*透、バレンタインと持つ者、持たざる者。
2話連続で更新しております。(2話目)
ご注意ください。
バレンタイン特別外伝です。
俺は透。
幼稚園児である。
入園してから随分と経った。
夏を越え、冬を過ごし、そしてこの日がやってきたのだ。
バレンタイン……
そう、俺は今まで、この日をそれほど意識した事は無かった。
何しろ、集団生活を始めたのが幼稚園からであるから、いわゆる不特定多数の女子が俺に対して関わりを持つ事が無かったのだ。
幼稚園児だからと言って、侮ってはいけない。
女児であれ、彼女たちは女だ。
子供であるからこそ、そのイベントには特に憧れがあり、園児の中では大人びた俺や、道行けば女児と間違えられる由利なんかはチョコレートをあげたい対象になったりする。
要するに何が言いたいかと言うと、俺たちは持つ者……持てる者……
ぶっちゃけるなら、モテモテである。
この日は、歩くだけでチョコレートがくっついてくる、というレベルで女児が俺たちを囲むので、この事に酷く嫉妬したのはマキだ。
別に俺たちが女児と戯れているから嫉妬したのではない。
無償でチョコレートを沢山貰える俺たちを、恨めしく思ったのだ。
だけど何に思い至ったのか、喜びもしたようだった……
「スタンダップ」
「……」
マキは、このサバイバルデーを乗り越えるために、さくらぐみの端っこに囲いを作って篭城していた俺たちの元へやってきた。
そして、いきなり立つように命じたのだ。
俺たち、素直に立ち上がる。
「飛んで」
「は?」
「飛び跳ねて」
マキの命令口調には、妙に力がある。流石元命令魔法の使い手……
俺と由利はお互い顔を見合わせながら、その場でピョンピョンと飛ぶ。
バラバラバラ……
あ!
スモックのポケット、ズボンのポケットから、チョコレートがっ!
「わあああっ、凄い凄い! チョコレートのなる樹だわ!」
「お前、俺たちをいったい何だと……」
落ちたチョコレートに飛びつくマキ。
俺は彼女の首根っこ辺りのスモックを掴んで、「こらこら」と引っ張る。
「お前な……そりゃあ食べきれないし少しはやらん事も無いけど、せめて人目の無い所で……」
「そうだよ。せめて誰から貰ったのかチェックしておかないと。お返しが出来ないよ」
「……お前の所のお返し凄そうだな」
そう。
ホワイトデーと言うものがある。
バレンタインでチョコレートを貰った男子は、相手にお返しをあげなければならない。
そもそもバレンタインデーもホワイトデーも、企業が商品を売る為に巧みに作り上げたイベントである。
俺や由利はそれに大きく貢献する事になろう。
モテる男は辛い、というのはあながち間違っちゃいない。
まあ園児の間は、辛いのは母親だったりするけど……
この頃になると、俺たち3人の関係は周知の事実であり、いつも一緒に居るからか母親たちも関わり合う様になり、しだいに仲良くなっていった。
この日、たまたま由利の家で母親たちがお茶会をする事になっていた。
俺たちはその間、隣の座敷でこそこそと貰ったチョコレートを数えていたのである。
「ははあ〜……やっぱり透君には敵わないなあ」
「数の上では、な。だけどお前の方が本気度が凄い」
女児たちの健気な思いを数で計る事など出来ないが。
ありがたいと言う思いはあれど、やはり元魔王の俺たちにとって、そのチョコレートは、チョコレートという食い物でしかなかった。
「あんたたちのチョコレートは私のもの。私のチョコレートは私のもの」
「……」
マキがジャイアニズムを発揮して、俺たちのチョコレートを狙っている。
誰から貰ったのかチェックした後、流れ作業の様にマキの元へ行くチョコレートたち。
マキが乱暴に引きちぎる包み紙やリボン。
ああ……健気な女の子たちの思いが……
「まあ落ち着いて食べなよ、マキちゃん」
「うん」
頷きつつも、マキは頬を膨らませ、もぐもぐと。
まるでハムスターの様だ。
「美味いか?」
「うんうん」
「食ってるときは素直だなあ」
コクコクと頷くマキの、愛らしい事。
俺たちのチョコレートを当たり前の様に横取りする様は憎らしいが……
マキの母親や父親は大変だな。
こんな大食いの女児を養っているのだから。
幼稚園のランチタイムを見ていると分かるけれど、だいたい園児くらいの子供は食べる事より遊ぶ事の方が大事で、昼食の席でも食べる事に飽きて、平気でそこらを駆け回ったりする。
ちゃんと食べなさいと先生が言っても、聞く事も無いのに。
俺と由利は、チョコレートを食べる事に集中しているマキを放っておいて、チョコレートをくれた女児の名前と顔を一致させる作業に移った。
あの子だよ、ほら、あの子と良く一緒に居るあの子、みたいな。
「そう言えば、マキちゃんは僕らにくれないの?」
由利がいきなり、だがおそらくあえて、地雷を踏み抜きに行った。
俺たちの間に電流が走る。
「……」
ハート形のチョコをかじっていたマキの手が止まった。
そして、眉間を寄せた後、一時の沈黙。
しばらくして、しぶしぶといった様子でポケットから何かを取り出す。
四角くて小さい、チョコレート。
マキはそれを一粒ずつ俺たちに投げた。
「私のおやつだけど……ま、いいわ。あげる」
「……」
「おやつだったんだけど」
ツーンとした様子で、そんな事を言うマキ。
おやつだったを強調するも、俺にビターチョコ、由利にホワイトチョコを与えている辺り、ちゃんと用意してたんだろうなと思わされる。
凄いツンデレを見た……
「ギリだから、ギリギリの義理チョコだから」
「そこまで言わなくても分かってるって」
「だいたい貰ったチョコレートを惜しみなく他人にやる男たちに、チョコレートをあげたくないけど……」
「それを食ってるのがお前なんですけどねえ……ま、どうも」
言い合いつつ、流石にマキからもらったチョコレートはその場で食べる。
バレンタインらしからぬ、どこにでも売っているチョコであるが、まあせっかくマキさんがくれた義理チョコだからな。
由利も包み紙を開け、一口で食べる。
「ありがとう、美味しいよマキちゃん」
ニコリと笑って、ちゃんとお礼を言う辺り、やはりこいつは園児にして紳士。
「……ふん……お返しは、10倍返しよ」
マキはというと、照れくさいのか俺たちに背を向け、もくもくとチョコレートを食べ続けていた。
その丸く小さな背中を見つつ、俺と由利は「やれやれ」と肩を上げ、こっそりと笑ったものだ。
それからマキは、毎年の様に、その小さなチョコレートを一欠片だけ俺たちにくれる。
それ以上もそれ以下も無く。
彼女は、俺たちから沢山のチョコレートを奪い、一欠片のチョコレートを投げ与え、ホワイトデーの10倍返しをねだるのだ。
でも分かっている。
彼女の一欠片の愛情は、きっと誰より大きなものだ。
素直じゃ無いが、そう言う所もまあ愛嬌の一つなのかもしれない。




