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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
256/408

22:トール、月の下に隠れる本当の姿。

3話連続で更新しております。

ご注意ください。


誰だ。


シャトマ姫に言われた通り庭園に降りていき、“いいもの”とやらを何となく探しながら、甘い花の香りと天を切る様なタワー、その上にぽっかりと浮かぶ月に気を取られていたとき、俺は出会った。


彼女は、真っ赤なドレスをなびかせ、その緩やかな髪を風に任せ、ただただ、佇んでいた。

表情は決して弱々しいものでは無いのに、でもどこか儚気で、切なさを滲ませている。


……真っ赤なドレスの翻る光景を、俺は何度となく見守ってきた。

そんな気がしていた。




「……トール?」


「……マキ……か?」


彼女の声は、すぐにピンと来るものだった。

いくら月が明るいからと言っても、夜空の下で、またシルエット的にそれがマキであるとすぐには分からなかったのだ。

マキも、突然俺が現れて驚いたのか、少しの間立ち惚けていた。


「あ、あんた、どうしたの。……一人で庭園を散歩してるの?」


「それはお互い様だろう。シャトマ姫に、庭園に行くといいと言われたんだ。いいものがあると」


「……いいもの? 何かしら」


マキはキョトンとした表情で、首を傾げていた。


「……」


「……何?」


「あ、いや、お前……そういうドレス、着るんだなと思って。異世界からやってきた人間なのに、しっくり来るなと」


「そ、そう? 似合う?」


「……ああ。似合っているな」


「ふふ」


マキは真っ赤なドレスのスカートをひらりと持ち上げ、くるりと回った。

舞う赤が、なぜかとても懐かしく思え、俺は彼女から目を逸らす事が出来なかった。


「……なんだろうな、こう言う事、前にもあったような気がするな」


「……え?」


ポツリと呟いた言葉に、マキは少々表情を引きつらせた。


「ど、どうしたのトール。何だか表情が暗いわよ。シャトマ姫になんか言われたの? あの子、あえて色々な事言ったりするからな〜」


「……え? いやまあ、色々と言われた事には言われたが」


マキが「ちょっとお姫様に一言言って来る」とこの場を去ろうとしたから、俺は彼女の腕を無意識に取った。


「……?」


「え、あ、いや」


思わず腕を取ったのに、なぜ彼女を引き止めてしまったのか分からず離した。

マキは更にきょとんと目を丸くしたが、ふっと微笑むと俺の腕に自分の腕を絡め、「こっち!」と引きずっていく。


「おい、どうした」


「あんたが何だかしおらしいから、私が元気づけてあげる。こっちよ」


溌剌とした声。

マキの声には、何となくホッとできる。

彼女の元気の良い所を見ると、少しばかり嬉しくなる。


俺はマキに連れて行かれるまま、彼女のコロコロとした笑い声に乗せられるまま。

甘い花園を横切った。








「……温室?」


「ええ。フレジール王宮の温室は、シャトマ姫のお気に入りなの。彼女の言った、いいものってこれの事だと思うのだけど……」


マキが連れてきてくれた場所は、ガラス張りの熱帯温室だった。

入ると管理された調和のとれた熱気が感じられ、巨大な熱帯樹に見下ろされる。

ガラス張りの天井からは、月明かりが惜しみなく注がれていて、ここに居ると外の庭園とは違った妙な気分になると言うもの。

様々な植物の隙間を、紫色の蝶が、夜にもかかわらず沢山飛んでいた。


「夜行蝶よ。月明かりで目を覚ますの。だから、こんなに綺麗な月夜でなければ、お目にかかれないわ」


「……ほお」


植物にも虫にも、特別興味がある訳ではなかったが、完成された熱帯の空間には感心するばかり。

ガラスの中に凝縮された世界が、ここにはあった。


「ねえ、ロマンチックでしょう?」


「……こう言うのが好きなのか?」


「そうねえ。……静かなのは好きよ」


そう言ったマキの表情は大人っぽく、格好のせいか、月明かりのせいか、艶っぽく感じられた。


いいや、彼女はずっとミステリアスだった。

俺が勝手に、まだ若く幼い少女だと思っていただけで、実際にマキの事を知らない。

そう。異世界の少女と言うだけで、最初はレナの様なものだと思い込んでいた。

守ってやらなければ、異世界と言う見知らぬ世界に、あっという間に飲み込まれてしまいそうな、そんな儚いものだと……


「だけど……お前は違うな」


「……? 何が?」


「いいや。何だかお前は、俺が居なくても勝手に何だって出来てしまいそうな……そんな強さがあるなと」


「……」


躊躇いがちにそう告げると、マキは一瞬、ぐっと悲しそうな表情をした。

ただすぐにムッとなって、ツカツカとこちらに歩み寄る。


「……本当に、そんな事を思っているの?」


「え、いや……まあ」


「それは酷いわね!」


彼女はなぜか怒っていた。

ただ、怒る風を装って、その下にある本当の心を隠そうとしている様にも思えた。


本心を隠そうとする……

そう言う奴が、前にも居た気がする。


ああ、頭が痛い。

俺はいったい、何を恐れている。


「マキ、怒らせたなら悪い。……なあ、一つ聞きたい事がある。お前は案外、交友が関係が広そうだから」


「……なあに?」


「なあ、お前……“マキア・オディリール”って知っているか?」


「……」


マキが、予想以上に妙な反応を見せた。

ギョッとして俺を見た後、少しばかり焦りを滲ませる。そんな感じ。

そして、すぐに視線を落とし、また月を見上げる……


どういう反応なんだろう。


「……ええ、知っているわ」


マキは答えた。


「どんな奴だ。俺は、彼女を忘れているんだ」


「知ってどうするのよ。あの子は死んじゃったのよ」


「それは分かっている。だが、気になるんだ。……ここ最近、ずっと」


「……」


眉を寄せ、彼女はドレスを少しばかり持ち上げ、ちょこちょこと温室の小道を進んだ。

俺は彼女について行く。


「マキアは、我が侭で、大食いで、とても横暴な魔女だったわ」


「……自己紹介か?」


「ちっ、違うわよ!」


マキは腕を上げぷんぷん怒る。

ただむすっとしつつも、温室内の人口の川にかかる橋の、幅のある手すりに腰掛ける。


「あの子は、それはもう真っ赤で、鮮やかな赤毛だったのよ。私の様なくすんだ色の髪とは違うわっ!」


「……それは、そうなんだろうけれど」


マキは腕を組んで、俺からそっぽ向いた。

だけどすぐに、心もとない表情で天井を見上げる。

さっきからこればかりだ。


「マキアはね……大好きな人が居たの。その人が居ないと、なんにも出来ない子だったわ。最後まで……ほんと、バカな子だったわ」


「……」


あまりに知った様に言う。


「でも、そう。……トール、あなたマキアに興味があるのね?」


「……ここ最近、気になる様になった。なぜだろうな……“マキア”の魔法が、切れかかっているんだろうか」


「……」


マキは何も言わない。

俺は彼女をじっと見つめ、彼女の視線の先を探ってみようとした。


「なあ、もう一つ聞いてもいいか?」


「……なあに?」


「……“お前”は何者なんだ?」


「……」


その問いは、様々な俺の予感を表したものだ。


マキは月を見上げていたその瞳だけを俺に向けた。

お互いの視線が交差し、それを妨げる様に、蝶が横切った。


「そう、あんた……」


マキは手すりから飛び降りて、丸くアーチになっている橋の一番高い所から俺を見下ろした。

ただただ、しょんぼりと肩を落として。


「……ごめんね、トール」


「何がだ」


「……」


マキはここで口をつぐんで、何も言わない。


「……ほら、こっちに来いよ。そんな所に突っ立って無いで」


彼女の方に手を伸ばす。戸惑いがちな彼女の手を、逃さぬ様グッと掴んで、引き寄せた。

タタッと駆け下りる様にして、丸い坂を降りたマキは、勢い余って俺の胸に顔面からつっこんだ。


「……痛い」


「あ、悪い」


「……」


ただ、彼女はしばらくそのままで居た。

顔を埋めたまま、縋る様に背中の衣服を掴んで、呟くのだ。


「ごめんね、トール」


「……」


「私は……何もかも、間違っちゃうのよ。破壊して、間違って、また破壊して……。ゼロからイチを作る事が、出来ないくせに……っ」


「……訳分かんねえこと、言うなよ」


「ごめんね、ごめんねトール」


マキはただ、謝り続けた。

肩を振るわせ、でも決して、その顔をさらそうとはしないで。


俺は彼女の頭を包む様にして撫で、覚えのある頭の形や、その肩の位置に、心を痛めた。

何も分からない。納得できていない。予感だけではどうしようもないのに。


だけど俺には、今彼女に、この予感をぶつけ、全てを問いつめる事も出来ない。

月は青白く煌々と輝き、俺たちを冷たく見下ろしている様だ。


「なあ、マキ……俺たちはいったい……」


どこへいってしまうんだろうか。

こんな所まで来てしまったけれど……


とりとめの無い問いかけ。

俺自身、驚いた程、ふと浮かんできた問いかけ。


だけど彼女からの返事は無い。


「……ん?」


急にマキの体の力が抜けた。

ガクンと、抱く体が一気に重くなる。


「お、おいマキ!」


そのまま地面に膝をついて、マキの体を支える様にして、様子を伺った。


「……え」


すう、すうと、柔らかい寝息が聞こえる。


「え、え、え、えええええええっ!!」


思わず声を上げてしまった。

寝てやがる。こいつ寝てやがる!!


信じられない……この空気で、この流れで、寝るのかよ。


「いや、まあ……な。疲れてるよな。旅から帰ってきたばかりだもんな、うん」


棒読み気味の言葉を自分自身に言い聞かせ、長いため息をついた。

マキを抱きかかえ、そそくさと温室を出て行く。


温室を出ると少しばかり寒く感じて、余計にマキの体温が身に染みた。

彼女は無意識に俺に身を寄せ、小さくなって、服を掴む。

その様子がまるで子供の様で、あどけない寝顔はただ可愛らしく思える。


「……トール……」


彼女は、ただ俺の名を呟いた。

弱々しい泣き声で。



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