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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
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07:マキ、追いかけてくる明日はある。

3話連続で更新しております。

ご注意ください。

私は、自称マキ。正しい名前など無い。



「……」


小さなランプを側に置いて、メインストリートの端の平らな部分に寝床を築き、私とトールは並んで眠っていた。

ごそごそと起き上がって、トールの顔を覗き込む。


こいつは結構お上品に眠る。

最初は私の方に背中を向けて寝ているんだけど、そのうちに仰向けになって、静かに寝てんのよね。

私の方が寝相が良く無いから、よくトールを蹴飛ばしているらしい。

寝顔はやっぱり、少しばかりあどけない。


私はそんな顔を覗き込んだまま、彼の前髪を分けたり引っ張ったりして遊んでいたの。

起こさない様に、こっそりね。


「……」


もうすぐ、シャーハリーに辿り着く。

そろそろ、トールとお別れね。


この世界にやってきて、一番最初に思った事。それは、自分の思うままに生きてみようと言う事。

この命は、例外の命。世界の法則から少しだけ逸れた、予想外の命。


だったら、ついに動き出した世界のうねりの中でも、私は常にジョーカーでなければならない。

誰の命令も聞かず、誰の計画にも沿わず、私の意志のみで、救世主たる行動をするの。


だから、シャトマ姫も、私に何も言わなかった。

むしろ彼女自身が、私の要望を何でも聞いてくれると言った。

今回、ただ一人の少年を助けたいと言う、世界の大きなうねりにはおおよそ関わりの無い目的の為にシャーハリーへ行くと言っても、口出しもしないで笑って言った。


「そなたの行動に、無意味な事があるものか。そなたの行った事が、そのうちに世界と関わりを持ってくるのだ。必然的にな。だから妾は、特に何も言うまいよ。紅魔女……そなたの償いは終わった。思うままに、自由に、生きてみろ。何者にも邪魔されない程の力を、そなたは持っているのだから……」


何者にも邪魔されない程の力。

それを知っていながら、放置しておけるシャトマ姫の度量も凄いけれど。


自由にしろと言われて、それでも“彼ら”の前で出て行けなかったのは、なぜかしら……


「トール、あんた何にも知らないくせに、何にも変わらないのね」


久々に出会ったトールは何も変わらなかった。

私の事を覚えていなくても、私に対する扱いはほとんど同じ。

それが嬉しくって、ついつい我が侭を言ったり、彼を振り回したりしてしまったけれど、それでもトールはトールね。

つっこみながらも言う事を聞いてくれる。

私もはしゃいじゃったわ。


トールの前髪を払って、たまらずその額にキスをした。

私って本当に、トールが好きで好きでたまらないのね。

変なの。自分で言うのもなんだけど、変なの。

ずっとそうなのよ。


温かい掛け布団から出て、薄いワンピースからセーラー服に着替える。

服の中に入った髪をまとめて出して、黒いタイツをはいた。


「……おい」


ふと、背中から声をかけられた。

トールがいつの間にか起き上がっていたのだ。


「あら……。起きちゃったの? まさか着替え、見てたんじゃないの?」


「……」


トールは否定しなかったが、真面目な顔だ。

私はくすくす笑うのをやめた。


「こっそり行こうと思ってたのに」


「どこへ行くんだ」


「どこって。シャーハリーよ」


「何で一人で行こうとするんだ。薄情じゃねーか」


「……だって、どうせ明日にはお別れよ?」


「別れ方ってのがあるだろう……」


「……」


トールは頭を掻きながら、立ち上がり、私に近寄った。


「まあ、お前にも事情があるんだろうから、どうしても一人で行くってんなら無理は言わないが、朝飯くらい食ってけよ」


「……そんなことしてたら、寂しくなっちゃうわ」


「……」


私はぎゅっと槍を握って、目を逸らしながら。


トールと居ると心地よく、楽しい。ずっとずっと一緒に居たくなる。

それは悪い事なの? と、私の中のマキアが問う。


だけど、今はトールの目的と、私の目的が、それぞれ別にある。

彼と行動を共にすると、どうしてもトールに甘えたくなるから、用心してたのにな……


「……調子狂うな」


トールは少しばかり考えて、私の腕を掴んで引っ張り、ランプの側に座らせた。

そして、その隣に自分も座り込む。


「寂しくない別れ方なんて、色々とあるだろう。いきなり居なくなるなんてやめろよ」


「……ごめんなさい」


思わず、謝ってしまった。

いきなり居なくなるなんてやめろ、という彼の言葉が、ぐさっと私に突き刺さったのだ。


「なんだ、やけにしおらしいな」


「……」


「……前もそうだった。赤い泉の側の、古代文字を見た時も、だ」


トールは今までずっと気になっていたのか、その話を切り出した。

私は彼につっこまれないように、あれからずっと元気に振る舞っていたのに。やっぱりトールはトール。

こういう女の子、放っておけないのよね。


「あの時、どうしたんだ?」


「……」


答えられないでいる私を見て、トールは小さく息を吐いて、続けた。


「……“私が何をしようとも、いくら血を流そうとも、あの人は私を思い出してはくれないでしょう”……か。いったいどういう意味なんだろうな」


トールはランプの柔らかい灯をぼんやり見つめ、ぽつりと。

私は彼の横顔を伺う。なんだか、少し寂しそう。


「俺もな、一人、忘れている人がいるんだって」


「……え?」


「そいつとどれほど親密だったのかも、良く分からない。誰も俺に、そいつの話を聞かせようともしない。そいつの墓にも近寄らせようともしない。……おかしいよな。そいつの事を忘れただけなのに、色んな事が曖昧になってしまって……。誰もが、よそよそしく思えてな」


「……トール」


私はぐっと、胸元を押さえた。


トールの記憶を封印したのは、彼に悲しい思いをして欲しくなかったからだ。

マキアが死んでしまうのを、彼はきっと自分のせいだと思うに違いないと思った。

こいつが後悔に耐えられる訳が無いもの。


2000年前のマキリエの様に、復讐に身を投じ、それだけのために命を使うかもしれない……トールがマキアの死を背負うくらいならと、マキアに関する記憶の優先順位を、トールの記憶の一番下に位置づける様、命令したのだ。


しかし、“マキア”は沢山の人と関わった。

ユリシスや、お父様や、マキアを挟んでトールと関わった人物との記憶すら、マキアを思い出せない事で、曖昧になってしまうのだ。


「……ごめんなさい」


私は再び謝った。

もしかしたらトールは、訳の分からない寂しさを、この一年程感じていたのかもしれない。


「なんでお前が謝ってんだよ。はは、本当、訳分かんねえ奴だな」


トールは荷物から収容空間からパンを取り出して、「ほら」と私の方へ手渡した。

これくらい食ってけよ、と言う様に。


「あのね、トール。……私、あんたの事、結構好きよ」


「は? いきなりだな」


「ふふ、あんたモテるでしょ?」


「……どうだかな」


トールはもごもごと言葉を濁し、パンをちぎって口に放り込んだ。

私もパンを小さくかじる。


赤い泉の古代文字を読んで、なぜ泣いてしまったのか……

それは、本当に良く分からないの。

遠い遠い所から、込み上げて来た感情。迫り来る切なさに、一瞬とても苦しくなったから。

一体誰の、悲痛の叫びだったのかすら、知らないのに。


「お前の目的が何なのか知らないが、俺はしばらくシャーハリーに居る。何かあったら、力になろう」


「……」


少しだけ戸惑った表情になったけれど、私はパンを齧りながら、小さく頷く。


「トールも何か目的があって、シャーハリーへ行くのでしょう? 今、シャーハリーはとても物騒らしいわよ」


「らしいな。まあでも、心配はするな。俺なんて役に立たないと思っているかもしれないが、こう見えて、フレジールの要人なんだよ」


「……別に心配しちゃいないけど」


「あ、そう」


妙な所でツン。

そうは言いながらも、私はセーラー服のポケットから、ごそごそとあるものを取り出した。

あの赤い宝石だ。


「これ。あげるわ」


「え……良いのか? お前、欲しがってたじゃないか」


「良いのよ。ここ数日、お世話になったお礼よ。食べ物と寝床をありがとう」


「……」


トールは私の差し出すそれを受け取って、マジマジと見つめると、ふっと笑った。

そして、私の頭をぽんぽんと撫でる。


「何だろうな。お前といると、懐かしい気分になるよ……ほんと。誰よりも落ち着くっていうか」


そして、僅かに視線を横に流し、肩を上げた。


「また、会えるか?」


「……そうね。会えると思うわ。私……私も、会いたいって思うから」


もしかしたら、彼を孤独にしてしまっているのも、私なのかもしれない……

マキアの記憶が無いせいで、彼は疑問と、疑念と、周囲と違うと言う孤独感を抱いているのかもしれない。


ごめんね、トール。

だけど私は後悔していない。

でも、もしまた私の事を思い出してくれる時があるならば、私は素直になりましょう。

あんたも私も、寂しくない様に。


今は冬の様なもの。

そのうちに、それぞれの行動が実り、咲く希望はある。

追いかけて来る明日はある。

きっとそれは、春の様に、暖かいものだと思う。


だからまだ、あんたに捕えられる訳にはいかないわ。



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