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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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15:『 5 』マキ、黄金と神殿。

3話連続で更新しております。(2話目)

ご注意ください。


私はマキ。


ああ、とうとうあの人達がやって来てしまった。

決して逃げて来た訳じゃないけれど、あの円卓会議に私は不要ね。だから、私は“出入り口”を探す。


大規模空間には、少なくともいくつかの“出入り口”が存在する。そしてそれは、予測が出来ない場所だったりする。

ユートピアがルスキア寄りの海岸に存在するのと、カルディアが連邦の“施設”に比較的近い場所に存在するのが、良い証拠。

この二つの場所は、とても一日で行き来できる場所じゃないもの。

だけど大規模空間であれば、“黒平原”を越えるだけで行き来できるのにね。


魔族はアイズモアに集まりつつある。

ならばアイズモアがいったいどの場所に出てしまうのか、分かっておかなければ。



「……」


真っ白な銀世界を歩く。

ここはトールの記憶と、アイズモアのデータから作られた幻想の世界。

城から離れ、雪野原の見渡しの良い場所で立ち止まった。


指輪に変えていた“戦女王の盟約”を小刀に変えて、手のひらをすっと切った。

血が滲み、ぽたぽたとこぼれ落ち、その真っ白な雪を染める。


「命令よ。出入り口を見つけてちょうだい」


私の意思を含んだ血は淡く光り、その光がうっすらと伸びて行く。

蛇行しながらも、確実に。


「こういうのは、本当に子供が遊びながら見つけるものなんでしょうね。あの双子、元気かしら……」


何だか卑怯な事をしている気分になって来た。

ユートピアに導いてくれた、あのエルフ族の双子の事を思い出していた。

不思議な世界への入り口は、子供の方が見つけやすいと聞いた事があるが、あれってきっと、なんて事無い場所をも子供は気にかけるからだと思う。

大人になってしまっては、見逃しがちな場所を、しっかり見つめるから……


「あ、あった」


アイズモアの出入り口は、大きなもみの木の幹にあった。

そのもみの樹には見覚えがある。そう言えば、紅魔女はアイズモアに来ては、黒魔王に泣かされてもみの木の下で踞っている事があったわね。


「ふふ……」


懐かしい。

アイズモアに居ると、良い事も悪い事も思い出してしまうけれど、今ならばそれもとても幸福な事だと思える。

転生を繰り返し、記憶があるのは、それだけ大切な人と過ごした時間が長くあるという事。

たった一度の人生で思いを通じ合わせ、幸せに暮らすより、ずっと長い時を共に過ごしたのだから。


「あらよっと」


私は幹に足を突っ込んでみた。

案の定、足は何の障害にもぶつかる事無く、幹の中に吸い込まれる。


そのまま、ひょいと出てみた。

まるで人ひとり通れるアーチを越えるように。


「……わあ」


出てすぐに見たものは、見知らぬでこぼこした大地と、月。


「ここ、いったいどこかしら」


高い岩山がいくつも連なった地形は、ぽっかりと浮かんだ月に照らし出されとても神秘的に思える。

私は手に持っていた小刀を、いつもの槍に変形させた。


「かくれんぼにはとても良さそうな土地だけど、国を作るにはどうなのかしら……」


アイズモアの造形とは全く違うので、少しばかり不安になったけど、とりあえず探索してみる事にした。

連邦の手が伸びている場所だったら大変だもの。


「……」


しかし、槍を杖代わりに乾いた大地をどれほど進んでも、高い棒状の岩と三角錐の岩が、連なり佇んでいるだけ。


「これこそ巨人のようね……」


遺跡のようにも思える。岩には穴が開いていて、家の小窓みたい。

人が住んでいた歴史があるような感じね。



ふふ……



風の音のような、少女の声のような。

そんな音が耳に届き、思わず振り返ったけれど、暗い岩石群があるだけ。


「……あらやだ。まさか……幽霊とか、そういうあれじゃないわよね」


途端に、背筋がぞっとした。

転生を繰り返す魔王が何を言っているんだと言われるかもしれないけれど、暗闇や化け物や巨兵なんかは大丈夫でも“幽霊”はあまりに得体が知れない。

というより、私は物理攻撃の通じなさそうな相手が、ちょっと苦手だった。


「ああ、やだやだ。やっぱり帰ろうかしら……」


その場をグルグルと周り、槍をぎゅっと握りしめた。

一瞬、またあの風の声を聞いた。そちらの方を向くと、淡く緑色に光る岩を見つける。


「……」


ごくりと息を呑んで、近寄った。

それは、この辺りだと小さな岩だった。まるで何かの目印のように、ただ置かれている。

淡く緑色に光る部分に触れると、その部分から枝葉のように伸びて行くに回路図のようなものに驚かされる。


「……これ」


どこかで見た事のある、術式だと思った。

しばらくすると、鈍い地響きのような音が響き、この小さな岩の側の地面に、隠し穴が開かれる。


「……階段?」


そう。その穴からは階段が下っていた。

風がそこへと吸い込まれ、またクスクスと笑う声がした気がする。


まるで、シャンバルラにあった地下通路のようだ。

私はその先に誘われている気がした。







「ああ、怖い怖い。こういう時こそトールが居てくれると良かったのに……っ」


まあ、勝手に出て来た私が何を言うのかという所ですけど。

結局、恐れながらもその隠し通路を降りて行ったのだった。シャンバルラの時はトールも居たし、幽霊を意識する事も無かったけれど、どうしてこういうのって、ただ意識するだけで急激に怖くなったりするのかしら。


身をブルブルと震わせながらも、降りて行く事が出来たのは、光る岩があちこちにあったから。

階段自体、私が歩むたびに魔力を反響させ、水紋の広がりのように光るのだ。


「……え」


長い階段を下りると、まばゆいばかりの輝きに目を伏せる。

そこに現れたのは、こんな廃墟の地下に存在するとは思えない程、きらびやかな宮殿の通路。


「黄金……?」


そう。そこら中に、金色の柱や彫像があり、古さや痛みすら感じられない。

まさか、ここも大規模空間の一部で、私は戻って来ちゃったんじゃないかしら、とも思った。

煌びやかなのに、あまりに静かで冷たい空気の流れている場所だわ。


「南無阿弥陀仏……幽霊に取り付かれたりしませんように」


ぶつぶつと日本のお経を唱える。これがメイデーアで効果を発揮するのかも分からないけれど。

目の前だけを見つめて進むと、やがて広間に出た。


「……」


正面には巨大な壁画が描かれていた。

一面を覆う程の。


教国の古いものとは違う。おそらく、描かれた当時からほとんど痛みのない壁画。

神々が大樹の根元で死の床につき、ただ一人が立ちすくんでいる様子が描かれている。

……“ただ一人”は、手に金色の剣を持ち。


「これって……」


もしかしたら、この壁画は……

さっきまで幽霊だの何だのの恐怖に駆られていたのに、壁画のすぐ側まで寄って行って見上げる。


「こんな壁画……教国でも、神話の本でも見た事無いわね」


ハッとして周囲を見渡すと、似たような、でも違うと分かる壁画が大小、いくつも描かれ、繋げられている。

どれも、金色の剣を持つ者が、戦いの末に血の泉にたち、横たわる死人を見つめている壁画だ。


また、風が耳を霞めたような、懐かしい誰かのささやきを聞いた気がした。

バクバクと心臓は鼓動し、襲い来る予感に、たまらず膝をつく。


「……っ」


ズキンと、頭に鋭い痛みが走ったとき、ドーム型の天井を見上げ、目を見開いた。

キラキラと舞う金色の鱗粉が見える。落ちてくる。


その向こう側に、遠い記憶の残像をかいま見た。


大樹の下で、最後の棺を前に、一人の女神が、黒いぼろぼろのローブを纏った者に、黄金の剣を手渡している。



黄金の色は、闇に飲まれそうな死の神であるあの人に、“正義”を強いる色。



死の神でありながら、あの人は“死”とはかけ離れた光り輝く色を手に入れたのだ。

そして、永遠にそれを演じ、繰り返す。


黄金は、私たちの九柱の関係を掻き乱した色でもある。故に、“黄金のリンゴ”に対する抑止力でもあった。

黄金の剣は“マギリーヴァ”が託した、望みでもあり、呪いでもある。


「……っ」


私は口を押さえて、その場に踞り、震えた。

私たちはなんて事をしてしまったのだろう。


なんて事を、あの人に強いたのだろう。


このメイデーアで、繰り返し転生し、繰り返し魔王を殺し続け、それでもなお、何もかもを諦めてはならないと……







胸にあるのは、張り裂けそうな胸の痛みと、憎悪と、何もかも手に入らなかったという虚無感。

鮮明な出来事や映像は思い出せないのに、神話の時代の苦しい感情だけが流れ込んでくる。

やっぱり私たちはあの時代から、存在したのだと思い知らされる。



駄目だ。

そんなものに飲まれては駄目。

その為に、再びこの異世界メイデーアにやってきた訳じゃないでしょう。


「……」


私は自分に言い聞かせ、その場に転がったまま、一度深呼吸をして、ぎゅっと目を閉じた。

流れる涙が、唇に届いて、とてもしょっぱい。



「……何をしている」



しんとした広間に響いた声は低く、私はすぐに、誰のものかが分かった。

そちらを見る事無く、答える。


「見て分からないの? 打ち拉がれているのよ。ここは私たちには刺激が強すぎるのね」


「……」


「……お久しぶり、カノン将軍。……あんたも、そのうちここに来るんじゃないかって思ってたわ」


ゆっくりと起き上がり、前に流れた髪を耳にかけた。

すでに涙は乾いている。


広間の中央で、音も無くカノン将軍が佇んでいた。

いつものフレジールの軍服姿なのに、この場に居る彼は酷く存在の曖昧なものに思えた。


「ここは、いったい何なの? あなた、知っているんでしょう?」


「……ここは、西の大陸の“ハデフィス”の密教徒が秘密裏に作った神殿だ」


「密教徒?」


「ああ……主に、聖域の住人の一部がヴァビロフォスを離れ、密教徒となったとされている。聖域の住人は、“回収者”の手足となる事もあり、またそのせいで、その存在を崇める者も居たからな」


「……人ごとのように言うのね。それってあんたの事じゃない」


淡々と答えるカノン将軍。

彼は天井を見上げ、何を考えているのか。

相変わらず私のつっこみに対してスルースキルが高いわね。


まあ、考えている事なんて山ほどあるのでしょう。

ここは、いわば彼のやって来た事を記録している場所でもある。

私たちには、考えられない程の、途方も無い“魔王殺し”の歴史を……


「こっちへ来い」


「……?」


「一つ、希望を見せてやろう」


彼が“希望”という言葉を発するのには違和感があったが、だからこそ、気になった。

カノン将軍は私を、正面の大壁画に隠された脇の隠し扉から、別の場所へと連れて行ったのだった。






さらに下へ下へと降りて行く。

先ほどまで整えられていた神殿の通路とは違い、暗くひやりとした、細い道だ。


まるで、死の国への入り口のようだと思った。

そして、階段を下りて行くこの構造は、教国の聖域のようだとも思った。


「……まあ」


最後まで降りて、小さな洞窟のような場所に出る。

驚いたのは、その洞窟の中心に、私程の背丈の樹が植えられ、まるでその樹を慈しむように周囲の石が緑色の光を抱いていたからだ。


「この樹って……まさか」


「ああ。教国のヴァビロフォスの大樹の枝を、ある密教徒が折ってここまで持って来て、植えたものだ。こんなこと、教国に知れたら大事だが……結果、この荒れた大地を癒す、最後の希望となったと言っても良い」


「……それって」


「岩に囲まれた大地と、神殿の地下深くにあったおかげで、紅魔女の引き起こした大爆発に巻き込まれる事無く、この樹は残った。この辺りの土地は少しずつだが、時間をかけて再生していると言って良い」


「……」


目を見開いて、その小さな樹を見つめた。

先ほどまで、あんなに苦しい感情に満たされていたのに、自分の奥に灯った希望の感情にホッとして、目頭が熱くなった。


「でも、2000年以上も前に植えられた樹なのに、とても小さいのね」


「……これ以上は大きくならない。ここは聖域ではないからな」


「そう言うもんなの?」


「だが、それで良い」


勇者はそれだけ呟いて、続けた。


「……黒魔王に、この場所の事を知らせろ。西の大陸の、最西端に位置する集落だ。少し離れれば小規模な森もある。この土地は、地形の影響で連邦にすら見つかっていない場所だが……しかし、扱い方によっては良い要塞となるだろう。新たな魔族の国を作るのなら、良い場所だ」


その後、彼は「もう帰れ」と私に言い捨て、その場に留まった。


一人で帰るのはとても心細かったけれど、あの神殿で、彼が一人で考えたい事もあったのだろうから、私は大人しく元来た道を戻った。



「……え?」



そして、先ほどの壁画の間まで戻って、心底驚いた。

私が辿った神殿の、煌びやかな広間や黄金の通路は、すでに薄暗い廃墟となっていて、壁画も柱も彫像も、全てが痛み廃れてしまっていたからだ。


その原型を、決して思い出させはしないという様に。




地下世界に風なんて届くはずも無いのに、また、どこからか、風のささやきを聞いた気がした。




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