24:エスカ、さまよえるスズマに一言。
俺の名前はビビッド・エスカ。
教国の司教であり、1000年前を生きた前世は、教国を創った聖灰の大司教である。
「あ、顔の怖いお兄ちゃん」
俺たちがフレジール王国で藤姫様との会議を終えた後の事。
廊下を歩いていたら紅魔女の連れていたガキと出会った。
「あ? 何だクソガキ。どっからどう見ても清らかな司教様だろうが」
「……え? あうん、そうだね」
クソガキはあろう事か、空気を読んで取ってつけた様な笑顔で頷いた。
な、なんだこのクソガキ……
「あ、でそうそう。顔の怖いお兄ちゃん。マキお姉ちゃんが居ないんだけど、どこへ行ったか知らない?」
「……は? 知らねーよ、あいつの事なんて」
「さっきからずっと探してるんだけどな……」
クソガキは幅のある廊下をキョロキョロとして、肩を落とした。
目を凝らすと、こいつの周囲には3匹の精霊が居る。
前々から気がついていたが。
「おいガキ。お前精霊を連れている割に、実態化も出来てねーじゃん。精霊魔術は全く使えないのか?」
「……お兄ちゃん、この子たちが見えるの?」
「当たり前だろ。司教なんだから」
俺は自分の周囲に居る精霊を、第一戒で召喚した。
「……わあっ」
ガキは目をむく。
黒い子亀と、赤い小鳥と、青い蛇、白い毛玉だ。
「こいつらは聖域で生まれ育ったとてつもなく高貴で優秀な、超凄い感じの大四方精霊。白賢者の百精霊とは格が違う……」
優越感に浸った口調でそう言うと、俺の耳元でハチドリの精霊がうるさくビービー羽を鳴らした。
ガキは白獣のキュービーロを抱えて、頭を撫でていた。
キュービーロは「キュッキュッ」と鳴きながら、尻尾を振る。
「精霊魔法を使える様になると、こいつらをもっとカッコイイ姿にする事が出来るぞ」
「……どんな?」
「例えば、だな」
俺は青い蛇の姿をしているブルーウィンガムを、第四戒精霊具、青黒く長いフォルムの対物ライフルとして召喚した。
「うわあああ」
「すげーだろ。ちょっとした戦艦ならこれで撃ち落とせるレベルだぜ」
ガキはキュービーロを抱えたまま、そのライフルに近寄り、触れる事はなくとも興味深そうに見ていた。
凄いねえ、と俺の魔法に驚いている。
「てめーの精霊だって、第一戒で実体化して、第二戒で人型になって、第三戒で結界となって、第四戒でこういった得物になる。ま、テメーみたいな一般人のおこちゃま、第一戒召喚でもぜーぜー言ってんだろうけどよ」
「僕もこの子たちを、カタチに出来るの?」
「まあ、精霊がついてきてるくらいだ。白魔術の才能は無い事も無いんだろうよ」
紅魔女が気にして、連れてきていたくらいだ。
そもそも、このガキの魔力数値がどれほどなのか気になるが……
ただ精霊三体と、仮契約とは言えほぼ契約状態にある一般人も珍しい。
「ま、お前が使い物になる様だったら? 俺の部下にしてやってもいい」
「……魔法、教えてくれるの!?」
ガキが一気に頬を照らし、さも嬉しそうな声を上げた。
俺にこんな表情を向ける子供は珍しく、少々怯んだ。
「ふん、シャンバルラの件が片付いたらな。俺様はこう見えて、調査団の多くの部下を育て上げた実績がある。ふははは、スパルタだからな! 明日の朝から始めるぞ。ビシバシ鍛えてやる!!」
「うん!」
ガキは怯みもしないで頷いた。
「凄いんだねえお兄ちゃん。ここには、凄い人たちばかりだ」
「おいガキ、俺様はエスカだ。エスカさん、エスカ先輩、エスカ様、エスカ隊長、どれでも可」
「エスカお兄ちゃん、じゃダメなの?」
「……別にいいけど」
真顔で聞き返された。
俺ともあろうものが、あっさり肯定。
なんだろうなこのガキ。クソガキのくせに言葉に力があるな。
何か腹立つ……
「あと、僕はスズマだよ。拾われっ子だから、ただのスズマ」
「はーん。妙な名前だな」
「……ここらじゃ普通の名前だよ」
スズマがしらっと。
キュービーロを床に降ろし、自分の精霊たちを手に乗せていた。
その時、廊下の向こう側から、黒魔王が紅魔女を抱えてやってきた。
黒魔王の表情は深刻で、俺は一瞬何事かと思ったものだ。
「あ、トールお兄ちゃんとマキお姉ちゃん……」
スズマが奴らに駆け寄った。
黒魔王も俺たちに気がつき、側で立ち止まる。
俺は思わず、紅魔女を指差して尋ねた。
「おい。そいつどうしたんだ?」
「……ただ寝ているだけだが」
「あ、ああ。そうかよ。……びびったぜ、てめーがやけに深刻そうな顔してたから」
「……マキに何かあると困るのか?」
「そりゃあお前、不死鳥のごとく復活を遂げたこいつの事を考えると、何かあったらまた面倒だなーとか思う訳よ。だって前の時は巫女様にどれだけ怒られながらそいつを棺に……あ」
「……」
数秒の沈黙。
黒魔王の瞳の色が、いっそう濃く魔力を帯びた気がした。
俺様は内心「やばい」と思っている……
「あ、いや、その、あのな黒魔王」
「……」
「自慢じゃないが……俺様の言う事を真に受ける人間など……いないっ!!」
「お前何言ってるんだ?」
「……あ、いや」
冷や汗をだらだらかきながら、ちょっと切なくなる妙な言い訳をしてみたが、黒魔王の反応は淡々としたものだった。
ただどこか憂いのある表情で、眠る紅魔女を見ている。
スズマが「お姉ちゃん、ぐっすりだね」と、俺たちの一瞬の緊迫を軽くスルーした。
「マキを部屋で寝かせる。何だか、疲れている様だったから……」
黒魔王は俺たちを通りすぎ、紅魔女を抱えたまま廊下の曲がり角で消えた。
「ちっ……うっかりだぜ」
この口が……
いや、でも黒魔王のあの様子じゃ、何も気がついてないかもしれないぞ。
紅魔女が死んでからも、あいつはマキア・オディリールという存在に、あまり興味が無さそうだったし。
むしろレナとか言う、元黒魔王の妻である弱虫異世界娘と親密になっていったくらいだし。
「あ、待ってよトールお兄ちゃん、僕も」
スズマが黒魔王の後からついて行く。
ただ曲がり角を曲がった所で、スズマがひょこっと顔を出して、俺に笑いかけた。
「エスカお兄ちゃん、おやすみ!」
「……ああ、おやすみ」
ふと、その時の笑顔が教国の巫女様に似ているなと思って、思わず俺様とあろうものが、普通に返事をしてしまった訳だ。
「……」
まるで、耳元で誰かに囁かれた様に、俺はその時、気がついた。
本当に今まで、僅かな予感も無かったのに。
「ああ……なるほど。だから紅魔女は、あいつを連れてきたのか」
スズマと言う少年と、紅魔女の接点に気づかされた。
あの子供は、2000年前の白賢者と、緑の巫女との間に生まれた子供シュマの生まれ代わり。間違いないだろう。
何度も何度も、聖地の棺に納められた遺骸を見てきた俺だから分かった。
気がついてしまえばシュマにも、今の白賢者にも巫女様にも似ている気がする。
見た目が似ていると言う問題では無く、根本的な、内に秘める、魔力の気配が似ているのだ。
もしかしたら、精霊たちが俺に囁いて、教えてくれたのかもしれない。