28:マキ、見える様になったもの。
7話連続で更新しております。
ご注意ください。
三人の影があった。
銀の王、白い軍服のトワイライト、シャンバルラ国王……て所かしら。
「黒魔王はあれを壊すだろうね」
「ええ……事は全て、あなたの思うがままに。シャンバルラの役割は終わりました。例のものも手に入りましたし」
「それにしても高くついたよねえ。たかだか巨兵を“ここ”で創るってだけで、予算があれほど嵩むかね。……ふふ、まあ良い。他国で巨兵を創るって言うのはスリリングで楽しいね」
「……せっかく創ったものを、すぐに壊させるなんて、あなたも変わったお人だ」
「言ったでしょう。僕は、創り上げたものを、壊す事の方がずっと好きなんだよ」
「あなたがそう言うのなら」
途切れ途切れ聞こえてくる、銀の王とシャンバルラ国王の声。
私は暗闇に紛れ、暢気に会話している、その内容を聞いていた。
王宮は先ほどから激しい揺れに見舞われている。この王宮はもうすぐ崩れ落ちるのではないかしら。
「あーあ、それにしても疲れたなあ。……さっさと帰って、あれの作業に戻りたいよ」
「……へえ、あれってなあに?」
気配を微塵を感じさせる事も無く、私は背後から声をかけた。
「……」
三人は立ち止まる。
沈黙の間が、私には愉快でたまらなかった。
「な……何故だ」
「……」
「何故“また”お前なんだ!!!」
銀の王が叫び、振り返るより先に、ビッと空気を斬る様な音。
赤い無数の糸がシャンバルラ国王の体を縫って、捕える。
銀の王は白い軍服の男に庇われる様にして、その糸を避け、転移魔法によってその場から消えた。
一瞬、ただの一瞬、その白い軍服の男の顔を垣間見る。
黒髪の隙間から見える面立ち、それはとても、“彼”に似ていた。
それにしても、驚きを隠せないと言う様な銀の王とは違って、冷静な判断ね。
王宮の地下通路だったはずの景色は、一瞬で、黒い幕の揺れる幻想空間に変わった。
私のずっと背後には、レピスが佇んでいる。
「……あなた、は」
捕えられたシャンバルラ国王はやっと口を開いた。
長い槍を持って、ゆっくりと彼の前に現れた、ローブを羽織って顔を隠した私を、ただただ驚きの瞳で見つめ。
「なあに? 幽霊でも見ているような目を向けて。私が誰だか、分かっているの?」
「……マキア・オディリール……」
「はい、はっずれー」
私は身動きとれずにいるシャンバルラ国王の前で、けらけらと笑った。
「ふふ……ははは」
しだいに、シャンバルラ国王……いいえ、“青の将軍”も、冷や汗を一筋流しながらも笑い声を上げる。
「バカをいうものじゃありません。こんな事が出来るのは、あの方しか居ないはずだ。……どういう事でしょう。マキア・オディリールは死んだはずだ」
「だからマキアは死んだってば。私はマキアじゃないわよ」
「ですが、“紅魔女”でしょう?」
「……ふふ。そうねえ……あんたがそう言うなら、そうなんでしょう」
私はかぶっていたローブを脱いで、この空間に放った。
風が、黒い幕が、それを巻き上げていく。
赤い魔力を散らす黒髪が宙を舞う。
青の将軍は目を見開いた。
「“私”には見覚えが無いでしょう……青の将軍?」
「……まさか……異世界の……」
「大事な事は何一つ、あんたには教えてあげないわ。だけど一つだけ教えてあげる」
私は可愛らしくそう言うと、手に持つ槍で奴の胸を裂いた。
ここでは“誰一人死ねない空間”という能力が発動している。
そのせいで、怪我をしてもすぐに再生するけれど、裂けた衣服だけはそのまま、胸元のある呪いの印を露にする。
「その印、ね。私、あんたに一度つけられちゃったでしょう? 不思議な事に、“見える”様になっちゃったのよ」
「……」
「この目で、見える様になっちゃった。肉体の名前さえ分かっていれば、情報の一つとしてね。だから、すぐに確信したわ。あんたが……青の将軍だって。誰もがあんたを疑っていたし、あんたも隠しているつもりも無かったんでしょうけれど、絶対的な証拠って大事よ。私、あんたがどこのどいつに紛れていようが、これから“分かっちゃう”のよ。服で隠しても無駄。魔力数値よりずっと簡単に、見えちゃうんだもの」
「……まさか、そのような」
これは青の将軍にとって、致命的と言えるはず。
名前が無ければどうしようもないけれど、今までは肉体の名前が分かっていたとしても、それが青の将軍に乗っ取られていると見分ける術は無かった。
だけど、マキアの体を離れ、異世界からやってきた救世主となり魔力数値を跳ね上げた事で、私は青の将軍の呪いの印を見る瞳を手に入れた。
「感謝しているわ、青の将軍。あんたが私に呪いを植え付けたからこそ、私はあんたを捕える事が出来るのだから」
皮肉めいた笑顔を浮かべて、囁く様に。
青の将軍に対して、恨みも憎しみもあったけれど、こいつを殺す事はこいつを生かす事と同じだ。
だから殺さないし、ずっとここに閉じ込める。
ここから、他の“自分”への情報提供は出来ない。
また向こう側から情報がやってくることもない。
本体が死ぬまで、ここに閉じ込められた青の将軍はずっとこのままだ。
「……ふふ」
彼は、たまらず笑った。
「素晴らしい。いやはや、感服致しました。こうなるとは思いもしなかった!!」
「……嬉しそうね」
「嬉しいとも。予想を裏切られるのが、私は大好きなのだから」
惨めな姿でぶら下がる青の将軍。
余裕も無さそうなのに、嬉しがる所は流石としか言い様が無いわね。
「だが、名前の無い紅魔女。私はまだ“残っている”。最後の一つさえ、あなたに勝てればそれでいいのだ」
「……立派な負け惜しみね。いいえ、確かにその通りだわ」
髪を払って、彼に背を向ける。
「ならばせいぜい、上手く逃げ切る事ね青の将軍。私はあんたを、狩りにいくから」
「……嬉しいお言葉で」
「……」
顔だけを、シャンバルラ国王の姿をした青の将軍に向け、その狂気じみた笑みを睨んだ。
「行くわよ、レピス」
「はい」
レピスに声をかけた瞬間、辺りの景色は“黒の幕”の内部から、王宮の地下へと変わる。
ガタガタと揺れる王宮の危うさはあれど、とりあえず青の将軍をまた一人確保した事となる。
「……ふう。やんなっちゃうわねあいつ。本当、何考えてるんだか」
「マキア様」
「ん? どうかした、レピス」
レピスが少しばかり、暗い表情で居た。
彼女は苦しそうに告げる。
「叔父様でした」
「……はい?」
「あの、銀の王の側に居た、連邦の軍服を着た者。彼の名前は……ナタン・トワイライト。私やお兄様の、叔父様にあたります」
「……ほんと? 何か凄くトールに似てたんだけど。あんたたち一族って、本当に似てるのね。遺伝子って凄いわ」
一瞬顔を見ただけでは、「あ、トールに似ている」としか思えなかったけれど、言われてみればトールよりずっと年上な雰囲気だったわね。
でもそっか。これでトール、三人目になっちゃった訳ね。
まあ世界には似た人が三人居るって言われているけれど……いや、待てよ、もしノアが良い感じに成長してトールみたいになっちゃったら四人目に……
「……マキア様。叔父様は少しだけ私に視線を送ってくれました。とても、苦しそうなのに、大丈夫だといわんばかりの視線を。きっと、連邦に捕えられている者たちのために、叔父様はあいつらの言いなりに……っ。私……どうしたら良いのでしょう」
「……レピス」
「私たちを連邦から逃してくれたのは、ナタン叔父様なのです」
私は、震える手で顔を覆う彼女を、そのまま抱き締めた。
固い義手が、ローブ越しにも冷たく感じられる。
「大丈夫よ。何もかも、私に任せなさい」
力強く告げる言葉を、私は偽るつもりは無い。
私の言葉に、レピスは強ばった体の力を抜く。
「……ですがあまり……無理なさらないでください、マキア様」
「レピス?」
「私は……私はまだ、信じられないのです。あなたが、戻ってきてくださった……その事が……っ」
黒い瞳に涙を溜め、唇をぎゅっとつぐんで、泣くのを堪えているレピス。
もともとレピスはルスキアに戻っていたのだけど、シャトマ姫に呼び出され再会した時も、彼女は彼女なりに凄く驚いていた。
だけど、こんな風に泣きそうになったのは、今が初めてだった。
きっと、私が青の将軍を魔法で捕えるのを見て、やっと、本当の意味で私という存在を認識したのだろう。
揺れる地下の工場。
あまり時間は無かったけれど、私はレピスを抱き締めたまま、背を撫でる。
「レピス。あんたには色々と辛い思いをさせたわね。大丈夫、私はここに居るわ。ちゃんと戻ってきたの。私は救世主だから……あなたの一族の仲間を、絶対に助けるわよ」
慰める様に、決意する様にそう言葉にすると、彼女はいっそう目を見開き、たまらず私の肩に顔を埋めた。
「はい。……はい、マキア様。マキア様……っ」
「……」
「お気をつけ下さい……お気をつけ下さい」
「分かってるわよ、相変わらず心配性ね」
私は、もうマキアでは無い。
だけどこの時、レピスが私を通して見たマキアを、マキアに対する思いを否定したりしない。
強くあろうとしていた淡々とした態度を、この時ばかりは保つ事が出来ないようで、レピスはまるで幼子の様に私に縋ってしくしく泣いた。
もう、崩れ落ちそうな王宮の地下で。




