*透、地球で再会する。
3話連続で更新しております。
ご注意ください。
俺の名前は斉賀透。幼稚園児、ねんちゅうぐみ。
前世では北の黒魔王と呼ばれ恐れられていた存在だったが、あっけなく勇者に殺され、別の世界に転生した。
地球……日本の、東京って所に。
天心幼稚園というのが、俺の通う幼稚園だった。
地域に根付いた寺に付属していて、園長先生がお坊さんの、よくあるタイプの幼稚園だ。
まだ世の中の何も分かっていない様なクソガキ共に囲まれ、退屈な日々を過ごす。
この世界に、メイデーアでの俺の事を知っている者は居らず、誰もが地球に生まれた“斉賀透”という子供を相手にする。
その子供扱いが、子供だからという扱いが、俺には耐えがたいものだった。
勇者に殺されこんな所に転生してしまったと言う事実が、いっそう腹立たしさや虚しさを増す。
「ねえとおるくん、とても難しい本を読んでいるのねえ。たまにはお友達とお外で遊びましょうよ。みんな鬼ごっこをしているわよ」
幼稚園さくらぐみの真弓先生が、入園から数日、一人で居る俺の事を気にかけていた。
俺はこの世界の建築物に関する本を読んでいたのだが。
「……かくれんぼをしても、俺が鬼になれば全員を見つけられるし、俺が隠れれば誰にも見つけられない。つまらないので」
「……」
「この世界の歴史を学び、建築物の写真を眺めていた方がよほど有意義だ」
「……と、とおるくん?」
「先生だって、子供に合わせて歌ったり踊ったり……本当はくだらないと思っているんだろう」
「ととと、とおるくん……???」
スモックを着た園児の達弁と眼光に、先生は思わず後ずさった。
そう、この時の俺は園児ながらに尖っていた。
また毎日を鬱々と過ごし、前世への未練と勇者への憎しみを抱き過ごしていた時期でもある。
若い新人先生だった真弓先生の心労は計り知れなかっただろう。
「ねえ、君もしかして……」
だが、そんな俺の前に現れた一人の園児が、俺の毎日を変える事になる。
「もしかして、黒魔王?」
「……お前」
園児にしては落ち着き払っていて、日本人にしては髪や肌の色素の薄いそいつを、俺は一瞬、見ただけで誰だとは分からなかった。
男児か女児か分からねーな、という疑問だけで頭を悩ませていたのだ。
「僕だ……白賢者だよ」
そう言った時のそいつの表情は、一言で言うなら何とも複雑そう。
声は喜びすら感じられるものなのに、こんな所で因縁の相手を見つけてしまった歯痒さと、元の世界の者に出会えた興奮が、同時に見受けられるものだったのだ。
「まさか……まさか、白賢者、お前までここに転生したのか?」
「ああ。やっぱりそうだったんだね。君、黒魔王なんだ……」
「同じ…さくらぐみなのか?」
「そうだ。すぐには気づけなかった。……あんまり、小さくなっているからね。前世の威厳はどこへやらという感じだ」
「それはお互い様だろう」
妙な事もあるものだ、と思った。
前世では争いを続けていた白賢者と、こんな所で再会する事になろうとは。
「ここに居ると言う事は、君も“勇者”に殺されたのかい」
「そう言う事だ」
「……そうか」
吐き捨てる様に肯定した俺とは裏腹に、白賢者は園児らしからぬ憂いを込めた表情で俯く。
「不思議な事もあるものだね」
「……最悪な結果だ」
「仕方が無い。ここはメイデーアではない様だから、この世界のルールに従って、
もう一度子供から生き直していくしか無いよ」
「……」
流石は賢者様。すでに悟っている様で。
彼の名前は由利静。白賢者様の生まれ変わりである。
あんなに憎らしかった白賢者が、この時の俺には救いの神の様に思えた。
昔、こいつが煩わしくて「白ハエ」って言ってたのに。
俺たちは敵同士のはずだったが、前世の様な魔力も無く、こんな小さななりで争う事が出来るはずも無く、それ以前に、そのような元気すら無かった訳だから、出会った後は自然と一緒に居ることも多くなっていった。
そう。何もかもを終えた隠居のジジイ二人といった雰囲気をかもしていたに違いない。
何度も前世の事を語り、お互いがどのような状況で最後を迎えたのか確認した。
何より“勇者に殺された”という共通の意識が、妙な共感を生んでいた。
「ねえ透君、それ何!?」
砂場であるものを作っていたら、由利が仰天した声を上げた。
「モン・サン・ミッシェルだ。フランスの世界遺産だぞ。どういう設計なんだろうと、昨日一晩写真を見ていたから、思わず」
「凄いねえ。アートだ……園児がこんなクオリティの高い砂遊びをしているなんて、先生たちはいっそう恐ろしがるだろうね」
俺と由利はクラス内にばかり居たら先生に叱られるので、しぶしぶ砂場へ出る事があった。
園児たちの遊びの中で、俺と由利が真剣に取り組む事があったとすれば、それは砂場遊びと積み木遊びと、トランプゲームと、パズルゲーム。
由利は園内で飼育されているうさぎや鶏の小屋を良く見に行っていた。
それは白賢者だった頃の精霊たちを思い出しているからか、元々動物の世話好きなのか分からないけれど。
幼稚園には弁当持参だが、俺の親は共働きで忙しく、適当な母が園児の俺にコンビニのおにぎりを持たせる事は良くある事だった。
俺は別に構わなかったのだが……だって料理下手なお袋の飯よりずっとコンビニのおにぎりの方が美味いし。
ただ、由利の弁当は凄まじかったとしか言えない。
何その重箱ってレベルで、中身もどこのデパ地下の惣菜詰めてきたんだよと言う豪華なおかずが詰まっていた。
当然、園児の由利がそれを全部食べられるはずも無く、俺はおかずを貰う事もあったっけ。
ある日、白賢者がふとした疑問を投げかけた。
「ねえ透くん、紅魔女はどこに居るんだろうね」
「……紅魔女かあ」
居たなあ、紅魔女。
前世の事を思い出しながら、俺はと言うと、さっきから一生懸命碁盤を見つめている。
由利が家から持ってきて、ルールを教えてくれたのが囲碁だ。
こいつとの囲碁は、地球で得た初めての娯楽と言っても良い。
「僕らが地球に居るのだから、彼女もこの世界のどこかに居るんじゃないかな」
「……探そうってか?」
「彼女の事だ。きっと僕らの様に、何の力も持てないこの世界で、前世の記憶だけ引きずって虚ろに生きているに違いないよ。何だかかわいそうに思ってしまう……」
「そうは言っても、俺たちは所詮園児だ。行動できる範囲なんて限られている。それに最近世の中は物騒だ。園児が二人でうろうろすることすら許されない」
「……確かにねえ」
パチン、と碁石を打つ音が、さくらぐみの教室の隅っこで響いた。
当然、碁石はいつも俺が黒で、こいつが白。
当たり前だな。
まだ由利の方が強いんだけど、そのうちにこいつに一矢報いたいと思って俺も今猛特訓中なのだ。
そう。
俺と由利がさくら組の隅っこで碁盤とにらめっこしていた時の事だ。
悪ガキ共に何度も碁盤をひっくり返された事があるので、ちょっとでも目の端に何か映ったら注意するクセが出来ていた。
だが目の端が捕えたのは、明らかにこちらを意識して、ずかずかとやってくる誰か。
それは先生程大きな歩幅ではないが、園児よりずっと大人びた足取り。
流石に顔を上げた所、赤みのある柔らかい黒髪を赤いボンボンで飾った女児が、由利の背中越しに俺たちを見下ろしていた。
「……あああっ」
由利の時と違って、そいつの事はすぐに分かった。
思わずその女児を指差す。
「紅魔女!!」
俺の声に驚いて、由利も振り返る。
女児はその名を呼ばれるといっそう不機嫌そうな顔をした。
「……」
しばらくの沈黙。
紅魔女と思われる女児はしだいにムーッと頬を膨らませ、何が気に食わないのか俺たちの遊ぶ碁盤を睨んでいた。
「お、おい紅魔女……」
何か言葉をかけようと思った時、彼女は俺たちの碁盤の上の碁石をわしゃああっと混ぜこぜにして、嵐の様に去っていった。
「……」
「……」
俺と由利、一時ぽかん。
お互いの顔を見合わせて、首を傾げたり唸ったり。
「あれは紅魔女だったよな?」
「うん。そうだと思うよ」
「あの反応はなんだ? なぜあいつは顔を合わせた所からキレてたんだ? ろくに挨拶もしないで」
「……何かが腹立たしかったんじゃない?」
はて?
なにやら分からん。
「スモックを着て髪にボンボンをつけた、見た目こそそりゃ愛らしい女児だ。だが中身は“あの”紅魔女なんだよな? ババアだよな」
「……その言い方だと、僕らだって大概のジジイだけど」
「いつもの紅魔女だったら、達者な嫌味を言ってくるだろうって意味だよ。なのにあいつ、むすーっとして碁石をめちゃくちゃにしやがって。あーあ、良い所だったのに」
「あはは……」
由利は碁盤から溢れた碁石を拾いながら笑った。
「あいつ、別のくみに居たって事か?」
「そうだろうね。チラッと見た名札には“うめぐみ”って書いてたよ。隣だね」
「うめぐみかよ」
何となく、らしいなと思った。
あいつは桜って言うより梅って感じ。別にババクサいとかそう言う話じゃ……ないはず。
こそこそと“うめぐみ”を覗いたり、そこの園児に声をかけたり先生に媚を売ってみたりして、あの紅魔女の事を探ってみた所、彼女の名前は“織田真紀子”だと判明した。
彼女はいつもツンケンしていて、友達らしき友達も居らず、暇つぶしにいじめっ子男児をいじめ返し泣かす遊びをしているようだった……
それで、ついたあだ名が“あばれんぼうマキちゃん”らしく、俺と由利はお互いなぜか肩を竦めたっけ。
俺たちですら真っ青な問題児だったんだから。
彼女は俺や由利を完全に敵視していて、出会う度に威嚇してくる。
いったい彼女はどうしてしまったのか。紅魔女だった頃の嫌みったらしさも余裕も無く、やけくそ感だけを感じる。
いや、彼女の気持ちは痛い程分かるが。
だからこそ、俺と由利がそうだったように、この世界では前世の関係は置いといて、とりあえず同盟でも組もうぜと言いたかった。
そうでなければ、やってられないだろう。
何が楽しくて周りの園児に合わせて歌って踊って、わざわざ子供らしくふるまわなければならない。
だけど、彼女はこの頃、なかなか俺たちに心を開かなかったのだ。
シャーシャーと鳴く、まるで人に慣れてない子猫の様に、威嚇してばかりで。