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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
255/408

21:トール、自分にしか分からない事。

3話連続で更新しております。

ご注意ください。



俺はトール。

シャトマ姫、エスカとの会合を終えた後、俺はフレジール王宮の廊下から出る事の出来るバルコニーに居た。

そこから見えるレジス・オーバーツリーが気になったからだ。


今日は天気が良く、夜だと言うのに、月明かりが何もかもを照らし出していた。

フレジールのメインタワーはルスキアのものよりずっと高く、象徴的だ。


「……」


ふと思い出した様に、俺は胸ポケットから、あるものを取り出した。

赤い雫型のイヤリング。

当然、これは俺のものでは無く、では誰のものかと尋ねられても、答える事も出来ない。

気がついたら、それを持っていたのだ。


ただ捨てられるものでは無い事は分かっている。

それを見るだけでも、ぐっと胸まで上って来る言い様の無い感情があるからだ。


月にそれをかざし、ただただ、透明の歪みに映るガラスの流動を確かめていた。


「おや、トール・サガラーム。まだこんな所に居たのか」


たまたま、その廊下の前を通ったのか、シャトマ姫が声をかけてきた。


「疲れているだろう。さっさと部屋で休め」


「……姫。いや、何となく……眠れる気がしなくて」


「何か気になる事があるのか?」


シャトマ姫は目敏く俺の持つ赤い雫型のイヤリングを見つけた。


「おや……懐かしいものを持っているな?」


「……? シャトマ姫は、これの持ち主を知っているのですか?」


「……おやおや」


彼女はどこからともなく、いつもの扇を取り出し、口元に添えクスクスと笑う。


「それはマキア・オディリールのものだ。彼女はいつもそれを身につけていたよ」


「……マキア・オディリール」


「……」


マキア・オディリール。

誰からも、一度は出てきたその名前。

でも誰も教えてはくれなかった、その人物像。


シャトマ姫は視線だけを俺に向けていた。彼女は何かを俺に期待している様だ。

そして俺も期待している。彼女なら、“マキア”の事を教えてくれるのではないか、と。


「姫。マキア・オディリールとはどのような人物だったのですか? ご存知でしょうが、俺は彼女の事を全く覚えていないのです」


「……ふふ。どんな人物であったと思う?」


「……何となく、皆がぽっと口を滑らせる“マキア”から想像しているのは、気高く、強く、それこそ美しい人物だったのでは、と。誰もが惜しむので」


「あっははははは」


俺の言葉に、シャトマ姫は声を上げて笑った。

何かおかしい事を言ってしまったんだろうか。

彼女は「失敬」と笑いをどうにか押さえて、バルコニーの手すりにもたれた。


「ならば、そなたにとって、“マキア”とはどのような人物であったと思う?」


その問いに、思わず眉をひそめた。


「……それが、いまいち分からないのです。俺の記憶は、“マキア”が居た部分だけ消えている訳ではなく、それに伴う関係性まで曖昧になっています。俺は……そう。少しばかり聞いた事があるのですが、彼女に仕えていたらしい……と言うのは、理解しています。ですが、全くその自覚も意識も興味も無いのです。いえ、無かったと言った方が良いでしょうか。最近になって、やっと彼女に興味が出てきたと言うか。生前、彼女はどのような人物だったのか、と」


「……流石は紅魔女。魔法が行き届いているなあ」


シャトマ姫は俺の言葉から、“マキア”の魔法に酷く感心した様で、口を丸くさせた。


「そうですね。興味まで無くさせた、と言うのが彼女の魔法の範囲なら、それはとても強い魔法でしょう。だって、記憶を封印された事に疑問も、怒りも無かったんですから。ここ一年程」


「ほお。最近はそうでは無いと?」


「……状況が変わってきましたから。マキアの事を隠そうとしていた者たちから離れ、一人で色々な事を考える様になりました。そうすると、だんだんとマキアとはどのような人物であったのか、知りたいと思う様になったのです。なぜでしょう。なぜ記憶を消したんだと、怒りも覚える……」


「……」


自分でも、自分がおかしな事を言っているなと分かっていた。

だけどシャトマ姫は、この事に関して笑う事も無かった。


「なるほど……。では、少しばかり教えてやろうか。そなたと“マキア・オディリール”について」


「……」


「そうだな。マキアは……そうだ。そなたを、とても愛していたよ」


「……え」


思いも寄らぬ事から、教えられてしまった。

俺は思わず顎に手を当て、唸る。


「も、もしかして、俺と“マキア”は、恋人同士だったのですか?」


「……さあ。それは分からん。おそらく誰に聞いても、それは“分からん”と答えるだろうよ。そのくらい、お前たちの関係は良く分からないものだった」


「……」


「ただ、そなたはマキアをどう思っていたのか知らないが、マキアはそなたを愛していた。もうずっとずっと前から。妾は良く覚えている。マキアと、“そういった”話をした事をな」


クスクス笑いながら、シャトマ姫は空に浮かぶ月に手をかざした。


「妾とは正反対の娘だった。いや、正反対でいて、対照的だからこそ、似ていたとも言える。彼女は真っ赤で、華やかで、感情的で、でもどこか冷静だった。いや、諦めと身の程を知っていたと言った方がいいのかもしれない。……そう、彼女は自分が死ぬ事を受け入れていた。ただ、最後まで、そなたの心配をしていたよ」


「……俺の……心配……?」


「ああ。……そなたを、一人にしてしまうんじゃないかと」


「……」


ドクン。

その言葉が、何も知らない俺の心臓を鼓動させる。

目の端にチラチラとうつり込むのは月明かりではなく、赤い塵の様な煌めき。

シャトマ姫は俺に探る様な視線を向けていた。


「妾の話は、参考になりそうかな?」


「……はい」


いや、何も分からない。

シャトマ姫の言葉は何もかも抽象的だった。

ただ確かに教えられたのは、彼女が、マキアが、俺を愛していたのだと言う事……


全くもって、自覚も無い。


シャトマ姫は「では、月光浴でもしながら物思いにふけるといい」と、情報投げっぱなしで去ろうとしたから、俺は再び尋ねた。


「あの、俺は……俺は“マキア”を、愛していたんですか!?」


二度目だ。

もう一度確認したかった。

シャトマ姫は顔だけで振り返り、困り顔で言う。


「知るか」


と。

俺は硬直。


「そもそも、妾とそなたが語り合うようになったのは、“マキア”亡き後だ。それ以前、妾はそなたとほとんど語り合った事も無かったし、そもそも恋話をする仲でも無かろう」


「あ……はい」


「そなたのような“すかした野郎”が、誰それ構わず、内に秘める思い人を教えるのか?」


「……」


「結局それは、そなたと、“マキア”以外、知らない事じゃないのか? いや、マキアも知らないのかもしれないな。そなたしか知らない」


シャトマ姫の言う事は全てもっともで、俺は言葉も無かった。

だが、そなたしか知らないと言われても、俺も知らないと言う仕方無さ。


小さくため息をついて、再び手のうちにある赤い雫のイヤリングを見つめた。

マキア……お前は一体、なんだったんだ。


「ああ……そうだ。眠れないのなら、このバルコニーを降りた所にある庭園にでも行くと良い。きっといいものがあるよ」


「……いいもの?」


「……ふふ」


意味深な言葉を残し、シャトマ姫はその淡い絹の様な髪を揺らしながら、ピンと伸びた背筋のまま立ち去った。その姿は女性的な優美さと、勇ましさすら感じられ、本当に食えないお姫様だと内心思ったり……


ただ、庭園か。

いいものがあるとは、いったい何の事だろう。




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