16:ユリシス、我ながら神童過ぎて生きているのが辛い。〈前〉
僕はユリシス・クラウディオ・レ・ルスキア。
ルスキア王国の第五王子です。
前世の名前は由利静。更にその前世は、この異世界メイデーアで東の白賢者と呼ばれていました。
今の僕はこの国の第五王子ですが、既に王位継承権は第三位。なぜなら他の兄弟たちは第一王子を除き、皆死んでしまったからです。
13歳になったばかりの僕にはとても耐えられない王宮事情。
血を同じとした兄弟たちと、次期国王の座を巡って争わなければならないのですから。
「ユリシス殿下、お目覚めですか?」
「……ああ、うん。今起きた所だよ」
王宮のある王都ミラドリードの朝は早い。流石に南の大陸のセントラルです。
僕が目を覚ました時には既に、ガラス窓から町中の活気が見て取れるのですから。
じいやのバスチアンは、幼い頃から僕の面倒を見てくれている品のある老紳士。
白髪とは言え髪がふさふさなので、まだまだ現役らしいです。
こうやって僕が起き上がる頃になると、ハーブティーを持ってくるのが彼の日課。
「バスチアンがいれてくれたハーブティーなら安心して飲めるよ。まったく、昨日だって僕の夕食に毒が盛られていたんだ。何度も何度も懲りないよね、みんな」
「……いえ、あれは私どもの失態でございます。まさかあのように器の下から時間差で効果を発揮する毒だったとは。毒味係が気がつかなかったもので」
「いいよいいよ、僕の舌、敏感だから。君たちに死なれても困るからさ。それにしても毒のバリエーションったらないね。流石、毒の都ミラドリードだよ」
僕はゆっくりとハーブティーをすすりました。
そうなんです、僕は幼い頃から何度となく殺されかけてきました。
食事に毒を盛られる事なんて日常茶飯事。
毒はこの国の十八番みたいなものですから。予防法もそれを覆す新しい毒薬も、すぐに開発されます。
ただし、僕は幼い頃から魔法を使えたため、毒を口にした先から解毒魔法をかけるなんてお茶の子さいさい。
平気そうに食べる様を、毒を盛った張本人たちはどのように見ていたでしょうか。
他にも殺されかけた話が数えきれないほどあります。
例えば僕が4歳の頃。その頃から王位継承を巡った争いは始まっていましたから、バスチアンや僕の身内は常に気を張っていた訳です。
しかし、とうの僕は魔法があるからと暢気なもので、王宮の中庭で一人図鑑を片手にメイデーアの植物や昆虫の研究に没頭していた所、後ろから雇われの暗殺者に毒の塗られた刃物を投げられたのです。僕は持っていた図鑑をさりげなくそちらに向け、全ての刃を防きました。
「惜しい!!」
この時の4歳の僕の言葉。
暗殺者の居場所はすぐに分かりますから、そちらに向かって「次頑張ってね」的な笑顔を投げかけたものです。そうしたら、この暗殺者は二度と僕を殺そうとはしませんでした。
例えば、あれは7歳の頃です。
僕は父である国王と、他の王子と共に食事をしていたのです。稀にそういった食事会がありました。
このような滅多に無い宴の時こそ、連中には静かにしていただきたいものだけれど、そんな空気が読める様では王位争いに勝ち残れるか、と言う事でしょう。まず、第三王子が注がれた飲み物の毒によって泡を吹き倒れました。
その場に居た者たちは酷く混乱し、その他の王子たちも恐れおののいた表情でグラスを手放しました。
しかし、僕は迷わずその毒入りの飲み物を飲んでみました。
父上も、周りに居た兵士たちも、側近たちも、きっとそれを仕掛けた張本人たちも、この時の僕を驚いた瞳で見ていた事でしょう。
さて、七歳の僕は既に毒の味をいくつも知っていて、なおかつ生きている稀な存在でした。
ルスキア王国の歴史は常に毒と共にあると言っても良いほどに、毒殺技術の発達した国ですから、味を隠すくらいなんて事無いのです。しかし、僕はその味から読み取れる情報を魔術の術式として記憶している事によって、体内で一致できる仕組みを作り上げていました。
特にここ最近の毒には、半分魔術を仕掛ける方法もあるそうです。この時のヒ素はまさしくそれでした。
呪いに近いやり方ですが、毒自体に目的対象の名前を指定し、その者にしか効果を発揮しません。ですから毒味係と言うものはほとんど役に立たないのです。
僕はこっそりと魔術を使いながら、体内でその毒を解析していました。解析後に分かる事ですが、この毒の対象には第一王子と国王だけが含まれていませんでした。それだけで、いったいどの陣営が最も積極的に他の王子たちを亡き者にしようと動いているか分かります。
第三王子は即死でした。体の弱い、臆病な王子様でした。
少しでも時間の猶予があれば僕が治癒魔法をかける事も出来たのに、とても残念。効いてしまえばこの国の毒はとても恐ろしいのです。
ほとんど関わった事は無く、兄弟は皆敵と言う認識が強かったとしても、やはり血を分け合った兄弟が死ぬのはとても辛い事です。
さて、この頃から、いくら毒を盛っても死なない僕に対して、ある者は神童と言い、ある者は化け物と言うようになります。
僕は自分が魔法を使えると言う事を極力隠していましたし、魔力も出来るだけ体内に留める術も持っていましたから、王宮魔術師にも僕の魔力は察知出来なかったでしょう。今や少なくなった凄腕の名前魔女を連れてこない限り、僕の力は理解出来やしないと思います。
ですから、王宮の者たちはいったい僕が何の力によって守られ生き残っているのかさっぱり分からなかったのです。
だからこそ、神童や化け物と言う言葉が出てきて、僕に極端に入れ込む者も多く現れるのです。これは他陣営には気に入らない事だったでしょうけれど。
僕の存在は、圧倒的白魔術師、という言葉だけで全てを解決出来たと言うのにね。
でも、この“圧倒的”の部分が最も厄介なのです。
圧倒的だから、僕の本来の姿は誰にも分からないし理解も出来ない。
当然、白魔術は便利ですよ。
基本的には優しい力だし、便利だし、これがあるから僕はこの戦場で生き残っているんですから。
ハーブティーの香りがどこか胸をかき立てます。
どうしてかな。
地球では、白魔術を使う為の魔力も無かったのに、こんな気持ちにはなりませんでした。
力がなくとも満たされていたのは、ただの日常を、ただの友人と過ごす、ただの人であったからだね。
きっと、圧倒的な力をもっていたとしても、それを本当に理解出来る同じ土俵の人間がいなければ、力に意味は無いのだろう。
僕はそう思う。