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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
301/408

30:『 4 』レナ、囁く声。

3話連続で更新しております。(1話目)

ご注意ください。


私の名前は、レナ。

異世界からやって来た少女。




私はフレジールに戻って来た。

トールさんやマキアと離れるのは寂しかったけれど、魔族の国レイラインも軌道に乗り始め、皆が次に進もうとしている。

私も、自分の目標の為に、次に行かなくちゃ。




「おい」


朝食をとる前の朝の事。フレジール王宮の廊下で声をかけられた。

シャトマ姫の公務が始まる前に、借りていた白魔術の本を返そうとしていた所だ。


「あら、アイリ姫……こんにちは」


私に声をかけたのは、フレジールの第二王女アイリ姫だった。

とはいえ、彼女はすでに将軍となり、姫と言う雰囲気ではないのだけれど。

濃い紺色のフレジールの軍服は、シャトマ姫やカノン将軍と同じもの。


アイリ姫は、私の事を良く思ってはいないようだった。


「また姉様の所へ行くのか。……このような忙しい時に」


「……ごめんなさい。本を返しに行くだけなの」


「姉様は分刻みで行動しているお忙しい方なのに、お前が姉様の所へ行くと、姉様は必ずお時間を取られる。……なぜこのような無能な娘に」


「ご、ごめんなさい……」


アイリ姫の言い分はもっともだった。

私も、あまりシャトマ姫に迷惑をかけないよう気にかけているのだけど、シャトマ姫は私を見つけるとすぐに呼んで時間を取ってくれるし、こうやって本を返しに行くだけでも、きっと色々とお話ししてくれる。


だけどシャトマ姫は決まってこう言う。

私と話していると、気がまぎれる、と。

誰もが彼女を、次期女王として扱うこの王宮で、気兼ねなく話せる同じ年代の私の存在が、嬉しいと。

きっと、マキアもそうなのだろう。

シャトマ姫にとって、私たちは部下ではなく、女の子の友人なのだ。

一緒にお菓子を食べたり、話したり……


だけどアイリ姫には、それが気にいらないのだった。

何となく、アイリ姫は自らシャトマ姫に近づかないようにしているように見える。


「……アイリ姫は、シャトマ姫のところへ行かないのですか?」


「なぜだ。仕事の用も無いのに、行けるものか」


「……」


「そもそも、お前は危険だ。知っているぞ。魔王クラスにとって、有害な存在であると。……それなのに姉様はなぜこんな娘を側に置くのか……」


「……アイリ姫」


アイリ姫が心配するのも、無理は無い話だわ。

私だって、なぜシャトマ姫や、その他の……例えばエスカさんとか、魔王クラスの人たちが、私に今まで通り接してくれるのか分からないもの。


私なんて、牢屋に入れられてもおかしくないと思うの。

だって、いつ魔王クラスの人たちを殺そうとするかも分からないのに。


私はギュっと、本を抱える手に力を入れた。


だけど、私にも分かっている事がある。

魔王クラスの人たちは、その特別な力故に、常に孤独の中にある。

強いからと言って、寂しくない訳ではないの。


きっとシャトマ姫は、アイリ様にも側に来てほしいと思っている。







「ほお、アイリに小言を言われたか。……ふふ、あやつも変わらないのお」


「……小言と言うか、声をかけられただけですけど」


「……」


アイリ姫と話したと言う事をシャトマ姫に伝えると、シャトマ姫はどういった会話をしたのかすぐに察したようで、クスクスと笑った。

そして少しだけ、寂しそうにして窓から外を見ている。


「アイリはな、腹違いの妹なんだ。むしろあの子の方が、正妃の娘だ……今ではもう、誰もが忘れている事だがな。歳も一つしか変わらないし、妾たちは幼い頃より何かと比べられてきた。アイリは優秀な娘だったが、妾には前世の記憶も、藤姫としての力もあった。それが、一般人の“優秀”を無意味なものにするのは簡単で、カノンが妾の元に来てからは、妾がこの国の主導権を握るまでそう時間もかからなかったな」


シャトマ姫の語りだした事を、私は静かに聞いていた。


「普通は、妾を疎ましく思っても良い所だが、あの娘は変わっていた。妾を支える側に回ろうとしたんだ。本人は決して何も言わないが、相当努力をしたのだろうと思う。見返りも求めやしない。ただ、妾とフレジールの為に一番良い事をしようとした……」


「きっと、シャトマ姫が好きなんですよ」


「……ふふ、それにしても固すぎる奴だがな。全然近寄ってこない。語る事があっても、事務的な話以外、何もしようとしないしな」


「……」


「妾は妹を可愛がりたいのだがのお〜」


閉じた扇を顎に添え、ぺしぺしと叩きながら、シャトマ姫は目を細めた。


何となく、アイリ姫のお気持ちは分かる。

きっと小さな頃から、姉は違う存在なのだと強く意識させられる事があったのだろう。

姉は聖少女の生まれ変わりで、たぐいまれな魔力を持ち、民衆を引き寄せるカリスマ性もあった。

普通の人間とは一線を引く、特別な存在なのだと自分に言い聞かせる方が、姉と争うよりよほど楽だったのかもしれない。


私には、分かるわ。

“マキア”と私は違うのだと、自らに言い聞かせている時もあった。

そちらのほうが、よほど楽だったから。


だけど、今ならば分かる。

それでもやはり、彼らは人間だと。

あまりの力に、目映さに怯んでしまいそうでも、傷つきながらも近づかなければ、彼らを知る事は出来ないのだと。

私たちが近づかなければ、彼らはその力故に、一歩引いてしまうのだから。


「それにしても、レナ……最近やたらと白魔術の本を読んでいるな。難しいものもあるだろうに。……分からない事があるのなら、妾が教えてやろうか?」


「い、いえ……大丈夫です。もう少し自分でやってみます」


「そうか?」


何だか寂しそうなシャトマ姫。


「わ、分からなくなったら聞きますからっ!」


私はそう言って、ニコリと微笑んだ。

背中でぎゅっと、自らの手を握りしめながら。





「なんとかしたいなあ……あの姉妹」


自室に戻って、シャトマ姫とアイリ姫の事を考えていた。

あまり他人が関わるのも良くないのかもしれないけれど。

シャトマ姫は、きっとアイリ姫が自分の元へ来てくれる日を、待っているのだと思う。

ただの妹として。


私に兄弟は居なかったから、どういうものなのか分からないわ。

興味深いと言えば、興味深い……


「……っ!」


一瞬、体が震え、右の手のひらに激痛が走った。

ここ最近、ずっとそうだ。


私は顔を歪めて、手のひらを見つめる。


「……」


黒い、シミのようなものが点々と存在していて、それは徐々に大きくなっている気がした。

じわじわと心に広がる不安を、そのまま表現したみたいな、シミ。


ここ最近、私はそのシミを消すための方法を、白魔術で探っている。

痛みも、疼きも、嫌な予感も全部、消してしまいたかった。


だって、これが大きくなったら、私はきっと自分の大切な人を傷つける……

それは分かっているから。


嫌だ。

そんなのは嫌だ。負けたくない。


トールさんと約束したじゃない。私は、自分に勝って、元も世界に帰るのだと。

トールさんは、私に“頑張れ”と言ったわ。


「エラス・アプレイ・プシューク……」


思わず、口からこぼれた言葉。

その呪文。


言うつもりなんて無かったのに、私の中から、まるでこみ上げる不安に耐えられず飛び出た言葉だった。


『ふふふ……』


私が、ただただシミを押さえつけるように手のひらを握っていた時、どこからか声が聞こえた。

どこ? いったい誰?


「だ、だれ……?」


『誰? とは随分じゃないか“ヘレネイア”。自らの親を忘れてしまっているのかい?』


その声は、幼い少女のように高く愛らしく、それなのに冷たい響きだった。

どこから聞こえてくるものじゃない。

私の中から響いてくる。


『また、呪文を唱えたね。その言葉こそ、ヘレネイアとしての存在を確立して行く“キーワード”さ。とはいえ、その言葉だけでは意味が無く、必要な感情が揃わなくてはいけないのだけれどね』


「……ひ、必要な感情……?」


虚空を見つめ、尋ねた。

嫌な予感だけを胸に抱いて。


『そうとも……それこそが君の象徴なのだから。君は“愛憎”を抱かなければ、パラ・α・ヘレネイアにはなれないんだよ……』


愛憎。

パラ・α・へレネイア。


胸を打つ単語の数々。

声の主は姿が見えないのに、まるで私の動揺を知っているかのようにクスクスと笑っている。


『その感情は魅惑の果実さ。そして、“メイデーア神話”の中核とも言われている。その感情が無ければ、神々は終焉の時を迎える事は無かっただろう。どのような破壊の神器より、どのような魔法の力より、ずっとずっと威力を持った感情……』


「どんな……魔法の力より?」


『なぜなら人は、その感情を忘れられないからさ……無機質に、正義と効率だけを考えて行動できたのなら、過ちなど犯さない。人の行動はその感情により最大の原動力を得る。欲望、愛、憎悪……くだらない。僕はそれをくだらないと思っている。しかし、侮ってはいない』


声の主の口調が、どんどん強くなっていった。

まるで、それらを心から憎んでいるかのように。

そしてそれこそ、愛憎であるのだと自ら知っているかのように。


『ヘレネイア……君にだって、憎らしくて仕方が無いのに、気にせずにはいられない者たちがいるだろう……?』


「……」


『例えば、“黒魔王”や“紅魔女”……、君を選ばず、君から大事な者を奪った存在……』


「……」


『例えば、君を“手駒”としか見ていない“藤姫”。例えば、君を災いの元としか思っていない“金の王”……』


「……」


『あいつらは結局、君自身には何も期待していないし、君に興味も無い。君だけが、彼らを羨ましく思ってばかりで……』


「……」


『おかしな話だよねえ……君は誰からも愛されるように、僕が創ってあげたはずなのに。誰からも興味を持ってもらえないなんて』


心の内側から、責め立てるように聞こえてくる声は、確かにそうなのかもしれないと思われる事ばかりで、私は逆に、今更何を、と思ったものだ。

この声の主が誰なのかは、何となく分かる。

きっと、ずっとずっと昔に、ヘレネイアをつくった人だわ。


私は小さく息をついてから、落とした視線のまま答えた。


「だからって、私……何も憎んでいないし、何も求めていないわ。トールさんの事だって……マキアだって、私」


『……』


「みんなが私の事をどう思っているかなんて、私が一番知っているわ。……そりゃあ“一番”では決して無いと思うけれど……災いの元で、厄介な存在だとは思われているでしょうけれど……」


私ばかりが、みんなに惹かれて、興味を持ってしまっているのは確かだけれど。


「それでも、仲間だと思ってくれていると思うわ」


ぽつりと、自分に言い聞かせるようにして言った。

私は、無力だからこそ冷静でいたいと思っていた。


『…………はあ?』


声の主のトーンが、随分と下がる。

私は息を呑んだ。


『君の言う事は不可解だな。良い子のつもりで居るのかな? 良い子で居れば、そのうち誰かが自分に気がついてくれると? ばからしい』


「……」


声の主は憤っている。よほど、私の答えが気に入らなかったらしい。

今まで誰も言ってくれなかった真実を、言われている気持ちになるけれど、私は自分と戦う。


私は分かっていた。この声こそ、無理矢理引き起こされる感情こそが、私に魔王たちを殺させる剣。

刃を握らせる、自分自身に埋め込まれた、世界の法則だと。


『君は“異世界”からやってきたのに、誰の眼にも留まらず、誰にも必要とされていない』


「……私なんて、そんなものよ……っ」


『憎らしいだろう。殺してしまえ……殺してしまえ……』


声は、否応無しに私に言い続ける。

憎め、殺せ、と。


手のひらが熱い。とても痛い。

自我を保てそうにない。この苦しみに絶えられそうにない。

いっそ何もかもを逆恨みして、魔王たちに剣を向ける事が出来れば、どんなに楽だったか。


「やめてやめて……そんな言葉に、負けたくないわ……っ!!」


思わず、声を上げた。

こんなに意志を持った言葉は無いと言うくらいに。

首を振って、脳裏に響く絶対的な言葉を否定しようとする。


『ふふふ……まあ良いよ、ヘレネイア。そうやって、醜い感情を押しとどめ、本能に抗うと良い。そちらのほうがよほど魅力的で、溜めた分だけ憎しみは強いバネとなる。……安心しておいで、僕だけは君を助けてあげるから……可愛い、僕の最高傑作むすめへレネイア』


「……いやだ、嫌だ嫌だ……トールさん、マキア…………トールさんっ……」


『……』


私は首を振り、彼らの名前を呼び続けた。

痛む手のひらをこれ以上無く握りしめ、押さえつける。

しばらく声の主は言葉を発さなかったが、「チッ」と舌打ちしたのが分かる。


『この期に及んでそいつらの名前を呼ぶのか。……どいつもこいつも』


脳裏で響く声が、いきなり皮肉めいた余裕の無い言葉を吐いた。

私には、この声の主が何を考えているのか、さっぱり分からない。

ただただ、怖い。可愛い、鈴のような女の子の声なのに。


『まあいいや。…………そのうち、迎えに行ってあげるからね、ヘレネイア。何もかもに耐えられなくなったら、またその“呪文”を唱えたまえ。それこそが、僕らの繋がり。僕と君の、絶対的な絆だよ。いいかい……この世界で、君を必要としているのは、僕だけだ。その事を、しっかりと覚えておくんだよ』


「待って! あ、あなた、いったい……っ」


私が問いかけたとき、ふっと、何かの呪縛から解放されたような感覚になる。

そして、体を襲った恐怖。


手のひら見ると、点々としたシミは薄くなるどころか、より濃い色になっている。

すでに黒い霧が吹き出し、見たくもない短剣の刃が、鈍く光って覗いていた。


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