23:シャトマ姫、演じる事の無い時間。
3話連続で更新しております。
ご注意ください。
妾の名前はシャトマ・ミレイヤ・フレジール。
フレジール王国の第一王女で、前世は1000年前の藤姫として名高い。
「お、あやつら、熱帯温室へ行ったぞ!」
妾はフレジール王宮の自室の窓から、双眼鏡を持ってこそこそと黒魔王と紅魔女の様子を伺っていた。
妾が撒いた種がどう芽吹くか気になって。
「……姫」
背後から、妙に冷静なカノンの呼び声。
「なぜ、黒魔王にあのような事を言った。情報だけ与えても、あの男は何も思い出せない。混乱させるだけだ……」
「ほお、カノン。あやつらが心配か?」
「……」
カノンの方を振り返り、ニヤリと。
だけどカノンの表情は何も変わらない。
「……あの二人はシャンバルラ攻略には不可欠だ。今、心を乱されては困る」
「うーむ、相変わらず固い固い」
「姫」
低い声が妾に圧力をかける。
くそっ、くそっ、これからが良い所なのに。
「分かった、分かったよカノン。覗きはやめよう。あとはあやつら次第。妾は口も手も出さぬ。それでいいだろう」
「……出した後に、そんな事を言う」
「あっははははは」
腹を抱えて笑いながら、自室のソファに座り込む。
薄布の寝巻き姿で、髪も解いて自由な姿で。
「妾は運命の女神である。よって、あの二人の運命に少しばかり手を貸すのもまた宿命である」
「……屁理屈を言う」
「カノン、人の事は言えんぞ。お前は偏屈だ。誰よりあの二人の運命を変えたいと思っているくせに」
言ってやったぞ、と、妾はまたニヤリと笑みをこぼした。
カノンは少しばかり目を細めている。
あ、これは呆れている表情だ。
軍帽を取り、軍服の上着を脱いだ彼は、妾の向かい側のソファに座り込んで、テーブルに広げたシャーハリーおよびシャンバルラ王宮内の図面を見ていた。
だけど妾は、あの二人の話を続ける。
「なあ、カノン。……“世界の法則”は手強い。これがある限り、紅魔女は黒魔王とは結ばれぬ。それはもうずっと、そなたが繰り返し見てきた事だ。故に、あの二人とはこの世界の鍵だ。“破壊”と“構築”、それはまさに、表裏一体なのだから」
「……」
「小難しい事を言わずとも、ただただ切ないではないか。妾はあの二人が嫌いではない。……特に紅魔女は、既に世界に罪を償った身。手を貸したくなると言うものだ」
「……さっきから一人で何を言っている」
「一人では無い。そなたに言って聞かせてるんだろうっ!」
カノンの奴、絶対聞いていたくせに、素知らぬ振りをしている。
対シャンバルラ戦を控え、さも戦略を練っていた様な顔をしている。
妾はムッとして立ち上がり、しらを切るカノンの背中に回った。
そして彼の背中をぽかぽかと叩き、言ってやるのだ。
「こちらが真面目に話しているのに! こうなったら、明日皆の前で、そなたの事を“パパ”と呼んでやるぞ! 恥ずかしいぞ!! 明日から一週間くらい、続けてやる」
「……」
カノンはやっと振り返った。これでもかと言うくらい、眉を寄せた厳しい視線を妾に向けて。
「それはよせ」
「ほら! ならば妾のおしゃべりを聞いてくれ」
「……」
「カノン、遊んでくれ。カノン、叱ってくれ。カノン、話を聞いてくれ……!」
妾は背中から彼の名を呼び、首に抱きついた。
「“私”が自分を演じる事無く、そんな事を言えるのは、“お父様”だけなんだから」
「……」
カノンはしばらく黙っていたが、「姫」と低い声で呼ぶと、
「威厳を、保たれる様」
そう妾を嗜めた。
妾はクスッと笑って、彼から手を離す。
「分かっておる。妾は、理想の女王であろう?」
「……ああ。あなたは俺の、理想の女王だ」
彼の言葉を聞いて、妾は満足げに、元居た場所に落ち着いた。
足を組んで、偉そうな態度になる。
彼がそれを望むのだから。
そして妾たちは、政治の話をした。
シャンバルラ王国に対し、感情を取り払った方針を定め、計画した。
妾はカノンの理想の女王を演じ続ける。それがお互いの望みであるから。
奇しくも、エルメデス連邦とフレジール王国は、世界の二大国家にして、対立する象徴がシンメトリーとなっている。
女王VS女王、それを支える将軍VS将軍。
「妾は負けぬよ、カノン。だって、そなたが“二度も”育てた女王だ……弱いはずが無い」
「……」
妾は、シャンバルラに対し、図面上のキングの駒を倒し、クイーンの駒を進める。
迷ったら負け。
既に時代は、その局面に来ている。
かつて、そう、1000年前。
妾は旅をした。まだ物心もつかない程幼かったとき、カノンに命を救われ、連れられて。
妾はカノンを“お父様”と呼んでいた。本当の父では無いと分かっていたが、親子と言う立場を偽る方が、何かと面倒が無かったから。
カノンという名は、そのうちに妾が与えたものだ。
彼は今も、この名を使ってくれている。
……でも、まあ、この事はそのうちゆっくり思い出すとしよう。