19:『 5 』マキ、悪魔の正体を知る。
6話連続で更新しております。(3話目)
ご注意ください。
私はマキ。
紅魔女と呼ばれたマキリエだった時代、地球で枯れた女子高生を楽しむ真紀子だった時代、そして、マキアだった時代を経て、今の私になった。
私に、正しい名前は無い。
「……」
真っ暗だ。
私はヘマをしてしまった。
黒平原の悪魔に飲み込まれてしまったのだ。
レナを助ける事が出来たから良かったけれど、ここから脱出するのは容易では無さそう。
暗い暗い、黒平原の悪魔の中。
「さーて、どうしようかしら」
ここをぶっ壊す事は簡単かもしれない。
だけどもし私がこの空間を壊す事で、大規模空間まで破壊する事に繋がったら、私はトールに会わせる顔が無いわね。
「……あら、骨」
魔族のものらしい骨が、そこらに転がっている。
闇に慣れてきたのか、見える。
「さてはこの黒平原に飲まれて、骨の髄までしゃぶられちゃったってやつ? あっははははは」
あっはははははは。
……いや、笑い事じゃないけど。
私もいつかこうなりかねないけど!
「……はあ」
あても無く歩きながら、いったいここは何なのかを考えてみた。
魔法を帯びた暗闇は怖い。
笑ってごまかそうとしたけれど、私は内心、焦っている。
「……?」
背後から、妙な気配がした。
恐る恐る振り返ってみるが、そこはやはり暗闇でしかなく。
………いや。
「誰……あんた」
暗闇にぽつんと立つ、人影があった。
一瞬ぞくっとしたけれど、恐れは次第に収まる。
自ら問いかけておいて、その人影が誰だか、私にはすぐに分かったから。
それは私の良く知っている人だったから。
人影は、私に背を向けて走っていく。
だけど途中振り返って、私をじっと見るから、ついてこいと言う事なのだろう。
私はそれについていった。
何の疑いも無く、ただ、無心で。
冷たく禍々しい憎悪に満ちている、闇を。
進んだ先に、それはそれは小さな森があった。
色とりどりの小花が咲き乱れ、たった数本の樹に囲まれた、本当に小さな森。
いや、森というよりかは、森の中にある花畑を切り取ったみたい、と言った方が良いかもしれない。
スノードームみたいな場所だわ。
暗闇の中に浮かび上がる色彩が、一際それを異端なものだと主張する。
「……」
私は、その花畑で、“あるもの”が横たわっているのを見つけ、立ちすんだ。
一度目を見開き、瞳を揺らし、ぐっと唾を飲み込んで、そして強ばった肩を落とす。
泣きたいのを、我慢した。
「………………そう、あんた……こんな所に居たの」
“あるもの”は、大事そうに黒い剣を抱えている。
その傍らで、私をここまで導いた黒い人影がしゃがみ込んだ。
そして、私を見上げる。
私はここへやってきて、ようやく理解した。
大規模空間がなぜ出来て、黒平原が、なぜ存在したのか。
なぜここが、こんなにも負の感情で満ちているのか。
私も“あるもの”の側にしゃがみ込んで、クスクスと笑う。
「あんた、ほんとにあいつの事が好きだったのね」
「……」
人影が顔を上げて、私をじっと見て、コクンと頷いた。
ポロポロと涙をこぼしながら、コクンコクンと。
「……そう」
“あるもの”が抱く黒い剣は、おそらく本物の“時空王の権威”であろう。
この空間自体、それを守る為に存在したのか……あるいは……
「お疲れさま。もう、何も心配は要らないわ。後は私に、全部委ねなさい……」
そう言って、私は黒い人影に手を差し出した。
「私はあんたを受け入れる。私の中へ、戻って来なさい…………マキリエ」
黒い影は、またコクンと頷いて、私の手を取った。
途端に流れ込んでくるのは、冷たい冷たい感情。
何一つ、報われる事の無かった、孤独なマキリエの思い。
悔しさ。
憎らしさ。
切なさ。
どこまでもどこまでも落ちていけた、殺意。
最後まで蝕んだ、孤独。
ほんの一瞬の後悔。
死という安堵。
これ以上無いほどの黒い思念が、死後なおこの地に留まり、残っていたのならば、それは本当に哀れで惨めな事だと思うわ。
私はそんな真っ暗な感情を受け入れ、負のゆりかごに身を委ねた。
二千年という時を彷徨い、消えるどころか複雑に熟された感情を。
だけど大丈夫よ、マキリエ。
心配しないで真紀子。
マキア。
きっと、彼が“わたし”を救ってくれるから。