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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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28:『 4 』シャトマ姫、帰還組を迎える。

私の名前は、シャトマ・ミレイヤ・フレジール。

フレジール王国の第一王女である。

千年前の前世では、藤姫と呼ばれていた。




「レナ、よく戻って来たな」


「……シャトマ姫」


レジス・オーバーツリーの天辺に横付けされた小型戦艦フリスト。

降りて来たレナは、以前妾が見送ったその姿より、一回り背筋が伸びて見えた。

表情はすっきりとしていて、ここに居た時の陰鬱としたものがないように思える。


彼女の後ろの、少し離れた所にカノンが居る。

彼はレナを送り届けてくれたのだ。明日には、レイラインへ帰ってしまうのだが。


レナはぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございましたシャトマ姫。私のわがままを聞いてくださって」


「いや……そなたが満足したのなら、妾はそれで良い」


確かに、送り出す時には不安もあった。

黄金の林檎は、どちらに転がるだろうかと。


しかし、結果的には良かったのではないかと思える。

レナも、紅魔女も、妾が思っている以上に強い女なのだ。


「つーか、お前、魔王クラスを殺傷できる力があるんだろ? やるじゃねーか。……しかし危ねー奴だなー、俺も気をつけねーと」


妾と共に出迎えた大司教様が、さっそくレナに嫌みを言っていた。

しかしレナは真顔で答える。


「あ、大丈夫です。エスカさんには興味無いので」


「……」


レナの殺意とは、興味の深い魔王クラスにより働く。

大司教様相手に平然とそのように言ってのけた彼女は、その後も前だけを見据えていた。





妾の部屋にて蜜茶を出し、レナに話を伺った。

レイラインの様子や、紅魔女と黒魔王について。


実のところ、妾がレナに帰還の命令を出して、すでに三ヶ月が経っていた。

彼女をすぐに帰還させる事が出来なかったのには、色々と事情もあった。


「グランタワーの建造は、物資の関係もあり、もう少し時間がかかりそうとの事でした。西の大陸に放たれた巨兵が、レイラインの空間の周囲をうろついてさえいなければ、もう少しスムーズに、フリストを行き来させる事が出来たでしょうけれど」


「……仕方がないな。飛行型の巨兵は厄介だ。今回は無事に帰ってこられて良かった」


「外央海から戻ってきましたからね」


外央海とは、西の大陸の西岸から、東の大陸の東岸に繋がる海の事だ。

中央海を渡るよりずっと安全と言えるが、かなり遠回りになる。


「それに、トールさんとマキアが、巨兵狩りをしています。巨兵の残骸を持って帰って、グランタワーや建造物の素材にしているようです」


「逞しいなあ」


蜜茶を飲みながら、唸った。

あの二人が荒廃した西の大陸で、巨兵をぶっ倒し持ち帰る様子を想像するだけで、何故か笑える。


我が国のレジス・オーバーツリーも、巨兵に使われていた素材を持って帰り、利用して作った部分もある。

おそらくグランタワーにも応用するよう、カノンが提案したのだろう。


「ただ、食料不足が深刻なようです。アイズモアに貯蓄されていた食料で、今まではなんとか凌いでましたが、あの国はまだ田畑も耕されたばかりで、穀物が実るのはまだ先ですし。側の森には、果実や食べられる野草、芋があったので、今はそればかり食べてます。あと、海が側にあるので魚ですね。空を飛べる魔族が、野鳥を狩って来たり。……しかし三つの国を併合した魔族の国ですから、人口も多く……トールさんは常に頭を悩ませています。だってマキアがいつもお腹をすかしているから」


「はははは。あの男は悩んでおる方が似合う」


「酷い事を言いますね、シャトマ姫」


レナはそう言いながらも、クスッと笑った。

そして、蜜茶を一口啜る。

妾は背もたれにいっそうもたれ、遠い西の大陸の、まだ見ぬ魔族の国を想像した。


「心配するな。帰りのフリストには、必要な物資を積んで送る。またしばらくは、紅魔女にも贅沢をさせてやる事ができるだろう」


「フレジールの甘いお菓子が食べたいって言ってましたよ、マキア」


「日持ちするかが問題だなあ……妾のお気に入りの饅頭があるが、生菓子は駄目だろうしなあ」


顎に手を当て、戦艦にお菓子を積み込む事を真剣に考える妾。


「なら私が食べます」


そう言って、目の前に出されている饅頭をぱくりと口にしたレナ。

本当に、すっかり遠慮が無くなっている。

妾としては、このあっけらかんとした様子のレナが、嬉しく思えた。






その日の夜の事だ。


「何も、変わった事は無いか」


「元老院のじじいどもが、妾に花婿を迎えるようしつこく言ってくる。まあ、敵の罠の可能性も大きいから、裏で大司教様に探ってもらっているが」


「……」


カノンは妾の部屋で、積み上がった書類を全てチェックしていた。

何も、取りこぼしは無いか。

ミスは無いか、と。


「断り続けろ。相手とも会うな。……信用できないと思った者……いや、信用している者でも、出来るだけ深く関わる事の無いように」


「分かっておる。心配性だなあカノンは」


「……」


「妾は国と結婚するのだ。前世のように、他人を受け入れようとは思わない。前世のようなヘマはしない」


両手を広げ、陽気に言ってみせたが、カノンはちらりと妾を見て、またもくもくと書類のチェックを進めただけ。

奴の仕事の速さは、妾の比では無い。

本当にもう、人外レベルの速さだ。長年の経験がものを言うのだろう。

見ているのか見ていないのか分からない速さで書類をめくる姿は、少しシュール。


「……エスカ……聖灰の大司教を頼ると良い」


「ん?」


カノンは少し手を止めた。


「聖灰の大司教は、ああ見えて思慮深く、勘が鋭い。考え無しを装っているが、知識量も並ではない。何かあれば、奴に助言を仰ぐように」


「勿論。最近ではもっぱら、大司教様に相談に乗ってもらっている」


カノンは、魔王クラスの誰もに厳しい訳ではない。

こう見えて、聖灰の大司教様の事は信用しているようだった。

千年前、同じ目的を持ち、手を貸し合った仲でもあるし、大司教様のぶれの無い行動や信念は、魔王クラスの中では頭一つ抜けていると考えているのだ。

大司教様は誰より若々しく見えるが、おそらく誰より老成し、達観している。

カノンを例外としてみるならば、という話だが。

達観の方向が真逆に向かってしまったのが、カノンと大司教様と言えるだろう。


妾はカノンの隣に椅子を持って来て、ちょこんと座り、彼の仕事を見ていた。

所々、質問された事に答え、またどうすれば良いのか意見を聞いたりして、一つ一つ、確実に処理する。


「問題無い。隙のない仕事ができるようになったな……姫」


「当然だ! そなたの居ない今、ミスをしたら自らの命取りになる。それに、いつまでも教えられた事の出来ない“小さな姫”では無いぞ」


「……」


千年前、妾は聖少女“藤姫”などと呼ばれ、奇跡のような力で国を導いたとされているが、実際の藤姫は、おっちょこちょいで、教えられた事をすぐにこなす事の出来ない不器用な少女だった。


カノンは厳しい存在だったが、妾が出来るようになるまで、何度も教え、何度も叱った。

出来るようになったら、ご褒美をくれた。


小さな小さな姫……

妾はふいに、思い出す時がある。


他の魔王クラスに比べ、藤姫は与えられた長い寿命を感じる間も無い程、とても短い生涯だった。

そして、彼女にとって一番幸せだったのは、藤姫と呼ばれる前の、ただの小さな姫だった時。

カノンを父と呼ぶ事を、許されていた時。


カノンと共に旅をした、幼い日々であったな、と。



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