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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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16:『 5 』トール、マキの抱き枕。

3話連続で更新しております。(3話目)

ご注意ください。



俺はトール。


マキがなかなか帰ってこない、真夜中の事だった。

俺は西の大陸の地図と、この大規模空間の地図を見比べ、様々な考えを巡らせていた。

考え始めたら眠れないのが俺だ。

せっかくレナが睡眠香を作って持って来てくれたのに。


「……?」


キイ、と扉の開く音がしてそちらを見たら、隙間からちらりと覗くマキの姿が。

彼女はジッと俺の様子を伺っていた。まるで警戒心の強い何かの小動物のようで、俺は思わず吹き出した。


「やっと帰って来たのかマキ。何してるんだ……入れよ」


「……怒ってるんでしょ?」


疑うようにして尋ねるマキ。

俺は「いいや」と首を振った。


いそいそと扉を開いて入る彼女は、既にネグリジェ姿で、手には自らの枕と折り畳んだ毛布を持っていた。


「何だそれは」


「枕と毛布よ。見て分かるでしょ」


「そんなもの持って来てどうするつもりだ。キャンプでもするつもりか」


「こうすんのよ」


彼女は妙な態度だった。

いつもつんとしている部分もあるが、今夜はそれとは違い何だか不安や焦りも見える。


枕を側の長いソファに置いて、毛布を広げその中に横たわる。


「おいおい、ここで寝るつもりかよ」


「……今日はとても一人で寝られそうにないわ。あんたどうせまだ仕事するんでしょう? 邪魔なんかしないわ、こっそりここで寝てるから、気にしないで」


「……?」


いったい彼女に何があったのか。

マキは心もと無さそうに横向きになり、身を小さくしていた。


「隣に仮眠室もあるぞ」


「隣の部屋なんて意味ないわ。誰かの居る空間じゃなきゃ」


「……」


顔をしかめて、再び書類や地図の広げられた大きな机の椅子に着いた。

マキが布団を鼻もとまで下げて、ちらとこちらを見ている。


「というか、お前腹は空いてないのか? 夕飯までには帰るとかいって、夜中に帰ってきやがって」


「……さっき厨房でつまみ食いして来たから大丈夫よ。……トール、私の事探しちゃった?」


「いいや。怒るか?」


「まさか。それで良いわよ。あんたはやる事があるし、私は勝手に行動してるんだもの……私は強いしね」


マキはクスクスと笑った。

そして続ける。


「あとね、トール。私、何をしてたんだと思う?」


「さあ……お前の事はさっぱり分からん」


「私ね、このアイズモアが、西の大陸のどこに位置するのか探っていたのよ」


「……!?」


思わず、ガタンと立ち上がった。

それこそは俺が知りたかった情報で、明日にでも探ろうと思っていたからだ。


「アイズモアの大きなもみの木の根もとに、出口があったわ。場所は……最西端の古い遺跡群よ。あそこなら、もし大規模空間が維持できなくなって魔族達が露になっても、少しの間連邦から隠れていられるんじゃないかしら……」


「……どういう事だ?」


「山って程じゃないけど、背の高い岩がそこら中にあるの。遥か昔、密教徒の隠れ家だったみたいで、住居のような岩もあったわ。……神殿も」


「そんな事、誰に聞いた」


「カノン将軍よ。彼も後から同じ場所にやって来たの。今も神殿に居るのかしら……元々、あの場所を知っているようだったわね」


「……」


いまいち話が読めないが、なるほど。

アイズモアが直接繋がっているのは、その岩の連なる遺跡群という事か。


大規模空間が消えれば、もちろんユートピアもカルディアも消える。

アイズモアは俺の空間だから、幻想空間として俺の中で管理する事は出来るが、ルーベルタワーの管理から一度切り離した今、多くの住人を抱えてどれほど生活を維持し続けられるかは分からない。

そう言った意味で、直接住めそうな土地があるのなら、それに越した事は無いと思っていたが……しばらくは、アイズモアと、その遺跡群の行き来になりそうだな。


「何にしろ、砂漠に放り出されるよりずっと良いな。しばらくは秘密裏に国とシステムタワーを作る事が出来そうなら」


「……あんたも明日見に行ってみたら?」


「そうだな」


「ふふ、もう雪国じゃなくなるのね……魔族の国は」


「……」


マキは、切なげな声だった。

固い天井を見上げて、この国に来たのは“初めて”なくせに、懐かしく忘れがたいとでも言うように。


「別に……アイズモア自体は無くならない。これは俺の“魔導要塞”だ。むしろ、さっさと重たい住人を追い出して、俺だけの王国にしたいよ。幻想空間に生身の者を閉じ込め続けるのって、実は結構しんどい」


「……閉じ込められている方だって、不思議な気分でしょうよ」


「そりゃそうだ。やっぱり、この世界の本当の大地に足をつけて、生きる方が良いさ」


「あら、あんたにしては、まともな意見ね」


「……どういう意味だよ」


マキはまたクスクスと笑って、そのまま布団をひっかぶった。


「それにしても、お前、どうして一人じゃ寝られないんだ? それこそ、お前にしちゃおかしな事だ。いつもならガツガツ食った後は、ベッドの上で大の字になってグーグー寝てるじゃないか」


俺と一緒に寝てようが寝てなかろうが。

だけどマキはしおらしく「だって怖いんだもの……」とか言う。


あからさまにおかしいな。こいつその岩の遺跡群で落石にでも当たったんじゃないかな。


「私……その遺跡群で幽霊を見たかもしれないの」


「……」


「いえ、あれは幽霊って言うより亡霊よ。どっちでもいいけれど……そうよ私、化かされたのよ。本当に、背筋の凍るような思いをしたわ」


「……プッ」


「あれ……何、笑ってるのよトール」


「いや……だって、お前。お前……最強最悪のマキさんじゃねーか。お前、ははっ、幽霊なんか怖いのか?」


「はあああ? 怖いに決まってるでしょう、あんたあれ、殴っても噛み付いても、1ミリも効きゃしないのよ。私の攻撃は主に物理攻撃だもの……幽霊にはノーダメージよっ」


「……」


「あんたみたいな、半分精神攻撃を伴っているような魔法なら良いでしょうけれどねえ。精霊魔術師は、むしろ幽霊も使役しそうだわ。私くらいなものかしら……幽霊が恐い魔術師って」


「……怖い怖いって、お前、あいつ……カノン将軍もいたんだろう?」


「あの人も半分亡霊みたいな所があるじゃないのよ。雰囲気的に……」


「失礼な奴だな」


「……存在が“中途半端”でふわふわしてるって意味よ」


「……?」


マキの言葉は、少々意味深なものだった。

今日、別の場所でも“中途半端”という言葉を聞いた気がする。


「ああ……でも私、本当はとても眠いの。だから、ここで寝ても良いでしょう?」


「……それは別にかまわないが。後から俺は隣で寝るぞ」


「その時は、私を一緒に連れてってちょうだい」


「……居間で寝付いた子供を寝室に連れて行く親、みたいな事をしろと?」


「そうそう。そう言う事。良いでしょう、立派な情報を持って帰ったんだから……このくらいのわがまま……聞いてちょうだい」


マキはそう言った後、本当にすぐに寝付いてしまった。

すうすうと小さな寝息が聞こえ始める。


全く、手のかかる奴だなと思いつつ……マキが勝手に持って帰った情報にホッとする。

そうしてやはり、マキはとてもあっさりとしていて、俺に小さな見返りしか求めないな。


おそらくマキは、“俺の為にやった”とは一言も言わないだろう。

なのに、何食わぬ顔で、一番必要な事をしてくれる。


しばらく仕事を続けていたが、甘い香りの“睡眠香”が瞼を重くする。

一番欲しかった情報を手に入れ、安心しきって、魔法が効き始めたんだろうか。



俺はマキを抱えて、隣の寝室まで連れて行った。

ちゃんとしたベッドに寝かせて、自らも着替えて隣に横たわる。


凝った眉間を押さえて、長い息を吐く。

すると、驚いた事にマキが腰にしがみついてきて……


「……あいてててててて」


しかし可愛げのある仕草というよりは、何かを絞め殺さんとする程の力の入れようで、マキは寝苦しそうに唸っていた。

おそらく彼女は、何か怖い夢でも見ているのだろう。


ポンポンと背を叩くと、とたんに彼女の表情は穏やかになり、腕の力も弱まる。

俺はホッとした。結構マジで。


「……」


それにしても、俺も随分と信用されたもんだ。

こんな娘に、ただの抱き枕にされて、良いように扱われている。


だけどこういう関係は、やはりとても懐かしく愛おしい気がする。

そこにあるのは、お互いへの信頼と、安心と、愛着だった。



「おやすみ……マキ」


何かに化かされ疲れたのなら、せめて良い夢を見てほしい。


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