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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第五章 〜シャンバルラ迷宮編〜
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06:トール、赤い嘆き。

3話連続で更新しております。

ご注意ください。



「なんだ、これ」


思わず声に出た。

眉を寄せ、シャトマ姫に貰った地図を確認する。

そもそもこの部屋すら地図に無いが、ここから伸びゆくこの道は、未知なる通路だ。


シャトマ姫には寄り道はするなと、言われてるんだけどな。


「ねえ、トール」


「……この先に行ってみたいとか、言い出すんだろ、どうせ」


「あら、何で分かったのかしら」


マキが何を言い出すか、すぐに分かった。

でも彼女はどこか真面目な顔をして、通路の向こう側を気にしている。


「おい、ボヘ。ここを進むとどうなっているんだ?」


「なんてことねーただの、菜園だ、ど」


「菜園。……ああ、さっき言っていた、ここにしか生えない植物っていうやつか」


顎に手を当て、さてどうしようかと思った。

ここから先に進むべきなのか、引き返して、メインストリートを進むべきなのか。


「ボヘ。お前はここら辺の道なら、良く知っているのか? メインストリートに戻りたいんだが」


「大通りの事か? ああ。それなら、そこを通って、俺も良く出て行くど」


「なるほど。なら、ぜひ案内してくれ。美味いもの、少し分けてやっからさ」


ボヘは「黒魔王様の命令とあらば、何だってするど」と、両手を上げて喜んだ。

美味いものを貰える事よりも、俺の命令に従える事の方が嬉しい様で、ああ、ゴドイの奴、子孫に俺の事良い感じに伝えてくれたんだなと、目頭が熱くなった。


「って、おいマキ。危ないから先に行くなって」


ボヘの案内より先に、マキが先に部屋を出て、周囲の壁に散りばめられた様な、真っ赤に光る石を魅入っていた。


「綺麗ねえ。宝石が埋め込まれているみたい」


「へえ。そういうものに興味があるのか。女の子だな、やっぱり」


「別にそう言う訳じゃ無いけれど……。前まで、宝石なんて腐る程持ってたけれど、今は欠片すら無いからね。懐かしいなって思っただけよ」


「……意外だな。案外お嬢様だったりしたのか?」


「ふふ。まあ、そんなとこかしら」


彼女はくすくす笑って、俺から顔を背けた。

なぜだか、彼女は笑いが止まらない様で……


そんな彼女を横目に、俺は壁に埋め込まれているその赤い石を、つついた。

すると、一つ簡単にコロンと落ちて、足下まで転がって来た。


「あ、取れた。やるよこれ」


「……いいのかしら。勝手に持って帰っても」


「かまいやしないだろ。お前には赤い石が似合いそうだな」


「……」


マキはさっきまで大笑いしていたのに、それを一つ手に乗せ、少しだけ頬を染め俯いた。


「ほら、あれだど。あれが俺の食ってる植物だ、ど!!」


赤い石の光る、整えられた通路を進んだ所、ボヘが飛び上がって、俺の袖を引っ張った。

そっちに顔を向けると、丸く広々とした空間に出た。

驚いたのは、そこには薄く一面に広がる赤い水と、その水を苗床にして生える植物があったからだ。


「……なんだ、これ」


「赤い泉?」


サアアアア……

足下を流れて行く、冷たい空気は何だろう。

俺とマキは一時黙りこんで、その奇妙な空間を眺めていた。


真っ赤だ。

真っ赤な泉が光り、白い草花を育てている。

根元は赤い泉の水をすって赤いのに、途中から白く半透明の、透き通る様な花が咲いている植物だ。

壁に埋め込まれている様な赤い宝石の結晶が、生える様にして泉の周りに存在する。


「あれ、俺の食料だ。透明の所がプルプルしていて、美味い。油炒めにする」


「……」


マキが、その泉に近寄り花を一輪摘み、まじまじと見つめている。俺も覗き込んでみた。


「ゼラチン質のものに覆われている……妙な植物だな」


「……甘い匂いがするわ」


俺とマキは顔を見合わせ、首を傾げた。

いったいどうして、こんな地下に、このような植物が生えているのか。

ぼんやりと輝くこの赤い液体は、いったい何なのか。


「……?」


泉の周りを歩んでみると、ある岩場に刻まれた古代文字があった。


「何かしら」


マキも、俺の背中からひょこっと顔を覗かせ、その文字を見つめる。

彼女の意志に反応するのか、手に持っていた槍が、再びその古代文字を浮き立たせ、訳した。



『 私が何をしようとも、いくら血を流そうとも、あの人は私を思い出してはくれないでしょう 』



現れた一文は、このように不可解な言葉だった。

俺はますます顔をしかめるばかりだが、この言葉にハッとしていたのは、マキの方だ。


彼女はただただ瞳を見開き、この文字を見つめては、再びこの真っ赤な泉に咲く花に視線を落とした。

そして、ぽろりと涙を流す。


「お、おい……お前」


「……」


マキはぼろぼろと大粒の涙を流し、それを拭おうともせず、ただただ見開かれた瞳のまま。

その場に立ちすくんでいる。


「どうしたんだ、マキ。おい」


彼女の肩を掴んで揺するが、彼女は見た目の弱々しさとは違い、とても低い冷静な声で答えた。


「……わからないの。勝手に、涙が出てきたから」


そして、くるりと反対側を向いて、一人袖で涙を拭った。

背中は、まだ若く幼い少女の脆さと、でも一人で槍を持ち佇む強さの両方が感じられ、俺は戸惑った。


「……マキ」


「ごめんなさい。何かしら……少し懐かしい気がして。……たまに無い? 知らない場所を、懐かしく思ったりすること」


「……ああ。あるよ」


「そうゆーのよ」


彼女は再び、くるりと向き直り、瞳を細めくすっと笑った。

意味深に、俺をからかう様に。


「驚いた?」


「そりゃあ。いきなり泣かれるとな……」


「あははは。ごめんごめん」


大きく笑う彼女の、からっとした笑顔。

でも涙の流れていた跡は確かに残っていて、俺はますます、良く分からなくなった。

この女は、いったい何なんだろう。


結局その日は、ボヘの住処に泊まらせてもらい、明日、ボヘの案内のもとメインストリートへ出る事になった。








「こっちだ、ど。大通り」


「あ。本当だ! やーっと、出たわねえ。細い道って、いつか行き止まりになるんじゃないかって不安になるから、あんまり好きじゃないわ」


あの不思議な赤い泉を抜け、曲がった小道を進むと、そのうちにメインストリートへ出た。

マキは疲れていたのか、出た瞬間にへなへなと座り込んだ。


「ああ。俺たちもやっと地図上に出たな。このまままっすぐに行けば、シャーハリーに辿り着けそうだ。ま、ここからが長いけどな」


俺はここまで案内してくれたボヘに、向き直る。


「ボヘ。ありがとう。色々と世話になったな」


「い、いやそんな、俺は別に。黒魔王様の為なら、この身を火に焼かれようとも、地中獣に食われようとも」


「……いや、別に自分の事は大事にしてくれ。うん」


ボヘには充分な褒美を与えなくてはいけないな。

俺はすでに、こんな地下迷宮では食う事の出来ない食料を、彼の住処に残していたが、彼にとって黒魔王と言う存在がヒーロー的なものである事は分かっていたから、黒魔王に忠誠を尽くした証として、一つの魔法を授けた。


「これ、持ってろ」


「……」


それは、ただの紙切れだ。

俺の空間魔法を一つ隠し込んだ、ロイヤルチケット。


「魔族の国、アイズモアへの招待状だ。お前がここの暮らしに飽きて、アイズモアへ来てみたいと思ったら、そのチケットをちぎれ。あの空間への扉が開くだろう」


「……黒魔王様」


「いや、まあ。……ここの方が自由で住み心地が良いかもしれないけどな。観光がてら来ても良いし。あ、そうそう。この地下には、まだ魔族が居るんだったよな。お前、交流があるなら、そいつらにも声かけてみてくれ。いつか、みんなでアイズモアへ遊びに来い」


ボヘは感極まった様子で何度も大きく頷いた。

俺が手を差し出すと、ボヘはしばらくキョトンとしていたが、はっと何か思い出した様に手を取って、ブンブンと上下に振る。

彼はまるで、無邪気な子供の様に、キラキラとした瞳をしていた。

マキはヘタンと座ったまま、俺たちのその様子を見ていたが、やがて立ち上がり「さ、行きましょ」と言った。


俺たちがメインストリートを進んで行っても、ボヘはしばらく、その場で俺たちを見守っていた様だ。








しばらく、俺たちは平穏な地下の旅を楽しんだ。

一週間程地下の道を進んだだけだったが、マキと他愛も無い会話をしながら、時に食事し、時に転がって眠って、寄り道をする事も無くただただまっすぐと進んだのだ。


マキは不思議な少女だ。

数日前に出会ったばかりなのに、もうずっと前から知っているかのように“俺”に慣れているし、俺もまた、彼女に遠慮も無い。とても、語りやすいのだ。

だけど、やはり俺は気になっている。

赤い泉で、彼女がいきなり、涙を流した訳を。



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