21:ユリシス、せっかくだから言っておく。
ルスキア王国、また王宮は以前から二つの勢力に別れています。
それは王位がどうと言うものではなく、簡単に言えば、移民を受けいれ他国の技術を学ぶ為の革新を伴う“開国派”と、変化を嫌い完全に移民の受け入れをやめるべきと言う“鎖国派”です。
レイモンド卿陣営は、もう少し国を開き情報を取り込んで軍事のあり方を見直すべきという、開国派です。
逆に、第一王子アルフレード陣営は移民の受け入れをより制限すべきという完全な鎖国派。こちらの方が派閥の規模としては大きいでしょう。
ちなみに現国王は、今その中間点にいますが、僕が見た所どちらかと言えば鎖国派です。
まあ、無理も無いと思います。
移民を受け入れる際、緑の加護の魔導防御の幕に一部穴を開けますから、この国の安全が少々危ぶまれます。
勿論穴はすぐに修復されますが、移民自体にスパイがいるとも限りません。移民を毛嫌いする民もいますし、移民の多い地域の治安が悪いのも事実です。
この国の安全を完璧なものにすべきと言うなら、完全鎖国が理想的でしょう。
「叔父上は、豊かな土地と平和を独り占めすべきではないという感情的な話では無く、ただ単にこの国の平和が怪しいと、そうおっしゃるのですね」
「……そうですなあ。根拠は無いが、戦争によって進む東と北の技術開発は凄まじいものがあるので。最新兵器など見ていると、本当にヴァビロフォスの魔導防御壁がもつのか、心配になってしまいますよ。まあ、いったい“何がどうやって”魔導防御壁を作っているか知らないので、根拠は無いですがね。緑の加護についての情報は教国が独占していますから」
「ただ守られていろ、知りたがるな、という感じですからねえ教国は」
教国の人間は基本的に、贅沢をしない聖人君子ばかりです。
僕の質問にも丁寧に答えてくれますが、“緑の加護”についての情報は一切漏らしません。その徹底ぶりは流石と言えます。
“全てはヴァビロフォスの御心のまま”
この言葉は僕には「それ以上は知っていはいけない」と変換されて聞こえるくらいです。
僕はそろそろ、叔父上が自分を呼んだ訳を聞かねばならないと思っていました。
「それで、叔父上は僕に何の用があったのです? ただお茶をする為に呼んだのではないでしょう?」
「うわ、怖い事言うなあ。私は本当にお茶をしようと思っていただけなのに……」
「……」
またしてもしょんぼり顔をする彼に、僕は小さくため息をつきました。
叔父上は本当に良く分からない。
「せっかくだから言っておきますけれど、僕、国王になんてなる気ありませんから。どうぞ叔父上とアルフレードの兄上で競って下さい」
と言うと、まず反応するのは僕の背後に控えておとなしくしていたアイザックです。「殿下なんて事を!!」と頭を抱えオロオロするのです。これが少々面倒くさい。
「まあ、こんな事言うと僕の周りがうるさいのですが、これが正直な気持ちです」
「ほほう、では殿下は何をなさるおつもりですか?」
「……僕は人を探さなければなりませんから。身軽な立場になって」
「人探しですか? そんなの、家臣に頼めばすぐに」
「うーん、そう簡単に見つかるとも思えないんですよねえ。というか、むしろ探さなくても時期が来たらひょっこり会えるかも…? とか…………そうですねえ、僕にも良く分かりません」
曖昧な言葉の数々に、流石の叔父も何とも言えない表情をしていましたが、僕はこの話題に食いつかれても厄介だと思い、慌てて会話の方向を元に戻しました。
「ええと………話を戻しますが、僕はどちらかと言えば叔父上の意見に賛成です。しかし国を開くなんて国民を敵に回す政策だと分かってもいます。第一王子の陣営は、そこの所を上手く利用してくると思います。………正直、本当に緑の加護の効き目が危ぶまれる事態を痛感してみなければ、この国の国民は僅かな開国も認めないでしょう」
「確かに。しかし、痛感した後ではきっともう遅いでしょう?」
「それは……そうですね」
例えば、敵国がこの大陸の魔導防御幕、通称“緑の加護”を突破しうる事態が起こったら、それはもうこの大陸の敗北を意味します。
それから戦う力などありません。兵器の数も質も、兵士の数も質も、何もかもが圧倒的に不利でしょう。
「私は、今支持される必要などは無いと考えています。支持されない事でも、やらなければならない事を先読みしてやる、これが政治だと思っているからです。……私のやる事が、正しいのかは分かりませんがね」
「ですから叔父上は王になると?」
「そうです。今の立場では、何にも出来ませんから。王になるしかありません」
「……」
ここで、叔父上と兄上の違いを一つ挙げるなら、“国を守る為に王になる”者であるか、“王になりたいから支持を得る”者であるかの、この点であるでしょう。
どちらがどういいのか、僕には判断出来ません。
どうしたって、王になる為には国民の支持は必要ですから。
しかし、この平和ぼけした国民の民意を反映した所で国が守れるのか、と言われたら、僕はすぐにNOと言うでしょう。
そういった意味で、僕は叔父上を支持しています。
だからといって、僕がこの王位争いに何かしら介入する気も無いのですが。
ですから少し困ります。
叔父上は僕と言う存在を、きっと評価して下さっている。
きっと、自分の考えを僕に言う事で、ならお前はどうするんだと聞いているのでしょう。
要するに、この王位戦争に加わる意志がないならどちらの味方であるのかはっきりさせろと、僕の立ち位置を確かめているのです。