27:『 4 』エスカ、犯罪者面と言われる。
俺の名前は、ビビッド・エスカ。通称エスカ。
前世では聖灰の大司教と呼ばれ、ヴァベル教国を建国した男だ。
シャトマ姫様に呼ばれ部屋に赴くと、彼女は嬉しそうに駆け寄って来た。
俺は思わず後ずさる。
「今日はレナが帰ってくる。盛大に迎えてやらないといけないな」
「……黒魔王が紅魔女を思い出したからでしょう? 邪魔者を引き取る、と。はっ、ほんとあの黒魔王、贅沢な身の上だぜ」
「そう言ってやるな大司教様。黒魔王が紅魔女を思い出したおかげで、レナも自らを見つめる事が出来た。妾やカノンの目的は、達成されたと言える。……一番怖いのは、レナが自らの事を知らずに、自らに絶望する事だからな」
「……」
「それに、レナを帰還させるよう言ったのは妾だ。これからレイラインは国づくりと平行し、あの大陸の覇権をかけ、北と争う事になるだろう。まあ、黒魔王と紅魔女が居るのだから問題は無いだろうが……レナを危険な目に遭わせる訳にはいかない。とは言っても、ここも安全とは限らないけどな」
「フレジール王宮は世界で一番安全だと思いますが」
俺は淡々と答えた。
フレジール自体はエルメデス連邦との戦火の中にあるが、王宮自体は世界の要。
レジス・オーバーツリーとヴァルキュリア艦隊に守られている。
「あはははっ。ルスキアを忘れているぞ。大司教様こそが“緑の幕”のことを忘れていてどうする」
「緑の幕は確かに強力な結界ですが、ルスキアは安全とは思えませんね、俺は。青の将軍の力があっては、どの国も確実に安全とは言えないのでしょうけれど……。戦闘力として数える事の出来る魔王クラスが、白賢者しか居ないルスキアは今こそ危険な状況だ。俺が睨みを効かせておかないと」
「大丈夫だ。フレジールとルスキアは、システムタワーが正常に通じ合っている。いざとなれば、こちらから遠隔で大規模魔法を展開できる。……レイラインのグランタワーが完成すればこそ、我々の連携も取れ、強固な“大三角供給”が出来上がるのだがな……」
「それまでは、なんとか……って所ですか」
「そうだ。情報によればエルメデス連邦も内部で反乱があり、今は他国にかまっている余裕が無いとか。まあ、その反乱に我が国も少々助力したが。ただ……それもそのうちに大規模な粛正でもして収まるだろう。何もかもの準備を整えるタイムリミットは、それまでと言えるな」
シャトマ姫様は書類の多く積み上がる机にもたれ、目を細め、俺を見た。
俺は彼女からは少し目を逸らしがちになる……しかしそれではあまりに格好悪いと自分でも分かっているから、すたすたと窓辺に寄って行って、外を見つめる。
高い高い、システムタワーに集う戦艦を。
「大司教様には、また頼みたい事がある……聞いてくれるか?」
「……藤姫様の頼み事でしたら、何だって」
「フレジールの元老院の連中が……妾に縁談の話を受けるよう言ってくるのだ」
「!?」
格好付けて窓から外を眺めていた俺だが、思わず振り返る。
俺の表情に、シャトマ姫様はクスクスと笑っていた。
「このような緊迫した状況下で、バカみたいだと思うだろう? だが、あの老人どもは本気だ。妾とカノンが目障りだと見える。自らの手先を、妾の側に置きたいのだろう」
「こ……国王は、何と?」
「父は幼い頃よりあの老人どもによって操られ王を演じて来た。何も出来まい。……カノンが居ない今ならばと、大御所どもは張り切っておる」
パチン、とシャトマ姫様は扇子を手に打った。
表情は憂いを滲ませている。
「国より保身の方が大事なのだ、あいつらは」
「……そう言う連中はどの時代にも、どんな国にも居るのです。そして、そう言う奴こそ長生きする。千年前もそうでした。……あなたを煙たがる連中の持って来た縁談話……それがあなたを……」
俺は千年前の事を思い出した。
北の大国の侵略を恐れたフレジールの上層部が、当時聖少女と崇められていた藤姫様に、国の為の縁談話を持って来たのだ。
とある国の王子との結婚だ。
今でこそ大国だが、当時フレジール王国とはフレジスタという大国から分離した国家であった。
東の大陸の国々は、それこそ内乱に疲弊した国ばかりで、力のある北の大国の侵略を防ぐ力が無かったのだ。
藤姫様は様々な事を考え、この縁談を引き受けた。
しかしそれが間違いであった。
婚約者は“青の将軍”に肉体を乗っ取られていた。
そのせいで、藤姫様は死の呪いを背負う事になる。
「……本当にバカらしい。妾はもう、結婚なんて……結婚なんて……」
椅子に座り、ぶつぶつと呟く藤姫様の表情はマジだ。
そりゃあ、前世では婚約者に裏切られ、死に追いやられたのだから当然と言える。
俺は口元に手を当て、考え込んだ。
「なるほど、このタイミングの縁談話……怪し過ぎる。そもそも、シャトマ姫様と結婚しようなどと、そんな身の程知らずなヤローはいったい誰です?」
「シャンバルラ王国の王子、マフメート殿下だ。先の事件で、もうシャンバルラの王宮は機能していないが、これを機に元老院は、我が国に留学していた事で生き残っていた王子を妾の花婿にし、シャンバルラ王国をフレジールの属国にしたいのだ」
「しかしシャンバルラって、もうフレジールの属国のようなものではないですか。あんな搾りカスみたいな国、藤姫様にとってはただのお荷物でしかないと思いますが」
「ふふ……体裁を取り繕えと言うのが元老院の言い分だ。王の居なくなったあの国は、連邦にも見捨てられ、荒れに荒れているからな。確かに、救済は必要だ。……妾とマフメート殿下が婚約と言う事になり、シャンバルラを取り込み大フレジール体制が敷ければ、北には脅威だろうしな。……しかし、この美味しさが怪しい。青の将軍が、また同じ手で妾を葬ろうとしているとは、到底考えにくいがな……ふふ」
シャトマ姫様は皮肉な笑みを浮かべた。
姫様はお疲れだ。背負うものも多く、毎日こなす仕事量も十代の少女のものじゃない。
それなのに、こんなどうでも良い心配事を彼女にかける元老院の無能具合よ。
「なるほど、分かりました。その王子の事を俺に探ってほしいと言う事ですね?」
「念には念を入れねばならぬ。……大司教様の手を煩わせる事ではないと分かっているのだが……」
「そんな事はありません。千年前と酷似したこの状況は、俺も気になります。……では早速行ってきます。あ、怪しいと思った奴は速やかに葬っときますんで、ご安心を」
すたすたと扉に向かって行き、俺はシャトマ姫様の方を見る事無く、出て行った。
最近では彼女と語るのも日常の事となったが、あまりの目映さに目を逸らしがちだ。
すたすたと廊下を歩きながら、俺は呟いた。
「……しかし、どこの国も腐った奴が多いのは、一緒だな」
フレジール王宮は正義の大国として名高いが、居座って見えてくる闇もある。
表向きは、シャトマ姫様の偉大なカリスマ性が国を支えているように見えるし、それも間違いないのだが、裏でカノン将軍がどれほど睨みを効かせていたのかは、彼が居なくなって初めて分かると言うもの。
黒魔王の建国した西のレイライン連国が、今後の連邦攻略に重要とはいえ、カノン将軍を送り出したシャトマ姫様の心細さは計り知れない。
「おい!!」
フレジール王宮の廊下を歩いていたとき、背後から凛々しい声を聞いた。
その声は俺を呼び止めたようだ。
「……あ?」
振り返ると、そこには濃い紫の軍服を着た少女が、腰に手を当て仁王立ちで立っている。
すみれ色の髪を肩辺りで切り揃え、後頭部に一つ団子をつくって、長い紐で結っている。
表情は険しい。
彼女はアイリ・ミレイヤ・フレジール。
シャトマ姫様の一つ下の妹君にあたる。
そして、フレジールの七将軍の一人だ。
「貴様、今、姉様の部屋から出て来たな!」
「だったらどうしたって言うんだ」
ぶっきらぼうに答えると、アイリは額に筋を作った。
ちなみに俺は、どこの王族であろうが、シャトマ姫様と巫女様以外に“様”を付けるつもりは無い。
しかしこのアイリも、俺がシャトマ姫様やカノン将軍と同じ魔王クラスであると言う事を、いまだに信じようとしない無礼な娘だった。
「この犯罪者面め!!」
「あ、何だって?」
「貴様のような野蛮で品の無い男が、姉様のお側に置かれているなどと言うのは虫酸が走る。魔王クラスだか何だか知らないが、カノン将軍が居ないからと言って、図に乗るなよ! 私がお前を監視していると言う事を、忘れるな」
「……はあ?」
なんで俺、こいつに異常に敵視されているのか。
見た目か? 見た目の問題なのか??
「……はん、ばからしい。品なんて何の足しになるってんだ」
腹が立ったから、俺は一瞬でアイリの背後に周り、彼女の頭に銃を突きつけた。
「お前、今一回死んだぞ。最年少の将軍様がこんなに隙だらけじゃ、シャトマ姫様が俺に頼りたくなる気持ちは分かるってもんだ。……何しろ俺は有能だからな!! わはははははは!!」
「き……っ、貴様……!!」
アイリは勢い良く後ろを振り返ったが、その時には既に、俺はもと居た位置に戻っていた。
音も無くこうやって目標に忍び寄り、俺は一人一人に審判を降して来た訳よ。
悔しそうに、再び俺の方を向くアイリの表情に、俺は満足した。
「それにてめー、俺を敵視したって意味ないぞ。本当にシャトマ姫様の事を思うなら、敵は別に居るだろうよ」
「……き、貴様にそんな事を言われたくはない!! 貴様は怪し過ぎる!!」
「これでも歴とした教国の司教なんだがな」
着ていたジャケットのポケットから、司教章を取り出してかざすも、アイリは「胡散臭過ぎる!」と言うばかり。
話にならんな。なんでこんな奴が、将軍をしているのか。
そうは思うが、こう見えてアイリの戦場での功績は華々しく、特に中央海に現れる巨兵の撃退率はほぼ100パーセントである。
シャトマ姫様譲りの白魔術のセンスは光るものがあり、それを利用した戦術は見事だ。
まあ、巨兵撃退の方法が確立されてから将軍になったのだから、という見方もできるが。
「そんなに姉の事が心配なら、俺に噛み付いてないでおめーも姫様の部屋を訪れ、相談の一つでも乗ってやれば良い」
「そ……それは……。ね、姉様はあの“藤姫”の生まれ変わりだ。私なんて、妹であっても……そう気軽に触れ合う事など許されない……」
「……」
なるほどな。
こいつも立派な藤姫信者と言う事か。
「はん。シャトマ姫様を崇拝するのは別に良いが、だからって俺にキレられてもな。……もう行くぜ、俺はやる事がある」
こんな小娘にかまってられるかと思い、俺はスタスタと廊下を進んで行った。
アイリは「おい!」と声を上げたが、それ以上俺を追う事も無く。
少しばかり振り返ると、彼女は廊下の真ん中で、拳を握って佇んでいた。
姉が必死に見えない敵と戦っているのを知りながら、何も出来ない悔しさを滲ませて。