21:『 5 』トール、マキリエから、そしてマキアへ。
6話連続で更新しております。(5話目)
ご注意ください。
『大丈夫。あなたの愛した……ヘレーナじゃない。きっと、あなたを裏切ったんじゃないわ……。私が、勇者からあの子を、きっと取り戻してあげるから。助けてあげるから……っ』
『ああ……頼む、マキリエ』
それは、紅魔女の見返りを求めない愛情と、黒魔王の罪。
『いいわよ……私の血なんて、いくらでもくれてやるから………。でも、お願いよ……私に、あいつを倒せる力を…………っ、トルク……っ!!』
それは、紅魔女の孤独な決意。
憎悪と殺意に身を任せ、彼女は黒魔王の剣を手にした。
勇者を“殺す”ために。
黒魔王が、知らぬうちにそうなるように仕向けた。
剣を抱き眠る白骨を前に、俺はただ涙を流し、立ちすくんでいた。
死は、マキリエをどこへ連れて行ったんだろう。
どこへも連れて行ってはくれなかったのかもしれない。
転生しても、マキリエの負の感情はここに残っていたんじゃないのか。
あんなに黒く醜い、悪魔と呼ばれる姿になってまで。
彼女の抱いた憎しみは、彼女の遺骸に残る魔力と、“時空王の権威”が可能にした空間魔法により姿を得ていたのだ。
闇に溶けた血肉から搾り取った力が、二千年という長い時の空間維持に力を貸したのだと思う。
「……」
可哀想なマキリエ。
可哀想な紅魔女。
俺がそう思う事を、どうか許してほしい。
「お前が黒魔王の為に焼いたこの西の大陸は、俺が引き受けた。この大陸を時間をかけてでも元に戻す……その業を、俺と俺の率いる魔族が担う。もう、安らかな場所で大地に帰ると良い……マキリエ」
俺は、彼女の抱く“時空王の権威”をゆっくりと持ち上げた。
骨になった手を、優しく解いて。
すると、その瞬間をずっと前から待っていたとでも言うように、彼女の遺骨はガラガラと朽ち果てた。
同時に、元々安定感を欠いていた大規模空間の崩壊と、この黒平原の闇の終わりが加速する。
今までとは比べ物にならない早さで。
「……」
本当は、もっとここに居たい。
例え、それがもの言わぬ白骨だろうと、もっと、ここで彼女と静かな時を過ごしたかった。
ただそれを見つめ、自分の罪をいっそう自らに問いかけ、刻み付けたかった。
「だけど……探さないと……」
手元に戻った時空王の権威は、鈍い光を灯している。
カルディアとユートピアにあった、柄と刃は、空間の一つの様式であり、ただの形代だったんだろうな……
何だかとても、剣が軽い。
紅魔女の血を吸い、二千年もの間ここで熟されたその魔力は、どれほどのものなのだろう。
「時空王の権威よ……この空間を“暴け”……」
剣を地面に突き刺し、広範囲に渡るこの空間の、どこに彼女が居るのかを探った。
俺は追う。追い続ける。
長い彼女との記憶を辿り、赤い一点を追い求める。
赤いドレスを揺らしながら、俺から逃げる少女。
どこかで見た事のある光景だ。
そのドレスは、マキリエの着ていたものより、もっと少し今時で、娘らしく、華やかなもの。
とても似合っている。
緩やかな赤毛は愛らしいリボンでまとめられ、見た目こそまだ幼さの残る少女である。
知っている。
彼女は“マキア”だ。
マキでも、マキリエでもない。
こじ開けられた記憶の扉からは、マキアの記憶も滲み出てくる。
そう。俺はこのメイデーアに転生し、幼い頃にマキアと再会し、共に育った。
俺が親方様とカルテッドへ行くと言ったら、彼女が拗ねて長い喧嘩になったっけ。
その時にやり取りしたメモを、マキアはずっと取っていた。
ユリシスとペルセリスがすれ違っていた時、マキアは人一倍心配していた。
そして二人の結婚を、誰より喜んだ。
ヴェレットで初めて青の将軍と対峙した時、助けてくれたのはマキアの魔法だった。
……そう言えば、あいつは、魔法の暗闇を怖がっていたな。
「……」
先を走っていたマキアが転んだ。
長いドレスに足を引っ掛けてしまったんだろう。
ぼてっと倒れて、痛そうに起き上がって、めそめそと泣いている。
“影の王国”が、こいつはいつも苦手だった。
「ダメっ、来ないで!!」
「……」
「思い出してはダメよ!!」
俺は、マキアの叫ぶ声を無視した。
それほどに、俺の記憶はほとんど戻りかけていた。
胸ポケットからあるものを取り出し、握りしめ、小さくなって何もかもを拒絶する彼女を見下ろす。
「……マキア」
「違う……違う違う!! 私はマキアじゃない!! マキアは死んだのよ!!」
「……お前はマキアだ」
「違うっ!! 私に名前なんて無い!!」
「違わない、お前は“マキア”だ!!」
確かな名を叫んだ。
俺自身にも言い聞かせるように。
「マキアマキアマキア!! お前はマキアだ!! 認めろ!!」
鎖が、引きちぎられ、砕かれていく。
俺の記憶に施されていた、彼女の命令が、名を叫ぶたびに解けていく。
「お前は……マキアだ。そうだろう」
「……」
名は、メイデーアではとても重要なものだ。
マキアはハッとしたように顔を上げていた。
自らも、今確かにその名を意識したのだというように。
俺は屈んで、彼女と視線を合わせ、そして、そっと頬に触れた。
顔にかかる長い髪を払って、握りしめていた二つのイヤリングを彼女の耳に付けた。
元あった場所へと。
いつも俺の中にちらついた、赤い気配。
掴めそうで掴めなかった彼女の記憶を、今、全て手にしたと思った。
「マキア……っ」
マキアを抱きしめ、懐かしいその存在を確かめる。
彼女はマキアだ。間違いない。
俺が……救う事の出来なかった、大事な人だったはずだ。
脳裏をよぎる、マキアの最後。
その苦しい記憶に耐えるようにして、俺は彼女を抱きしめた。
「ごめんなさい……トール……私、あなたに酷い事をしたわ」
「……何もしてない。お前は俺を、助けてばかりで……っ」
「したわ!! あんたの記憶を封じたもの。辛かったでしょう……沢山の人たちとの違いを感じて……矛盾を感じて……っ」
「違う。お前は俺を助けたんだ。そうする事で、俺がお前の死を、嘆く事の無いよう……」
マキアは俺を良く知っていた。理解していた。
だからこそ、俺がマキアを失った悲しみに身を任せないよう、記憶を封じたのだ。
「だけど、だけどやっぱりあんたは、ここへ来てしまったじゃない。私の記憶を、引きずり出してしまったじゃない」
「当然だ。悔しかったからな……お前に、絶対に勝ちたいと思っていたよ」
「……」
マキアは俺の胸に顔を埋めながら、背中に回す手でぎゅっと衣服を握りしめ、小刻みに震えた。
泣いているのか、マキア。
分からない。
俺も、分からないよ。
悲しいのか、嬉しいのか。
嘆いているのか、喜んでいるのか。
長い長い記憶は複雑で、複雑すぎて、お前と過ごした楽しい思い出も、悲しい別れも、全てが混在している。
だけどここにマキアが居る。
なぜ?
なぜ彼女が地球での“マキ”の姿をしてここへ戻って来たのか、それは分からない。
だけど、ここに彼女が居るという事が全てであり、俺の救いであり、俺たちのこれからであった。
俺たちに許された未来だった。
やがて、この空間は弾けるようにして壊れた。
闇を割る高い音は連続的に響き渡る。酷く綺麗で、終わりの始まりを告げる音。
俺がマキアの命令を退け、記憶を思い出し、彼女もまたマキアであった事を認めたからだろうか。
時空王の権威は、この大規模空間を壊す事で、紅魔女の埋葬を完了するつもりだ。
マキアを片腕で引き寄せ、俺は割れた先にある光へと“時空王の権威”を掲げた。
宙移動装置を働かせ、上へ上へと向かう。
まるで、深い泥沼から、美しい上澄みの水を求めるように。
更にその先の光を、手にする事ができるように。
「……」
「……」
見えたものは、広い広い、何も無い大地。
東から昇り来る太陽。たなびく薄い桃色の雲。
ずっと下方には長い岩山の連なる土地があり、ここが“西の大陸”の上空なのだと教えてくれる。
マキアの罪も、俺の罪も、全てこの大地へと集約されていた。
そして、ここから何もかもが始まるのだ。




