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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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03:『 5 』トール、ユートピアの女王。



「こっちだよ!!」


「こっちよこっち」


双子に案内され入っていったのは、生い茂る背の高いシダの群生地帯。

双子は小さな体を生かし、そのシダの隙間をぬって進む。


俺もマキもシダを分け入りながら、双子を見失わないようにする。


空から見たこの群生地帯は、それほど大きなものでもなく、抜けると変わらない森があるだけだったのだが、双子はそれでも、この向こう側にユートピアがあるのだと言う。


確かに、少しばかり妙な、空間のねじれを感じるものだ。


「抜けたー」


「抜けた抜けたわー」


双子が飛び出していった先を目指し、シダの群生地帯を抜ける。


「わあっ」


思わずマキが感嘆の声を上げたのも無理は無い。

そこには、森をいくら探しても見つかりそうにない、美しい街があったのだ。

振り返ると、シダの群生地帯は、ただの垣根。

小さな穴のある、垣根だった。


「どういう事なの?」


「……」


マキが俺を見上げて問う。


「この感じ……空間魔法か? いや、しかし……」


甘い匂いの漂う街には、多くの魔族が住んでいるようだ。

活気のある街の向こう側にそびえ立つのは、白い城。


「きゃあっ」


俺とマキがぼんやりとしていた時、一人の魔族が声を上げた。


「人間よ!! 人間が居るわ!!」


その声をきっかけに、賑やかで華やかだった街の住人達の、悲鳴が聞こえ始める。


「なんかヤバくない?」


マキがそう呟いた時には、俺たちは街の巡回兵たちに囲まれていた。


「お前たちを拘束する!!」


あまりに突然の事で、またお決まりな事で、俺たちは顔を見合わせつつも、抵抗はしない。

あっさりと手錠をはめられて連れて行かれた訳だが、その途中前を行っていたマキが振り返り、


「私、こういうの嫌いじゃないわよ」


と楽しげに言ったので、まあ……

どうせいつでも逃げ出せるというお互いの自信のせいで、緊迫感も何も無かった訳だ。


双子は何が何だか分からなかったようで、兵士達に連れて行かれる俺たちを不安げに見送っていた。







「牢屋って、私はじめて。……囚われのお姫様みたいね」


「何をのんきな事を言ってやがる」


「でも少し寒いわね」


暗い岩作りの牢屋。

それは王宮の地下にある牢屋のようだった。

俺は自らの上着を脱いで、マキにかけてやった。


「あら、気が利くのね。あんた、自分の空間から他の服取り出せるくせに……」


「アホか。見張りの居る所で、やすやすと魔法を使えるかよ」


「……それもそうね。あんたは寒くない?」


「俺は、寒いのには慣れている」


ついでに言えば、牢屋もどことなく懐かしい。


「……そう」


マキはぎゅっと上着を引き寄せて、身を小さくする。

なんだか少しだけ、彼女が弱々しく見えた。


「どうした、さっきまで楽しそうにしていたくせに」


「……いえ、そういえば、ここって魔法でできた空間よね」


「だろうな」


「私……魔法でできた暗闇って、少し苦手なの。なぜなのか……よく分からないのだけど」


「……」


額に汗の粒を作って、少しだけこわばっているマキ。

なんだろう。

そういう奴が、前にも居た気がする……


「そういえば、お前……前に持っていた槍はどうした」


「え? ここにあるわよ。これよ」


マキは手をこちらに差し出して、その指についている赤い石の指輪を見せた。


「これって変形自在なの。移動するときは杖になるから、槍状にしている事が多いけど、邪魔なときは基本これね。指輪……って、あれ、なんかこれ、光ってない?」


「……」


淡く光る、指輪の赤い石。

マキ自身、驚きを隠せないようだった。


「まるで、何かに反応しているようだな……」


淡い輝きは、俺たちをどこかへ導きたいかの様。

ただ、俺たちの居る牢屋に、誰かが近づいて来ていたようだった。

足音と、小さくベルの鳴る音が聞こえる。

それは、俺たちの居る牢屋の前で止まった。



「…………黒魔王様?」



ふわりと、甘い匂いが鼻をかすめる。

それは城下町にも漂っていた、柔らかい匂いだ。


顔を上げると、鉄格子の向こう側に、白いうす布のドレスを着た、足下まである長く淡いブロンドの美少女が立っている。

エルフ族の特徴として、耳が尖っていて長く、また新緑の色をした大きな瞳は、懐かしいかつての仲間のものだ。

手には、長く細い杖を持っていた。


「……アリスリーン」


「……」


名を呼ぶと、彼女は大きく目を見開き、一度ぐっと息をのむと、再び表情を崩した。

そして、止めどない涙を流す。


「く……、く、く、黒魔王さま……なの? う、う、うわあああああん。くろまおうさま〜〜っ!!」


彼女は天を仰ぐようにして大泣きし始め、周囲のお付きは戸惑いを見せ始めた。


「うわああああん!! ひっくひっく……ああもうっ、邪魔よお!!」


彼女は持っていた杖を地面に叩き付けるようにして投げ、再び大泣きし始めた。


「ア、アリスリーン?」


泣き虫アリス。

それが、かつての彼女のあだ名だったっけ……


「ええい、お前たちっ、なにぼさっとしているの!! この方を出して差し上げてっ!!」


アリスリーンはハッとして、牢屋を開けるよう兵士に命令していた。

兵士はやはり戸惑いながらも、牢屋の鍵を開ける。

きっと、彼女のこういった態度を知らなかったのだろう。


「あら……その子は?」


アリスリーンは涙を拭いつつも、マキの存在に気がつき、彼女を下から上までまじまじと見る。


「まさか……このような小汚い小娘が、今の黒魔王様のお方様という訳ではないでしょうね!?」


「……その長い耳を引きちぎってあげましょうか」


マキは沸々とわき起こる怒りを抑えているようだった。

俺は「そういう訳じゃない」と首を振る。


「こいつはなんと言うか……旅仲間だ。しかしアリスリーン、久しぶりだな」


「ええっ、ええ、黒魔王様!! ああ、なんて懐かしい……私は再び黒魔王様が復活なされると信じておりました。ええ、立派になって……っ」


アリスリーンはピョンピョン飛び跳ね喜ぶが、俺が黒魔王の生まれ変わりだという事はお見通しのようだった。


「……」


アリスリーン。

そう、エルフ族の長にして、永遠の少女。

グリメルと同じく、黒魔王よりずっと長生きだったが、彼女の率いるエルフ族がアイズモアに合流したのは、黒魔王の晩年あたりだったか。

少女が一族をまとめているのを見て、驚いた記憶がある。

落ち着きの無い所もあるが、懐が大きく頼りがいがあるので、俺は彼女を、どこかパワフルな親戚の“おばさん”のような存在と思っていた節がある……


そんな事言ったら、彼女に怒られそうだが。

感覚的には、そんな感じだ。







「アリスリーン、これはいったいどういう事だ?」


王座に通され、俺はすぐに問う。

アリスリーンは先ほどの取り乱した様子とは打って変わって、落ち着いた微笑みを見せる。


「黒魔王様、ここは魔族の王国ユートピア。ええ、アイズモアから分岐した国ですわ」


「アイズモアから……分岐?」


「黒魔王様の亡き後のお話をしましょう」


アリスリーンは王座に着き、杖についたベルをリンと鳴らした。


「黒魔王様亡き後、アイズモアの魔族は混乱に陥りました。ですが、様々な争いを経て、アイズモアは新生アイズモアとして新たな国づくりを始めます。……とはいえ、黒魔王様という絶対的な王を失った我々は、結局いくつもの派閥に分かれ、争いを繰り返します。それでもなんとか、魔族の国を維持し、人間から身を守っていたのです。……ただ、今から1000年前の事です」


再び、澄んだベルの音が王座の間に響く。


「北の英雄“青の将軍”により、魔族の一斉討伐が始まりました。種族、女子供関係なく、魔族狩りが始まったのです。……私、アリスリーン率いる魔族は、青の将軍が新生アイズモアを攻め入る前にあの国を脱し、この西の大陸に逃げ延びました。この大陸で生きていられるのか、賭けでもありましたけれど、魔族にとってこの大陸の高密度マギ粒子が、毒ではなかったのは幸いでした……しかし、新生アイズモアを攻略した青の将軍は、西に逃げ延びた魔族すら討伐するため、軍を連れこの大陸に踏み入ったのです。我々は、大陸中を逃げ惑い、そう……偶然的に、ある“不思議な空間”に辿り着きました」


「……まさか、“ここ”の事か?」


「ええ」


俺の問いに、アリスリーンは迷う事無く頷いた。

そして、俺たちを手招く。


「こちらへ」


王座の後ろに存在した隠し扉。

アリスリーンは俺たちをその奥へと連れて行った。


白い大理石の壁と床。緑色の絨毯が長く伸び敷かれている。

そのさらに奥には……あるものがひっそりと祀られていた。


「あれは……」


俺もマキも、言葉が出てこない。

琥珀色の結晶の中に留まるそれは、俺には見覚えがあるものでもあり、探していたものの“一部”でもある。


「あれは……“時空王の権威”の……柄?」


「ええ。その通り。あれは、黒魔王様の神器であった剣の柄です。おそらく、この空間を生み出し、維持しているものだと考えられています」


アリスリーンは祀られているその“柄”を見つめ、続けた。


「……そう。西の大陸の一部に広がる、青の将軍すら見つける事のできなかった空間。それこそが、我々魔族の新たな理想郷。私はここに、小さな魔族の国を作りました。長く虐げられて来た魔族が平穏を得る事のできる……ユートピア。この場所こそ、黒魔王様が残してくださった、私たちの安住の国“ユートピア”なのです」


アリスリーンは、この2000年を生きながらえ、見て来た惨状を思い返しているかのよう。

そんな、辛そうにも嬉しそうにも思える表情で、俺に向かって微笑んだのだった。



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