24:『+α』レナ、正体を知る。
4話連続で更新しております。(2話目)
ご注意ください。
カノン将軍は廊下にしゃがみ込んだ私たちを見下ろし、説明した。
表情は、いつもの彼とあまり変わらない気がする。
「その女に最初から備わっている法則だ。そいつは、俺と同じく“魔王”を殺す事の出来る力を持っている」
「あの短剣の事? でも、あんたの場合、それは神器の力でしょう。レナは、いったい……」
「ヘレネイア、だ」
「……え?」
「そいつの神名は、ヘレネイア。……“パラ・α(アルファ)・へレネイア”。付け足された女神へレネイアという意味だ」
「……へレネイア?」
マキアは、ぐっと息を呑み、何かを恐れるようにカノン将軍に説明を促す。
私の肩を抱き、支えながら。何の言葉も出てこない私の代わりに。
「それがいったい、何だって言うのよ」
「冥王の宿命に、形が無いのはなぜだか分かるか」
「……?」
カノン将軍はいつの間にか、自らの神器、冥王の宿命を右手に持っていた。
それは霧に包まれた形の曖昧な剣だ。
彼はそれを目の前にかざし、自らも眺めながら語る。
「冥王の宿命は、まさに魔王殺し、神殺しの剣。それ以外の力は無い。故に、魔王相手には最大の力を発揮する。ただ、今の冥王の宿命という神器は概念に過ぎず、形が無い。本来、美しい剣の形を成していたが、俺の神器はその形を、主神パラ・アクロメイアによって壊され、刃の一部を奪われた。アクロメイアは、それを素材の一つにして、第十の女神を創りだしたのだ」
「素材の一つ……? 第十の……女神?」
「ああ。……アクロメイアは創造魔法により、人型の器を創りだした。要するに、“ゴーレム”だ」
「……」
私も、マキアも、いきなり聞かされた話を不可解な表情で聞いていた。
だけどマキアだけは、それはとんでもない事であると分かっているようで、次第に表情を曇らせる。
カノン将軍は「部屋へ入れ」と、私たちを隔離された場所へと促した。
ゴーレム。
かつて神々が魔法で遊びながら創ったおもちゃ。
それは次第に労働力となり、やがて、兵器と成り果てた。
その過程で生まれたのが“限りなく人に近いゴーレム”であり、のちのこの世界の人間なんだって。
ゴーレム製造に長けた創造の神アクロメイアは、ふと人以上のもの、第十の女神を創る事を思いついた。
素材は、泥と、元素の概念の一つである“愛”。
アクロメイアの奪った、パラ・ハデフィスの神器の破片。
それにより、どの女神にも劣るとも勝らない、美しい“愛の女神”が出来上がった。
名をパラ・α・へレネイア。
原始にして、意図的に付け足された女神の意味。
ヘレネイアは無垢で素直で麗しく、誰にでも愛されたが、アクロメイアの悪巧みにより、神殺しの力と神々への殺意を隠し持っていた。
その過程を語る事を、カノン将軍は省いたが、ヘレネイアの存在が“巨人族の戦い”のきっかけの一つだったとされるらしい。
投げ込まれた“黄金の林檎”は、ヘレネイアの事だ。
アクロメイアはヘレネイアを用いて神々の秩序を乱し、争いを起こした。
神々を殺そうとしたのだ。
最後の最後、ヘレネイアは異世界へと追放される事となる……
アクロメイアの意に反して。
「神々はその後の終焉を自ら選ぶ。しかし、この世界にある境界線は、我々が知っているもの、知らないもの、いくつも存在していた。二千年前の“ヘレーナ”も、今世の“レナ”も、人として転生を繰り返しながら、メイデーアに呼ばれるようにして戻って来たに過ぎない」
「……」
「なぜ、異世界の少年少女が救世主と呼ばれるのか……その点はもう察しがついているだろう。無意識とはいえ、神殺しの本能が備わった“異世界の少女”が、その力を覚醒させ歴代の魔王を殺す事もあったからだ。自らの意志に反し、二千年前の黒魔王を殺した時のように。……俺はそれを、何度も見て来た」
淡々と語るカノン将軍の言葉が、私にはとても遠い物語のように聞こえた。
だけど、さっき自分の体を襲ったマキアへの殺意を忘れられないのなら、私はそれを認めざるを得ない。
何もかも、簡単に説明されて納得できる訳じゃないけれど、“神殺し”の殺意だけは、嫌という程理解できた。
「あ、あんた……あんたね、何を淡々と語ってるのよ! それって、とんでもない事じゃない。レナは……じゃあレナは、その力を覚醒させてしまったって言うの?」
マキアが戸惑いの滲む声を上げて、カノン将軍に問いただした。
私はさっきからぼんやりとしている。
私は、創られた女神?
神々を殺す為、投げ込まれた黄金の林檎?
「……」
だけどなぜか、妙な感覚に陥った。
これ、普通ならとっても悲劇的な事よ。そんな運命酷いって、泣いて泣いて、みんなに同情してもらう所よ。
悲劇のヒロインを、気取れる所よ。
なのにとても、爽快な気分だった。
酷く目の前が開けている。
まるで、抜け出せない迷宮の、地図でも見つけたかのように。
帰り道を見つけたかのように。
そして私は、今までいったい何を苦しんでいたのか、理解した。
“未知”というのが、何より怖かったんだ。
「そっか……そうだったんだ」
「……レナ?」
マキアが心配そうにして、私の肩を支える。
私は顔を上げた。
その時の私の表情に、マキアもカノン将軍も、少なからず驚いている。
「私、ずっと……自分が何者なのか分からなかったの。それがとても不安で、何をしていいのか、何をすべきなのか、一つも分からなかった。だけど、自分を知る事ってとても大切な事ね。ショックなのに……納得できるのよ、私」
「……レナ」
「カノン将軍、私はどうすれば良いんですか……?」
私はぐっと拳を握って、カノン将軍を見上げて尋ねた。
今までこんな風に、怖い怖いと思っていた彼にはっきりとものを尋ねた事は無い。
カノン将軍は少しばかり間を開けてから、目を細め、答える。
「方法は……一つ」
「……」
「メイデーアとの繋がりを断ち、元の世界に戻る事だ」
それがどういう事なのか、この後どうすれば良いのか、彼は淡々と説明した。
その言葉を、私は心に刻み付けた。
神殺し。
魔王殺し。
付け加えられた女神……
そんな存在でも、私は私を受け入れられた。
きっと、私より複雑な因縁を持つ人たちが、周りに沢山居た、たいした事無いって思えてしまったんだわ。
私が悲しんでいられないくらいに、複雑な魔王たちが沢山居るもの。
私は私を理解する事で、やるべき事を知った。
そっちの方が、何も出来ない中途半端な“レナ”よりずっと良い。
お飾りの救世主より、ずっと良いもの。
その後、トールさんは私の正体を知った。
酷く驚き、頭に手を当てて苦悶の表情をして、カノン将軍やマキアの語る事を聞いていた。
私は最後に、トールさんにお願いした。
もう一度、アイズモアを見せてほしい、と。
「……アイズモアは、いつも雪に覆われてますね。あっ、でもウサギが居る……トールさんの空間は、芸が細かいですね」
「レナ、行きたい場所があるなら、連れて行こう」
私をアイズモアに連れて来てくれたトールさんは、優しくそう言ってくれた。
私たちは、アイズモアのあちこちを一緒に散歩する。
モミの樹の林を抜け、城の中の部屋を見て回り、かつて一緒にダンスを踊ったサロンを横切り、そしてまた外に出た。
城の裏側だ。
「ふふっ、トールさん、覚えていますか? ヘレーナ、言いつけを守らずに外に出て、崖から落ちそうになった事がありました」
「……ああ、あったな。ははっ、ヘレーナは本当に、言う事を聞かない奴だった。あはは、岩の突き出た所に落ちて、尻餅をついて泣いてたな」
「雪が積もっていて、崖に気がつかなかったんです! もう、笑わないでください、私死にかけたんですから」
「あっははははは」
トールさんは何かが面白かったみたい。
私がムッとするのも気にせず、笑っている。
私たちは、例のヘレーナが“死にかけた”崖にやってきた。それは、アイズモアの城よりも高い場所。
城の裏から出た所に、上る小道があって、そこから丘に出る事が出来る。
丘は切り落とされたような鋭い崖で行き止まりになり、そこからは、このアイズモアを一望できた。
「お、おい、あまり近づきすぎるなよ。前世の二の舞になるぞ」
「分かってますよ」
そうは言っても、私は恐れを知らずに崖のギリギリの所まで行く。
トールさんの方がハラハラしている。
でも、ここから見えるアイズモアを知っているのは、私とトールさんだけ。
紅魔女だって知らない。
「……」
私は両手を広げ、懐かしい冷たい空気と匂いを、一杯に吸い込んだ。
そして、ぽつりと言葉にする。
「トールさん……私、黒魔王様が大好きでした」
「……」
「私、トールさんも、大好きです」
「……レナ、でも、俺は……」
「分かっています。トールさんは、マキアを……」
私はくるりと向き直り、小さく微笑んだ。
「マキアは凄いです。本当に、強くて魅力的。私だって、マキアに嫉妬する勇気くらい持ってるのに、どうしようもなく惹き付けられる……。黒平原の悪魔に触れた時、ああ、もう絶対にマキアには敵わないって思ったもの」
「……レナ」
「でも、マキアは私の事、ちゃんと受け止めてくれた。“言わせてくれた”。私の思いも苦しみも、分かってた……」
言わせてくれた。
普通なら、そんな言葉を絶対に飲み込む私に。
そして、ちゃんと聞いてくれた。本当の平玲奈の所まで、来てくれた。
それだけで、私はずっと楽になった。
そうじゃなかったら、あの時私は、自らが飼う怪物に負けてしまっただろう。
「だけど……それでもヘレーナが黒魔王様の事を好きで、私がトールさんを好きな事は、変わりません。トールさん、ヘレーナを信じてあげてください。違うんです……ヘレーナは、決して黒魔王様を殺そうとして近づいた訳じゃないんです……本当に、黒魔王様を好きになっていったんです。大好きに」
「分かっている。分かっているよ……黒魔王だって、ヘレーナを愛していた。それは、本当だ。間違いなんて一つもない」
「……」
私はまた、ニコリと笑った。
そして、少し生意気に付け加える。
「それに、来世はどうなるか分からないですよね? 私にも、またチャンスがあるかもしれないし」
「……もったいない話だな」
「ふふ」
トールさんは困った顔はしなかった。
だけど、私は分かっている。
例え来世があったとして、トールさんはまたマキアを選ぶだろう。
それに、私にはもう、メイデーアでの“次”は……
一度だけ目を伏せると、そのままアイズモアの水晶みたいな空を見上げる。
「トールさん、私、“元の世界”に戻ろうと思います……地球へ」
「……え」
トールさんはどんな顔をしたかしら。
それは私には分からない。
もう一度トールさんの方を向く。
「あ、でも、今すぐにって訳じゃないですよ? 私の中にある、冥王の宿命の欠片、取り出してからだってカノン将軍が言ってました。その為には、三つのタワーが完成しなければならないとか。……このメイデーアとの繋がりを、完全に断ち切るんですって」
「それって……」
トールさんは、それがどういう事だか、すぐに分かったかもしれない。
ぐっと眉を寄せ、そして何かを振り払うようにして、彼は一度首を振った。
「俺は、マキアが好きだ」
「……知ってます。こっちに来てからずっと」
「マキアは俺が幸せにする。絶対に……」
「……」
「だけど、レナ……お前にはマキア以上に幸せになってほしいと思っている」
「……はい」
それは、トールさん以上の人を見つけろって言う、トールさんの優しい言葉だった。
そんな人そうそう見つけられないと思うけれど、私はまたニコリと微笑んだ。
今、とても清々しい気分だ。アイズモアの限りなく冷たく澄んだ、空気みたいに。
だけど、やっぱり一筋だけ涙を流す。笑顔は壊す事無く。
「だけど、トールさん。やっぱり、メイデーアに居る間だけは、トールさんを好きで居ても良いですか?」
「……ああ、光栄だよ」
「ふふ。私、本当の名前を平玲奈って言います。“はじめまして”」
「……ああ。俺は、トールだ。トール・サガラーム」
私が手を差し出すと、トールさんはちゃんと握り返してくれた。
お互い、なかなか良い顔だと思う。
前世の関係は、確かに存在した歴史。だけどそれとお別れして、今、私たちは出会った。
新しい、とても清々しい関係で。
「私、強くなります。トールさんやマキアに報いたい。……私の目標は、お母さんの居る元の世界へ帰る事。元の世界に帰るまで、なんとか自分の中にあるヘレネイアの衝動を、押さえつける事。大事な人たちを、傷つけない為に……」
自分自身に、言い聞かせるように。
強くなりたい。
お母さんの事を思っただけで殺意の衝動が薄れたのだから、ヘレネイアを押さえつける事は不可能ではないと、カノン将軍は言っていた。
「俺も出来る限りの事はしよう。何かあったら、皆がお前を助ける。だけど、それでも……頑張れ……玲奈」
「はい……っ」
大きく頷いた。
トールさんに、頑張れと言ってもらえただけで、私はきっと何だって出来る。
何もしなくていいと言われるより、ずっと素敵。
お母さん。
目標があるのは救いね。
私、最後の最後の日まで、頑張って自分と戦うわ。
自分の中の殺意と戦う。
努力する事を、あなたは教えてくれたもの。
そして何もかもを乗り越えた時、私は何も無かった“平玲奈”では無く、自分を誇れる“平玲奈”になって、地球へ、お母さんの元へ帰ることが出来ると思う。
もうこのメイデーアに戻る事が出来なくても、私は自分の世界で、懸命に生きていける。
私の戦いは、きっとこれからなんだろう。




