25:マキ、シャトマ姫と入浴する。
7話連続で更新しております。
ご注意ください。
*前回3話連続更新と誤った表記をしてしまい、申し訳ありませんでした。直前で更新話数を変更したため、消し忘れてしまっておりました。大変ご迷惑おかけしました!
私はマキ。
目が覚めると、いつの間にやらベッドの中。
「あれ……私、いつ寝たんだっけ?」
寝足りない様な、寝過ぎた様な、妙な感じ。いまいち頭が働かない。
ベッドの上から動けずにぼんやりとして、少し経ってから、昨日の事を思い出した。
ああ、そう言えば、昨日庭園でトールと会って、それで……
「……うーん」
しかし、瞬間、ヤバいと思った。
トールの奴、あの様子だと何だかマキアの事を気にし始めて、私の事もどっか疑ってかかってるわよね。
いったいどういう事かしら。
彼の記憶を封印したのは、マキアの最後の魔法だったはず。
最後の魔法と言うだけで、それはとても大きな効果を持つはずなのに。
確かに、マキアはトールより魔力数値も低く、あいつに及ばない点も多かったけれど。
何がきっかけで、彼はマキアに興味を持つ様になってしまったのかしら。
「あ、お姉ちゃん」
隣のベッドで、スズマが目を覚ました。
「あらスズマ。おはよう」
「お姉ちゃん、昨日、トールお兄ちゃんがここに連れてきてくれたんだよ。お姉ちゃん、爆睡してたから」
「……ああ、そう言う事」
いや〜いつ寝たのかさっぱり覚えてないわね。
私は頭をかきながら、ベッドから出る。
スズマもベッドからぴょんと飛び降りて、私より先に部屋を出て行く準備を始めた。
「あらスズマ。朝からどこかへ行くの?」
「エスカお兄ちゃんの所!」
「……は?」
あからさまに妙な表情になった私。
いつのまにエスカとそんな親密に……?
「エスカお兄ちゃん、精霊魔法を教えてくれるって」
「あら。あいつ、言った通りちゃんと教えてくれるのね。……案外面倒見が良いのかしら」
「僕も魔法、使える様になるかなあ」
スズマが少しばかり不安そうにしていたから、私はクスッと笑みを漏らし、彼を背中から抱き締めた。
「あんたなら大丈夫よ。白魔術の才能にあふれているに違いないわ」
「……どうして?」
「どうしても」
スズマのくりくりした瞳が瞬きを繰り返す。不思議そうに首を傾げる彼は可愛らしい。
淡く柔らかい髪をくしゃくしゃに撫でて、背中を押した。
「ほら、いってらっしゃい。あいつ、いつもキレ気味だけど、実際あんまりキレてないと思うから。まあ、あんたなら扱いやすい師匠になるでしょうよ」
スズマは私の励ましを、また意味不明な事を言っていると言わんばかりに聞いていたけど、「うん!」とだけ答えて急ぎ足で部屋を出て行った。
「さあ、私はどうしましょう。お風呂に入って、朝ご飯を食べたい所だわ。いや、朝ご飯が先かしら……」
せっかくフレジール王宮にいるのだから、ここにいる間は贅沢三昧をしたい所。
その時、再び部屋の扉が開いた。
スズマ、忘れ物でもしたのかしら……と思っていたら、部屋に入ってきたのはなんとシャトマ姫。
「おはよう紅魔女。ご機嫌いかがかな?」
「……シャトマ姫」
私は眉を吊り上げつつも、笑顔で彼女に向かって指を突きつけた。
「ねえあんた、昨日、トールを私の所に差し向けたでしょう」
「おや、何の事だ?」
「とぼけても無駄よ。おかげでひやひやしたじゃない。あんたマキアの事、もしかしてあいつに教えた? トールがやたらと気にしてたんだけど」
「あはははは、うふふふふ」
「笑ってやがるわね」
「よし。ならば共に風呂に入ろう。朝風呂だ。そこで少し語らおう?」
「意味が分からないんですけど」
シャトマ姫は私を入浴に誘い、意味深に口の端を上げて微笑む。
「……ふーん、なるほど。私に何か、頼みがあるのね」
「おお。察しが良いな。妾とそなたの仲だ。依頼をするにも、堅苦しい円卓上ではつまらない。裸の付き合いでもしよう」
「……どんな仲なのかいまだに分かんないけど、まああんたがどうしてもって言うなら」
腕を組んで素っ気ない口ぶりで返したけれど、シャトマ姫はものともせず「どうしてもだ」と言って、私の腕を引っ張っていった。
まあ、私もシャトマ姫には聞きたい事、確かめたい事があったから良いのだけど。
「ほお……」
「ちょっと、なにじろじろ見てんのよ」
フレジール王宮の、シャトマ姫専用のロイヤルな浴場。
その脱衣室で着替えている時、シャトマ姫の視線が嫌に気になった。
彼女は私の上から下をじろじろと見て、眉間にしわを寄せていた。
「なぜだ。あれだけ……あれだけ食っているくせに。胸の大きさは理解できる。ただなぜ肩は細く、腰は細くくびれているんだ。解せない」
「さあねえ、昔からそうだから。体型はあまり変わらないわねえ」
「おかしい……」
あんまり彼女が人の体をじろじろ見るので、薄いタオルで前を隠す。
「あんただって、十分魅力的なプロポーションしてるでしょう」
「紅魔女……妾の努力を知らぬからそんな事を言う。この美しさを保つ為に、涙ぐましいまでの食事制限、エステ、トレーニング……その他諸々。何か良く分からないおまじないをこっそりやってみたり。だけどこれはカノンにバレると叱られる」
「そりゃあそうでしょうよ……」
「運命の女神のくせに、なぜ他人の占いに頼っているんだと、本気で不可解な顔をされる」
「そ、そりゃそうでしょうよ……」
おまじないをこっそりやっている辺り、どこの女子高生かと。
魔王クラスの藤姫様が聞いて呆れるわね。
カノン将軍もなかなか大変だこと。
「……せっかく贅沢できる場所にいるのに。お互い、上手くいかないわね」
私はシャトマ姫の肩をポンポンと叩いて、さあ湯船に入りましょうと促した。
シャトマ姫と私の身長は、私の方が少し低いくらいかしら。だけどあんまり変わらないわね。
浴場は美しく、クリーム色の石の彫刻が湯気の中あちこちに佇んでいた。
高い所にある窓からは、柔らかい朝の陽が差し込んで湯気を照らし、彫刻に陰影を作り出している。
「ああ、生き返る〜。やっぱりお風呂は朝が一番気持ちいいわね」
「天然の温泉だぞ。歴代の王妃が好んで浸かっていた美容に良いお湯だ」
「……舐めると少ししょっぱいわね」
湯船に浸かり、長く息を吐く。指を舐めると、塩っぽい味がした。
少しぬるめのお湯が、清々しい朝日と相まって心地よい。
シャトマ姫は立ち上る湯気を見上げて、何やら思いめぐらせている様だった。
「で、何よ話って。お忙しいお姫様が、私の様な得体の知れない奴と一緒に入浴してくださるって、あなたを崇拝する国民が知ったら大騒動になりそうね」
「何を言っている。妾は前々からそなたと一緒にやってみたいと思っていた事が沢山あるぞ。うん、今度は並んで寝てみよう。同じ部屋で」
「……何あんた、女学生のお泊まりごっこにでも憧れがあるわけ?」
浮き足立ったシャトマ姫は珍しい。
まあ、ここにはカノン将軍も彼女を守るトワイライトの者たちも、兵士も何も居ないしね。
もしかして、だから浴場を選んだのかしら。
「とは言え……まことに心苦しいが、すぐにでもここを発ってもらいたい。そなたにはシャンバルラ攻略の裏の仕事をしてもらわないとな」
「あら、いきなりお仕事の話? 別に、いいけれど……高くつくわよ」
「もちろん、報酬は用意しよう。あ、でもなあ……トール・サガラームとは別の仕事だから、しばらくは会えないぞ?」
「……」
ニヤニヤと、私を探る様な視線。
シャトマ姫は確実に、何かを楽しんでいる。
「そんな事、かまわないわよ。……あんまり近くに居ても、あいつを混乱させそうだし。私はこの世界で、出来る事をしようと思って転移してきたんだもの」
「おやおや、救世主様は意識が高いな」
ほお、と子供の様に目を輝かせ、前屈みになって私に寄って来るシャトマ姫。
何が彼女をこんなにわくわくさせているのか……
「トール・サガラームはそなたの事を思い出したい様だったぞ?」
「……やっぱり、あんた何かあいつに教えたんでしょう」
「聞かれたから答えたまでだ。“マキア”は、トール・サガラームを愛していたぞ、と」
「……な」
私はそれを聞いて、急に襲ってきた熱気のせいで、顔を真っ赤にした。
このお姫様なんて事暴露してくれてんの!!
「どうした? のぼせたのか?」
「あんたのせいでしょう!! あああ、もうどうしてくれんのよ!! そんな事教えられたら、そりゃあ、あいつは気になって仕方ないでしょうよ。あいつはそう言う奴だもの!!」
恥ずかしすぎて、思わず顔を手のひらで覆う。
「良いではないか。マキアはもう死んだのだろう?」
「……あんた、見てなさいあんた……っ、でも私、あんたの弱みを何も持ってないわ」
「あっははははは」
広い浴場に、シャトマ姫の笑い声がこだまする。
シャトマ姫は流石な策士。こうやって、私から色々と聞き出したり、からかったりするくせに、自分の事は何一つ教えてくれないじゃない。
「はあ……OK。もういいわ。用件をちゃっちゃと言いなさい。私にしか頼めない事なんでしょう?」
「……ああ」
彼女は寄り添う様にして、こそこそと私に耳打ちした。
ピクリと動いた私の眉。
だけど私は彼女の言葉を聞いて、大きく頷いた。
「なるほどね。……分かったわ」
「……頼んだぞ」
「別にいいわよ。私も、いつか行かなければならない場所だと思っていたし……その代わり、シャンバルラの事が片付いたら、私が連れてきちゃった子供たちの事、どうにかしてよね。あと……スズマをよろしく」
「ああ。全て、そなたの望み通りに」
チャプン……
救ったお湯を手のひらから零しながら、彼の地を思い出す。
「“西の大陸”……か」
「……紅魔女にとっては故郷だろう? もっとも、その影も形も無いかもしれないが」
「ええ。きっと酷い場所になってしまっているんでしょうね。……でも、青の将軍が行けたんだもの、私だって行けない訳が無いと思うの。魔王クラスの体なら大丈夫だって……カノン将軍に聞いた事があるわ」
「……」
そう。前に彼が私の部屋にやってきた時、こっそり聞いたの。
シャトマ姫はクスクス笑いながらも、私の手を取った。
まるで、「頼む」と力強く訴える様に。
彼女の手は白く、小さく、汚れを知らぬ乙女のもののように見えるけれど、その手に掴んでいるものの膨大な情報を、私は勝手に垣間見た。