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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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09:『 5 』トール、虫食いの星空。

2話連続で更新しております(一話目)

ご注意ください。



深夜の事だった。

長い揺れのせいで、目が覚めた。


「な、なんだ……」


少々ひやっとして起き上がったが、その揺れはまだ続いている。

嫌な予感がした。


隣を見ると、マキが爆睡している。


「おい、マキ……起きろ。揺れているだろ」


「……うーん……なによもお、私は眠いのよお……むにゃ」


「だったらここに置いて行くからな。後で大きな揺れが来ても知らないぞ」


しかたねえ奴、と思いながらも寝台を降り、部屋を出た。

こんな夜中に、慌てた様子で薄暗い廊下を行き来する魔族たち。さっきの揺れのせいで、何かあったのだろうか。


「黒魔王様!!」


良いときにライズがやってきた。

随分と引きつった表情だ。


「どうした。この揺れは、異常な程なのか」


「い、いや、このくらいの揺れならば今まででも何度かありましたが……それより、外をご覧いただきたい」


「外?」


「ええ、それが……」


ライズが続けて何か告げようとしたとき、ドーンと深く落ちるような揺れと、大地の唸るような音が届いた。

まるで雷でも落ちたみたいだった。


「きゃああああっ、地震よ地震よ!!」


出てきた部屋のベッドの上から、マキの甲高い声が。

彼女はこの揺れで飛び起きたのだった。


「トールーーー!! あれっ、トールが居ない!!」


マキは扉の外に居る俺に気がつかず、隣で寝ているはずだと思っている俺を手探りで探していた。

まだ夢と現実がごっちゃになっているのか。


「トールってばさっきの揺れで落ちちゃったんじゃないかしら……」


なんて言いながら、しばしばした目でベッドの端から床を覗いたりしている。

あいつはアホか。


「おい、ここに居るからな。起こしたのに、起きなかったのはお前だろ」


「あ、トールが居た」


目をこすりながら寝台を降り、彼女がこちらまでやってきた。

髪は乱れ、寝巻きも肩からずり落ちそうになっていて、正直表に出すもんじゃないな。


「とりあえず、黒魔王様。外の様子を見ていただきたいのです。凄い事になっているので」


「凄いって、何が?」


聞いたのはマキだ。

確かに、いったい何が凄いというのか。






「……っ」


岩場の出っ張った、外への覗き口。

そこから見える外の様子に、俺は思わず息を呑んだ。

あのマキだって。


今まで俺たちは、この空間を異空間だと分かっていながら、それなりに現実の世界のように機能していると思っていた。それだけ違和感が無かったのだ。

だが、この“空”を見てしまえば、ここがやはり、異空間であるのだと知らされる。


夜空は星空では無くなっていた。


空には所々に穴のようなものがあいていて、そこから、おそらく現実の西の大陸の、あちこちの様子が見えるのだ。

荒れた荒野、最南端の森……いつかの時代の建造物の残骸……そして……まだ新しそうに見える謎の施設群。


「あ、あれ……あれ、トールあれ」


マキが俺を引っ張って、指差した、空の穴。

俺は目を見開いて、それを見ていた。


いったい、この西の大陸のどこでその景色が見られるのか、誰かに問いたい。


「……西の大陸にも、巨兵って居るのかよ」


月と巨人。

明るい荒野にぽっかりと浮かぶ月が、ただふらふらとしている巨兵を浮かび上がらせていて、それはとても奇妙な光景だった。詩的とも思えるが。


「ああ、あの巨兵の事を、黒魔王様もご存知でしたか」


ライズが驚いていた。


「お前も知っているのか?」


「ええ。西の大陸には時に現れます。あれは北の兵器です。あれの製造に、我々魔族の仲間が利用されている……」


「な、なんでそんな事まで知ってるんだお前」


「なぜって。あの“施設”から逃げて、ここへやってきた者が何人も居るからです。ほら、見えるでしょう……あの施設です」


ライズが空を指差した空の穴に映るもの。

実はさっきからかなり気になっていた、最近のものと思える施設群だ。


「あれは、エルメデス連邦のゴーレム開発施設。あの場所には、多くの魔族と、多くの奴隷、そして連邦の研究者達が駐在し、秘密裏にあの兵器を開発しているのです。この大陸で、何度も実験を行い……まるで、西の大陸が自分たちのものであるかのように」


「……」


初めて聞いた事だった。

確かに、連邦が西の大陸に踏み入っていたのは、1000年前の青の将軍の功績にも分かる通りだが……


「ねえ、さっきあの“施設”から逃げてきた者が居るって言ってたけど、カルディアとあの施設のある場所って、そんなに近いの?」


黙って空を見上げていたマキが、表情を変えて尋ねた。

今までのお気楽な表情と違い、真面目で、それこそちょっとした緊張感すら感じる。


「ああ。ユートピアとカルディアは黒平原を渡ってすぐに来れる場所にあるが、お互いの大規模空間の“本拠地”は、実はとても離れている。ユートピアが最南端にあるならば、カルディアは北西の荒野のど真ん中。あの施設とは、そこそこ近い位置にあたる」


「……そう」


マキは再び、顔を空に向けた。

いったい、何を考えているのか。


「だけど、なんでこんな事になっちゃったの? 空が虫食いのようよ」


「空から現実世界のあちこちが見えているという事は、やはり空間の崩壊が始まっているのか……」


まずいな、と思った。

空間が壊れかけているという事は、外からもこの空間を見つけ、侵入する事が出来やすいという事だ。

もし、北の連中がこの空間に居る魔族すら征圧しようとして、ここへ軍を向けたりでもしたら……


「ライズ様!!」


そんな時、兵士が一人、急ぎの様子でライズの前にやってきて膝をついた。

皆何事かとそちらを向く。


「ユートピアの方角より、軍勢がやってきております! ペガサス部隊かと!」


「な、なにっ!?」


ライズはここから少し離れた、黒平原の見える方へと向かって走って行った。

俺もマキも、それについて行く。


岩肌の通路をずっと進んで行き、黒平原を向く覗き口から外を見たら、暗い暗い平原の向こう側より、点々と灯る光の群れが。


その数はおびただしく、穏便に事がすみそうな予感がしない。


「夜襲だ! こちらもグリフォーン隊を向かわせろ!! アリスリーンめはこの混乱に乗じ我が国から“刃”を奪う気で居るのだ!!」


ライズが命令した。

ちょっと待て、と思ったが、いやしかしアリスリーンの性格を考えるに、あり得るから厄介だ。


「ちょっとちょっと、どうしたっての。あのアリスリーンが、こっちに攻めて来たの? どういう事よ、トールだっているのに」


「……だからかもしれないな」


「は?」


マキはいまいち理解していない。


「俺をこちらに向かわせる事でカルディアの意識を俺に向け、兵の足並みを少なからず乱す事で、ここを攻める好機と判断したんだろう」


「まさか。アリスリーンはあんたの事、慕ってたじゃない」


「はは。あいつの場合、黒魔王の下についていたのも見返りがあるからにすぎない。ビジネスライクってやつだ。俺はあいつの少しずる賢い所が、嫌いじゃないから良いんだが……」


そうこう話しているうちに、ペガサス部隊は光の矢を一斉に放ち、カルディア・マウンテンへの攻撃を開始した。

様子を見る事も無く、迷いも感じられない。


衝撃と激音により、先ほどの揺れとは別の振動を受け、俺たちはしゃがむ。


「アリスリーンのババアめっ。今ならこの山壁を崩せると思っているのか!!」


ライズは、空間が崩れかけている事で、このカルディア・マウンテンが少なからず脆くなっているのだと分かっていた。

顔を真っ赤にして、一目散にしてこの場を去る。

自らも出陣するためだろう。


「お、おいライズ!!」


声をかけても、それはライズの足音と鼻息の音で掻き消えてしまったほど。


「……あらら、行っちゃった」


マキがしゃがみこんだポーズのまま、呆れ口調で。

俺は眉根を押さえる。


俺から見れば、このような時に争っている場合ではないだろうと思うのだが……


「どうすんのトール」


「……」


しばらく考えていると、グリフォーン隊とペガサス隊が交戦を始め、激しく火花を散らしていた。

魔族の争いというだけあり、何とも迫力のある戦景色である。


魔法を得意とするエルフ族と、力を振るうオウガ族では、本来どちらがどう強いというものでもないのだが、しっかり陣形を整えやってきたユートピア勢の方が、優勢のように思える。


「あ、ライズとアリスリーンが対峙しているわ」


マキが目ざとく見つけ、空を指差した。


側に拡大モニターを置いて、アリスリーンとライズの対峙風景を見る。



「貴様アリスリーン!! 夜襲などと卑怯なマネをしおって!!」


「おほほほほほ!! 頭の悪いあんたは、敬愛する黒魔王様が訪れた事でさぞ喜んで宴でも催しているだろうと思ってね。その通り、あんたはまんまと私の放った策に溺れた! 今日こそ、あの山をぶっ壊して、神器の刃を貰うわよ」


「あの神器は黒魔王様のものだ!! 黒魔王様におかえしするのが我々のつとめであり、使命だ!!」


「ハッ。何をのんきな事を。そんなことしてご覧なさい。千年かけて作ったこの空間が、私たちの箱庭が壊れてしまうわ!!」


「そんなものは、黒魔王様の前には献上してしかるべきものだ!!」


「ならば私たちは、いったいどこへ行けば良いというの!!」


アリスリーンとライズは、お互い細身の剣と、重い大剣をふるい、刃を交えながらも会話している。

アリスリーンの場合魔法の力で攻守のバランスをとり、上手く身を引いたりしてライズの攻撃をかわしている。

一方ライズは、頭に血を上らせ力任せに剣を打ち付けているように見えるが、やはり長く生きた猛者。

感覚は鋭く、アリスリーンの魔法を良く訓練されたグリフォーンによって回避している。


「葬ってくれる!!」


「悪魔の餌にしてやるわっ!!」


お互いの会話は、長生きのくせに一周して子供の罵り合いのようだった。

ただやはり、命をかけた戦場。

平原に落ちた兵士達は、この闇の中でもいっそう黒く蠢いて見える“悪魔”に囚われ、飲み込まれていた。



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