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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第六章 〜カウントダウン〜
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01:『 5 』トール、記憶の波間。

俺はトール・サガラーム。

かつて、黒魔王と呼ばれた男だ。



「……」


カツカツと、暗い道を歩む。

果てのない空間のあちこちには、俺の記憶を映し出すモニターが散乱し、意味も無く記憶を垂れ流している。

だけど、ある人物の存在が黒いもやに隠れて見えない。


そう。

ここは俺の、記憶の空間。


「……いた」


記憶の空間の奥に、頑丈に鎖が張り巡らされた、小さな扉があった。

この空間に似た色の扉と鎖で、それが何なのか分かりにくいけれど……見つけた。


「あら……こんな所まで、ご苦労な事ね」


扉の前には、まるで門番のように立つ少女が一人。

赤い髪、赤いドレス、赤い……何もかもが、“紅”の少女。

生意気そうな大きな瞳は、じっと俺を見つめている。


「マキア」


「……名前は、知っているのね」


「お前はマキアだな」


「ふふ、そうだけど、そうじゃないかも」


少女は不敵に、クスクスと笑っていた。

秘密めいた笑みが恐ろしくもある。

彼女が笑うたびに、周囲にはびこる真っ赤な茨が、のびる。


「この先に行きたいのなら、私を倒す事ね」


「……元から、そのつもりだ」


俺は剣を抜き、構える。

目の前の“マキア”を倒すために。


彼女の命令魔法を打ち砕くために。










「……っ」


目を覚ました時、襲いかかってきた体の痛みは、まさに空間魔術の弊害。

魔導要塞を構築した訳ではないが、記憶を管理しているナイーブな場所で、激しく力を使ったからだろうか。


今日もまた、“マキア”に逃げられた。


「あいつ本当に逃げ足が速いよな……」


息を整えた後、一人勝手に呟く。

一度逃げられたら、マキアの記憶を封印している扉すら、別の場所に移動する。

そうなったら、また扉を探さなければならない。


「……キュッ」


俺の足下によちよちとやってきたのは、黒い小さなドラゴン。

青い瞳が、俺を労るように見上げる。


「ああ、グリメル。今日もマキアは手強かったよ」


グリメルの顎を掻いて、抱き上げる。

俺はある巨木の根元に座っていた。


ここは森の中。

人の手がほとんど入らず、異常なまでの高濃度マギ粒子により巨大化した森。

苔むした大地は、ヴァビロフォスの聖地を思い出す。


そう。俺は今“西の大陸”に来ていた。

昨日、辿り着いたのだ。


「荒れ果てていると思って来たのに、大地の再生している場所もあるようだ……グリメル、今日はこの森を越えてみよう」


「……キュッ」


グリメルは俺の言葉を理解し、頷いた。

すると、体は青い筋をいくつも光らせて巨大化し、グリメルは立派なドラゴンとなった。


グリメルの命で作られたラクリマを素材に、こいつは俺の空間魔法で構築されている。

いわゆる圧縮造形空間だった。こいつの体に、肉は無い。

ただ、肉体の質感を与えられている空間。


「黒魔王様、まだ少しお休みになった方が良いのでは……?」


グリメルは巨大化すると喋る。

俺はこいつの背に乗って「時間はない」と告げる。


「一刻も早く、“時空王の権威”を見つけ出さないといけない。あれが無いと何も始まらない……」


「そうは言いましても、手掛かりも無い大陸全土から探し出すのは、至難の業。時間がかかるのも仕方がありません」


「……まあそうなんだが」


グリメルは正論を言う。

こいつは2000年前からお袋体質だ。



飛び立ったグリメルの背から見下ろす、この大陸。

かつて、紅魔女が焼き払った大地。


俺の居る森は南よりの海岸線に広がっているものだが、やはり中心部は荒野が続いているようだった。


「……?」


森の上空を飛んでいた所、ぽっかりと穴が開いたように見える広場があった。

俺はめざとく、その広場の中心に倒れている者を発見。

西の大陸に住んでいる者など居るのかと驚き、俺はグリメルに指示をして降下させた。







薄汚れたローブを羽織って、倒れ込んでいる人物。

その脇に降り立ち、そいつが誰だか分かった途端、俺は喜びと同等の呆れを感じた。


「……マキ」


4ヶ月ほど前の事になるか。彼女と別れたのは。

マキは以前より少し髪を伸ばしている。それこそ、俺の記憶の中で出会う“マキア”と近いほど。

その髪をあちこちに散らかし、伏せている彼女は、その人差し指を苔むした大地に伸ばして「SOS」と書いていた。


「おい、マキ」


惨めな彼女を抱き起こすと、何があったのか彼女は半分魂の抜けたような表情をしていて、真っ白になっている。


「………はれ……トールが見える……わたしとうとう、幻覚をみるようになっちゃったのね……」


「意識はあるのか」


「あ、とーるがしゃべった……おむかえにきてくれたの?」


「……」


「わたし死ぬまえにおにくたべたい……レモンケーキもたべたいなあ」


「……こいつ」


さすがにヤバそうだと思って、すぐに木陰に連れて行った。


ただ、レモンケーキか。

何だっけ。とても懐かしい甘い匂いを思い出しそうになる。







どうやらマキは極度の空腹で行き倒れていたらしい。

以前、フレジールとシャンバルラの国境あたりのオアシスで、こいつと初めてであった時も、腹を空かしていたな。

さすがに行き倒れるほどじゃなかったが……


「しかし危ない奴め。こんな所で行き倒れても、誰も助けちゃくれないだろうに……俺がたまたま見つけなかったらどうなっていた事やら」


「……あれ〜……幻覚のとーるがお肉焼いてる……」


「だから俺は幻覚じゃない。実物だ」


マキが目を回しながらも、手を伸ばす。

肉を焼く匂いには敏感に反応しながらも、俺の服の裾を引っ張る。


「ちょっと待て、まだ生焼けだ」


全く。

本当にこいつは行き当たりばったりな馬鹿だな。


「うぅ〜トール〜」


「だからまだだって」


「……トール〜」


「……」


現実と幻想の区別もついていないマキが倒れたまま俺にしがみついて離さない。

流石に、俺よりずっと早くにこの大陸に踏み入っただけあり、人肌が恋しくなっているのだろうか。


やはりまだまだ若い娘だなとほっこりしたのもつかの間、彼女は肉汁のしたたる音と匂いに覚醒して、ガバッと起き上がると、肉を焼く俺の手から肉を奪って食い荒らした。

その姿は形容しがたい……





「ほお〜。食料が尽きて、フレジールの巡回艇から物資を送ってもらおうにも通信機を無くして、森で奇妙なキノコや植物を食べていたけれど腹を壊し、何も食べていなかったらこうなった……と」


「うん」


「お前、馬鹿だろ」


「……う、うん」


体力を回復したマキは、俺の前で小さくなって、今もパンをかじっていた。

俺の食料なのだが。


「だってだって、あんたみたいな便利な空間なんて、私には無いのよ。鞄一つ分でいっぱいになっちゃうのよ。だけど鞄一つ分の食料なんて、すぐに食べちゃうわ」


「……それなのに、よくもまあ無計画で、単身この大陸に乗り込んだものだ。それを指示したシャトマ姫も大概だが」


「私なら何とかなると思ってる節があるもの、あの子は」


「だろうな」


まあ確かに、マキは世界の法則により救世主とされる娘。

無計画故の餓死などという死に方は許されないだろうけれど……


満腹になったのか、彼女はふうと息を吐いてまったりとしている。


「それにしても、トールも西の大陸に行くように命令されたの? 私、通信機無くしちゃったからフレジールとも連絡が取れなくて、何も知らなかったけれど」


「……そもそも、通信機をどこで無くしたんだよ」


「いや……元々あまり使い物にならなかったんだけど、海辺や高い所ならなんとか使えたの。ただ、高い木の上でかざしていたら、落としちゃって。そのままどっか行っちゃった」


「……」


マキはそれを、たいした事じゃないかのように言った。

確かに、西の大陸には魔導回路のシステムタワーも無く、ルスキア王国やフレジール王国との連絡手段は限られる。

古いタイプの通信機器だと、中央海を巡回しているフレジールの飛行艇との通信が可能なのだが。


「それにしても、グリメル復活しているのね。びっくりだわ、小さくなってる」


「……キュッ」


小さなグリメルがそこら辺をヨチヨチと歩きながら、つぶらな瞳をきらきらとさせ鳴いた。


「ちゃんと大きくなるぞ。乗り心地の良いできたドラゴンだ」


「あんたの空間で、つくったの?」


「そうだ。……連邦がグリメルの命から作った、ラクリマを利用してな」


「……そう」


マキはそれ以上何も言わないし聞かなかった。

ただ、グリメルを両脇から抱えて、抱きしめたり頭を撫でたりしているだけ。

おいおい、ぬいぐるみじゃないぞ。

大人しいグリメルはされるがまま。


「なあ……マキ」


「なあに?」


「これから、一緒に旅をしよう。お前、一人だと何も食うものが無いだろ?」


「……でも、私とあんたの目的は違うわよ」


「それでも、お互い助け合えば、もしかしたら一人でやるより早く目的が達成できるかもしれない。そもそもお前、目的がどうとか言う前に行き倒れて死にかけていたくせに」


「うっ」


マキは図星を指されて、それ以上反論も無く、一度唸った後頷く。

だけど俯いた口元は、少しだけ笑っているようにみえた。


俺は少しばかりホッとする。

いつも勝手に現れて、勝手に居なくなるマキ。

今度こそ側で、見守りたい。


おそらく、“マキ”と共に居る事が、“マキア”に近づく一番のヒントになるだろうから。





そう。俺とマキは再び出会い、ただ二人だけで旅をした。

俺たちの運命が集約している、この西の大陸で。




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