15:トール、地下牢の声。
3話連続で更新しております。
ご注意ください。
「やるやる、私がやる!! 絶対私がやる!!」
「……」
マキが、外でうろついている兵士を襲うと言って聞かないので、了解して彼女を外に出す。
女の子の可愛い我が侭は、もっと他の事であって欲しかった……
しばらくスズマと「あいつって傍若無人だよね」という話をしていたら、マキが二人程兵士をずるずる引きずって戻ってきた。
マキは無傷だ。
「狩りかよ」
その姿があまりに逞しかったので、思わずつっこんでしまった。
花の女子高生が、これは無いわ。
「しばらく起きないわ。ほら、さっさと身ぐるみはがして、着替えなきゃ」
マキは至って平静で、ガンガンに男たちの鎧を剥いでいた。
まさか、探している者たちが城壁を囲む様に作った空間に閉じこもっているとは、これっぽっちも思っていないだろう。
兵士たちは、俺たちが城外に出てしまったのだと思い込んで、都中を捜索している様だ。
俺とマキは、シャンバルラ王宮の兵士の衣服と鎧を着込んで、城壁に作った魔導要塞から出て、王宮の敷地内をうろついた。
「中央街道に居たらしいぞ!」
「ペオ川を渡って逃げたぞ!!」
などと、同じ格好をした者達に嘘を吹いて、自分たちの周囲から人を遠ざける。
ベタなやり方で王宮へ侵入しようとしているが、案外上手く行くもんだな。
城壁内の兵士たちは随分減って、既に宮殿の内部だ。
「……どこに行くんだっけ」
「地下だ。グリミンドが案内をしてくれる」
脇にこの王宮内部の立体地図を出しておいて、それを確認しつつ進む。
「ああ、汗臭いし重いし」
「お前がやりたいって言ったんだろ。ちょっとは我慢しろ」
マキはすでに、兵士の衣服や鎧に文句を言っている。
お前が狩ってきた戦利品だろうに。
城壁からこの王宮を囲む様にして魔導要塞を仕掛けたのは、この時の為だ。
数時間かけて内部の構造を解析させた。
それが今十分に役に立ち、俺たちを迷い無く、間違える事無く導く。
ひと気の無い場所をピックアップし、出来るだけ騒ぎを起こさない様に……
「おい」
途中、廊下で王宮の役人らしき人間に声をかけられた。
出来るだけ人を避けたとしても、出会う事もある。
「お前達、こんな所で何をしている。ここは黄金証を持つ役人しか入れないはずだ。兵士であっても立ち入り禁……」
しかし、最後まで言葉を言わせずに、マキが手に持つ槍の、刃の無い装飾部分で役人の後頭部を打ち付ける。
そのまま役人は倒れる。
「ふう」
「お見事」
彼女が勝手に動くから、俺は地図にだけ集中していれば良い。
流石は大きな宮殿だ。内部は複雑で、地下への道は本当に限られている。
「地下へは二つの螺旋階段で降りて行ける様だ。外が騒がしい分、王宮内の兵はいつもより少ない様だが、どうする?」
「正面から」
「……って、何でお前、役人の服装に変わってんだよ」
何か隣でもぞもぞしてんなって思ってたら、マキがいつの間にやら、役人の衣装に着替えていた。
ちっ……脇が甘かった。
もう少し意識しとくんだった……
「バカねトール。この役人、結構良いもの持ってんのよ」
マキは顎を突き上げ、偉そうにしている。
何が、と思ったら、彼女は役人の衣服の胸ポケットから、立派な金細工の施された平たいカードを取り出した。
「黄金証よ。このちょび髭、ご丁寧に『黄金証が無いと入れない』って言ってたじゃない。地下の螺旋階段、これで正面から入っていく事が出来ないかしら」
「ああ……なるほど」
一応マキにも考えがあったんだな。
マキは大きな役人の服をずるずる引きずり、深い帽子を目の下にまでかぶってしまいながらも、どうだと言わんばかりにのけぞった。
まるで子供が偉そうにしているみたいで、可愛らしい。
とりあえず帽子を上にずらしてやった。
螺旋階段の前で黄金証を見せると、螺旋階段の中へはあっさり通過する事が出来た。
俺は役人に扮するマキの付き添いの兵、と言う形で。
「ここまではちょろいわね」
「ここまでは……な」
あまりにあっさりと、ここまでやってきたものだ。
敵が間抜けすぎるのか、俺たちがはめられているのか……どっちにしろ、進むしか無い。
長い階段を、ぐるぐるぐるぐる降りて行くだけと言うのは、いささか不安を煽るものだ。
「それにしても、熱くなってきたわね」
マキが役人の衣服の袖で、額の汗をぬぐった。
確かに、地下に工場があると言う事で、もわもわと上がって来る熱気と魔力が煩わしい。
「工場って、一体何をしてるんだと思う?」
「……さあな。転移装置も多く備わっているらしいが」
螺旋階段は途中、いくつもの階層に降り立つ事が出来た。
どの階層も暗くじめじめとしていて、一つ一つを探るにはあまりに広い空間の様だった。
とにかく、一番下で何が行われているのか、それを探らねば意味が無い。
そう思って、途中の階層は無視し続けていたのだが、ふと、俺はある階層で足を止めた。
何かの鳴き声がしたからだ。
「トール?」
「い、いや……なんか、この先から聞こえなかったか?」
マキは首を振る。
俺にだけ聞こえたのだろうか。……いや、本当に小さな、掠れる様な鳴き声だった。
俺の耳に届いたのは、それがどこかで聞いた事のある鳴き声だったからだ。
「すまない、少し調べさせてくれ」
「……良いけれど、あまり時間は無いわよ」
「分かっている」
おそらく、後少しで地下の工場へたどり着けるのだろう。
だけど俺は、その鳴き声がどうしても気になったのだ。
まるで地下牢だった。
というより、おそらく地下牢だ。
じめじめとした空気は、そこが何の為に利用されていたのか分かると、いっそう陰気な匂いになる。
「……なんか居る」
マキが一つの牢屋を指差した。
そこには身を小さくして震えている、黒い塊がある。
よくよく周りを見てみると、鉄格子の中にはそれぞれ、二、三の黒い塊が、大なり小なり確かめる事が出来る。
それらは生物のようだったが、言葉を発する事も、暴れる事も無く、その牢屋に収まっていた。
「……魔族」
ぼそっと、口をついて出てきた、そいつらの正体。
俺にはすぐに分かった。とは言え、2000年も前の、俺が治めていた魔族達とは、随分と風貌も変わってしまって、もはやもの言わぬ化け物の様になってしまっているが。
ずっと進んで行くうちに、禍々しい魔力が強く感じられる。
そして、長い地下牢の連なる通路を抜けたと思ったら、円形の天上の高い場所に出た。
そこに捕えられているものを、俺は見てすぐ理解する。
「グリメル……っ!」
グリメル。
雄々しい肢体を持つ、黒い魔獣だ。
一般的にはドラゴンと呼ばれるのかもしれない。
俺が昔、背に乗って大空を駆けた魔獣だ。
グリメルは体中を縛られ、黒く頑丈な鎖につながれ、あちこちに楔を打ち付けられていた。
「……なんとも珍しい。何とも運命的。……黒魔王様ではないですかね」
嗄れた声がした。
グリメルの声だ。
「まさか黒魔王様にもう一度お目見えできるとは……。長年の苦痛も報われると言うもの」
グリメルは息も絶え絶え。こいつは、とんでもなく長寿の魔族だ。
種族は居らず、たった一匹だけで生きていた。魔獣の体をしていながらとても賢く、俺にとっては部下と言うよりは、意見を貰う貴重な存在だった。
当時ですら、1000年は生きていたと聞いていたが……まさかまだ生きていたとは。
「なにこれ。胸くそ悪い仕打ちね」
マキがグリメルを縛る鎖を見て、顔をしかめた。
俺は2000年前の仲間と出会い、言葉を失ってしまっていたが、グリメルの足の鱗に触れ慌てて問う。
「お前……どうしてこんな所に!」
「……黒魔王様。いえ、黒魔王様の生まれ変わり様、ですか。……世界は変わりました。もうあなたの様な、魔族を愛してくださる方はいらっしゃいません。……魔族は皆捕われています」
「……捕われている?」
「ええ。北の大陸の、エルメデス連邦めが、魔族をみな捕えているのです。1000年前、大規模な魔族狩りがありましたが……まだ小規模ながら残っていたアイズモアも襲われ、そこに居た我々は皆捕われてしまったのです」
グリメルは真っ黒な瞳に、少しばかり青い光を灯した。
こいつは黒い体をしているが、魔力が体を巡る時、それが青い光となる。
「魔族は生ける材料です。そう……最初からそうだったのに、私たちは個々の命を望んでしまった。ああ、創造主様の命を忘れ」
「……グリメル? 何を言っているんだ」
グリメルは落ち着いて見えたが、声が震え、少しばかり怯えている。
不穏な言葉が、いくつか見え隠れしている。
「私は最初から生き続けてきた魔族。魔族の“最初”から」
「魔族の最初? 何だそれは」
「最初でございます。創造主様が我々を作ってくださった、最初から……。“銀の王”様に命を頂いたあの時から。我々はただの、肉の材料だったのです」
「……」
グリメルは長生きだ。
それは知っていたけれど、魔族の最初って……それはいったい……
「黒魔王様。この牢には多くの魔族が捕えられております。皆、北の大地で捕えられ、ここに転移させられた魔族ばかり……黒魔王様に仕えていたものもおります」
「……何だって?」
いったい、何のつもりだ。
何の為に魔族をここへ転移させたんだ。
「黒魔王様、このような姿で生き続ける私を哀れと思うのなら、どうかあなた様のお力で私を討ってください」
「バカを言うな!」
グリメルは弱々しい視線を俺に向けていた。
分からない事だらけだったが、とにかく、グリメルをこのような酷い仕打ちから解放してやりたいと思った。こんな事をした奴には、後で目にものを見せてやる……
「トール!!」
突然、マキが俺の名を呼び、襟元をグッと引っ張って俺を後ろに倒した。
瞬間響いたのは銃声。
「……っ」
尻餅をついたが、それはまだマシだったと思える。
銀色の弾丸は俺の目の前すれすれを通り、壁に弾かれた。
「あ〜あ〜……まさか、もうここまでやってくるとは……流石だねクロンドール……」
銃を放った主の声は、予想外なものであった。
でも、知ってる。
「……イスタルテ・シル・ヴィス・エルメデス」
思いの外、俺は冷静だった。
おそらく、青の将軍とは違った意味で、厄介な存在である事は確かなのに。
銀色の長い髪を、高い所でツインテールにした、見た目こそ可憐な少女だ。
だけど、その紅の瞳は、ただの少女には滲ませる事の出来ない狂気を感じる。
連邦の、若君だった。




