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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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14:『 5 』トール、やってきた者。

3話連続で更新しております。(1話目)

ご注意ください。

俺はトール。

西の大陸に存在した大規模空間の内部のアイズモアにて、黒魔王として魔族をどうすれば良いのかを考えている。

上手くいけば西の大陸に作られる魔族の国は、エルメデス連邦に対抗しうる力となるだろう。





「……」


ユートピアより海岸へ出てすぐ。

魔族とは違う、二つの人影を見つけた。

一人は岩に座り込み、一人は海を見つめている。


「……よお。久しぶりだな」


グリメルから降り立ち、声をかけた。軍服を着て海を眺めていたそいつは、ちらりとこちらを見て、また海を見ただけ。

相変わらず愛想の欠片も無い奴だ。


「トールさん!」


岩場に座り込んでいた一人の少女は俺を見つけてすぐに立ち上がり、可憐な様子で駆け寄ってきた。

身にまとったブレザーは懐かしく、彼女には一番似合うなと思う。


「レナ……元気にしていたか?」


「はい! あ、でも……トールさんは何だかお疲れのようだわ」


「……そう見えるか?」


レナは心配そうに眉を寄せる。

彼女自身は、以前の陰鬱な様子よりずっと元気と自信にあふれているように見える。


「まさか、レナも来るとは思わなかったな」


「……やっぱり、私は邪魔だったかな……」


「そうじゃない。ここは危ないし、魔族の国ってのはむさ苦しい。あまり、女の子に面白い事は無いと思う」


「そんな。私、面白い事を求めてやって来た訳じゃないのよ、トールさん。トールさんのお役に立てたらって……私、少しだけ魔法が上達したんです。今度こそ、何か力になれると思います」


「……」


キラキラとした、期待と希望、少しの不安に満ちた表情だ。故に、危ない。

俺は目を細めて、小さく頷いた。


「分かった。ありがとうレナ。でも無茶は禁物だ」


「ええ、分かっています」


レナとの会話に一段落を付け、俺はカノン将軍の方を向いた。

こいつに対し、前世からの“勇者”と“魔王”という因縁のせいで憎しみを持っているのは事実だが、国と国の付き合いだと割り切れば、そう深い憎悪を露にする事も無い。


というより、俺はなぜか“マキア”の記憶を失って以来、こいつに対する怨恨すら薄らいでしまったようだ。

それがなぜなのかは分からない。

俺の憎しみは、主に黒魔王が勇者に殺された部分にある。ヘレーナを唆し、俺を殺すよう促した事にある。

紅魔女は、関係ないはずなのに……


「遠路はるばる、良く来てくれたな。さっそくアイズモアへ案内しよう。相談したい事が山ほどある」


「……ああ」


カノン将軍は相変わらず感情の読めない視線だけを向け、答えた。







「レナ、俺たちは今から会議をする。難しい話になるだろうしお前も疲れているだろうから、自室で休んでいてくれ」


「そんな。私も一緒に居ては駄目ですか?」


「別に良いが……本当につまらない話だぞ」


レナは俺たちと共に行動したがった。

おそらく彼女は、また話の中枢に加われず庇護の対象とされるのが嫌なのだろう。

今、何が起こっているのか知りたいのだ。


その時、俺たちの背後の廊下をこそこそと横断する人影を見た。

紺の布地に、赤いタイのセーラー服。


「……おい、マキ」


あいつはおそらくこっそり移動したかったのだろうが、俺はいそいでそちらへ向かい、彼女の襟元を掴み捕まえる。


「あたたたた。何すんのよ!」


「それはこっちの台詞だ。お前、何をこそこそしている」


「だ、だって……」


マキを引きずって連れて来た。

カノン将軍は彼女を知っているが、レナは初対面となる。

マキの風貌に見当たる点があるのか、レナはハッとして、マキをじっと見ていた。


「ト、トールさん……その人は?」


「ああ、マキだ。以前、シャンバルラへ向かう途中のオアシスで出会った。レナ、お前と同じ“異世界からやってきた少女”になるんだろう」


「……え?」


少しばかり動揺を見せるレナ。


「ちょっとトール! 私は難しい話は分からないんだから、会議に参加なんてしないわよ」


「……それは別に良いが」


「ちょっと城の外に出たいのよ。私は勝手にやっているから、あんたは自分のやるべき事をちゃんとやんなさい。……夕飯時には帰ってくると思うから」


「……本当に帰ってこいよ」


パッと手を離すと、マキはすぐにこの場から去った。


「……まったく」


本当にいつまでも、猫みたいな自由な娘だ。

掴んでいないと勝手に消えてしまいそうで、不安にもなる。

意欲があり自分を追いつめがちなレナとは、正反対な奴だな。







会議は王の間に円卓が置かれ、行われた。


「レア・メイダなら、フレジールの小型戦艦“フリスト”に予備がある。すでに魔導回路も敷かれているものだ。それを使うと良い」


「なるほど……ならば、あとは本当にシステムタワーを構築するだけだな。ただ、このアイズモアが地上ではどの位置にあるのかが分からない。それを探らないといけないな」


「カルディアとユートピアはどうするつもりだ」


「カルディアからは既に、新たな魔族の国に加わる了承を得ている。あの国の住人の大移動が始まっている。……ユートピアからもおおむね理解を得ている。カルディアの移動が終わった後、ユートピアの移動が始まるだろう」


俺が新たな魔族の国を立ち上げる宣言をしたあの日の夜、カルディアからすぐに返事をもらった。

ユートピアのアリスリーンは少しばかり出遅れたが、協力したいという旨の返事を持って来た。

そのため、俺たちはユートピアから自由に海岸に出入りできたのだ。


ただ、国を統一するというのには少々抵抗があるようだった。

とりあえず、あと一週間程しか保たない大規模空間であるのだから、アイズモアに避難しておこうという算段だろう。

俺としてはそれでもかまわない。

その後、ゆっくりと考えてもらえれば。


「最後の問題は、“黒平原”と“時空王の権威”について、だ。大規模空間が無くなれば黒平原は消えてしまうのだろうが、あれはいったいなんだったのだろうか……」


「……黒平原?」


レナが尋ねた。

俺は三つの国の模型の、ちょうど真ん中を長い杖でつついた。


「ここにある、酷く不安定な空間の事だ。ここには、俺にもなんなのか分からない、謎の生物が存在する。カルディアやユートピアの連中は“悪魔”だと呼んでいたが、黒いもやのようで、人を飲み込んでしまうんだ」


「……人を?」


「これは俺の考えだが、大規模空間を維持する為の素材を、そうやって集めていたんじゃないだろうか。時空王の権威があったとしても、素材が不足すれば空間は維持できないからな」


「……??」


あの黒い“悪魔”は、もしかしたら“空間人”の一種なのかもしれない……


レナはチンプンカンプンという表情で、少し面白かった。

カノン将軍は指を組んで、ただただその三つの国が揃う大規模空間の模型を眺めていた。







その日の夜、夕食には戻ってくると言っていたマキが、結局戻ってこなかった。

俺は彼女を捜しに行こうかと思ったが、マキの言っていた言葉の通り、やるべき事をやらなくてはならない。

マキは、大丈夫だろうか……こんな心配すら、あいつには失礼な事なんだろうか。


アイズモアの宮殿の廊下から、幻想の銀世界と、虫食いだらけの空を見上げていた時だ。


「トールさん!」


レナが何かを持って、駆け寄ってきた。


「レナ……」


「トールさん、まだお休みにならないの?」


「ああ。むしろこれからが、仕事の時間だな」


「そんな……少しは体に気をつけてください。あの、これ……フレジールから持って来たんです。良かったら」


「……?」


レナが頬を染めながら、俺に手渡したのは、手のひらサイズの“精霊香”だった。

小さな陶器から香るほのかな甘い香りは、おそらく“眠りの精霊”の加護が含まれている。


「シャトマ姫に教えてもらって、私、自分の精霊魔法で作ってみたんです。トールさん、睡眠時間がとても短そうだと聞いたから。このお香、少しの時間でもぐっすり眠って、疲れが取れるんですって。……だから」


「ほお。凄いな、レナ。もうこんな事も出来るようになったのか」


「……はい。少しずつだけど、私……」


レナは照れつつ、視線を逸らしながらも、俺の見ていた銀世界に気がついた。

そして、何かを思い出すような、懐かしむような切なげな表情になる。


「……アイズモアは、とても懐かしいですね。ヘレーナがここに居たのは本当に短い間でしたけれど……こんな事、黒魔王様には、思い出したくない事かもしれませんけれど」


「……」


「でも、私はやっぱり、とても愛おしい思い出を沢山思い出してしまいます……」


「……レナ」


「ごめんなさい。勝手にこんな所まで来てしまって。だけど、もう一度アイズモアを見てみたかったというのもあるんです。今の私、何だかとっても“中途半端”だから……」


彼女はそう言うと、チラリと俺を見上げてまたうなだれ、寂しそうに「おやすみなさい」と言って暗い廊下を走って去った。


「……」


もう少し、レナに気の利いた言葉をかけてあげられたら良かった。

ヘレーナの記憶を保つ彼女にとって、この国はいったいどんな所なんだろう。


彼女はおそらく、あえてここにやって来た。


ヘレーナと共に過ごしたアイズモアを、俺だって覚えている。だけど、思い出そうとしなければ思い出せない程、その記憶の優先順位が下がってしまっているというだけで。


これはレナにとって、とても失礼な事かもしれない。

俺は彼女を憎んでいる訳でもないのに。

レナは、俺よりずっとその記憶の直撃を受けているに違いないのに。



彼女の言った、“中途半端”という言葉が気になった。


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