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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
292/408

21:『 5 』トール、マキリエから、そしてマキアへ。

6話連続で更新しております。(5話目)

ご注意ください。







『大丈夫。あなたの愛した……ヘレーナじゃない。きっと、あなたを裏切ったんじゃないわ……。私が、勇者からあの子を、きっと取り戻してあげるから。助けてあげるから……っ』


『ああ……頼む、マキリエ』



それは、紅魔女の見返りを求めない愛情と、黒魔王の罪。



『いいわよ……私の血なんて、いくらでもくれてやるから………。でも、お願いよ……私に、あいつを倒せる力を…………っ、トルク……っ!!』



それは、紅魔女の孤独な決意。

憎悪と殺意に身を任せ、彼女は黒魔王の剣を手にした。


勇者を“殺す”ために。



黒魔王が、知らぬうちにそうなるように仕向けた。









剣を抱き眠る白骨を前に、俺はただ涙を流し、立ちすくんでいた。


死は、マキリエをどこへ連れて行ったんだろう。

どこへも連れて行ってはくれなかったのかもしれない。


転生しても、マキリエの負の感情はここに残っていたんじゃないのか。

あんなに黒く醜い、悪魔と呼ばれる姿になってまで。

彼女の抱いた憎しみは、彼女の遺骸に残る魔力と、“時空王の権威”が可能にした空間魔法により姿を得ていたのだ。

闇に溶けた血肉から搾り取った力が、二千年という長い時の空間維持に力を貸したのだと思う。


「……」


可哀想なマキリエ。

可哀想な紅魔女。

俺がそう思う事を、どうか許してほしい。


「お前が黒魔王の為に焼いたこの西の大陸は、俺が引き受けた。この大陸を時間をかけてでも元に戻す……その業を、俺と俺の率いる魔族が担う。もう、安らかな場所で大地に帰ると良い……マキリエ」


俺は、彼女の抱く“時空王の権威”をゆっくりと持ち上げた。

骨になった手を、優しく解いて。


すると、その瞬間をずっと前から待っていたとでも言うように、彼女の遺骨はガラガラと朽ち果てた。

同時に、元々安定感を欠いていた大規模空間の崩壊と、この黒平原の闇の終わりが加速する。

今までとは比べ物にならない早さで。


「……」


本当は、もっとここに居たい。

例え、それがもの言わぬ白骨だろうと、もっと、ここで彼女と静かな時を過ごしたかった。

ただそれを見つめ、自分の罪をいっそう自らに問いかけ、刻み付けたかった。


「だけど……探さないと……」


手元に戻った時空王の権威は、鈍い光を灯している。

カルディアとユートピアにあった、柄と刃は、空間の一つの様式であり、ただの形代だったんだろうな……


何だかとても、剣が軽い。

紅魔女の血を吸い、二千年もの間ここで熟されたその魔力は、どれほどのものなのだろう。


「時空王の権威よ……この空間を“暴け”……」


剣を地面に突き刺し、広範囲に渡るこの空間の、どこに彼女が居るのかを探った。

俺は追う。追い続ける。


長い彼女との記憶を辿り、赤い一点を追い求める。







赤いドレスを揺らしながら、俺から逃げる少女。

どこかで見た事のある光景だ。


そのドレスは、マキリエの着ていたものより、もっと少し今時で、娘らしく、華やかなもの。

とても似合っている。

緩やかな赤毛は愛らしいリボンでまとめられ、見た目こそまだ幼さの残る少女である。


知っている。

彼女は“マキア”だ。


マキでも、マキリエでもない。


こじ開けられた記憶の扉からは、マキアの記憶も滲み出てくる。

そう。俺はこのメイデーアに転生し、幼い頃にマキアと再会し、共に育った。


俺が親方様とカルテッドへ行くと言ったら、彼女が拗ねて長い喧嘩になったっけ。

その時にやり取りしたメモを、マキアはずっと取っていた。


ユリシスとペルセリスがすれ違っていた時、マキアは人一倍心配していた。

そして二人の結婚を、誰より喜んだ。


ヴェレットで初めて青の将軍と対峙した時、助けてくれたのはマキアの魔法だった。


……そう言えば、あいつは、魔法の暗闇を怖がっていたな。


「……」


先を走っていたマキアが転んだ。

長いドレスに足を引っ掛けてしまったんだろう。

ぼてっと倒れて、痛そうに起き上がって、めそめそと泣いている。

“影の王国”が、こいつはいつも苦手だった。


「ダメっ、来ないで!!」


「……」


「思い出してはダメよ!!」


俺は、マキアの叫ぶ声を無視した。

それほどに、俺の記憶はほとんど戻りかけていた。


胸ポケットからあるものを取り出し、握りしめ、小さくなって何もかもを拒絶する彼女を見下ろす。


「……マキア」


「違う……違う違う!! 私はマキアじゃない!! マキアは死んだのよ!!」


「……お前はマキアだ」


「違うっ!! 私に名前なんて無い!!」


「違わない、お前は“マキア”だ!!」


確かな名を叫んだ。

俺自身にも言い聞かせるように。


「マキアマキアマキア!! お前はマキアだ!! 認めろ!!」


鎖が、引きちぎられ、砕かれていく。

俺の記憶に施されていた、彼女の命令が、名を叫ぶたびに解けていく。


「お前は……マキアだ。そうだろう」


「……」


名は、メイデーアではとても重要なものだ。


マキアはハッとしたように顔を上げていた。

自らも、今確かにその名を意識したのだというように。


俺は屈んで、彼女と視線を合わせ、そして、そっと頬に触れた。

顔にかかる長い髪を払って、握りしめていた二つのイヤリングを彼女の耳に付けた。

元あった場所へと。


いつも俺の中にちらついた、赤い気配。

掴めそうで掴めなかった彼女の記憶を、今、全て手にしたと思った。


「マキア……っ」


マキアを抱きしめ、懐かしいその存在を確かめる。

彼女はマキアだ。間違いない。

俺が……救う事の出来なかった、大事な人だったはずだ。


脳裏をよぎる、マキアの最後。

その苦しい記憶に耐えるようにして、俺は彼女を抱きしめた。


「ごめんなさい……トール……私、あなたに酷い事をしたわ」


「……何もしてない。お前は俺を、助けてばかりで……っ」


「したわ!! あんたの記憶を封じたもの。辛かったでしょう……沢山の人たちとの違いを感じて……矛盾を感じて……っ」


「違う。お前は俺を助けたんだ。そうする事で、俺がお前の死を、嘆く事の無いよう……」


マキアは俺を良く知っていた。理解していた。

だからこそ、俺がマキアを失った悲しみに身を任せないよう、記憶を封じたのだ。


「だけど、だけどやっぱりあんたは、ここへ来てしまったじゃない。私の記憶を、引きずり出してしまったじゃない」


「当然だ。悔しかったからな……お前に、絶対に勝ちたいと思っていたよ」


「……」


マキアは俺の胸に顔を埋めながら、背中に回す手でぎゅっと衣服を握りしめ、小刻みに震えた。

泣いているのか、マキア。


分からない。

俺も、分からないよ。


悲しいのか、嬉しいのか。

嘆いているのか、喜んでいるのか。


長い長い記憶は複雑で、複雑すぎて、お前と過ごした楽しい思い出も、悲しい別れも、全てが混在している。

だけどここにマキアが居る。


なぜ?

なぜ彼女が地球での“マキ”の姿をしてここへ戻って来たのか、それは分からない。


だけど、ここに彼女が居るという事が全てであり、俺の救いであり、俺たちのこれからであった。

俺たちに許された未来だった。



やがて、この空間は弾けるようにして壊れた。

闇を割る高い音は連続的に響き渡る。酷く綺麗で、終わりの始まりを告げる音。


俺がマキアの命令を退け、記憶を思い出し、彼女もまたマキアであった事を認めたからだろうか。


時空王の権威は、この大規模空間を壊す事で、紅魔女の埋葬を完了するつもりだ。


マキアを片腕で引き寄せ、俺は割れた先にある光へと“時空王の権威”を掲げた。

宙移動装置を働かせ、上へ上へと向かう。


まるで、深い泥沼から、美しい上澄みの水を求めるように。

更にその先の光を、手にする事ができるように。








「……」


「……」


見えたものは、広い広い、何も無い大地。

東から昇り来る太陽。たなびく薄い桃色の雲。


ずっと下方には長い岩山の連なる土地があり、ここが“西の大陸”の上空なのだと教えてくれる。



マキアの罪も、俺の罪も、全てこの大地へと集約されていた。

そして、ここから何もかもが始まるのだ。




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