09:ユリシス、授かるもの。
二話連続で更新しております。
ご注意ください。
僕はユリシス。
ルスキア王国の王子でもあるが、教国“緑の巫女”の花婿でもある。
「ユリシス殿下!! ユリシス殿下〜!!」
「ん……え……な、なにいいいい!!?」
ある若い司教が王宮までやってきて、僕にある知らせをした。
その知らせに、僕はやっていた仕事を放り出し、上着を着てワイルドに窓から飛び出し、精霊ファンに乗って一目散で教国へ向かった。
「ペルセリス!! ペルセリスー!!」
妻の名前を呼びながら。
教国はいつもの清らかな空気の中にも、どこか浮き足立った司教やシスターたち。
視線を感じるがそんなのは無視だ。
一刻も早く、ペルセリスに会いたかった。
「ペルセリス!!」
「ユリシス……ユリシスぅ〜っ!!」
ペルセリスの部屋に辿り着き、思いきり扉を開き、彼女に駆け寄った。
不安と安堵、歓喜の混ざった、彼女の複雑そうな表情を見ると、たまらず愛おしさが込み上げて来た。
「ああ。ペルセリス。聞いたよ。嬉しいよ、ペルセリス」
「……ユリシス」
ペルセリスはその小さな体をぐっと僕に押し当て、首に手を回してひっくひっくと泣き出した。
「ユリシスぅ〜……私、私……うう。大丈夫かなあ、私っ」
「ああ、ペルセリスっ」
僕は用心しながらも、ぎゅっと彼女を抱き締め、そして背中を撫でた。
そう。ペルセリスは妊娠したのだ。
結婚して一年程だが、“再び”僕らの間に子供を授かる事が出来るなんて、奇跡みたいだ。
「ユリシス、ユリシス。女の子かな、男の子かなぁ……」
「僕らの子供である事に変わりは無い。宝物だよ。僕はどちらでもとても嬉しい。不安に思う事なんて、無いんだよ」
「うん、うん」
ペルセリスは僕の表情を伺う様にして見上げ、コクコクと頷いた。
そしてまた、僕の胸に顔を埋める。
緑の巫女と言う立場はとても複雑だ。
次代の緑の巫女の為に、女児を産まなければならない宿命を背負っている。
そのため、成人したらすぐに花婿を迎えるのだ。
巫女としての重圧もあるのだろうが、決して重荷に思わないで欲しい。
僕にとっては、僕と彼女の子供であると言う事が全てだ。
ああ。シュマ……っ
ただただ言葉にならない、シュマへの思いが込み上げて来て、僕は宙を仰いだ。
いなくなる命があれば、授かる命もあるのだ。
「ユリシス、ユリシス……ユリシス」
ペルセリスは無意味に僕の名を呼んで、ただただ、ぎゅっと抱きついていた。
こうすると、彼女は安心するのだろうか。
ここ一年程、彼女はとても立派だった。
僕が情けなかったのがいけないのだが、トール君が重体となり、マキちゃんが死んで、ルスキア王国は変革のときを迎えた。
そんな目まぐるしい一年の間、彼女は無気力でいた僕をずっと側で、支え続けてくれたのだ。
自身は不安も恐れも、口にしないで。
ただただ、その小さな体から溢れる大きな愛情で、僕を癒してくれていた。
「ペルセリス。……僕は、もっともっと強くなろう。君と、我が子を、今度こそ守れる強さを、手に入れるよ。もう大切なものを失う悲しみは、一つもいらない。一つとして、欲しくない。今度こそ、家族で幸せになろう……。僕も、前を向かなくちゃ」
「……ユリシス」
ペルセリスはウッと瞳を潤ませた。
そんな彼女の小さな顔を、両手で包んで、涙を拭う。
まだまだ幼さの残る彼女だが、今日は特別、神秘的な何かに守られていて儚気。
そんな気がした。
「私、お腹の中の赤ちゃん、産まれたら、マキ……っ、マキアに、名前、つけてもらいたかったな。そしたらきっと、とても幸せな子供に育つはずだもの。紅魔女は、最高の名前魔女だったんだからっ」
「……そうだね」
「今度こそ、今度こそ……私、守ってみせる。大事なこの子を」
ペルセリスは表情を引き締め、自分のお腹に両手のひらを当てた。
僕も、ゆっくりと、自身に言い聞かせる様に、その手に自分の手を重ねる。
今度こそ、僕は何を差し置いてでも、何一つ後悔しない道を選びたい。
「……マキちゃん。聞いてよ。僕とペルセリス、子供を授かったんだよ」
僕は真理の墓の、マキちゃんの棺の前でぼんやりと立っていた。
一輪の赤い桔梗を持って。
彼女はゆらゆらと揺れる水の棺の中で、ただ静かに、永遠の眠りについている。
燃える様な赤毛が、整った顔の輪郭をなぞっていた。
真っ赤なドレスを纏い、その手を胸の上に置いたままの彼女が、僕の声に答えてくれる事は無い。
マキちゃんが死んだ時の、僕の絶望を言い表す事は出来ない。
きっと、この世の誰にも、理解は出来ない。
おそらく分かち合えたはずのトール君ですら、マキちゃんの記憶を失い、それがどんなに悲劇的な事であるのか理解できずに居たからだ。
僕の悲しみは行き場を失っていた。
マキちゃんが最も大事にしていた、僕ら三人の関係は、マキちゃんの手によって引きちぎられたのだと思った。
なぜ。どうして。
彼女は僕らを頼ってくれなかったんだろう。
その答えは分かりきっている。
無意味だからだ。どうしようもなく、どうしようもなかったからだ。
僕らに心配をかけ、あらゆる計画に支障が出る事を避け、彼女は一人、自らの死を受け入れていた。
宿敵である勇者や、マキちゃんを棺に入れたがっていたエスカ義兄さん、フレジールのシャトマ姫にだけ、最良の死を迎える為に協力を求めていた。
僕やトール君では、そんな事は出来やしないって、彼女は知っていたからだ。
マキちゃんが死なずにすむ道を、僕らは何としてでも、探そうとするだろうから……
何をどう考えても、マキちゃんの死を回避する事は、不可能だったのだろう。
そう思う度に、僕らの力の限界を知った。
何が魔王だ。何が賢者だ。
神の生まれ変わりだって、笑わせる。
不可能な事ばかりじゃ無いか。
世界は僕らを逃がしはしない。マキちゃんをこの棺に引きずり込んだみたいに。
法則に、抗えはしない。
僕は無力な自分を笑い、泣き、何度も何度も彼女の棺の前にひれ伏し、拳を叩きつけた。
シュマが眠っていた棺に、今度はマキちゃんが収められている。
この棺は、何度僕を悲しませれば、気がすむというのか。
それがどうしようもなく悔しくて、辛くて、切なかった。
僕にはこの棺をこじ開ける力が無い。この棺の鎖を、運命を、横から断ち切る力が無い。
誰にも、誰にも分かってもらえない。僕と、マキちゃんと、トール君の繋がりを。
地球と言う、この世界の人間に言っても理解できない異世界で、共に過ごした16年を。
ああ、マキちゃん。
君はなんて罪深い魔女だろう。
トール君の記憶を持って行き、僕をこんなに悲しませて。
これは、2000年前、君をたった一人置いて死んでしまった、トール君と僕に対する復讐なのかい。
紅魔女を大罪人にしてしまった、トール君への……優しい復讐なのかい。
そんな自問自答を、果てしなく繰り返していた。
この一年間、ずっと。
「だけどね、マキちゃん。今なら分かるよ。君が、トール君の記憶を封印して、僕の記憶を残してくれた理由が。……僕にはペルセリスがいるから大丈夫だって、思ったんでしょう。トール君は、きっと耐えられない。……そうだね。そうだったと思うよ。……一年もかかってしまったけれど、やっと、前を向けそうだ」
赤い桔梗の花言葉は、“永遠に君を信じてる”。
その花を、彼女の棺の、胸の上にそっと手向け、小さく微笑んだ。
彼女は死んだけれど、僕は彼女を、これからもずっと、信じている。
彼女が残した道や、本意を、これから僕らは思い知るだろう。
だから僕は、彼女の選んだ“死”を信じている。
彼女は、僕とトール君との、三人の絆を断ち切ったんじゃない。
それが糸の様なものならば、交差していたそれをほどき、たゆませただけだ。
きっと、知らぬ間に、三本の糸は再び交えるだろう。
いつまでも悲しんでいられない。
彼女が守ったこの場所で、僕は僕の守るべきものの為に、大業を成すのだ。




