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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
288/408

17:『 5 』レナ、もっと自由になるという事。

6話連続で更新しております。(1話目)

ご注意ください。






私の名前はレナ。

前世ではヘレーナという名前で、黒魔王の最愛の妻だったとされている。



朝、目が覚め顔を洗う。

アイズモアは雪に覆われていて、空気は冷たい。


だけど心地よい目覚めだったのは、私にとってこの空気が、とても懐かしいものだからかしら。

それとも、シャトマ姫に教えてもらったお香のおかげかな。


「トールさん……よく眠れたかな」


自分の作った睡眠香は、トールさんにもちゃんと効いたかな。

あれはシャトマ姫の、眠りの精霊フィフォナの名前の力を借りて作ったもの。



シャトマ姫は、私がフレジールに居た時に言った。


「なにも、戦う力が全てではない。人を支える為の力というのは、案外それ以外のものだったりする。我々のような魔王クラスと呼ばれる破格の力を持つ者たちは、特にそれが顕著と言えるが、戦闘能力はあっても普通の人間に出来るあらゆる自己管理が出来なかったりするものだ。言ってしまえば、少し無茶をした所で病気になったり死んだりしないからな」


「な、なるほど」


私はメモを取りながら、シャトマ姫の話を真剣に聞いた。


「特に黒魔王のような、神経質で、他人の世話はできるのに自分の事に疎いタイプの男には“癒し”が必要だ。あれは色々な事を考えすぎてしまう所があるし、ここ最近は、眉間にしわを寄せてばかりだったろう? ま、カノン程ではないけどな。なあ、カノン……カノン!」


「……」


シャトマ姫はトールさんの事を、的確にずけずけと言ってのけ、カノン将軍のネタまで巻き込んで話してくれた。

少し遠くで私たちの会話を聞いていたのか聞いていないのか、カノン将軍が更に眉間にしわを寄せていたから、シャトマ姫は「な?」と私に。


「我々は記憶という、最も厄介な精神的不健康要因を抱えすぎている。これは魔力でどうにかなるもんでもない。その点はレナ、そなたも同じだろうが……」


「いえ、私は……何だか、みんなみたいに、前世の記憶を自分の事だとは思えなくて」


私はシャトマ姫から視線を逸らして、項垂れた。


「記憶を思い出した時も、まるで怖い夢を見た後の様で、その時はとても心に残っていたのに、だんだんと、遠いもののように思えてしまって。私、黒魔王様に酷い事をしたのに……。そう、だから、こうやって厚かましく、トールさんに近づきたいと思ってしまうんだわ。マキアが居ないから……私がトールさんの支えになりたい……って」


「……」


シャトマ姫は私の言葉を聞いてから、お茶を飲んだ。

そして、頬杖をつく。


「そんな事、かまう必要は無い。前世は前世、今世は今世だと割り切った方がよほど健全だ。前世に捕われすぎると、未来を見失いがちだ。思うままに生きると良い……。そう言った点では、大司教様の生き方を、妾は推奨する」


「……え」


大司教というのはエスカさんの事。

あ、あの人は、ちょっと……


「ま、妾が何を言いたいかというと、レナ……。黒魔王を思うのであれば、出来る事を出来るようにする他無いという事だ。焦りは特に禁物だ。出来ない事をしようとすると無茶が出る。それはきっと……そなたを蝕む」


「……」


「手始めに、寝付きの良くなる香の作り方でも教えてやろう」


そう言って、彼女は忙しい中、私にお香の作り方を教えてくれた。

シャトマ姫は少ない睡眠時間でも、このお香とカノン将軍の健康管理のおかげで、何一つ支障はないと言っていたっけ。







アイズモアのお城は天井が高い。

フレジールの宮殿と違って、縦長いからかしら。

尖った屋根の形がいくつも連なる、本当に氷柱を逆にしたような形。


私は自室を出て、トールさんに会いに行ってみようかと思った。

もう起きているかしら。

ちょうどトールさんの部屋の側の曲がり角に至ったその時。


「レナ様」


声をかけられた。

オウガ族の長、ライズさんだ。彼はカルディアという魔族の国を作っていたが、カルディアの民はすでにアイズモアへ移っている。


彼は私が、黒魔王の妻だったヘレーナの生まれ変わりだと言う事と、ヘレーナがかつて黒魔王を殺したのだという事を知らない。

だけど私は、彼を二千年前から知っているから親近感を持っていた。


「おはよう、ライズさん」


「おはようございます。お早いですね!」


「ええ。……トールさんはもう起きているかしら」


「え? ああ……黒魔王様はそろそろ……私も伺おうと思っていて」


そう、私たちが共に彼を尋ねようと思った時だ。

トールさんの部屋の扉がガチャリと音をたて……


「ったくお前、いつもながらに人の布団を奪ってんじゃねーよ」


「だってここ寒いんだもの。あんたは寒いの得意なんでしょう?」


「それでも寒いわ」


そんな会話が聞こえた。

トールさんが、誰かと一緒に部屋を出てくる。


「……あ」


それは、前日に紹介された、赤いタイのセーラー服を纏った少女だった。

私と同じ、異世界からやって来たという……


「黒魔王様!」


ライズさんが堂々と声をかけて行ったが、私は曲がり角から身を出す事が出来ずに居た。


まさかまさか、トールさん……あの女の子と一緒に寝ていたの?

ま、まさかまさか……私のお香があの女の子との安眠に役にたったと……??


私は目を回しながら、その場をぐるぐると回って、だけどこそっと曲がり角から顔を出して、その女の子の容姿を確かめてみた。


大きな猫目で、色白で、小柄だけどプロポーションが良くて……

全然違う見た目なのに、印象はそう、とても“マキア”に近い。

日本人の容姿だが、本当に可愛い。


トールさんはマキアの記憶が無いはずなのに、やっぱり、マキアの影を……


「そうそう黒魔王様。先ほど、レナさんが……あれ?」


ライズさんが思い出したように振り返り、私を探したけれど、その時にはもう、私はその場には居なかった。

逃げたのだ。

あまりに混乱していたから。






朝食の席には、トールさんとそのマキという女の子と、私が揃っていた。


「カノン将軍は来ないか……」


「あの人、まだここに帰って来てないんじゃないの?」


「“外”に居るってことか?」


「まあ良いじゃないのよ。放っておきなさいよ」


長いテーブルに、たった三人だけ。

マキさんは席に着いたとたん、朝食をガツガツと食べ始めた。そう言う所も、とてもマキアに似ている。

いえ、マキアより好き勝手にしている感じ。

マキアは貴族令嬢だったから、もう少し気品があったというか。


「あの……“外”というのは?」


「え、ああ……外は、現実世界の事だ。昨日、話していただろう? マキが、勝手に現実世界への出入り口を見つけてくれたんだ」


「……へえ」


「あんたらがちんたら会議なんかしてたからよ」


マキさんはサラダのラディッシュを一口で食べる。

私と目が合ったけれど、その時は気さくにニコッと笑いかけてくれた。


「しかし、これでアイズモアと現実世界との行き来が可能になる。ライズと話していたんだが、例の遺跡群に調査団を派遣して、住処として成り立つようならすぐに移住の準備を始める。俺が結界を張れば、しばらくは連邦から隠し通す事も出来るだろう。この空間も……保ってあと三日だろうからな」


「……」


トールさんは何だか嬉しそうだった。

マキさんのやった事は、彼の役に立ったんだわ。


「あとは、本当に、黒平原の事だけだな……」


「そうよ。ちんたらしていると、あの“神器”が、空間と一緒にまたどっかへ消えちゃうわよ」


「まあそうだが。しかし民の安全が最優先だ。空間が崩れても、俺なら探しに行く事は出来る」


「何よ、何だか余裕ね」


「余裕じゃねーよ。だが、焦っても仕方が無いだろう」


マキさんはデザートのジャム入りヨーグルトを食べながら。

とても慣れた様子で、トールさんと言い合っている。


「あ、あの……」


手の進まない朝食をそのままにして、私は問いかける。


「あの、マキさんはいつ頃このメイデーアに?」


「……いつ頃? うーん……いつだったかしら。一年? いえ、それより前か後か……」


何故か考え込む。

かなり大雑把だわ。だけど私より後なのね。


「トールと出会ったのは、フレジールのオアシスよね?」


「……ちょうど、レナたちと別れて、シャンバルラに潜入したときがあっただろう? あの時だな」


「……あ」


思い出す。

フレジールの国境でトールさんと別れたときの事を。

ほんの、数ヶ月前の事だわ。





朝食の後、トールさんはマキさんの見つけた出入り口から、ライズさんたちと一緒に調査に出ると言った。

土地に問題が無いようなら、外界から接触できないように結界を張るんですって。


「マキ……俺の計算だと、最低でもあと三日は保たれる空間だが、もし俺の居ない間に何かあったら、その時は頼んだぞ」


「ええ。こちらでも黒平原について、色々と調べておくわ」


「だが無茶はするなよ」


トールさんはアイズモアに残るマキさんに、ただ、そう言った。

とても信頼している様子で。


「あ、あの、トールさん……私も、外へ連れて行ってください。何か出来る事が、あったら」


「レナ……」


私がそう言うと、トールさんはとても困ったような表情をした。


「気持ちは嬉しいが、外界はまだ調査不足だ。ここはまだ安全だから、ここにいろ」


「……でも」


「いいな」


彼は優しい顔をしてポンと私の頭を撫でて、そしてまた真面目な顔をして行ってしまった。








「私ってほんと役立たず。ダメな子だわ……」


ぼーっと、部屋から雪景色を眺めながら、呟いた。

なんか、もうどうでもいいやという気分になる。


救世主? 何それ。

マキさんみたいな人の事を言うんでしょう。


知ってる知ってる。


「はあ……ダメだわ。私、嫌な事ばかり考えてる」


良い子であれ。

優等生であれ。

何もかも完璧であれ。

努力を、惜しまないで。

決して“あの子”なんかに負けないで……


ふと、母の言葉を思い出してしまった。

私の母は、いわゆる愛人と言う立場だったから、父の本妻の間に居た子供に負けてはいけないと私に言い続け、私に徹底した英才教育を施した。

それはひとえに、私が惨めな思いをしないようにという母の愛でもあったけれど……


お母さん、今、どうしているかしら。

私が居なくなって、悲しい思いをしたのかしら……


「ダメだわ。心細くなってる……外に出て、魔法の特訓でもしましょう」


母は私に努力を教えてくれた。

努力する事が、何より大事なんだと。


メイデーアにやって来て、白魔術を学んだ。

それは、私がヘレーナだった時には無かった力よ。


まだ、出来る事はあるわ。








お城を出て白い雪の上を歩むと、初めてアイズモアへやって来たときの事を思い出す。

いつもの制服ではなく、アイズモアに用意された長いドレスと、分厚いコートを纏って。


こういう格好をしているとヘレーナだった頃を思い出す。

ヘレーナは、ある国のお姫様の身代わりで、黒魔王様に献上された娘だった。

だけど、私には記憶が無かったの。

何もかも分からなかった私に、黒魔王様は色々な事を教えてくれた。

この世界の事、このアイズモアの事。

沢山の愛情を。

だからヘレーナは、記憶が無くても幸せだった。優しい黒魔王様が居て、この国があったから。


でも、どうしてヘレーナは、記憶が無かったのかしら。

当然今の私にも、それまでのヘレーナの事は分からない。


「……えっと、“極北の氷を示す濃紺の牡鹿よ、その名の力を貸し与えたまえ……汝の名は“シャーレイ”」


教科書通りの呪文を唱えると、消費された魔法陣から牡鹿のシルエットが現れ辺りを駆けた。

これは本体との契約ではなく、名前を借りて力を得る魔法。

だから、シャーレイの姿はシルエットしか見えないの。

側の雪を操り、それを素材に氷のオブジェを作る練習を始める。


「何を作ろうかしら……黒魔王様の像でも作ろうかしら。ここ、アイズモアだし」


そう言って真面目に作って……

って、作ってしまえる辺り、私、本当に黒魔王様が好きなのね。

結構そっくりに出来上がったけれど、恥ずかしくなって、熱の精霊“ユーバーナー”の力を借りて溶かす。

証拠は消す。全部。


「ああもう、私ったら何やってるのかしら……」


火照った頬に手を当てて、なんの役にも立ちそうにない事ばかりしている自分に幻滅した。

こんな時に、本当にこんな時に、私は一体何をしているの。


「……」


何だか息苦しい。

私の大切なアイズモアだったはずなのに、とても居心地が悪い。


ヘレーナだった頃は、アイズモアが好きで好きで、たまらなかった。

お城の周りの白い雪の林が、好きでたまらなかったのに。


ここは、トールさんの作り出したアイズモアだからかしら。

林がどこか人工的で、私の事なんてまるで知らないかのように、冷たい。


「ヘレーナは……もっと自由だったわ。自由な娘だった。だから、勝手に城を出たり、勝手に散歩をしたりして、黒魔王様に連れ戻され叱られたっけ。特に紅魔女と黒魔王様が戦っていた時に外に出たら、黒魔王様、心配してすぐに来てくれたのにな」


今は、私が勝手に城を出ても、誰も迎えに来てはくれない。


「……そうよ。ヘレーナはもっと自由奔放だったわ。世間知らずで、だけど明るくて……こんなうじうじした奴じゃなかった。黒魔王様だって、そう言う所を好きだって言ってくれたじゃない」


私は、今の自分がとてもつまらない人間だと知っていた。

だって、ヘレーナが他人に思えるのだって、今の自分とは全然違うからだもの。

でも、そうね。ヘレーナがあんなに明るくて、自由で、危なっかしかったのは、過去が無かったからよ。

記憶が無かったから。


「……もう少し、自由になっても良いんじゃないかしら。気楽に考えましょう」


私はそう考えながら、覚えのある林の道を歩んで、山を下って行った。

アイズモアの範囲は、城とその周りを囲むモミの樹の林だけ。

かつての広大な山々が全てここにある訳ではないから、国の境界はすぐに見えた。


「……あ」


だけど、そこは真っ黒な平原。黒平原だ。

トールさんが言っていた。黒平原には悪魔が居て、それを調べなくてはならないと。


平原は真っ黒で、空も濁っていて、何もかもが混沌の中にある。

私はアイズモアの丘の上から様子を見ていた。


その時だ。

何か大きな光線が、平原を横切った。


「えっ!?」


真っ黒だった平原は一度強い光に照らされ、蠢く黒い影は一掃される。

何が起こったんだろうと思って、その光の大元を探ると、そこには、黒平原に立つ一人の少女が。


そう。マキさんだ。

彼女は、長い赤みがかった緩やかな黒髪をなびかせ、手には長い槍を持っていた。

そしてもう一度、槍を振るって激しい光線を大地に走らせる。


出来た道を、彼女は駆けて行った。



「……何、あの力」



その時、悟った。

私は、本当に無力な娘であると。


マキアはおろか、私よりずっと後にこの世界にやって来た彼女にすら、届かないのだと。








「……レナ!?」


マキさんの作った道を、私は走って彼女の側まで行った。

マキさんは私を見て、とても驚いていた。


「マキさん、私にも何か手伝わせてください」


「ちょっ、ダメよ。ここに来てはダメ!」


「どうしてですか?」


「私は今から、この黒平原を探って行くの。だけどそれはとても危険な事なのよ」


「わ、私にだって、きっと出来る事が……っ、どうして、私だって、トールさんの役に立ちたいのに」


「……レナ」


マキさんは困ったように、私に戻るように言ったが、私は多分、焦っていたのだ。

またこの子が、トールさんの為に何かしてしまうと。


「……!?」


黒い影が、私たちを取り巻いて、飲み込もうとした。

マキさんはそれに気がつき、槍を振るう。黒い影はまっ二つに裂かれたが、再び元に戻り、今度はもっと大きくなって、私の背後に回った。


「レナ!! 危ない!!」


マキさんの叫び声が聞こえた。

だけど私は、あまりに足がすくんでしまっていて、動けなかったのだ。


黒い人影をした“悪魔”が、私をとても憎んでいるように思え、深い恐れを抱いてしまったから。

私は手足から黒い影に飲まれて行く。


「レナ!!」


マキさんの、私を呼ぶ声がした。



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