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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
291/408

20:『 5 』トール、黒魔王と紅魔女。

6話連続で更新しております。(4話目)

ご注意ください。





俺はトール。


黒平原の悪魔の腹の中と言って良いだろう。

そこは複雑な構造をした、大規模空間のほぼ全域を占める二重空間だった。


なぜこんな曖昧な空間が出来てしまっているのか。

時空王の権威の力が働いているのは分かるが、この空間を作るように命じた、その意思はどこからやって来たんだろう。


二千年もの間、広大な黒平原を維持していたのは、恐ろしいまでの力と、意思だ。



「……」



カツ……カツ……


足音が、向かい側から聞こえてくる。

腰にさしている剣を抜き、俺は目を凝らした。


周囲に半透明のモニターを展開すると、空間は僅かに明かりを得て、その広々とした空虚な姿を露にする。


「……マキ?」


マキが、自らの槍を手にして、立っていた。

だけどどこか様子が違う。

真っ黒な髪、真っ黒な瞳。そう、闇の色に飲まれて、いつもの“紅”の印象が薄れてしまっている。


「おい、マキ……どうした……」


彼女に駆け寄ろうと思い、足を止めた。

いや、足が進まなかったのだ。


……なんだ………これは……


俺は、自らが抱く恐れに気がついていた。

目の前のマキは、確かにマキであると分かっているのに、俺が出会い、見知って来た彼女とは違う。


瞬時に思い出したのは、先ほどのレナの恐怖におののいた表情と、震え。

彼女は黒平原の悪魔に触れられ、魔力に当てられたのだと思っていた。


しかし、違う。

これは果てしない程の憎悪と、殺意だ。


「……マキ」


彼女が背後に抱く禍々しいものは何だ。


「!?」


一瞬で目の前に、鋭い槍の先端が迫り、俺は一歩足を引きギリギリの所でそれを避けた。

ワンターンを入れ持つ剣で槍を払い落とそうとしたが、マキのその槍は赤黒い電光にコーティングされているかのように、大きな魔力を溜めていた。

逆に俺の剣が弾かれてしまった程だ。


「……戦女王の……盟約……」


マキの呟くその言葉こそがまじないとなっていて、槍はいつもの形とは違う、より長く禍々しく、そして神々しい造形の装甲槍へと変わった。


「……マキ、本気か」


マキは俺と戦うつもりだ。

俺は彼女と戦う事に一瞬怯んだが、その怯みに表情を歪める。


彼女を倒して記憶を取り戻すと、マキアの墓の前で誓ったじゃないか。

何を怯んでいるんだ。


「……っ」


迷っていられない。

迷っていたら確実に持って行かれる。


彼女はそう生易しくない。


刃を研ぎすまし、自らマキの“命”を取りに行く。そのくらいの覚悟で向かって行った。

俺の剣は彼女の槍に受け止められ、弾かれ、突き、薙ぎ、お互い息をつく間もなく刃を交わした。


暗闇に光る鈍い金属の色と、響く音が、俺に妙な懐かしさと高揚感をもたらした。

なんだ、この感覚は……




「魔道要塞……“バラグラスの舞”」


一度彼女から間を取り、剣を掲げ、上空にステンドグラスによる天窓を造り出す。

それは巨大な、色とりどりの大輪のバラを描くものだった。


俺が剣を振り下ろした時、耳をつんざくガラスを砕くような音が響き、上方から砕けたガラスが降り注いだ。

それは、一つ一つが魔力を帯びた刃だ。


すまないマキ……


「きゃあああっ」


マキが悲鳴を上げ、その攻撃の直撃を受けた。

ぐっと奥歯を噛んで、見守る。


体の至る所から血を流す彼女を、俺は多分どこかで見た事がある。


「いた……痛い……っ、痛いよお……」


マキが槍を落とし、その場でしゃがみ込んで、身を小さくした。

すぐに駆け寄って、めそめそと泣く彼女に触れようとした。


「マキ……すまない」


真っ赤な血に染まる彼女。俺が傷つけた。


「大丈夫か。今、治癒魔法をかけよう」


「……」


ニヤリ、と微笑んだマキを見た。

俺は多分それを予想していただろう。


マキの周囲には、既に血の泉が出来ていた。

砕けたガラスをぬって伸びる赤い血は、まるで蔦のようにはびこり、鈍い光を得る。


「!?」


予想はしていたのに、下から突き上げるような連続した爆発に巻き込まれ、俺は自らを守るための結界を張るだけで精一杯になる。

そうだ。俺の魔法すら情報量として利用し、こいつは破壊の力に変えるのだ。


しかし、炎の中から伸びた血の茨に結界を破られ、それは俺を縛り、床に叩き付けた。


「あっはははははははは、あっははははははは!! ざまはないわねえ」


高々とした高笑い。

それは、さっきのマキとは違う様子だった。

いや、全く違う。その風貌も、いつの間にやら変わっている。

セーラー服姿だったマキは、真っ赤な長いワンピースドレスを着た、三角帽子を被った娘の姿になっている。

髪は燃えるように真っ赤で、表情は俺を蔑みあざ笑う声そのままで、憎らしくもどこか美しい。


「あんたってほんっと、甘いわねえ。私がこーんなかすり傷ごときで、“痛い”と思う訳が無いでしょう? こんなのならまだ、蚊に刺されの方が厄介よ」


彼女は血に染まる自らの体を見ながら、また腹を抱えて笑った。

まるで、おとぎ話に出てくる悪い魔女。


血の茨に縛られ転がっている俺を、更に蹴って遊ぶ。なんて奴だ。


「……お前……“紅魔女”か」


「ご名答。憎らしい黒魔王」


この、コロコロと変わる態度と、毒づいた様子には、妙な安堵感を得る。

縛られて蹴られているのにな。別にそう言う趣味がある訳ではないぞ……


「なるほど。お前、二千年前の伝説の紅魔女様か。今度はこいつを倒せってことか……」


なんと言うラスボス仕様。

マキにはいくつもの姿があり、倒してもそいつが現れると……


「紅魔女……名前は……」


名前は何だったか。

思い出せない。だけど、思い出さなければならないだろう。無理矢理にでも。


「でも、何となく分かる。多分、俺たちは二千年前もこうやって、戦ったんだろうな」


懐かしい程の高揚感。

彼女と戦っている事を、俺自身も楽しんでいる。


「ほらほら、なんか言ったらどうなのよ。あんた……ふふ、あははは、このまま大鍋で煮物にしちゃうわよ」


げしげしと俺を踏んで、楽しげに笑う彼女。

地の茨のとげが体に食い込んで、俺も血を流す。

まあ仕方が無い。お互い様だ。


「黒魔王の煮物が出来たら、私がぜーんぶ食べてあげるわっ! あはははは。だから血抜きから始めなきゃっ」


「……」


その様子をじっと見ていた。

蹴られながらというのは不格好ではあるが、マキとも違う紅魔女の様子に、戸惑いと懐かしさとを感じ、そして、心の奥にズキンと響く、罪の意識に気がついた。

俺はこいつに対し……いったい何の罪の意識があると?

自らに問いかける。


楽しげに俺を痛めつける彼女には少しの隙があり、俺はそこらに散らばるガラスでこっそりと斬っていた血の茨から腕を出し、彼女の足を掴む。

そして、思いきり引っ張った。


「……あっはははは、あ? きゃっ……あいたっ!」


彼女はふいに足を引かれて尻餅をつき、そのまま後ろ向きに倒れた。

血の茨を全て切り落とし、俺は側に落ちていた剣を素早く取る。

紅魔女も体制を整え、槍を取って、俺たちは再び刃を交えた。


その瞬間の、高らかな金属音と、水紋の様に広がった魔力の波動は心地よく、俺の記憶をよりくすぶる。


そうだ。

かつて、こうやって戦った。

魔法を追求する為にお互いを傷つけ合った。


黒魔王にとって、こいつは、唯一“傷つける”事の出来る女だった。


何の遠慮もなく、ただ、衝動のまま。


遥か、遠く、遠くの残像を追う。

赤いワンピースドレス、赤い帽子、赤い髪。生意気な物言い、勝ち気な表情。

だけど時に寂しそうな顔をして、戦いが終わるとアイズモアから一人で去ったあの女。去り続けたあの……



『はん。黒魔王様って引きこもりだから、私の事なんて知らないのね。西の大陸で“紅魔女”を知らない人は居ないわよ』



生意気で、でも美しく良く響く声が、遠く彼方から聞こえる。



『私はグリジーン王国王家の専任命名魔女。先代から担当しているわ。まあ、名前魔女って言った方が良いかしら。ちなみに私の名前は“マキリエ・ルシア”。今となっては誰もその名で呼ばないけど』



真っ白な雪の上で、特別異質に見えた赤。

そうだ。マキリエだ。

二千年前の紅魔女の名前は、マキリエだったはずだ。



「……!!」


彼女がふらついた。

俺が空間をいじり足場を泥沼のように柔らかくしたからだ。

その隙に彼女を押し倒し、剣の先を迷う事無く振り落とす。


ぐっと、何かを覚悟し目を閉じた、小さな魔女。


「……」


「……」


俺の振り落とした剣は、紅魔女の首の真横に刺さり、静止した。

露にされた肩に少しだけ刃が触れたのか、血が滲んでいる。


俺は荒れる息を整えて、「はっ……」と笑い声を漏らした。


「楽しいな……“マキリエ”。まるで、二千年前のようだ」


「……」


「お前は突然、アイズモアに現れた。そして……何度も戦ったな。長い時を」


「……」


勝手に語る俺を見つめ、マキリエはうっと目を潤ませた。


「酷い人」


そして、言うのだ。

俺をまっすぐに見つめ、お前は酷い奴だったと。


「何よ……あんたなんて……あんたなんて、私の気持ちなんか全く気がつかない、鈍くて酷い男だったくせに……っ。あんな事を、私に頼んで死んでしまったくせに!!」


「……マキリエ」


「何が楽しい、よ。私の事なんか、最後までどうでも良かったくせに……!!」


ぼろぼろと涙を流すマキリエの頬に触れ、涙を拭った。

しかしマキリエは、そんな俺の手をガシッと掴んで、思い切り噛み付いたのだ。


「あいたあああっ!!」


こういう所は、マキと変わらない。

怯んだ俺を押しのけ、脱兎のごとく彼女は逃げた。暗い暗い空間を、あても無く走って行ってしまった。


「……」


じわじわと、まるで、湧き出した泉の様。

閉ざされていた記憶の扉が開かれていくのが分かる。


思い出せる。マキリエの事を。

俺が彼女に、何をしてしまったのかを。


立ち上がり、口の中に溜まった血をペッと吐く。

体はぼろぼろだ。


「……行こう」


思い出す数々の映像に身を委ねながらも、彼女を探す為に歩いた。

行き先は、何故か知っている。


おそらく何かが、誰かが、俺を呼んでいる。導いてくれているから。










そして、辿り着いた。

真っ暗な空間にある、小さな花畑に。



「……え」



しかし、そこで見たものに、俺は絶句する。

息をするのも、瞬きすら忘れ、目を見開いた。


思い出したようにひゅっと息を吸い込み、そしてそれを吐き出した時、同時に溢れた涙。


「………っ」


何度も首を振り、そして、手のひらで頭を押さえた。


すまない、すまない。

本当にすまなかった。


そんな言葉ばかりを吐き出したかった。

なのに口は震えて、言葉が出ない。


謝ったって、きっと誰かが許してくれる訳でも、許してくれない訳でもない。


だけど、溢れた涙とともに出て来た懺悔の数々は、俺の確かな思いだった。




そこには、ボロボロの赤だった衣を纏う一人の女の白骨が、大事そうに“時空王の権威”を抱き横たわっていた。

二千年という長い時を、たった一人、こんなに暗い場所で。

死より先、こんな姿になるまで。


なぜ?

分からない。彼女の肉体は爆発で吹き飛んだんじゃなかったのか。



ここが、おそらく二つの魔族の国を含む大規模空間を維持していた中枢である。

黒平原は、それを守る為の処置であり、“悪魔”は、マキリエの肉体に残る魔力と、その思念を糧に作られたもの……今やっと、理解した。


だけど俺には分からない。

はたして、マキリエが“時空王の権威”を守っていたのか、“時空王の権威”がマキリエの静かな死を守っていたのか。


これが本当にマキリエの亡骸なのか……



いや、そんな事はどうでも良い。

どちらでも、かまわない。


ここは……様々な偶然と悲劇が重なり、巡り巡って魔族を救ったこの大規模な空間は、二千年前に西の大爆発を引き起こした、紅魔女の為の“墓場”だったのだ。




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