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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
265/408

fin:トール、墓前で。

7話連続で更新しております。

ご注意ください。


最新話は「25:マキ、シャトマ姫と入浴する。」からとなっております。






突然、俺の前に現れたマキ。

そして前触れも無く消えたマキ。

彼女と出会って、共に過ごし、俺は自分の底に眠る何かに気がついたのだろう。


そう、マキア・オディリールという存在への興味。

俺の中に封じられている、彼女の記憶への興味を。


俺は何となく、悟っている。

予感がしている。

“マキ”は、“マキア”なんじゃないだろうか、と。


当然、マキアが死んだ事は事実なのだろう。

理屈っぽい俺は、マキアが死んだ事実とマキが存在する事実のせいで、二人を繋げる事を無意識に避けていたが、今になって、そんな理屈はおそらく邪魔でしかないと気がついた。


ただ単純に、感覚的に、マキはマキアなんじゃないだろうか、と思った。

マキアに関する記憶も無く、容姿も性格も分かっていないのに。


だったら、確かめにいこう。

マキアと、マキ、俺を繋ぐものを。






ルスキア王国に戻ったこの日、俺は教国でユリシスとスズマの“再会”と言うものを見ていた。

ああ、スズマはそうだったんだ。白賢者の前世の息子だったんだ。

ユリシス、良かったな……


だけど、思考がいちいち途切れる。

とても心に迫る光景のはずが、“誰か”の存在を忘れているせいで、なぜか一枚壁を挟んだ遠い世界の事の様に思えた。

ぼんやりした感覚のまま、俺は廊下の向こう側を見やる。

今まで俺が、行こうともしなかった場所へ、足が勝手に向かおうとするのだ。


「……そちらへ、行くのですか?」


小さな声が、俺を一度引き止めた。

脇に居たレピスの言葉だった。

彼女は基本的に言葉数が少なく、存在感を出来るだけ消して居るから、声をかけられた時は少なからず驚かされた。


今まで俺が行こうともしなかった場所。

そして、誰もが俺を遠ざけた場所。

そこへ行こうとしている俺を、彼女は止めようとしているのか……


「いってらっしゃいませ、トール様」


だけどレピスはただ悲しそうに微笑んで、頭を下げただけだった。

彼女は予想外にも、俺がそこへ向かう事を止める気はない様だ。


「……ああ」


それだけ答え、俺は一人廊下を進み、教国の奥の間へ向かった。








この黒い扉を開き、下っていくのは本当に久々な気がする。


この先に、“真理の墓”と呼ばれる、地下庭園があるのは分かっている。

大樹が存在し、魔王クラスの棺があるのは分かっている。

だけど何か大切な事を忘れている気がしてならない。


俺とマキアはそれほど共有する時間が多かったと言う事だろう。

俺の行動、思考には、マキアが絡んでくる事が多かったに違いない。

だからこそマキアが消えてしまって、俺のほとんどが曖昧になった。


そう。今やっと分かった。

マキアの存在が記憶から消えたら、俺なんてほとんど何も残らないんだ。


……それでも良かった。

目の前の事だけを考える事が出来たし、無駄な感情を抱える事も無かったから。

そうだ。苦しくなかったんだ。


「……」


階段の途中、神話の壁画が並べられているフロアに出た。

昔、このフロアから、隠し部屋の様な場所に転移させられた事があったっけ。

そう言う事は覚えてるんだよな。


「三女神の壁画……確か、林檎の部分に術式が組み込まれてたんだよな」


そっと、その壁画に描かれた林檎の樹の、その一つの実に触れた。

だけどもう何の術式も感じ取れない。

エスカの奴が、仕掛けを変えたんだろうな。


この仕掛けを見つけた時、そもそも俺は何の為にここへきたんだっけ……


「記憶が無いと言う事は、マキア関連か……」


今ではもう、そう思える。

“空白”こそが、彼女の居た証だ。








静寂と、清浄。

上り立つほどのみずみずしい空気に、俺は息を長く吸って、吐いた。

中央にある大樹の根元に、魔王クラスの一つ前の時代の遺骸が収められた、棺がある。

苔むした大地を踏みしめ、一歩一歩進む。

少しの恐れもあれど、心は落ち着いている気がしていた。


「……」


まっすぐ歩み、一番最初に辿り着いたのが、きっと彼女の棺だと思った。

だって、その棺の中では、真っ赤な髪が水の緩やかな流れのまま揺れ、蒼白の美しい顔をなぞっている。

本当に、ただただ寝ているかの様な少女が、そこには収まっていた。

真っ赤なドレスは、まさに彼女の為だけにあつらえた様に似合っていている。


なんて美しい少女だろう。


「……マキア」


ポツリと、その名が出てきた。

瞬間、今までの落ち着きが嘘の様に、足下から上ってきた痛み。

襲ってきた悲しみ。

それはまるで、黒くかさついた影の様に、俺を焦がす。


「……っ」


止めようが無かったのは、涙だ。

それは自分の感情より先に出てきた。


お前が、マキアなのか……

この涙が、マキアへの思いなのか……


俺は、なぜマキアが俺の記憶を封印したのか、当初全く理解が出来なかった。

何でこんな事をしてくれたんだと、憎らしくはあったけれど、それ以上でもそれ以下でもなく。

だけど、やっと分かった。


この苦しみを、痛みを、彼女は俺に味合わせたくなかったんだ。

こんなにこんなに寂しくて、悲しい思いを。

俺がこれに、長く耐えられるはずも無いと、彼女は良く理解していた。


「マキア……マキア……っ」


崩れ落ちるままに、地面に膝をついて、震える手でガラスの蓋を撫でる。

棺の縁に生えた、緑色の若草、白い小花を握りしめ、俺はただ息を殺す様にして泣いた。


記憶など無くても、体が覚えている。

彼女が自分にとって、いかに大切な存在であったか。


そうでなければ、こんなに苦しいはずも無い。


暗い暗い、水の底に引きずり込まれそうな程の絶望。

暗い暗い、自分の記憶の底から伸びる、その手に引き込まれそうだ。



『トール……』



ふっと、知らないはずの女の声がした。

多分それは、マキアの声なのだろう。


暗闇で転げて、泣きそうな顔をしているドレス姿の赤髪の少女のヴィジョンが脳裏をよぎる。


彼女は誰かから逃げていた。

逃げていたのに、その暗闇がとても怖い様で、転んで、動けずにいたのだ。


誰から逃げている?

俺から?


なぜ?


俺が記憶を追い求めているから?


「……」


その時、俺は自身の中にある“マキア”の魔法に気がついた。

マキアは意図的に、俺の記憶の優先序列を書き換え、命令を施している。

意識しない様に、思い出さない様に、その記憶に鍵をかけて、一番下に隠している。


マキアの顔を知ったせいか、俺はそれを、いとも簡単に見つけ出したのだ。


「……見つけたぞ」


彼女の魔法の鱗片。

俺が、マキアを思い出したいならば、やる事はただ一つだったのだ。


“マキアを、倒す”


マキアの命令を打ち砕き、魔法を解除する。

俺の膨大な記憶は空間データ化され、緻密に管理されているから、俺がそこへ行く事は不可能ではない。


可能性はある……と考えた時、ふと頭をよぎった事がある。


果たして“トール”は、“マキア”と戦い、勝った事があったんだろうか?


分からない。

だけど、俺はこの棺の中に居る少女と、“紅魔女”と、良く喧嘩してたんじゃないかと思うんだ。


おそらくそれは、憎しみや恨みにまみれた戦いなんかじゃなくて、単純に心ときめく、楽しい事だった……

お互いを良く分かりあえる程に自分を晒し、喧嘩しながらも長い時間を共有したのではないだろうか。


そのくらいしなければ、“格好付け”の俺が、彼女を失い“悲しむ”はずだと思えるはずも無い。

俺の弱さに、気づくはずも無い。

知りようも無い。



「なあ……そうなんだろう、マキア」



ゆっくりと立ち上がり、もう一度棺の中のマキアの顔を確かめ、問いかけ、大樹の真下から広がる枝葉を見上げた。


目の前が滲んで、きらきらと揺れる。

それは緑色の万華鏡の様に思えた。







もう章終わりは連続投稿ばかりで、いつもの事ながら申し訳ありません。

皆様、お疲れさまでした。7話も読んで頂き、ありがとうございます。

これにて、第5章は完結となります。(少しだけ+αを更新するかもしれません)


今までより短めの章で、問題提起的な、繋ぎの様な章でしたが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいなと思います。


さて、今後の予定ですが、2月は主に地球の番外編(園児編)を書きつつ、次章の為の準備のお時間を頂ければと思っております。

その間に、今までの更新分を少々手直しさせて頂きます。

なので、第6章本編は3月からの更新になりそうです。

どうぞよろしくお願いします。


第6章は、永きに渡る黒魔王と紅魔女の戦いの決着やいかにー?

1000年前の戦いの真相はー?

という感じにしたいですが、予定は未定です。

いつも告知から大幅に逸れてしまっている気がします……


ではでは、今後とも「俺たちの魔王はこれからだ。」をよろしくお願い致します。



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