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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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20:ユリシス、叔父上の角砂糖が気になる。



レイモンド・アレクサンディア・ジ・ルスキア卿は僕の叔父です。

とはいえ、沢山居た父上の兄弟の中で最も年下であったのがレイモンドの叔父上で、歳は20代後半三十路前と若いのですが。


有能な人物ですが、僕はたまにこの人が分からなくなります。




「おいでませユリシス殿下!!」


「……こんにちは、叔父上」


今目の前に居る僕の叔父レイモンド卿は、僕に負けず劣らずニコニコした、しかし僕よりよっぽどフレッシュな表情の、人当たりの良さそうな人。

そしていつもテンションが高めです。


「殿下、確か甘いもの好きでしたよね。ついこの前マルギリアへ寄った時、ビグレイツの所で美味いレモン菓子を食べたんです………どうやらデリアフィールドのお菓子らしく、これで殿下とお茶でもしようと思って取り寄せました!!」


「わあ、嬉しいなあ」


ちなみに、マルギリアの領主であるビグレイツ公爵とは仲が良いらしい。


叔父上に対し子供らしく振る舞いながら、僕は彼の様子を観察。

父上と似た栗色の髪の、精悍な顔立ちをしています。


若者とは言え軍の幹部をまかされていますから、体格も良く雄々しいのですが、甘いものに目が無い、性格がフレッシュ、可愛いたがり、と言うギャップの凄まじい人でもあります。

まあ僕も人の事を言えませんが、やはり第一印象のイメージってあるでしょう?

ちなみに独身です。



アレクサンディア邸のテラスにて叔父と甥っ子のお茶会、と言えば微笑ましい光景ですが、ただそれだけで済まされる立場でないのも僕たちなのです。

僕の後ろには目を光らせたアイザックが、叔父上の背後には黒いローブを着た魔術師が一人控えていますから。


「それにしても、僕とお茶会なんて叔父上、軍の幹部がそのようにお暇で良いのですか?」


「ははは、戦争の無い国の軍ほど暇なものは無いよ」


まあ、確かに。

まあ確かにそうかもしれませんが。


「しかし、叔父上は一度東の大陸に滞在していた事があるのでしょう? やはり東は戦争は激しかったですか? 僕、興味あるなあ…」


「……あはは、戦争に興味があるとは、殿下は変わっているなあ」


叔父上はその広い肩を少し上げ、困ったように笑っています。

僕はまるで何も知らない子供のような、無垢な瞳で叔父上を見上げるのです。


さて、東の大陸とだけ僅かに関わりのある南の大陸です。

ルスキア王国は、制限されていますが移民も受けいれています。

叔父上は一時期東の大陸に滞在し、諸外国と関わり戦争を見てきている、この国ではとても貴重な存在と言えるでしょう。


「ふふ……この国とは雲泥の差ですよ〜。南の国が全ての華やかな色を奪ってしまっているかのように、東の国は全く味気ない灰色の戦況にありますから。北のエルメデス連邦の侵略によって、ますます酷い有り様ですよ」


「……なぜエルメデス連邦は東の国を侵略するのでしょう?」


「そうですね、北は土地を最も重要視します。元々雪国ですし、あまり肥えた土地も持っていないので、農耕・牧畜をする際出来るだけ広大な土地を必要としますから。そういった国は侵略に向かう運命なんですよ」


「……」


答えは当たり障りの無い事で、本当のところは教えてくれない……と言ったところでしょうか。

僕はレモンケーキを一口食べました。

甘酸っぱいレモンシロップがたっぷりとかかっていて、爽やかな香りが口いっぱいに広がります。

なるほど、これは美味。


僕は、2000年前の貿易の形を思い出していました。


「西の大陸があればなあ。あそこは元々豊かな土地だったから農作物を沢山作る事が出来て、酪農と宝石細工品、工芸品が盛んだった北との貿易が上手く行っていたんだけど…。東は綿花や茶葉、香辛料が人気だったから、三つの大陸はそれなりに上手く循環していたと言うのに」


「……え?」


おっとまずい。

うっかり昔の事を口にしていまいました。

叔父上は目を点にしています。


「い、いや………だいぶ昔の話です。前にそう、書物で読んだので」


「……はああ、殿下は勤勉家だなあ。その通りなんですよ。2000年前なんて、私には想像もできませんが、紅魔女の力により西の大陸のほとんどが荒廃し、飛散した悪質なマギ粒子のせいで、移住を余儀なくされた西の民の生き残りがどっと北と東に渡って行きましたからねえ。民族大移動ですねえ。そうやって、この世界の長い戦争は始まりました」


顎を撫でながら、叔父上は角砂糖をテーブルに並べました。

ちょうど、四つほどをクローバーのように。


「三大陸にとって主に食料を生産していた西の大陸が無くなって、人だけは増えたんですからどんな国だって混乱します。深刻な食料不足や土地不足、文化の違いや差別は争いを生み、今に至ると。……本当に、何の影響も受けない南の大陸は罪です」


目の前の美しい装飾の施された、色鮮やかなティーカップはこの国そのものです。

叔父上はそれを何とも言えない瞳で見つめ、何を思ったかテーブルの上の角砂糖を全部ティーカップに投入し、その紅茶を一気飲みしました。


「でも、叔父上は南の大陸の……この平和が長く続かないと思っているんでしょう?」


「なぜそう思っていると?」


「だって、東の国の情報を集めているじゃないですか。更にその向こうのエルメデス連邦の事だって。この大陸にも戦火が飛び火すると思っているからではないのですか?」


「……」


叔父上は持っていたティーカップから手を離し、なんだかとてもしょんぼりした表情をしました。

正直、こんな顔をされるとは思っていませんでしたからこちらも唖然としてしまいます。


「ど、どうしたんです? 叔父上」


「……私だって、戦争なんて無ければ良いと思っているさ」


叔父上は新しく注がれた紅茶に、またいくつも角砂糖を入れていました。

どれほど甘くなったでしょうか。


「それにこの大陸は“緑の加護”がある限り、他大陸の攻撃を受ける事は無い。…………と、ルスキアのトップは皆そう思っている」


ポチャン………


6つ目の角砂糖が紅茶の面を波立たせた時、叔父上は視線を僕に向けました。


緑の加護とは、この南の大陸が古のその前の、ずっとずっと昔から信じているヴァビロフォスの聖なる力の事。


緑の加護の事で僕が知っている事と言えば、この大陸を守る魔力の幕が、聖地を中心にずっと昔から降りていると言う事。

ドームのような形をした魔導防御幕です。

これを管理し操る事が出来るのが、聖地を有する教国で、だからこそ教国は大きな権力を握っているとも言えます。


どのような仕組みでその魔力の幕が降りているのか、僕は知らない。


「緑の加護がいつまでも続く根拠なんか無いのに、皆がこの恩恵を信じてしまっている事が、私には恐ろしい」


「……」


僕はついつい、彼の話をもっと聞きたくなります。

これだから、叔父上とのお茶会の前はいつも気が重いのです。

自分が夢中になってしまって、彼のペースに巻き込まれそうになるから。


叔父上には南の大陸に根強い平和ボケ思想があまり感じられません。


終わるはずが無いと信じられている平和。

何をしなくても無条件に聖域の保護下にある大地。


それらの恩恵を、当たり前のように思っている民。



やはり叔父上は侮れない。

この国の平和に疑問を持てる者は、外の世界を見た事がある人間だけだろうから。


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