18:アイザック、殿下との出会いを語る。
私はアイザック・ケリオス。
しがない王宮魔術師の一人である。
今は訳あって第五王子ユリシス殿下の配下として、恐れながらその御身を護衛する任務にあたらせていただいている。
あれは2年前の夏の夜の宴の事であった。
王宮魔術師とは言えこの日ばかりは無礼講と、飲んで歌って騒いで、自分の力を自慢しあう。私も例外ではなく、普段あまりに根暗な性分であるため酒の力を借りて見栄を張ってしまったのが事の始まりである。
この頃の王宮魔導士と言えば、次代の時の王がいったい誰になるのか、いったい誰についておくべきなのか、甘い蜜を吸いたいがばかりに強者に諂い様子を伺う天の邪鬼ばかりであった。
第一王子の母である、正妃アダルジーザ様は王宮魔術師に羽振りが良いと言う事で、彼女に媚を売っている魔術師が多く、私もまたそのおこぼれに与れないかと考えていた。
その矢先、宴の席にてアダルジーザ様お気に入りの魔術師トンマーゾが声をかけてきた。
「やあアイザック、さっき話していた事は本当かい?」
「……へ?」
「水精霊と契約したらしいじゃないか。精霊と契約出来るなんて幹部候補だな、おいおい」
「いやあ、それほどでも」
酔っぱらっていた分褒められるとついつい調子良くなってしまうのが私である。
しかしこの事は本当の事だ。
かつて白魔術師の父と呼ばれた東の白賢者が伝説の勇者に託したとされる百精霊の一つと契約出来たのだからそれなりに自慢出来る。
これはたまたま王都の骨董市で見つけた水壺の中で眠っていた。
「そうだアイザック、君もアダルジーザ様の為に一肌脱がないかい? あの方は優れた魔術師を求めている」
「……!?」
願っても無い好機が訪れた。
目をかけてくれる方がアダルジーザ様であるなら文句は無い。
これで私も一目置かれる存在となり、第一王子が王座に就いたあかつきには一生安泰、保証付きである。
そんな甘い事を考えていたから私はバカなのだ。
私が最初に命令されたのは、第五王子ユリシス殿下の暗殺であった。
無名の私であれば足がつかないだろう、もしバレても簡単に足切り出来る、そういった所であろうか。
もとよりこの為に声をかけられたと推測出来る。しかし断れば私はどのみち口封じのため殺される。
私は自分の軽率さを後悔したが、既に色々な事が遅かった。
さて、私の水精霊ウォテールは忠実な僕である。
この精霊に人殺しをさせるなど、いくら陰険な私でも気が引けるのであった。
しかし、悔しいやら情けないやらで部屋で泣きじゃくる私に気を使うようにこの忠実な僕は言ったのだ。
「ご主人の為なら人殺しも致します。それがご主人の信じる正義だとおっしゃるなら」
私はこのような性格であるため正義などもとより考えた事も無い。
自分がどうやっておいしく楽に生きていけるか、それだけでいっぱいいっぱいなのである。
白魔導士になったのも、人より魔力が少し高く、たまたま王都魔導専門学校の勧誘にあったからで、魔術師であれば食いっぱぐれる事も無いだろうという両親の勧めもあったからだ。
それだと言うのに、この状況はいったいなんであろう。
食いっぱぐれるどころか、白魔術師としての道から逸れつつある。
王位争いが激しく、まだ幼い王子たちが次々に死んでいく様を、まるでどこぞの喜劇の物語の一幕のように感じていた私であるが、それにはやはり当事者がいるのだと痛感した。
第五王子ユリシス殿下は若干11歳の幼い子供である。
あまり表に出ては来ないが、聞いた話によるといくら毒を盛っても死なないらしい。ある者は神童と呼び、ある者は次期王となるべく神の授けた子供と言い、またあるものは化け物、悪魔の子と言った。
我が第一王子の陣営は、どうにもこの第五王子が目障りで仕方が無いらしい。
きっとそれはある種の恐れである。
私は術式を仕掛けた桃色蛍を王子の寝室の前に放ち、王子がかかるのを待った。
幼く無邪気な王子は狙い通り中庭に出てきてくれ、私の心臓は激しく鼓動した。
本当にこのまま王子を殺してもいいのか。
あのように幼い子供を、しかもこの国の王子を、私ごときの人間が殺す、それが許されるのか。
私は暗殺直前であると言うのに、激しく心を揺らしていた。しかしもう遅い。
ウォテールは迷わず水の刃をユリシス殿下に向けたのだ。
「…………へ?」
しかし、驚く光景を目の当たりにした。
ウォテールは突然攻撃をやめたのだ。
ユリシス殿下は精霊を怖がる事無く、むしろこの状況で見せるはずの無い余裕のある笑みを浮かべている。
一体全体これはどうした事だろう。第五王子が神童と言う話が、本当であったと言うだけですまされる話だろうか。
「主は誰かな? 精霊に人殺しをさせようなんて、白魔術はいつからそんな物騒なものになったんだい?」
殿下はそう、私に言っている様だった。
その口ぶりや、わずか11歳の子供のものとは思えない威厳と余裕のあるもので、私は隠れている事が全く出来そうになかった。
「………いったいなぜ………ユリシス殿下………」
「さあ、なぜだろうね」
ユリシス殿下という子供を真正面から見ると良く分かる。
ああ、この子供は確かに紛れもなく特別な子供であると。
そして、私は恐れた。
ああ、きっと私には天罰が下るだろう。
しかし殿下は、何故か泣きじゃくっているウォテールの背中の毛並みを撫でながら、私に諭したのだ。
「第一王子の陣営の差し金かい? ウォテールと契約するような立派な魔術師が、そんな悪質な事に手を染めてはいけないよ」
「……」
「ほら、少しばかり迷いが見えるよ。君はれっきとした白魔術師だ。もとより暗殺者なんて向いてないんだよ」
言葉が出なかった。
このお方は私に命を狙われたと言うのに、掟破りの道に手を染めた魔術師である私をまだ白魔術師と呼んだのだ。
そして、私の迷いは既にこの方の目には明確に映っていたのだろう。
そのアメジスト色の美しい瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいた。
「…………はい。お許し下さい…………っ」
私はその場に立っていられなくなり、泣き崩れた。
もとより許してもらえるはずなんてない、それだけの事をしたのは承知である。
この方に裁かれるのであればそれでも良いと思えるほど、ユリシス殿下は随分と高みに居る存在に思えた。
しかし、殿下は泣きじゃくる陰気くさい私の顔を覗き込み、慈愛溢れる笑顔を向けられた。
その笑顔だけで、私の心にある邪気や邪念、全ての卑しい心が溶かされ流されていくのを感じたほどだ。
私は確信した。
この方こそ未来の国王。神の子であると。
きっと偉大な神の加護を受けているか、はたまた神の生まれ変わりか、私ごときが言葉にするのも恐れ多い特別な存在であると理解した。
それからの私は、相変わらず陰気そうな魔術師である事に変わりはない。
任務を失敗したまま第五王子ユリシス殿下の配下につく事を決めた。
心からこの方の為に仕えたい、命を削りたい、あらゆる醜いものから守らなければならないという使命感からだった。
私の命は殿下に救われたようなものだ。
醜い私の魂ごと闇の泥沼から引き上げて下さったのだから。
そんなこんなで、私がユリシス殿下に仕えて早二年。
殿下はますますその品格を磨かれ、美しくも力強い、格別な存在感を示している。
どうしようもなかった私を救い、選び、側において下さるユリシス殿下への忠誠を胸に刻み、いつかはこの方の為に死ねる存在でありたいと願う。