふっと意識を失った。







睡眠の魔法を使う事も無く、何を考える余地もない眠りについたのは久々だと思った。


カノン……

こんな時に、遠い遠い場所にカノンが居る。

閉じた瞼の向こう側に、千年前の彼の姿を見た。


ちらちらと、金色の鱗粉の舞う、その視界の果て。

黒紫色の蝶が舞う。妾を、どこかへと誘うように。






ただ、じわじわと背中から伝わってくる痛みのせいで、そのうちに目を覚ます。

妾はうつ伏せの姿で、自らの部屋のベッドに寝かされていた。


痛む背中に、それでも温かく優しい光が降り注いでいるのが分かる。


「……大司教様」


「お加減は、いかがです……シャトマ姫」


大司教様が、露になった妾の背の傷に、治癒魔法を施していた。

とはいえ、これはただの傷ではない。

薄く背中を斬られただけで命に別状は無さそうだったが、体内の自動治癒を担っていた魔導回路が破壊されたのだ。

妾の治癒魔法も働かず、大司教様の治癒魔法でもすぐに傷を治す事は出来ないようだった。

ただ、痛みと言うのは少なからず引いていて、妾は苦笑する。


「何もかも……ギリギリの所で順調に進んでいると思っていたのにな」


「……レナの、力の事ですか」


「ああ。妾が傷を負ったのは別に良い。……普通の兵士であれば、常に背負っていた傷だ。女王となる妾が痛みを知るのも悪くないだろう」


「……“藤姫”様らしいですね」


大司教様の口調は、いつもの調子ではなく、どこか千年前の様子を彷彿とさせるものだ。

妾がこのような状況でも少しだけ安心できるのは、大司教様が居るからだ。


「妾がこのような状態になってしまった事で、あらゆる者たちが動き出すだろう。カノンも居ない、絶好のチャンスだしな」


妾はうつ伏せのまま、小さくため息をついた。

大司教様は目を細める。


「あいつを……カノンの奴を呼び戻しましょうか」


「……いや、それはダメだ。レイラインは今後の要。おろそかにする事は出来ぬ」


「……」


大司教様は妾の答えを知っていて、あえて尋ねたのだろう。

治癒の作業を止める事無く、変わらないしかめっ面でぼそっと言った。


「……大丈夫です。何もかも、俺にお任せください、姫。あなたは少し休むべきだ」


「大司教様は、強いな」


「ま、俺は強いです」


「……」


あ、いつもの大司教様だ。

自信にあふれたその様子に、思わず笑みがこぼれる。


大砂漠に巨兵が居る。

レナの力が暴走しつつある。

これから、我々はどうなるのだろう……

不安は多くあったが、それでも妾は笑ってしまったのだ。安らかな心地で。


「大司教様……いつもあなたを頼ってしまって申し訳ないが、もうひとつ頼み事をしても良いか?」


「なんなりと」


「妾は……藤姫だった頃の事を、少し思い出したい。最近、忘れかけている何かがある気がするのだ……」


「……」


純粋で、ただ世界の平和を願っていた聖少女藤姫。

今の私は、その聖少女とはほど遠い程に現実的で、無情で、疑心的だ。

それが悪いとは思わないし、そうならざるを得ないのだが、そればかりでは少し疲れる。


「分かりました。……後の事は全部俺に任せて、ゆっくり、お休みください……藤姫」


大司教様は、妾が詳細を言わずとも、意思を汲み取ってくれたようだった。


妾はゆっくりと手を伸ばし、側に居た黒紫色の蝶の精霊フィフォナを指に止まらせる。

そしてそっと、彼女の羽に口づけた。


小さな魔法陣が、妾を紫色の眠りへと誘う。

眠りの奥にある、千年前の記憶をたどる為に。



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