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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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08:『 5 』トール、固まった現状。

ライズと会議の場を設けた。

その間マキには席を外してもらい、お互いだけで。


「そうですか……あのアリスリーンが」


石造りの円卓に落ち着き、ライズは少々顔を歪める。


「ああ。お前が北に捕われている魔族を助けるために、ユートピアを制圧しようとしていると。俺はここ2000年の事情を詳しくは知らない。長く生きるお前達にしか分からない苦悩があったのだろうと思う。だが、かつての仲間が争うのは、俺だって辛い」


「ですが、黒魔王様。私はそれだけの為にあのユートピアに攻め入っているのではありません。あのアリスリーンの“ばばあ”は、かつて自らの一族が新生アイズモアを脱する時、我々オウガ族をおとりに使って逃げた過去があるのです。エルフ族は魔力こそ高いですが、我々のように戦闘力はありませんから……。その時の恨みが、我々カルディアの民にはあるのです」


「……なんて事だ」


うーむと唸って、頬を流れたのは汗。

思いのほか、厄介な事が多そうだ。


「しかし私は、それを今更責めようとは思いません。誰しも、あの1000年前の地獄を生き残るのに必死だったのだから。利用できるものを利用しなければ、生き残る事は出来なかった。魔族は一族主義です。アイズモアの全てを救う事が出来ないなら、一族を優先します。アリスリーンは賢かった。故に、そう判断したのでしょう」


「……」


2000年前の、西の大陸の大爆発こそがこのメイデーア最大の惨劇かと思っていたが、魔族にとっては1000年前の魔族狩りの方がよほど地獄だったのだろう。

想像する事しか出来ないが、青の将軍のややこしさを知る今なら、それがどれほど悲劇的な出来事であったか、魔族サイドの俺からしたら苦しい思いしか湧いてこない。


「そもそも私は、このカルディアとユートピアは、一つになるべきだと思っているのです。黒魔王様の神器が、柄と刃で別れてしまっているからこそ、二つの大規模空間が出来てしまい、黒平原などという曖昧な“架け橋”があるだけで、剣自体が一つになれば、空間は一つの安定したものになるのではないか、と」


「おお。ライズのくせに、色々と考えているんだな」


「……一応2000年以上生きているので!」


ライズは声を張った。

脳筋で感情的ではあるが、ライズは悪い奴ではなかった。

それは、俺が良く知る所だ。


そんな時だ。

この会議の間が少しばかり揺れ、小石がぱらぱらと降ってきた。

思わず顔を上げる。


「また、“揺れ”だ」


ライズは深刻な表情だ。


「地震か? いや、違うな、これは空間の振動だ」


「はい、黒魔王様……ここ20年程、定期的に揺れるのです。私はこれを、空間の崩壊なのではないかと見ています」


「……?」


「アリスリーンは、我がカルディアがユートピアに攻め入るばかりだとあなたに言ったかもしれませんが、あっちはあっちで、たびたび刺客を送り私を亡き者にしようとしてくるのです。理由は、神器の刃が欲しいから。……私と同じように、神器が一つになれば、再び空間が安定すると考えているのでしょう。しかし、あちらは我々カルディアと手を組むつもりは無い。故に、争いが続いているのです」


「なるほど」


魔族は一族主義、という言葉に現れるように、特にエルフ族はそれが顕著だ。

アリスリーンは賢く優れた女だったが、エルフ族は血統を重んじ、またそれ故に魔力を高めてきた魔族でもある。

アイズモアにやってくるのも、エルフ族は遅かった。

ユートピアにもエルフ族以外の魔族は居たが、どれも気性の大人しい魔族ばかりで、だからこそアリスリーンは、一般的には野蛮と言われ力を持つオウガ族と国を一つにする事で、国が荒れる事を恐れているのか。


今のこの二つの国には2人の王が立っていて、権力争いも避けられないだろう。

“黒魔王”という、どの一族にも属さない人間の、絶対的な王が居たというのは、おそらく魔族にとって最良の状態だったのだろうな……


「頭が痛いな。だが、一つだけ俺にも譲れないものがある……」


「と、言いますと」


「“時空王の権威”を、取り戻す」


「……!?」


「それが、どういう事か分かるかライズ。ユートピアにある柄と、カルディアにある刃、この二つを一つにして、俺の手元に取り戻す。そうすれば、この西の大陸に出来た大規模空間は、完全に消滅するだろう」


「……そ、それは」


「それは、困るだろう。俺だって、お前達が頑張って守ってきた魔族の国を、消したくはないが……。ただ、時空王の権威があれば、俺はお前たちに再び“アイズモア”を作ってやれるだろう。実際、小さなアイズモアはすでにある。俺の管理している、空間にな。だが……お前たちはお前たちの国を、易々手放したくはないだろうから……難しい所だが」


「い、いいえ、私は、黒魔王様が現れたあかつきには、全権を委ね再びアイズモアの再興をと、願っておりました! あなたのご指示に従います!!」


「……」


ライズの表情は強ばっていたが、それが本心であるのだという事は、よくわかっていた。

ただ、今となっては分からないのは、むしろアリスリーンの方である。



その後、俺はライズに連れられて、マキが侵入したという時空王の権威の“刃”が刺さる岩の間にやってきたが、刃は俺が主だと分かっているくせに、俺を受け入れようとしない。


なぜ、と問いかけても答えない。

俺の力を持ってしても屈服させる事が出来ない剣だというのは、流石に神器と言った所か。


おそらく、そいつを抜くために必要な手順というのがあるのだろう。







「あ、会議終わったの?」


用意された寝室の扉を開けると、なぜかマキが地味な薄手の寝巻きに着替え、ベッドに転がり暇そうにしていた。

俺は思わず、後ろのライズの方を振り返る。


「いえ、お方様とは同じお部屋の方が良いかと思いまして」


「……」


めちゃくちゃ気を利かせたと言わんばかりのドヤ顔。腹が立つ。

こいつ、いつまでマキが俺の妻だと思っているのか。


「オウガ族も野蛮と言われますが、それすら凌駕する野蛮な娘を見たのは久々です。とはいえ、見てくれは良さそうですし、健康的な体つきをしていそうなので、まあ黒魔王様のお方様の一人という事でしたら、私はもう何も言うまいかと」


「めちゃくちゃ言ってるんだが」


つっこんで、ため息。

まあ良い。またマキに、ふらふら一人でどこかへ行かれても困る。


「しかしまあ……あの娘を見ていたら、かつてたびたびアイズモアにやってきて、黒魔王様と争った“紅魔女”を思い出しますね。あれも、かなりの暴力女でしたが、黒魔王様のお方様になる事が無かったので、ああいった娘は好みでは無いのかと思ってましたが……」


「……」


「しかし紅魔女も健気な奴でした。黒魔王様にかまってほしいからと、何度と無く訪れて」


どこか懐かしそうに小声で告げる、ライズ。

俺は少しばかり、目を見開いた。


紅魔女の記憶は俺には無いが、黒魔王は紅魔女に特別な感情は持っていなかったのか。


「ちょっとトール、早く」


「……なんだよ。どうせたらふく飯を食って、風呂に入って、まったりしてた所だろう」


俺はマキに呼ばれ、また小さくため息をつきながら部屋に入った。

ライズが「ごゆっくり」と意味深な言葉をかけてきて、そのまま扉は閉められる。


「話し合いは終わったの?」


「終わっちゃいない。問題ばかりだったが、まあ……一晩考えるしかないな」


「ふーん。あ、トールの分のご飯、そっちに用意されているから。凄くワイルドなご飯よ。肉の丸焼き、野菜の丸焼き、以上、みたいな」


「……」


「でも結構美味しいの。まあ、ユートピアのしけたご飯よりはましよね」


「お前とオウガ族は気が合いそうだな」


岩のテーブルに用意されていた、なんか良く分からない鳥の肉の丸焼きと、マキの言った通り野菜を焼いただけのものが、大きな皿に盛りつけられていた。

俺はとりあえず、腹が減って仕方が無かったので、席について料理に手を付ける。


「……ほお」


おそらく岩の焼き釜で焼いてあるのだろう。

ただそれだけの料理がとても美味しく、味付けは塩だけだったが、また素材の旨味が引き立つ良い塩で、なるほどマキが満足する訳だと思った。


「ね、美味しいでしょう?」


「……そうだな」


後ろからひょっこりと顔を出したマキ。

赤黒い緩やかな髪が、白いシンプルな寝巻きを伝って、俺の肩に流れる。


首元が大きく開いた寝巻きなのか、また彼女には大きすぎたのか……どっちにしろ彼女の鎖骨辺りの白い肌、胸元が露にされていて、肉を頬張りながらも生唾を飲むという事態。

前屈みはよせ、と言いたい。


「ねえねえトール、私にも少し分けてよ」


「……どうぞ」


「わーい、流石トール」


「つーかお前、今日どんだけ食ってんだよ」


結局俺に用意された晩飯を、マキと2人で食べる事になった。

マキにとっては、夜食と言っても良いのかもしれない。


肉は半分くらいマキに持ってかれた。









「食ったら即寝、かよ。全く」


色気より食い気。

マキらしいと言えばマキらしいが、ベッドの適当な場所でくーくー寝るその顔はあどけない。


ここはそれほど寒くないが、一応ちゃんと正しい場所に寝かせ、布団をかけてやった。


「……」


ふと、先ほどライズが言った言葉を思い出した。

黒魔王は、紅魔女をお方様にしなかった、と。紅魔女は、健気な奴だった、と。


紅魔女が黒魔王の妻ではないなどというのは、知っていた事実であったが、改めて言われると、なかなか不思議な事だと思った。


紅魔女の姿は思い出せなくとも、聖地で見た“マキア”ならすぐに思い出せるし、たびたび記憶の空間に会いに行く。紅魔女も似た姿なのだろうと思う。要するに、ただの見た目だけでも心惹かれるとても美しい娘だ。


そうすると、やはり不思議である。

紅魔女は美しかったのだろうし、俺はマキアを思い出せなくとも、マキを見ているだけで少なからず愛しさは湧いてくるし、かつてのトールにとって、マキアは大事だったのだろうと、すでに勘づいている。


ならばなぜ、黒魔王は紅魔女を愛さなかったのか。妻にしなかったのか。

当時の黒魔王にとって、紅魔女はたいした存在じゃなかったのか。


かつての妻を思い浮かべる。

シーヴや、ヘレーナを……だけど、紅魔女は出てこない。


「……マキ」


眠るマキの頬に触れ、前髪を撫でる。

すると彼女は、寝言を言いつつもうつ伏せになり、無意識に俺の寝巻きを掴んだ。


「……」


俺もまた、彼女の隣で横になる。疲れていたし眠たいが、マキの寝顔を見ているとなかなか眠る気にならない。


遡るようにして理解しようとする、俺とマキの関係。

時代も世界もこえて、俺と彼女は、何度出会ったのだろう。



「……はあ」


長く、息を吐いた。


今夜もまた、彼女に会いに行く。

だけど、“マキ”の隣で眠りながら、“マキア”に会いに行くなんて、悪い事をしている訳でもないし、同一人物だと分かっているのに、妙な罪悪感に襲われるのはなぜだろうか。



前世の行いのせいだろうか。



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