12:マキ、無敵の赤となる。
「えー今から、あんたたちをみんな、外に出してあげます。大人しくついてきなさい」
「……はい」
ぼんやりした声の子供や女性たち。
私の命令は良く聞いているけれど、これじゃまるで私がこの子たちを操って連れて行くみたい。
だけど、仕方が無いわね。
勝手にあちこち行かれたり、騒がれたりしたらたまんないもの。
「じゃ、行くわよ」
色々考えたけど、やっぱりもう、まっすぐ突っ切る事にした。
私には破壊することしか出来ないのだから。
持っている槍が、私の意志を汲んでチリチリと赤い光を散らしながら、大きなバズーカ砲となった。
「ぶっ壊せ!」
踏ん張りを効かせてバズーカ砲の弾を放つ。まるでエスカみたい。
爆音を伴い倉庫の側面が爆発。
瞬間、バズーカ砲は粒子となり、薄く赤い、六角形の結晶が組み合わさったような表面の結界を展開。
それは簡単に私たちを守った。
ああ、なんて便利な神器かしら。
「ほら、行くわよ」
「お、お姉ちゃん、本当に大丈夫なの? なんかもう力任せっぽいけど」
「……大丈夫大丈夫」
分かんないけど。
でも、横暴が許されるのが私の力だもの。
スズマは心配しつつも、どこか愉快そうだった。
まるでハーメルンの笛吹き男。
子供たちをずらずら引き連れて、まだもくもくと立ち昇る煙の中を進んで行く。
「何だ、何の騒ぎだ!!」
「女子供たちが脱走しているぞ!!」
そんな慌てた声が聞こえ始めたのは、私たちの列が全て倉庫から出てしまってから。
子供たちは三列、規則正しく歩むため、はたから見たら奇妙な光景よね。
倉庫を出て分かった事は、ここはとても王宮に近い場所だったと言う事。
と言うより、王宮の城壁の中なのだと思う。きらびやかな宮殿の裏側をずっと進んだ場所に並ぶ、倉庫。
倉庫の中より明るいのは、月が雲に妨げられる事無く、煌々と輝いているから。
それに照らされているモスクに似たドーム型の王宮が、とても近くに見える。
「止まれ!!」
ただただまっすぐ進み、私がぼんやりその造形を見上げていたら、いつの間にか数人の男に囲まれていた。
どうやら王宮の兵士らしく、皆銃を構えている。
横目に彼らを睨み、片口を上げて微笑んだ。
「びっくりよねえ」
大げさに言う。
「奴隷狩りで集めた子供たち、どこへ行ってんのかと思ったら王宮のこんな所に集められていたなんて。王宮に集められてたって事は、王様か王族か……はたまた大臣様か、この国のお偉いさんがこんな事をしてたって事でしょう? 一体何の為に? 権力者の考える事は分からないわ」
「黙れ賊め!」
「ぞく〜? どっちが賊だって言うのよ。奴隷の子供たちが足りなくなったら、街で誘拐までして。もっともっと沢山居たのでしょう? こんな100人足らずじゃないでしょう。いったい、どこでどうしてしまったと言うのかしら。まあね、昔から若い女や子供は、何かと魔法の材料に使われて来たからね。美女の血は長寿の妙薬とも言われているし……」
まあ、主に最後のは、紅魔女が原因で言い継がれた事ですけど。
「使い道なんて山ほどあるわよね。魔法に対価は必要なものだし。だけどねえ、必要なら自分たちでまかないなさいって言うのよ。“あいつ”なんて、自分の体の肉を対価にして、死にかけながら魔法使ってんのに……。私だって、たらたら血ぃ流してさあ……」
人差し指をたてて、やる気のある様な無い様な説教をしていた。
銃を向けられても口を閉ざさない私や、暴れる事も無くただぼんやりと見つめて来る女子供たちに、兵士は戸惑いを隠せていない。
ああ、ここは簡単に突破できるわね。
人差し指に、どこからともなく飛んで来た、半透明の赤い鳥。
くちばしでつつく指先から、血がタラタラと流れ始めたら、スタート。
「今から赤い鳥が、あんた達を全力でついばむから、死にたくなけりゃ必死になって逃げなさい」
まるで、そこらに餌でも撒くように、ぱっぱっと手をはらう。
溢れた血は地面につく前に鳥の形を成し、宙を旋回すると兵士たちを四方八方からつつき始めた。
「ぎゃああっ、やめろ!!」
あちこちから悲鳴が聞こえ、兵士たちは銃を落としたり、無意味な場所に発砲したりした。
鳥を打っちゃったら、ダメよ。
そいつは爆弾でもあるから、爆発しちゃうわよ。
「はーい、じゃあそのまま突っ切りまーす」
ずらずらとついて来る子たちを、まるで先生のように先導して、まっすぐまっすぐ進んで行く。
無数の鳥たちにつつかれ、追いかけ回されている兵士たちを見学しながら。
「……こわい」
スズマがぼそっと呟いて、心無しか震えていた。
たとえ、目の前に大きなオブジェがあろうと、樹があろうと壁があろうと、それらを避けて歩く事なんてしない。文字通りまっすぐまっすぐ進んでいる。
何故かと言うと、私はあまり方向感覚が良く無いからだ。
基本的に私は、入り組んだ場所なんかに一人で行くと、一度は道で首を捻る。
だいたいトールが方向感覚が良すぎたのが悪い。
あいつと一緒に行動する事が多すぎて、私は道を確認したり覚えようとしないし、あいつについて行けば良いと考えていた。
そう言えば、地球でもそうだったな。
都会の入り組んだ場所に行くとさ、透や由利は一度地図を見たら、すぐにそこへ行けちゃうけど、私は何度迷子になった事か……とくに大きな駅は最悪。
その度に透の奴がケータイに電話かけて来て、私を探しに来たっけ。
「お前今どこにいんの?」
「東口だけど」
「西口って言ったじゃん」
「西口がどこか分かんない」
「近くに何が見える?」
「……ん……ん〜……ヨ◯バシカメラ……も〜訳分かんないよぅ!とおる〜っ、迎えにきてよ〜」
「あ、分かった。……じゃあお前ヨ◯バシの前で待ってろよ」
みたいなやりとりを何度したか分からない。
基本的に私は待ち合わせ場所にたどり着く前に迷って、透に迎えに来てもらう事の方が多かった……
「だから私はまっすぐ行く。まっすぐ行けば絶対に外に出られるもの。遠回りすらしないわ!」
「……お姉ちゃんいきなり何言ってるの?」
「あ、いやいや、ちょっと昔の事を思い出してしまって……」
壊滅的な方向音痴では無いと思うけれど、入り組んだ王宮を彷徨うのは色々な意味でリスキーよ。
だから器物損壊がどうのこうの言わないでね。
流石に品行方正な白賢者に似たスズマは、私の横暴さにはじゃっかん引いているけれど……
「待て、女」
やっと城壁の見えて来た、その時だ。
複数の兵士を連れた、女の魔術師が目の前に現れた。
きらびやかな装飾に身を包んだその女は、口元をヴェールで隠し、髪を高い所から結い上げている。
手にはごつごつした杖を持っていた。
「王への貢ぎ物に手を出す不届き者め。今すぐ葬ってやろう」
「あら、お偉いさん? やっと出て来てくれたのね。葬るって誰を? 私を? あんたにそんな事出来るの〜」
「口だけは達者な様だな。奇妙な術を使うと聞いたが……貴様はいったい何者だ」
「あははははは。名乗る名前はございません」
「貴様!! 魔導神官殿に何たる無礼な!!」
煽れるだけ煽る。煽るのは基本。
その魔導神官様は額に筋を見せ、兵士たちは口々に「無礼な!」と。
だって本当に名前ないし……
私は一度髪を払って、クスクスと笑う。
その手を高々と掲げ、子供たちを囲んでいる結界になっている神器の一部を回収した。
「私、名乗る名前が無いの……だからあんたの名前も、教えてくれなくていいからね」
ビッと、空気が変わる音がしたくらい。
私の手に集い細長く美しい剣の形を成した神器。それを掲げる私の姿が月をバックに浮かび、目にする者たちはあり得ない程に溢れる魔力を感じ取っただろう。
「一振りよ」
言葉の通り、私は城壁の方へ剣を振り下ろした。
すると半月を描く赤い波動が、空を斬る様にして城壁に穴をあける。
すぐに子供たちに指示を出した。
「さあ!! 早くあの穴から外へ出て行きなさい!! 出たらその場で待機、良いわね」
ただただまっすぐ進んで、あの穴から出て行けば良い。
スズマだけは私を気にしていたけれど。
「なっ、何て事を! “生け贄”たちを逃がすな!!」
女魔導神官は慌てて、兵士たちに指示を出し、その杖を構え呪文を唱えた。
兵士たちは子供たちに銃を放っていたけれど、私の結界が破れる事も無く。
女の唱える呪文は聞いた事も無い魔法のものだけど、どうやらその術式の傾向から、黒魔術らしい。
何をする気か分からないけれど……呪文の詠唱を待ってやれる程、私は気が長くないのよね。
「はい、もう一振り」
私はもう一度剣を振り下ろした。
敵の集中している方へ。
無詠唱って素晴らしい。私の意志を汲み取るこの神器は素晴らしい。
半月を描く、ただ膨大な魔力の塊という名の、破壊力が、目の前の敵を襲う。
彼らがどうなったのか確認する事無く私は背を向け、一目散に城壁の穴へ向かった。
大きな連続的な破壊音と、予想していた通りの悲鳴は、その穴に飛び込む直前に聞こえて来た。
城壁から出たら、みんなが待機しているはず。
「……え」
だけど、私は予期せぬ浮遊感に見舞われた。
穴から出た瞬間に、落ちて、落ちて、柔らかい何かに受け止められ、一度弾んで落ち着いた。
「な、何よこれ!!」
みんなもここに居る。スズマも。
私の結界は有効なようで、それに包まれる形で、この“空間”で大人しく待機している。
私は、城壁の穴から落ちて来たこの不思議な空間を見上げ、ただただ瞬きをした。
白と黒の色しか見当たらない、モノクロな世界。地面も壁も、マシュマロみたいに柔らかい素材で出来ていて、歩く度に埋もれそうだ。
私はすぐに、ここが何なのか分かって、頭を押さえつつため息。
「……どういう事よ……責任者を出して」
そう。
ここは魔導要塞の中だった。




