10:マキ、奴隷市と人攫い。
二話連続で更新しております。
ご注意ください。
シャーハリーは曇った王都だ。
味気ない路地を歩きながら、活気の無い出店なんかを見て、そう思った。
私はただのマキ。
トールと別れて、足早にある場所へと向かっていた。
シャーハリーの闇市のある、ガロン通りっていう所。
ガロン通りは、平たい都の北西に位置する大門に閉じられた特区で、元々魔術師が口外禁止の魔術の研究をしていた研究機関だったとか。
今はこの場所で、秘密裏に奴隷が売買されている。
奴隷売買はシャンバルラ王国に古くから根づく問題でもあり、シャンバルラ王宮も黙認していた事から、解決の難しい問題とされていた。
フレジール側も他国の事情に直接介入する事が出来る訳も無く、頭を悩ませていた事の一つだった。
しかし、シャンバルラ王国が一方的に国交を断絶し、フレジールという目の上のたんこぶが無くなった今、奴隷狩りが再び横行し、奴隷市が表立って開かれる様になったようだ。
ガロン通りの大門も頻繁に開かれる様になり、少しお金を積めば私だって入る事ができる。
マントを羽織って、顔を隠し、ガロン通りの一番奥の広場に向かったところ、やはり奴隷市が開催されていた。
麻布の薄い衣服を身に纏った、多様な人種の男たちが、鎖に繋がれ連れて来られた。
砂漠の民は、国を持たない西の大陸の移民の血筋も多く、ここら辺では珍しい茶髪や金髪の者も居る。
しかし気になったのは、市場に並べられている奴隷たちが、皆男ばかりで、女子供が一人も居ない事だ。
働き手として優秀な男たちは奴隷として価値があるが、若い女や子供が居ないのはおかしい。
せりに参加する者たちのやじが飛ぶ。
「今日も女がいねーじゃねーか!」
「どういうこった!!」
今日も、と言う事は、昨日もしくは最近、ずっとこんな感じなのだろうか。
再びシャーハリーで自由に奴隷を売買できる様になったと言うのに、品揃えが悪いのはどういう事かしら。
生気の感じられない、痩せ細った奴隷たちを前に、私は瞳を細め考えこんだ。
「ねえ、そこの人。今日もって事は、最近ずっと女や子供の奴隷が売られていないの?」
隣で顔をしかめ、唸っていた大柄の男に声をかける。
若い女の声に、その男は少しばかり驚いていた。
「……そうだな。ここ一ヶ月は女子供が、一人も奴隷市に出品されていない」
「へえ」
ここ一ヶ月、と言う事は、私の探している少年スズマが、すでに売られてしまったと言う心配は無さそうだ。
だけど、奴隷市に居ないのならば、いったいどこに連れて行かれたのだろう。
ガロン通りには、奴隷市以外にも禁止されている薬や魔法道具の店、怪しい肉屋、賭博場など、いかにも表に出て来れない店や、禁止魔術を扱う研究機関だったなごりを見つける事が出来る。
「……お腹空いた」
こんな殺伐とした場所でも、私はお腹が空くのね……
片腕の無い強面のおじいさんが、なぜか通りで甘そうなクルミパイを売っていたのが嫌に気になる。
「……ああ」
ふらふら〜ふらふら〜
「おじいさん、それ五つはちょうだい」
「……」
おじいさんは、フードを羽織った私から女の声が聞こえたからか、私を探る様に瞳だけこちらに向けた。
しかし、淡々と紙袋に、カットされたクルミパイを放り込む。
シロップがたっぷりかかったクルミパイだったんだろう。包んだ先から、紙袋にシロップが染み込んで、透明な部分を作っていた。
「こんな所に若い娘が来るもんじゃない。見た所旅のもんだろうけど、夜になる前に、宿に帰んな」
「……なにそれ」
聞き返しつつも、お金を払い、そのままクルミパイをつまんで口の中に放る。
ルスキア王国のさくっとしたクルミパイと違って、こちらのクルミパイはぎっしりと重く、香草のかおりのするシロップがたっぷり染み込んだお菓子だわ。
これはこれで、クセになりそう。
「奴隷市を見たか」
「ええ。お目当ての子が居なかったわ〜」
「はっ。だろうよ」
皮肉めいた口ぶりのおじいさん。
「ねえおじいさん。奴隷市ってどこがしきってるんだっけ?」
「……お前さんそんなことも知らねーで、ここへ来たのかい? ハイリーン商会だよ。古くからこのガロン通りで、奴隷と魔法道具を取り扱っている老舗さ」
「ふうん」
クルミパイを頬張り、指を舐めて、この通りを行き交う者たちを横目に見た。
こんな所に居る奴はろくでもない奴らばかりだろうけれど、ここに来なければ手に入らない物も確かにあるのでしょう。
シャンバルラの国中から、ろくでもない奴らの集まる場所ってことね。
「ハイリーン商会は奴隷狩りで連れて来た女子供は、別の場所に流している様だ。それでも全然足りねーって話だ。お前さんみたいな旅のもんは、すぐにかっ攫われるぞ。それでなくとも、街の女子供も数人行方不明になってるのに……」
「それって、その商会が攫ってんの?」
「さあ。これ以上は言えねーよ」
「あ、そう」
ここまで教えてくれながら、最後は濁す。
この通りで生きる者の掟の様なものだろうか。
まあでも良い。街でぼんやりしていれば、勝手にその場所に連れて行ってくれる人がいるかもしれないってことでしょう?
私は羽織っているマントのフードを取り払った。
長い髪を払うようにして、そのマントから外に流し出す。
「心配してくれてありがと」
クルミパイを売ってくれたおじいさんに不敵に微笑みかけると、彼は驚いた様にぽかんとしたまま、特に返事もしなかった。
ガロン通りを出て、すぐに気がついた。
あ、誰かが私を見てるって。
若い女である事を晒したまま、ガロン通りを歩いていたから?
あの場所じゃ、確かに私みたいな小娘は目立つわよね。
引っ付いて来た小魚をそのまま無視して、私はシャーハリーで一番目立っている宿に部屋をとった。
その部屋でマントや衣服を脱いでしまって、すぐにシャワーを浴びた。
砂埃にまみれた体を、やっと綺麗にできる。
着ていたセーラー服もクリーニングに出した。
その後ルームサービスで十分にお腹を満たし、お茶を飲んで、ふかふかのベッドで一眠り。
夕方になって起き出して、綺麗になったセーラー服をきっちり着て、神器“戦女王の盟約”をいつもの槍型ではなく、細い指輪に変えて、身につけた。
貴重品は全部この宿の金庫に入れておく。
トールみたいに自分金庫みたいな空間があったら良かったんだけど。
「さあて、準備万端」
身一つで夜のシャーハリーに出て行く。
フロントで「夕方は危険ですよ」と注意されたけれど、それを無視して。
王都だと言うのに、あまりの静けさに驚いた。
商店街はぽつぽつと灯がともっているのに、お客はあまりいない。
人々はまるで亡霊の様。
皆ターバンを巻いて、長い衣を纏っているからかしら。表情は伺えないのに、疑心に満ちた視線だけは、あちこちから感じられるんだもの。
陽はそろそろ落ち始め、私は商店街を突っ切って路地へ入っていき、より人気の無い場所で立ち止まった。
だいたい悪い奴が現れるのはこう言う所。
今まで得た情報を総合すると、女子供を集められるだけ集めている者がいる。
だったら、私なんて最高に良い獲物じゃ無いの。
ほらこんな所に一人で居てやってんだから、さっさと攫いに来なさいよ。
ほれほれ〜
「……」
30分くらい待ってたけど……誰も……来ませんでした。
仁王立ちしてたのがダメだったのかな?
『……たすけてっ!!』
その時、ふっと私に届いた、不思議な声。
それは耳で聞いた訳ではなく、頭の中に直接届いた声だと思う。
不動だった私はその声の聞こえた方向を探って、路地を更に進んだ。
「!?」
そこには、ターバンを巻いた眼光の鋭い男に抱えられ、足をバタバタさせている茶髪のポニーテールの少女が。
自分が餌になろうと思っていたのに、別の誘拐現場を目撃する事になるとは。
一度舌打をして、そのままターバン男に突進。
瞬時に手のひらに傷をつくって、男の胸ぐらに掴みかかる。
私ごときの女の力でこいつを放り投げる事は出来ないけれど、ポタポタと地面に落ちた血が赤い蔦を成し、そこらの壁を蹴る様にして男を打った。
蔦に助けられる形で男を持ち上げ、はい、どっせい。
「ぐあっ」
無様にも男は私に放り投げられる形となった。
血の蔦は一度宙を舞った少女の腰に巻き付いて、彼女を助け、ゆっくりと地面に降ろしていた。
「早く、逃げなさい!!」
明るい大通りの方を指差して、私は少女に指示を出した。
少女は私の“命令”に素直にしたがって、そのまま大通りの方へ一目散。
「このやろう!!」
ターバン男はすぐに起き上がって、懐に隠し持っていた銃を私に向けた。
「あら、案外タフね」
「お前……ガロン通りをうろついていた女だな」
男は私の事を知っていた様だ。
周囲にはいくつもの気配がある。こいつだけじゃない。
私を見ていた者たちと同じ匂いがするわね。
ニヤリ。
片口を上げて笑い、私は次の行動に移す。
そのまま……堂々とその場に倒れたのだ。
「は?」
ターバン男はあからさまに拍子抜けって感じの声を漏らし、戸惑いながらも、銃を降ろし、私を揺すったりする。
「……気絶?」
私は微動だにしない。完全に気絶している。
だって、この時自分自身の体に、“気絶”をしなさいって命令したんだもの。
手のひらには少しだけ血がにじんでいる。
か弱い女の子が必死になって小さな子を助けたけれど、流石に銃を向けられ恐ろしさのあまり気絶したって設定。
無茶かしら。よくあるよくある。
「お、おかしら、こいつどうしちまったんですか?」
「知らねえよ。俺に恐れをなして気絶しちまった」
「一応いい感じの女ですけど」
「連れてけ。ガロン通りを探ってた怪しい女だ。それに、どうやら魔術師らしい。魔力があるならより良い売り物になる。ぴったりだ」
そういう会話は、頭が拾ってくれる。
勿論身が危険になったら、自動的に意識は覚める。
ただ怪しまれない様に、肉体が確かな“気絶”を装っていると言うだけ。
人攫いの男たちは、私が完全に気絶していると思ったようね。
私を、お目当ての“その場所”に連れて行ってくれるでしょう。