13:トール、ちょっとだけ壊される。
俺はトール。
シャーハリーの中心に位置する、シャンバルラ王宮の城門の周りをうろうろしながら、ある仕掛けを施していた。
城壁の周りに張り巡らせているのは、ここから外出禁止の結界および、魔導要塞 “雲の煙突”。
俺が城壁の中で事を起こしても、重要人物を逃さない為の結界の役割をもち、城壁の至る場所に転移できる。
王宮内を行き交う魔術の解析も一気に行ってくれる“ミミズクの部屋”という魔導要塞も雲の煙突の中に設置した。
シャンバルラ王宮はルスキア王宮の背の高い城と違い、平たく広い造りになっている為、城壁を一周するだけでも随分と時間がかかった。
今晩にもシャンバルラ王宮に忍び込み、確かな情報を得る事が出来れば……
「さて、宿に戻って飯でも食うか」
とは言え、焦っても仕方が無い。俺は慎重な男だ。
地味な作業を終え、飄々と立ち去る。
もう夕方だ。
大通りに王都の活気は見当たらず、寂しい国だなと改めて思ったものだ。
丁度、宿への曲がり角に至った時、前方から思いきりぶつかって来た小さな衝撃。
ぶつかって弾かれる様にして倒れたのは、宿主の養女であるターニャだ。
俺もよそ見をしていたのが悪かった。
彼女はガタガタ震えていて、立ち上がる事すら出来ずにいた。
「ターニャ。いったいどうしたんだ」
俺は彼女の手を引いて立ち上がらせると、乱れたポニーテールと、汚れた衣服を見て、顔をしかめる。
ぼろぼろと涙を流しながら、ターニャは肩を震わせていた。
『助けて……助けて……っ。あの人が』
脳内に響いた声。
ターニャの言葉だと、すぐに分かった。
「……お前」
こういう魔法があるのは知っている。確か、テレパスだ。
ターニャは口がきけないから、テレパスを使って俺に言葉を伝えているのだ。
「何かあったのか? ほら、宿に戻ろう」
何があったのか気になったが、彼女がこの様子では……
薄暗くなってきた、どこか気味の悪い夕暮れ時。
ギロギロとねちっこい視線を感じながらも、俺はそれらを一瞥し、ターニャを連れて宿に戻った。
宿に帰ると、ターニャはマクナムの腕に抱きとめられ、しばらく泣いていた。
マクナムも、なかなか帰って来ないターニャを、丁度探しに行く所だったようで、俺たちが宿に入るや否や、厳しい顔が少しばかり緩んだ。
やっと落ち着いた今じゃ、ターニャはマクナムの隣にぴったりくっついて、頭を撫でてもらっている。
「ターニャが、新しい客のお前に、御馳走を用意したいと張り切っていた。香辛料が切れていたから、買いに行っていたんだ。なかなか望みのものが見つからなかったんだろう。夕方になる前に帰って来いと言っていたのに……。それにしても、本当に良かった。お前が無事で」
「……」
ターニャは、よりぎゅっと、マクナムにくっついていた。
どうやら彼女は人攫いにあって、何とか逃げて来たらしいのだ。
「マクナム。……さっき彼女とぶつかった時、何と言うか……脳内に声が聞こえたんだ。直感で、ターニャの声だと思ったんだが」
「ああ。たまに、そう言う事がある。ターニャは少しばかり、他人より魔力が多いようだ。だからなのか、生まれつき言葉を発する事が出来ないからか、強い意志を発した時、彼女の心の声が我々に届いたりする。そう……特に、お前さんの様な魔導に通じている者は、受け取りやすいんだろう」
「……なるほどな。自然と、テレパスを身につけたのか」
俺は先ほどから、この事が気になっていた。
ターニャはパッと顔を上げると、俺をじっと見て、何やら困った顔をしたり、口を開けたり。
「……何か俺に、伝えたい事があるのか?」
「……!」
彼女はコクコクと頷いた。
顎に手を当て、考察。彼女とぶつかったときの事を思い出した。
「ターニャ、さっき俺とぶつかった時、お前は、あの人がどうとか、言っていたな。いったいどういう事だ」
『……人攫いから、助けてくれた人が居たの。その人、もしかしたら、私の代わりに捕まっちゃったかもしれない』
ターニャは俺をじっと見つめ、意志を伝えた。
俺はそれを受け取り、頷く。
「どんな奴だ?」
『長い、緩やかな黒髪の、綺麗な女の人。不思議な服を着てた。短い、スカートの……』
「……」
ん?
思い当たるシルエット。
いやいや、しかし、旅人に妙な格好の奴は多いし……
だけど、顎に手を当て、唸らずにはいられない。
マクナムとターニャは顔を見合わせ、俺の様子を不思議そうにしていた。
「分かった。人攫いの件も、少しばかり調べてみよう。もしターニャを見つけたのが“あいつ”なら、探す手かがりは、無い事も無い」
『……ほんと? トールさん、あの人の事、知っているの?』
「おそらく、な」
無言のターニャと、言葉を発して返事をする俺。
端から見たら不思議な光景だ。
俺はその後部屋に戻って、ターニャを助けたであろう人物の手がかりになる、あるものを荷物から取り出した。
そう。俺と共に地下通路を旅した“マキ”に貰った赤い石だ。
「大した情報量じゃないが……しかたない。これでダメなら、足で探そう」
そのくらいの気分で、俺はその石を片手に持ち、王都シャーハリー全体を表示した立体魔法陣を作り出した。
「この石の、一つ前の持ち主の魔力を探れ」
そう命じる。
石は魔法にも使われやすい媒体で、様々な魔力や情報を記録しやすい。
例え、少しの間マキの手元にあっただけの石でも、微弱に彼女の魔力を覚えていて、それを察知する事が出来る可能性がある……
しかし、俺の予想は良い意味で裏切られた。
石に残っていた微弱な魔力と同じ物をすぐに察知し、強く赤い光を立体魔法陣の上に浮き上がらせたのだ。
こんなにはっきりと本人の居場所が分かるには、本人の肉体の一部を持っているくらいでなければならないと言うのに……
どういう事だ、と思う前に、俺はマキの居る場所に注目した。
「……王宮?」
その赤い光は、城壁の内側にある。
そう、王宮の敷地の裏手側の、ずっと奥の方に乗っかっていた。
はて、どういう事だろう。
実はマキは、シャンバルラ王宮の者……だったり?
いやいや、あいつは、助けたい人がいると言っていた。あの言葉を信じるなら、今王宮にいるのも、その為かもしれない。
それとも、ターニャの言う通り、彼女を助ける際人攫いに捕まったのか……
でもマキが、たかが人攫いに捕まるというイメージが出来ずにいる。
何故だろう。あいつはそんなたまじゃないと、心の内で思っているのだ。
そうは言っても、気がかりで仕方が無い。
立ち上がり、剣を腰に差し、気がつくとてきぱきと準備をしてしまっていた自分。
すぐにでも、王宮へ向かわねばと思った。
ちょうどその時、ドン、と身に感じた不吉な感覚。
「な、なぜ……?」
あ、あり得ない。
俺の仕掛けた魔導要塞の一部が、破壊されただと。
慌てて立体魔法陣を開き、どの場所が破壊されたのか確かめる。
「……は?」
そしてすぐに、焦りは呆れに変わった。
マキの奴だ。彼女の居た位置が移動して、俺の魔導要塞にまんまと引っかかっている。
おそらく、彼女は城壁の一部に穴でも開けて、その中に入ったのだろう。
そして、俺の魔導要塞はマキの魔力に反応して、彼女を“重要人物”だと判断し、捕えた。
「なにやってんだあいつ……」
助けに行こうと思ったのに、何と言う事だ。立場無し。
しかし、俺の魔導要塞を破壊するなんて……
「あ、ああああ。あいつ、せっかく作った俺の魔導要塞、破壊し始めた!!」
慌ててその場で指をパチンと鳴らし、俺は自身の仕掛けた魔導要塞の中へと消えた。
行き着いたのはモノクロの、天上の高い魔導要塞 “雲の煙突”の中。
どこを触っても柔らかい素材で出来た、多重要塞用の軽い幻想空間だ。
「……あ」
槍をグザグザと、雲の様に柔らかい地面に突き刺していたマキを見つけ、彼女の手を後ろから取った。
マキは振り返り、俺の顔を見てきょとん。しかしすぐに、ニヤリと笑った。
「やっぱり、あんたの空間だったのね……分かってたけど」
「……お前な。俺がちまちまと構築したこの空間に、傷をつくりやがって」
「全壊してないだけ良いでしょう。本当ならぶっ壊して、ここを出ていっても良かったんだけど。そしたらあんた、いつもみたいにリスクでぶっ倒れちゃうでしょう」
「はっ。これは幻想100%の空間だ。さほどのリスクじゃねーよ」
答えながら、少しばかり違和感を感じる。
こいつ……いつもみたいって言ったな。こいつの前で俺の魔導要塞を使ったのは、初めてだったと思うが。
マキは槍をくるりと回して、刃を上に向けた。
「さよならしたばかりなのに、一日ももたなかったわねえ」
「……」
切な気に、そんな事を呟いて。
「それにしても、これはどういう事だ。女や子供だらけじゃ無いか」
「ああ。……ほら、私、探している子がいるって言ったでしょう。奴隷市を覗いたり、調査したり、誘拐魔から幼女を助けてあげたりしてるうちに、王宮に辿り着いたって訳。どうやら、王宮が秘密裏に、女や子供を攫ってたみたい。何に利用してんのかはまだ分からないわ」
「なるほどな。……いただけねえ話だな」
マキの側には、10歳そこらの、白い髪の少年が。
突然現れた俺に驚きつつ、俺とマキの会話を追っていた。
「って、こいつ精霊を連れてるじゃねーか!!」
すぐに気がついたのは、この少年の側に、ぼんやりと精霊が見えると言う事。
知ってるぞ。プラナと、スコラ・ピオーネと、ウプーだ。ひそひそと「黒魔王だ黒魔王だ」と。
どうにもとげとげしいな。
「お姉ちゃん……このかっこいい人誰?」
「お、良い事言うな少年」
少年は俺を指差してマキに尋ねた。
見る目があるじゃないか少年。
マキは何故か、あからさまにチッと舌打ち。
「はん。見た目が良いだけよ。中身は良くも悪くも残念。不運にまみれた男よ。以上」
「……なんでちょっと前に出会ったばかりのお前にそんな事言われないといけないのかな?」
いやしかし、端的に俺の事を言い表しおった……
否定できない自分が悔しい。
「……お前だって、ちょーっと可愛くてスタイルが良いだけの、高飛車じゃねーか」
「……」
悪口を言ってやったつもりだった。
つもりだったが、何故かムッとしつつも、頬を赤らめるマキ。
「ふっ……ゴホン。……ふーん」
ひとりでに笑ってるし。
訳が分からん……
「か、可愛い、ねえ……」
「おい、もしかして良い所だけしか聞いてないとか?」
俺の周りをグルグルと回って、しまいには槍を抱き締めたまま、どこかふらふら行ってしまい、ズボッと、特別柔らかい所に足を取られて、埋もれてしまった。
「あーあーっ、助けてトール!!」
「ああ、もう……。ダメダメだな」
「こんな所に落とし穴なんて作ってんじゃないわよ!!」
「別に落とし穴じゃないけど」
「欠陥住宅よ!!」
「……」
文句を言いつつも、俺に手を伸ばすマキ。
仕方ねーなと、嫌みな笑みを浮かべ、ちょっと高みから彼女の手を取り、引き上げる。
「何よその顔。腹立つわね」
「あ、悪い。そこも欠陥」
「あ、きゃあ!」
ちょっと意地悪をして、マキが立ち上がった場所に再び柔らかい部分を作った。
また、肩まで埋もれてしまったマキ。
「く、くそ〜っ、トールのくせにっ!! あとで見てなさいよ」
顔を真っ赤にして怒るマキを見て、してやったり、と思ったものだ。