29:トール、巨兵の存在意義。
7話連続で更新しております。
ご注意ください。
出た被害と言えば、王宮の南本殿が崩れ落ちた事くらいで、王都には特に目立った被害は無かった。
シャンバルラの王族は皆自害が確認されており、国王の身柄はいつの間にやら黒の幕に捕えられていた。
やはり国王は、青の将軍だった様だ。
奴を捕えた経緯について、詳しい事はシャトマ姫には教えてもらっていない。
シャンバルラ王国は元々、白魔術の錬金魔法が盛んな国で、ガロン通りの様な魔術研究特区があったほどだったが、王宮の地下工場は、それに黒魔術を合わせた、より口外できない禁忌の錬金魔法の研究が行われていた場所だった。
地下牢なんかを見る限り、どのような研究が行われていたのか、あまり知りたくないものだ。
ただその研究や場所に目を付けられ、連邦に利用され、今回の巨兵開発が行われたのだと考えられている。
フレジールはこの戦いを全て記録し、シャンバルラ王宮が隠して開発していた超魔導遊撃巨兵ギガスを破壊したとだけ、国内国外に通達。
今まで例の無い異例の巨兵として、この知らせは世界を震撼させた。
連邦の脅威が、ただの表向きの侵略以外に、各国の内部にまで及んでいるのではないかと。
今回の巨兵は第35号とされ、これを破壊してしまった事に関して、シャトマ姫は俺を咎める事は無かった。
「……」
レジス・オーバーツリーに内蔵されている、管理空間の一つに、ポツンと置かれた青いラクリマを眺めていた。
ラクリマに触れ、撫でると、それはまだ内に秘める僅かな魔力を浮き上がらせる。
「神妙な面持ちだな、黒魔王」
「……シャトマ姫」
いつの間にやら、背後にはシャトマ姫が佇んでいた。
「そなたの黒竜が素材となったギガスだったようだな」
「……グリメルという、賢い奴だった。魔族とは言え、俺よりずっと長生きで、物知りで。……黒魔王の時代、俺はこいつに頼っている部分も多くあった。だけど、案外甘えたがりで……可愛い奴だったよ」
言いながら、苦しくなる。
黒魔王は魔族に、結局長い苦しみを与えただけなんじゃないかと。
「おそらく、巨兵一体の製造には、数えきれない程の魔族が犠牲になり、またその背後にはもっと多くの人間も犠牲になっているんだろう。ただ、巨兵の特徴を形作る魔族と言うのは、おそらく“核となるラクリマ化”された魔族なのだろう。それが、巨兵の脳とも言える」
「……グリメルは、今回の巨兵の脳となったと言う事か」
「そうだ。それだけ力のある魔族だったと言う事だろう」
シャトマ姫は、真っ白な空間を、ただ歩んだ。
目的がある訳でもなく、横にも、前にも。
そして突然、問う。
「そのラクリマ、そなたにやろうか?」
「え……」
俺はあまりに驚いて、すぐに反応が出来なかった。
「どういう事だ」
「言葉の通りだ。そのラクリマ、そなたにやろう。元々、そなたのものだ。……空間魔法も“素材”を必要とするのは同じ。きっと、そなたの役に立つだろう」
「……」
シャトマ姫の言葉の意図が、俺には分からない。
ただただ真っ白な世界に浮かぶ藤色の存在を、凝視する。
「俺に、何をしろと言うんだ」
「……それはそなたの決める事だ。ただ……“それ”を素材に作ったものは、果たして“空間”なのか“巨兵”なのか、その線引きはなんなのか、我々には分からない。線引きは無いのかもしれない。……線引きをするために、そなたが作るでもよし。利用せず静かな場所に収めるも良し」
「俺に……“巨兵”を創れと言う事か」
「……」
「それは、“巨人族の戦い”をなぞる事じゃないのか!?」
思わず、声を上げてしまった。
シャトマ姫は、悲しく微笑む。
それでもやはり、俺には全く理解できない。
「黒魔王……妾は、時に思う。巨兵とはいったい、なんなのだろうか、と。それは兵器であり、生物であり、犠牲の上になりたつものだ。だが……果たして“脅威”なのだろうか。我々は今の所、巨兵を倒す事が出来る。当たり前だ。元々“神々”が作り出したものだから、これらが神々を上回る事は無い。そう……我々は巨兵を倒す事が出来るのに、なぜ敵はそれを創り続け、いとも簡単に手放し、我々に倒させるのか」
「……」
「なぜ、我々は巨兵を倒す事が出来るのに、全ての事は、簡単に進まないのか」
「……シャトマ姫?」
彼女の言葉の一つ一つが、俺にはとても重要に思えた。
難しい言葉は何も使っていないのに、それでも、分からない事ばかりで。
だけどシャトマ姫の本心が、わずかに垣間見えた気がした。
「……すまぬ。妙な事を言ったかもしれない。ただ、そのラクリマはそなたにやろう。上手く利用してくれ」
彼女は言い捨てる様にして、俺に背を向け、この空間を去っていった。
シャトマ姫の言わんとしている事が、徐々に俺にも分かってきた。
彼女はおそらく、自らの弱さを知っている。
敵を銀の王、青の将軍と定めるのならば、奴らは国同士の戦いなどはなから興味が無い。
いつだって国を捨てる事が出来る。世界を壊す事を恐れていない。
だが、我々は違う。被害を想定し、持っている力を極力抑えようとする。無意識にでも、世界を壊さぬ様。
その意識を取り払ってしまえばこそ、戦いはシンプルになる。
それこそが、おそらく“巨人族の戦い”の再来であるのだろう。
敵はこちらが“捨てられない”ものを計るために、巨兵を何度も放つのだろうか。
「……グリメル」
俺の身長より大きな、丸いラクリマの表面に触れ、深い青色を見つめる。
伝わる鼓動が、まるで生命の脈動の様で、冷たい石なのにグリメルがもうすぐここから孵るのではないだろうかと思った程。この球体が命を覆う卵に見えた。
「お前、俺の空間で生きてみるか?」
俺の問いに答える声は無い。
ただ、撫でるラクリマの内部から、ブルブルと振動が伝わって来るだけ。
甘えているのか、グリメル。
「分かったよ。俺がお前を、とっておきの“空間”にしてやる」
それが例え、巨兵と何が違うんだと言われて、出てくる答えが無かろうとも。
俺に今出来る事と言えば、これくらいしか無かった。
大切なのは、“捨てられないもの”を見失わない事だ……
“マキア”、お前はこの選択をどう思う?
ふっと、心の中に湧いて出てきた、問いかけ。
目の端に映る、鮮やかな赤い髪。
流水から引き上げた様に冷たく、潤った半透明のイヤリング。
思い出せない彼女に、無意識に縋った。
マキア・オディリールに。