26:トール、対のイヤリング。
7話連続で更新しております。
ご注意ください。
俺はトール。
シャトマ姫の命令で、マキが一人別行動の任務に出て行ったらしい。
俺とエスカはシャトマ姫に呼び出され、その事を知らされ少しばかり驚かされた。
「挨拶も無しかよ……まったく」
彼女は自由だ。まあ、あいつらしいと言えばあいつらしい。
先日色々とあったから、マキに聞きたい事も沢山あったが……
「複雑そうだなトール・サガラーム。なあに、また会えるさ。我々は我々のやるべき事をしよう」
「……分かっている」
シャトマ姫は俺の表情を伺いながら「ならばよし」と言って、机に扇を軽く打った。
「さて、本題はここからだが。先ほどシャーハリーで任務中の調査団から、報告があった。どうやら、王都では頻繁に“揺れ”が起こっているらしい」
「……揺れ? 地震か何か……って事ですか?」
エスカが妙な事だと言わんばかりに問う。
「震源地は王宮だ。やはり、着々と巨兵は完成に近づいているのだろう。シャーハリーは戦場になるかもしれんな」
「……やはり、巨兵が完成する前に、王宮丸ごとぶっ壊した方が良かったんじゃないですか?」
エスカが物騒な事を尋ねた所、シャトマ姫は首を振った。
「あの国が何を作っているのか、それを世界に知らしめねばならぬ。……とまあ、格好良い事を言っているが、シャンバルラに攻め入る大義名分が欲しいからだ。本心は、巨兵の損傷を極力抑え捕えたいと言うのもある」
「……策はあるのか? 戦場は、人の多い王都になりそうだが」
俺は、今回の戦いの規模がどれほどになるのか、予想もつかない。
「ああ。連邦がわざわざ王宮の地下に工場を設けたのは、王都の民を人質に取る為だろう。今回は、海上や砂漠が戦場では無い。ヴァルキュリア艦も出さぬ」
「被害は、大きくなる……だろうか」
「ある程度は仕方ないだろう。ただ、私は被害を“城壁”から外に拡大するつもりは無いよ」
「……」
シャトマ姫の言葉から、俺は彼女の意図をすぐに汲んだ。
「まさか、俺が以前城壁に仕掛けた魔法を利用するつもりか?」
「……ああ。解除しているとは言え、一度仕掛けた魔法が完全に跡を消す事など出来ない。トール・サガラーム、そなたであれば、あの魔法の跡をたどって、もう一度城壁に魔導要塞を構築する事など容易いであろう」
「……」
俺は口元に手を当て考えた。
確かに、一度魔導要塞を仕掛けた事のある場所であれば、再び構築するのには時間もリスクも少なくてすむ。何しろ、この遠い場所から、あの城壁に対し様々な魔導要塞を前準備する事が出来るのだ。
「なるほど、妙案だな。ならば、考えがある」
「この件、そなたに任せても良いのだな」
「ああ。丁度良い魔導要塞があったかと思う。ただオーバーツリーのバックアップと、トワイライトの援助は必要になりそうだ……」
「それは問題ない」
彼女の言う通り、本作戦にはフレジールに滞在中のトワイライトの一族も参加する様だった。
「ふう。まどろっこしいな。巨兵をガンガンにぶっ壊してやりたいのに」
エスカは額に手を当て、本作戦に関してぼやいた。
シャトマ姫が彼の言葉に思わず吹き出す。
「司教様、あなたの大四方精霊にも、今回は大きな役割を持ってもらう。それに今回、魔導要塞を大規模に展開するのだから、トール・サガラーム及びトワイライトの者たちを治癒できる、偉大な白魔術師様が必要になろう」
「……な、なんで俺がこいつらを治癒しなければ……っ」
「司教様……」
シャトマ姫の、いかにも「ダメなのか?」と言いたげなショボンとした表情に、エスカはビクッと肩を震わせた。
「い、いいい、いや。藤姫様の命とあらば」
「頼みだ」
「いいい、いいえ。命令してくださいっ!」
俺は横目でこいつを見ながら、こいつ女王様に命令されたいタイプだったのかと、納得。
その後、作戦について夜まで話し合い、俺は計画通りシャーハリーの王宮の城壁に施した術の情報を取り出し、再び別の魔導要塞を構築した。
これに丸一日はかかりそうではあったが、その程度の時間の猶予は残されていたようだ。
気がかりは沢山あったが、迫る戦いを前に、俺はすぐに頭を切り替えた。
今やらなければならない事が、それぞれの者にあるはずだ。
シャトマ姫に呼び出しを食らってから、すぐにレジス・オーバーツリーに引きこもっていた為、自室に戻ったのはそれから丸二日が経った夜だった。
部屋に戻って気がついたのは、ベッドの横の花瓶を重しに、ある置き手紙がされていた事だ。
「……」
地球の、日本語の文字だった。
『トールへ。
あんたは不運体質なので、運が悪いなって時は何もしない事。
あんたは理屈っぽいけれど、考えすぎない事。
女の子に優しくするのはいいけれど、調子に乗りすぎない事。
じゃあ元気にしっかりね〜 byマキ』
なんとも短く、思いついたままに書いた様な文面だ。
母親かよと、つっこみたくなる。
最近出会ったばかりのはずなのに、まるで長年の付き合いの様に親しみのある文章。
彼女の声でいちいち告げられている様な気がして、思わず嬉しくなったのも事実だが。
「……?」
置き手紙のあった机の上に、キラリと輝くものがあった。
それは小さな赤い煌めき。
「これ……」
赤い雫型のイヤリング。
いつも胸ポケットに収めているはずなのに、ここに置き忘れたんだろうかと思って、自分の胸ポケットを漁る。
そうすると、驚いた事に胸ポケットからも出てきた。
要するに、対のイヤリングが揃っているのだ。
「ど、どういう事だ?」
これはマキア・オディリールのイヤリングだと、シャトマ姫が言っていた。
こんな所で両方が揃うとは思わなかった。
「……まさかマキが、持っていたのか?」
不可解な事が多すぎるが、彼女がここに置いていったと言う事ならば、片割れはマキが持っていたと言う事になるんだろう。
俺に残して去った、その意図はなんだろうか。
イヤリングを掲げてみるも、それは沈黙しているだけである。
俺は両方を胸ポケットにしまい、その上から手で押さえ、そしてゆっくりと息を吐いた。
もし、次にマキに会う事があったら、今度こそ聞いてみよう。
お前はもしかして、と。
それまでは、これは俺が持っている。