20:マキ、ぐうの音も出ない。
2話連続で更新しております。
ご注意ください。
私はマキ。
ひょんな事からフレジール王宮に戻ってきた。
スズマが荘厳なフレジール王宮の宮殿内に気を取られながらも、私の後をついてくる。
「ねえカノン将軍。あんた、フレジールに戻ってきていたのね」
「……」
私たちの先頭に立ってサクサク歩いていた彼に声をかけた。
カノン将軍はルスキア王国に駐留している第七艦隊の隊長でもある為、フレジールとルスキア王国をマメに行き来しているらしい。
カノン将軍は一度立ち止まり振り返ると、スズマを見下ろして瞳を細めた。
「……そいつか」
「そうよ“勇者”様」
シャトマ姫には伝えていた事だが、この子はシュマの生まれ変わり。
カノン将軍は勇者だった前世の、思い出の中に居るシュマの面影を探しているのか、何とも言えない表情だ。
「……勇者様?」
スズマがピクリと反応した。
「あれスズマ、勇者の伝説を知っているの?」
「うん! 僕の居たオアシスの辺りでは、勇者の伝説はとても有名だよ。悪い奴みんなやっつける、凄い人だったんだ!!」
「……」
ふ、ふーん……なんか複雑。やっぱり勇者って英雄扱いなのよね。
そう言えば、勇者って東の大陸の小さな村で見つかったんだっけ。
スズマは東の大陸の子供なら誰もがそうするように、“勇者”に憧れを抱いている様だ。
「勇者様は、金の髪と青い瞳をもっていたって、聞いたよ。……この人、その通りだねえ」
私に向かって楽し気に語るスズマ。
あらやだ、この子本当に勇者が好きなのねえ。
「……だってよ、勇者様」
「……」
ニヤニヤした顔を勇者に向けたけど、彼は軍帽のつばを掴んでふいとそっぽむいて、またツカツカと進んでいった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
本当に相変わらず、愛想が無いわね。
私とスズマはある部屋に通され、小汚い格好をフレジールのキラキラした女官たちにクスクス笑われた。
「あらあらあら、洗いがいのありそうなお嬢さんと坊ちゃんだこと」
そう言って、笑顔の女官たちが私たちをそれぞれ違う浴室へ連れて行った。
「お、おねえちゃ〜〜〜んっ」
「スズマ〜後でね〜」
スズマは知らない場所で妙なお姉様方に連れて行かれ、恐怖の面持ちで私に手を差し伸べていたが、私は緩く返事をして、押しの強い女官たちに流されるまま。
その後も、されるがままですよ。
髪も体も、みんな綺麗にしてもらって、マッサージまで。なんかもうもみほぐされたりオイルとか塗ったくられたりして、私は贅沢な一時を満喫した。
「さあ、こちらに着替えてくださいな。シャトマ姫様からのプレゼントです」
持って来られた着替えは、真っ赤な絹地のドレス。
「わあ……」
そう、まるで“マキア”が着ていたものにとても近い、腰をキツく縛るタイプの。
あんまり懐かしくて、そのドレスを持って自らに当て、くるりと一回転。
「……」
多分私は心ときめいていたのでしょうね。
真っ赤なドレスが大好きな紅魔女だったんだもの。
慣れた手つきでコルセットを締めて、そのドレスを着る。
滑らかな手触りと、腰のピンと伸びるこの感じ、息苦しさ……何もかもが懐かしいわね。
大きな鏡の前で見るその姿は、マキアとは少し違うけれど。
「……わああ、お姉ちゃん、まるで別人みたいだよ。凄く綺麗だね」
用意された客室で、女官にお菓子やジュースを貰ってちやほやされていたスズマが、ドレス姿の私を見て驚いていた。
「昔はねえ、お姉ちゃんもこういうの良く着てたんだけど」
「お姉ちゃんってもしかしたら結構偉い人?」
「……うーん、高貴な時代もあったかもしれないわね」
「へええ、そうなんだ」
いまいち信じていないけれど、取りあえず頷いとこうと言う様な反応のスズマ。
仕方ないわね。高貴な生まれのお嬢様だったら絶対しない様な事、沢山してみせたしね。
「あーあ、お腹空いたわ」
私がスズマの隣の席に着くと、女官たちはその衣をなびかせススッと散っていき、私たちの目の前に豪華な食事を並べ始めた。
「ねえお姉ちゃん、僕、これからどうなるの?」
「……」
食事の途中、スズマが私に尋ねた。
「僕、こんな事になるなんて思っても見なかったよ。オアシスにいた時はね」
「そうでしょうね」
「僕、どうすればいいの?」
スズマは現状に戸惑いながらも、どこか落ち着いた口調で再び尋ねた。
「まあ、しばらくはここに滞在する事になると思うけれど……あんた、あのエスカに白魔術を教えてもらいなさい。精霊魔法を少し覚えておいた方が良いわ」
「……あの怖い顔のお兄ちゃん?」
「そうそう、あの凶悪な顔の」
スープを飲みながら、ゆっくりと頷く。
スズマは微妙な顔をした。
分かりやすい子ね……
「と言うか、あんたはどうしたいの? 私、思わずあんたをここまで連れてきちゃったけれど……もしあんたがオアシスに帰りたいって言うなら……」
スズマがオアシスに帰りたいと言い出したら、私にそれを止める権利は無い。
だけどスズマは宙を見つめ、何やら考えていた。
「……うーん、オアシスの人たちにはお世話になったけれど、僕はずっとあのオアシスから出て行ってみたいなって思ってたからなあ」
「そうなの?」
「うん。世界を見たいと思ったし、色々な事を知りたいと思ってたんだよ。あのオアシスだけがこの世界の景色だとは思えなかったんだ。何故だろうね……僕はあの場所しか知らなかったはずなのに」
「……」
本当に、どっしりと落ち着いた魔力を持った子供だこと……
私は蜜茶を飲みながら、視界に映るスズマの魔力の流れを確かめ、目を細めた。
落ち着いた口ぶりと同じ、乱れない穏やかな魔力。
あの聖地ヴァビロフォスに漂う洗練された魔力と似た色をしている。
「それにお姉ちゃん、僕に会って欲しい人がいるって言ってなかった? それってだあれ?」
「……それは……」
私が言葉に詰まると、彼の側で大人しくしていたハリネズミの精霊ウプーが「白賢者様…」と小さく呟いた。
「しろけんじゃさま?」
「……あんた勇者の伝説を知っているのなら、勇者のお師匠様が誰だったか知っているのでしょう?」
「うん。東の白賢者様……。でも、その白賢者様なの?」
「……だったらどうする?」
思わず笑みがこぼれた。おとぎ話のキャラクターを信じる子供に夢物語を語っている様で。
だけどスズマはパンを頬張る手を止めて、私をじっと見つめる。
困った様な顔をして。
「お姉ちゃん大丈夫? 白賢者様は2000年前の人だよ。もう死んじゃってるよ」
「……」
スズマは、現実的な子供でした……
「ば、バカね。そんな事お姉ちゃんだって分かってるわよ。あんただって、さっきあの彼の将軍の事『勇者様だ〜』って目を輝かせていたくせにっ!!」
あまりに残念そうな瞳で私を見つめていたので、慌てて反論した。
でもスズマの表情が変わる事は無い。
「それはあくまでも“特徴が一致しているね”って意味だよ。お姉ちゃん、まさか本当に僕があの人の事を“勇者様”だと思っているとでも思っていたの?」
「……」
ぐ、ぐぬぬ。
スズマ、恐ろしい子。
「ま、まあ良いわ。……あとで見てなさいスズマ」
表情を引きつらせながらも、言い返す正しい言葉も出て来ないので……
肉料理をガツガツ食べながら「あらこれ美味しい」と話を逸らした。
スズマもその後は、初めて食べた御馳走を夢中になっていた。
お腹がいっぱいになった後はうつらうつらとし始めて、客間のベッドの上にコロンと転がって眠ってしまった。
私はそんなスズマに掛け布団をかけてあげ、しばらく彼の傍らに座り込んでいた。
すると、渋い声が私に語りかける。
「……紅魔女、スズマをどうするつもりだ?」
「あら、スコラピオーネ……あんたが私に話しかけるなんて珍しいわね」
くすくす笑って、黒いサソリを摘んで持ち上げた。
サソリの精霊スコラ・ピオーネだ。
「別に取って食おうって訳じゃ無いわよ。スズマの魔力を知っているでしょう? この子は今後、魔力の使い方を覚えなければならないし、それに……私はユリシスに会わせてあげたいわ」
「……ユリシス……それが“今”の白賢者様の名か?」
「そうよ。あんたたちだって、尊い白賢者様に会いたいでしょう」
精霊たちの白賢者への敬意や忠誠心は計り知れない。
ハリネズミのウプーは懐かしさからめそめそ泣き出した。
ハチドリのプラナはスズマを起こさない様に大人しくしているけれど……
「今はまだここから動く訳にはいかないけれど、私があんた達をかならずルスキア王国へ連れて行ってあげるわ。ルスキアは今やもっとも安全な国よ。緑の幕は完成したんだもの……」
天蓋を見上げて、私もまた懐かしきルスキア王国を思い出していた。
ドレスを着ていると、あの頃を思い出す。もうずっと昔の事の様な、“マキア”の時代を。
「と言うか……カノン将軍が今こちらに帰ってきているのなら、あいつがルスキアに戻る時にスズマたちを連れて行ってもらっても……そっちの方が早いかも。スズマ、カノン将軍になら懐きそうだし」
なんか良い事思いついた、と人差し指を立てたその時、タイミング良く扉が開く。
「それは不可能だ」
そう言って現れたのは、噂をすればなんとやら、カノン将軍でした。
「何……あんた私の一人ごと聞いていたの? 悪趣味よ」
「……」
私の文句に、彼は安定の無視。
ただ変わらない表情のままつかつかと寄ってきて、スズマの寝込んだ様子を確かめた。
「……寝たのか」
「ええ。ちょーっと小賢しくて生意気だけど、寝顔は可愛いのよねえ」
えい、と寝ているスズマの頬をつつく。
精霊たちが彼に寄り添う様にして、丸くなっていた。
白賢者の子だったスズマを守っているのねえ……
「トールたちの会議は終わった?」
「……まだ続いている」
「そう。……で、これからどうするの? シャンバルラ王国の巨兵、何かヤバそうだったわよ。流石に王宮の地下だったから、ぶっ壊す事も出来なかったし」
「……シャトマ姫はしばらく注視する事に決めた様だ」
「そんな悠長な事で良いの?」
「“創造王の威光”が発動しているのなら、迂闊に手は出せず、向こうが動き出してからでなければ動けない。ただ、何をしているのか分かっているのなら、手の打ちようはある。……今回はお前にも力を貸してもらうぞ、紅魔女」
「……」
ふっと肩を上げて、私は頷く。
「分かっているわよ。でも、そしたら、この子をルスキア王国へ連れて行ってあげてね。この子……“勇者”の大ファンっぽいから」
「……」
「ねえねえ、嬉しい?」
この無表情野郎をおちょくってやろうと思ったけれど、思いの外、カノン将軍は真剣にスズマを見ている。
バカにし難い空気になっちゃった……
でもそうよね。
かつて、伝説の勇者は白賢者の息子だったシュマと、何度も何度も出会っているんだもの。
シュマの死は、私と勇者が共に死んでしまったからこその悲劇だった。
殺さなくてすむのなら、こいつだって誰も殺していない。
今やっと、この事を勇者と言う存在に対して意識できる……それは本当に、彼を鬼畜な奴だと憎んでいた私にとっては、画期的な事だった。
その後、カノン将軍は諸々の報告をして、足早に部屋を出て行った。
私はフレジール宮殿の本宮と離宮を結ぶ渡り廊下から出る事の出来る、広い庭園へ出て行った。
淡い朱色の花が咲く庭園。ここは以前、私がフレジールへ訪れたとき、シャトマ姫にお勧めであると言われた場所だ。
私はその庭園の視界を遮らない場所から夜空を見上げた。
ここからは、あるものがとても良く見える。
フレジールの王都サフラムは、近年著しい産業革命のおかげで、このメイデーアでも類を見ない程の近代都市を形成しているのだけど、そう。その象徴とも言えるレジス・オーバーツリーだ。
真っ暗な広い空に突き抜ける様な、細長い建造物。
ただただ静かに点滅する赤色灯が、この都市の脈動を表している様で、それを見ていると何とも言えない切ない気分になる。
カラッとした生暖かい向かい風が、私の髪と柔らかいドレスを後方へ運ぶ。
なんて心地の良い夜かしら……
正面から砂の匂いの混じる異国の風を受け入れていた、その時、ふと側で人の気配がした。
目の端で、黒いマントが揺れる。
「……」
ルスキア風の黒い貴族服に着替えた、トールだった。
なんだトールか……と思う事は出来そうにない。
彼は私の姿を、驚きの眼で見つめている。
私もまた、彼のその姿に、何故か言葉が出ず瞬きも出来ない。
風に揺れるドレス、長い髪、庭園での逢瀬。
何もかもが、ただ、私たちには懐かしすぎたのだ。